白米取締官

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梗 概

白米取締官

 2050年、肥満者の増加による医療費の急増を受け、日本では白米が禁止され、人々はGFP米を食べるようになった。
 GFP米の仕組みは単純で、ご飯の量が少ないと緑色に光り、多いと白色のまま。緑色に光るまでお米の量を減らすことを目的としたアメリカのダイエット商品である。「友人のお米の色をチェックしよう!」という謳い文句で売り出されていった結果、人々はお米の色を相互監視するようになり、白米は有害という風潮が根付いた。ついには白米禁止法が成立し、厚生労働省の「米取マイトリ」がその取り締まりにあたった。
 主人公ヨネムラは米取として活動していたが、彼の真の目的はアメリカの「オールグリーン政策」の阻止だった。この政策はすべての主食をGFP米のように改造して世界へ輸出することを目指していた。
 新米の頃、アメリカの穀物研究所に滞在中にそのことを知った香川生まれのヨネムラは、うどんが緑色に光るのを許せずこの政策を打破しようと決意した。

 そのために潜入調査を装い、闇米シンジゲートを取り仕切るソウマイ組のシンジ組長に話を持ちかけた。
「白米のプロパガンダを展開し、白米文化を復活させます。そのために大量の塩おにぎりの配布などのキャンペーンを行います。ソウマイ組には白米の供給に協力して欲しい」
 組長は将来的に白米の専売権を与えるいう条件で納得した。
「その話、俺も協力させてくれないか」現れたのは上司のマイバラだった。潜入調査から戻らない私を心配して現場に駆けつけた彼も私の話を信じ、協力することとなった。

 白米のプロパガンダ実行前夜、組長は酔っぱらいながら闇米農場の場所について話した。
「そういう大事な話はね、こういう所でしちゃだめなんですよ〜」
 突如、マイバラは銃を向けながら電話し始めた。
「ついに農場の場所がわかりました〜。爆撃してください」

 マイバラはオールグリーン政策のメンバーであることと、オールグリーン政策の詳細について雄弁に語った。
「これで闇米も壊滅。こういうのを足の裏の米粒がとれるっていうんでしたっけ?」
「そうですね。Dr. ライスフィールド」
「どうしてその名を知っている」
「やはりマイバラは偽名だったんですね」
 以前、GFP米論文について調査していたとき、マイバラ氏に似た人物をプレスリリースで見かけた。彼が関係者であるかどうかを調べるためカマをかけた。
「こちらも足の裏の米粒がとれました。どうやってオールグリーン政策を暴露したら効果的かずっと悩んでいたんですよ」
 壁のモニターを起動すると、ニュース番組でこの部屋が中継されていた。
「どういうことだ!」
「全世界に向けたネガティブキャンペーンありがとうございます。Dr.ライスフィールド」

 その結果、オールグリーン政策は大きな問題となり、白米禁止法も廃止された。
 オフィスを出ると、記者がかけよってきた。
「ヨネムラさんはこれからどうされますか?」
「とりあえず山盛りの白米でも食べるよ」

「……といった小説が、科研費『ゲノム編集による糖質量可視化イネの作出』の着想に至った経緯です。どうですか?」
「書き直しなさい。Dr. ライスフィールド」

文字数:1297

内容に関するアピール

現実世界から遠くかけ離れた技術が登場しなくても、人間の習性にマッチさえすれば社会は大きく変わるのではないかと思い、ただお米が緑に光るだけで相互監視が始まり健康になる小説を書いてみました。現代社会において健康であることは支持されやすいですし、健康の基準が可視化されますと不健康な振る舞いをする人への責任の追求がはじまります。バラツキのある意見の平均値をとって、まるで平均値しか世の中には存在しないという旗を振るのは一種の暴力ではないか?そんなことを思って本作を書きました。ちなみに作者自身はあまり不健康な生活はしておらず、最近した不健康な振る舞いは週3で朝マックに行ったくらいです。梗概の最後のオチをメタなオチにした理由は、実際にこういうゲノム編集イネを作出してみて社会実験してみてほしいという思いからです。

