畢生の大作

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梗 概

畢生の大作

曼殊新嗣と小夜子の兄妹は、強欲な父のもとに生まれた。内気な小夜子は生まれつき遺体に一時的に故人の霊魂を宿らせる超能力を持つ。父はその力を霊感商法に利用して荒稼ぎし、愛人を囲って家庭を顧みなかった。放蕩に耐えかねた母は父を刺殺し、自らも命を絶つ。凄惨な現場を目にした小夜子は深い衝撃を受け、それ以来、生きた人間と言葉を交わせなくなる。新嗣は妹を守りつつ、金銭への強い執着を抱いて成長した。

成長した新嗣は遺体衛生保全士として働く一方、葬儀屋であり死体の情報屋でもある遠藤と通じ、曰く付きの遺体を斡旋してもらっている。兄妹は遺体に霊を降ろして蘇らせる「降ろし屋」として裏稼業を営んでいた。報酬次第でどんな依頼も請け負うその姿勢は、新嗣を父に似た存在へと近づけていく。

ある日、遠藤から紹介されたのは溝口叡一という男の遺体だった。売れない画家の叡一は画商・山口から資金援助という名目で多額の借金を背負わされ、失踪。その後、孤独死していたという。だが皮肉にも、失踪後に作品は再評価され、いまや東京で大規模な個展が開かれていた。小夜子の力で蘇った叡一は、自分の展示会を見せてくれたら恋人・玲子に遺した絵を譲ると申し出る。金になると踏んだ新嗣は叡一の首に防腐処理と化粧を施し、生首の状態で風呂敷に包んで運び出す。

保証人だった玲子は借金取りに追われ転居を繰り返していた。玲子は自身をモデルにした肖像画を大切に持っていた。当初は兄妹を疑うが、生ける屍となった叡一を前に現実を受け入れる。叡一の願いを知り、自らも個展に同行すると申し出る。

展示会場に入った一行は叡一に個展の様子を見せる。叡一は感激するが、展示に贋作が紛れていると見抜き激しく取り乱す。新嗣は依頼は果たしたと報酬を受け取り去ろうとするが、叡一に同情した小夜子に制止され、渋々依頼を続行することになる。

贋作者は叡一の後輩・桐原朔人だった。朔人も山口に借金があり、贋作制作を強いられていた。一行は山口を告発しようとするが、逆に詐欺師扱いされ追い出される。欲のため他人を踏みにじる山口の姿は新嗣に父を想起させる。自分もまた、金のために死者を利用してきたのではないか。新嗣は山口を追い詰めるため一芝居打つことを決意する。

その夜、閉館後の美術館の喫煙所で、山口が一人になったところへ暗闇から叡一が声をかける。生きていると錯覚した山口は動揺しながらも再び制作を持ちかける。照明が灯り、生首となった叡一の姿があらわになる。錯乱した山口が落としたライターの火は展示室に燃え広がり、炎は瞬く間に会場を包む。山口は焼死し、叡一の作品も灰となる。

明朝、降霊期間の限界が訪れる。玲子は叡一に最後の別れを告げる。約束通り肖像画を報酬として差し出そうとするが、小夜子はそれは玲子が持つべきものだと拒む。新嗣は「タダ働きだ」と憎まれ口を叩きながらも、どこか満足げにその場を去るのだった。

文字数:1199

内容に関するアピール

「夭折した芸術家に、自分の死後の評価を見せたらどうなるのか?」という発想から生まれた物語です。死者を一時的に蘇らせる兄妹の裏稼業〈降ろし屋〉を軸に、死者と契約して依頼を遂行する連作的な構造を取り入れました。物語の骨格は、父の影に縛られ金に執着してきた主人公が、死者との対峙を通して自らの価値を選び直す成長譚です。

文字数:156

課題提出者一覧