宙の厨房、無重力を添えて

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梗 概

宙の厨房、無重力を添えて

球体型ガラスの「皿」で複数の立方体が浮かぶ。

〈野菜とチーズの賽仕立て〉。飾り包丁の施された野菜とチーズのキューブは、皿を揺らせば転がって様々な面を見せる。審査員から多数の票を得て、制作者のジョルジュは言う。

「無重力下の料理を終わらせに来ました」

憧れの人物の発言に、若手料理人のルカスは衝撃を受ける。

 

宇宙進出時代黎明期、観光客向けに誕生した無重力調理技法〈ゼロ・ジー・ガストロノミー〉は料理ジャンルの一つとして成立。

その腕前を競う大会〈エアロ・テーブル〉が今年も開幕されたが、大会最多の入賞歴を持つ名匠ジョルジュ久々の出場が話題を呼んでいた。

 

本選は前菜・メイン・デザートを一皿ずつ作る1日目と、大皿料理を作る2日目で構成。

前菜とメインの幕間でルカスはジョルジュを問い詰める。彼の作る料理に魅了され宇宙まで来たルカスとしては発言の真意を知りたかったが、吐かせることはできなかった。

「終わらせたくないのなら、止めてみなさい」

返され、ルカスは改めて大会の優勝を目指す。

 

メイン。ジョルジュ作〈王冠風円環ローストビーフ〉が注目を集める。肉の角にジュレを塗布し、輪状に浮遊するように設計した一品だ。

技巧で勝てないなら発想を膨らませ、ジョルジュのような動きのある料理を作らなくては。

そう考えたルカスが提出したのは〈海裂きのブイヤベース〉。球状のスープを割ると、中から二層目のスープと魚介が溢れる。

ルカスにも票が集まり、デザートへ。クリームが舞うジョルジュの〈雪化粧のティラミス〉に対し、ルカスは〈新天体ジャンドゥーヤ〉を披露。ナッツペーストの塊を球状の液体チョコが空中で包む、球体同士の融合を新天体の誕生に例えた。これによりルカスはジョルジュと僅差に迫る。

 

1日目を終え、再びルカスはジョルジュに発言の真意を尋ねる。口を開いた彼は、近年開発が進行している重力制御装置について話し始めた。

宇宙での重力を地球に近づける重力制御装置は、実用化可能なほどに進歩。今後普及していけば無重力で料理をする環境は消える。無重力調理技法も衰退し、料理の数々も残らない。ならば自分が腕を発揮できるうちに今を最盛期として刻み、終わらせたかった。

どうすれば今が無駄でないと彼に伝えられるのか。料理を振り返り、ルカスは答えに辿り着く。

 

2日目。ルカスが用意した、巨大な筒のような大皿料理が一同の目を奪う。

〈鴨と木の実の流動テリーヌ〉。具材ごとに三層に分かれ美麗だが、ルカスは最後の仕上げと皿を高所から緩く投げる。すると層が崩れ、互いに混ざり、模様に変化が起きる。

微弱な推進力で姿と味を変える料理。重力制御装置が実装されてもいきなり地球と同じ重力は再現できない。その微重力環境で生まれる料理は無重力調理技術がなければ作れない。

無重力を否定せず、依存もしない未来の料理。その将来に、ジョルジュは笑みを零す。

彼の憂いを取り払い、ルカスは大会に優勝する。

文字数:1200

内容に関するアピール

見たことのない世界を最大限見せること。それがSFのエンタメ性だと解釈しました。相手が知らないニッチな分野を繰り出すには自分の得意分野を探るべきと考え、今までの手触りから「カルチャーSF」をやることに。

そしてエンタメで盛り上がるのがバトル。その要素を組み込みたいと思い、派手な料理がバンバン飛び出す「料理バトルSF」を選びました。

さて、SFの料理描写で考えていたことがあります。「宇宙船で地球と同じ料理をするには、重力を制御できる前提がないと無理では?」……何を当たり前のことを、と思うかもしれませんが、現段階でも宇宙で料理をする試みはいろいろ行われているようです。重力制御技術が完成する前に人類が宇宙へ進出した際、人は無重力環境で平然と料理を始めるのでは……?

これは無重力が有重力に変わる前の、狭間の時代に言及したSFでもあります。技術の更新で生まれ変わる文化を書きたいと思います。

 

文字数:391

課題提出者一覧