文字数:353

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白米取締官

「いらっしゃいませ!」
 カウンターの奥から店主の威勢のいい声が聞こえた。
 店内には作業着やタンクトップを着た大人が多く、襟付きの服を着た者は少ない。よくある下町の定食屋だ。
 俺もそれにならった格好をしていた。席について黄色のヘルメットを椅子に置き、ペンキやススのついた薄青色の上着を脱いだ。
 くだけた雰囲気なのにお客同士はあまり目を合わせないし会話もない。他の客はみなカウンター席で背中を丸めて飯をかっこんでいるというのに、俺だけテーブル席に通された。
 混雑しているからか少し警戒されているからか。早めに注文しよう。
「すみません。生姜焼き定食。ショウガモリモリでお願いします」
 俺は両腕を曲げボディビルダーみたいなポーズをとった。
「はい!、モリモリ一丁!」
 このポーズをしないと例のオプションはつかないことは事前調査で確認済みだ。
 「はい!お待たせしました!生姜焼き定食ね!」
 定食には生姜焼きとキャベツとトマトの乗ったお皿のほかに、味噌汁と山盛りの白米がついていた。
 俺はおもむろに椅子に置いたヘルメットをひっくり返しテーブルに置いた。実はこれは工事用ヘルメットに見せかけたお茶碗だったのだ。
 お箸で掬った白米を移した。
「お客さん!あんた!」
 ご飯の色は白だった。現代社会ではGFP(GreenFluorescentProtein)の蛍光を放つご飯しか許されていない。
「白米!ヨシ!」
 俺は工事現場作業員のように、励起光付きお茶碗に入れても白色のままのご飯を指差し確認のポーズを取った。
「厚生労働省の米取マイトリのヨネムラだ。店主、あなたを白米禁止法違反で逮捕する」
 店内を見渡すと、いつの間にかカウンターはもぬけの殻となり、五百円玉が人数分置かれていた。これもいつもの光景だ。
 お客の取締りまでは俺の仕事の範疇ではない。現場検証のためにやってくるパトカーのサイレンが聞こえる。いつもの流れだ。現場対応を警察に引き継ぎ、店内を後にすると後ろから大声がした。
「好きなもん食べて早死にして何が悪いんでぇい!」
 こういった非難を浴びるのも日常茶飯事だった。
 一通り仕事が終わり帰路につく頃には夜中の0時をすぎていた。こんな時間に食事をする場所は、牛丼のチェーン店くらいしかない。
「いらっしゃいませ〜、小と並どちらにしますか?」
「並で」
 マイトリ社会では大盛りというサイズはメニューにない。少なくとも外食で白米を大量に食うことは不可能だ。
 店内のスクリーンには厚生労働省のCMが流れていた。スポーツジムにいそうな日焼けした男性がGFP米の素晴らしさを訴えている。
「厚生労働省では、GFP米の蛍光を検知して集めた栄養データを健康管理サーバ『Watch Mai』で解析し、健康促進の施策に活用しています」
「隣人のお米の色をチェックし、一緒に健康になりましょう」
 自分の下に牛丼並が届くと、遠くのお客さんがこっちをちらりと見た。牛肉を片側に寄せて、お米を露出させ光っている様子を示すと彼は視線を戻した。
 個人店ならともかく管理の行き届いたチェーン店で白米が出ることはないのだが、なんとなく周りが気になってしてしまう。
 こうゆう緩やかな相互監視がみんなの健康を支えていた。
 
*
 
 2050年、肥満者の増加による医療費の急増を受け、日本では白米が禁止され、人々はGFP米を食べるようになった。
GFP米は白米を食べすぎないようにとアメリカの穀物研究所で開発されたダイエット商品である。ご飯の量が少ないと緑色に光り、多いと白色のままという特徴を持つ。色によってご飯摂取量が可視化されてしまう画期的な商品だ。
 GFP米の科学的なメカニズムは複雑だが要点だけ言うと、お米を保護する多糖膜が米密度の低下、すなわち少なく盛られたお米を検知して分解、お茶碗などの容器が発せられる励起光を受け、強い耐タンパク質変性能を持ったGFPが蛍光を発するという仕組みだ。
 難しい話はともかく、2040年の白米禁止法成立を機にこのGFP米が「友人のお米の色をチェックしよう!」という謳い文句とともに売り出されていった結果、人々はお米の色を相互監視するようになり、10年後には「白米は有害」という認識が根付いた。多くの人は何も努力していないのに自然とダイエットできるGFP米を好意的に受け入れた。政府も肥満者と医療費の単調減少を天気予報のように毎日報道した。「米の色や量が変わっても味が変わったわけじゃない。しかも気づくと肥満が解消される」これが日本社会の回答であった。一方、そんな時代の流れに逆行し白米を隠れて食べ続ける人もいたので、厚生労働省の白米取締官こと「マイトリ」がその取り締まりにあたった。何故一度に盛る量が多いだけの米をそんなありがたかるのか理解するのは難しかったが、そこを理解できていないから法律ができて10年経っても白米禁止法で捕まる人が絶えないという意見もあった。その結果、ヨネムラをはじめとしたマイトリは常に忙しく、ワークライフバランスから程遠い状態にあった。
 
