空っぽの国会

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梗 概

空っぽの国会

「そのこと」は、実はこの国の人たちは、心の底では暗黙のうちに了解していて、「そのこと」を知らないのは、私だけなのではないか、と、彼女は、そう疑ったりもした。でも、そんなことが起こっているなんて、どうして信じることができただろう。

 ある時、実はもう長いこと、国会議事堂は空っぽのままなのではないかという噂が広まった。

もう何年も、国会中継は放送されていないし、誰もこの国の国会議員の名前も人数も知らないじゃないか、 そんな言い合いを人々は数日楽しんだ。

「そんなはずはない。昨年総選挙があったばかりだし、国会議員がいないのに、国が回るはずがない、総理大臣すら決まらないんだぞ」と、恰幅のいいおじさんが、テレビで言い放った。でも、この国のひとたちは、もう、昨年総選挙があったことも、いまの総理大臣の名前すら、まともに覚えていないのだった。

 

 一人の女性の新米記者が、国会議事堂の番記者になった。

「今時新聞記者になるなんて真面目だね」

「新聞なんて誰も読んでないよ」

と周りにいわれながらも、やっぱり国の中枢に近づいて、権力をしっかり監視するには、新聞社に入るのがいい。彼女はそう決心して、国会議事堂までやってきたのだった。 

だけど、そこでの仕事は、彼女が思い描いていたものとは、全くもって違うものだった。

担当の記者たちには、毎週決まった決まった時間に、官僚の担当者から広報紙を渡される。そこには、報道するべきものが書いてあって、各紙向けの独自ネタまでもが載っていることもしばしばだった。彼らはそれを記事にして、次の日の新聞やネット記事で配信する。全ては配れられた資料の筋書き通りに情報が流れて、それが社会へと報道されていく。

「いつから、こんなやり方なんです?」

配属された初週の金曜日、彼女が上司に質問した。

「いつからって、随分前からだよ」

上司の男は面倒な顔をして答える。

「こんなの間違ってます、官僚の言いなりそのものじゃないですか」

「違う、官僚だってただ印刷された紙を自分らに渡しているだけなんだ。本当に決めているのはコンピューター、A Iだよ。この国の政治はもう長いこと、AIが演算した結果に沿って行われている。ちょっと前に、国会議事堂にはもう長いこと人が座ってない、という噂があっただろう。その通り、もうこの国には本当の「政治家」なんていない。議員や総理を演じてる人はいるけれど、それも日々AIから与えられた指示に従っているだけなんだよ」

 

次の日、夕方のニュース番組の途中、女子アナが拳銃を取り出して、アタマを撃ち抜いて死んだ。

「さて、仕事だ」

そう言って、上司の男は机の上にあったファイルを彼女に手渡した。

「昨日、拳銃自殺した女子アナがいただろう。あれ、不倫騒動ってことで話を進めるみたいだ。詳しいことはそれに書いてあるから、それ読んでいくつか記事にまとめておいてくれ。全く、せっかく最近、「若手政治家」ってのと結婚したばかりだったってのにね」

文字数:1214

内容に関するアピール

無限にネット上に情報が溢れ、それぞれのフィルターバブルの中で最適化されたアルゴリズムに提供されたニュースを摂取する毎日。その生活は思っているより快適で楽しくて、だからみんなYouTubeを見るし、SNSを止められない。

政治だって、日々のゴシップニュースに踊る大衆と、その裏で粛々と進む政策だけあれば、実は政府は回るんじゃなかろうか、そんなことを考えながら書きました。

ひねりの構成は、無関心な政府を官僚が牛耳っている、と思いきやAIが全てを管理している、という二段構えです。

冒頭の「彼女」も、女性記者と女子アナの二人に掛かっています。

 

実作では、選挙での話や、生成AIが無限に記事を生成していくカオス、記者同士での会話など小ネタを挟みつつ肉付けして、よりリアリティのある話に仕上げていきたいと思っています。

 

文字数:351

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