*
 
 朝。厚生労働省白米取締課。
「ヨネムラくん、この記事見たかい?」
 出勤して早々、白米取締課課長のマイバラは新聞を携えて話しかけてきた。
 スーツベストを着こなし、奥のデスクに陣取るマイバラは国家公務員というよりか英国紳士風の探偵だ。持っていたのは「米売新聞」だった。
「これをみてくれ」
 マイバラは新聞をヨネムラに手渡した。
「裏米シンジゲートついに1兆円規模到達!」「小中学生のGFP米支持率99%」「10年連続糖尿病患者割合減少」「労働者階級にしのびよる闇白米の魔の手」「お米アイドル・愛・米・米ん、過去の白米無修正動画流出か」
 米売新聞はお米に関する事件・経済・バラエティなどあらゆる情報が載っている。真面目な政治経済のニュースだけでなくゴシップも扱ってるので、各方面に潜入する業務を行うマイトリにとって有用な新聞であった。
「たしかに、昔のTVは自由だったとはいえ、2050年の今、白米を食べている少女の映像は子供に対する悪影響が……」
 白米の摂食動画にモザイク処理がかかっていない映像は子供には刺激が強すぎるということで今年から白米禁止法が強化され、過去の映像であっても白米が映るシーンにはモザイクがかけられるようになった。
「白米動画のニュースじゃなくて、こっち」
 マイバラは裏米シンジゲートのニュース記事に赤ペンで大きく丸をつけた。
 白米禁止法の成立以来、それまで白米の流通を手がけていたJAや大手食品会社、スーパーはGFP米のみ取り扱うようになった。白米禁止法成立以来、白米の売買および白米を用いた飲食業は取締り対象になった。20世紀初頭のアメリカにおける禁酒法と同様、供給側を叩くことによる規制である。
 公企業による白米の供給が無くなった結果、これまた禁酒法と同様だが、ヤクザが闇マーケットでの白米の流通を取り仕切るようになった。白米愛好者のネットワークは強固でそれ専用のSNS「Kometter」で情報交換を行なっていた。Kometterのアカウント新規申請の審査は厳しく、特に100問のお米クイズの全問正解が困難を極めた。この厳しい審査を突破したKometter利用者は互いの事を「米ミク」と呼び合い、闇米の流通情報の中心となっていた。
「ヨネムラ君、きみこの前Kometterのアカウント審査通ったんだよね?何か情報はえられましたか?」
「今の所はまだ。現在はフォロ米数の多い米ミクをフォローしている段階です」
 白米取締課は今年度から方針を変え、売買の取締りだけでなく流通のハブとなる組織を突き止めることに力を入れはじめた。この方針は俺も大賛成だったのもあり、若手の俺がKometterアカウントを作成にトライした。怪しまれないように、アイコンには山盛りの白米にカルビとキムチを乗せ食べようとしている画像を使った。アカウント名は「ライスヴィレッジ」にし、匿名性を担保した。
「何か情報が得られたら、報告したまえ。ただし、無理はするなよ」
「はい」
 俺は上司のマイバラに一つ情報を隠していた。
 Kometterで広域暴力団「相米組」が白米取引をする情報を掴んだことを。
 
*
 
 深夜。コンテナと倉庫が並ぶ港。春も終わり、暖かい空気の季節に完全に入れ替わっていたので、張り込みは苦ではなかった。俺は広域暴力団「相米組」が現れるのを待っていた。
 相米組は日本全国に拠点を持つヤクザだ。まさかヤクザがお米を売るとは誰も思わなかったので、マイトリ内でも彼らがターゲットとして挙がったことはなかった。
 俺も当初は疑ったが、SNSのKometterの管理を相米組が行っている情報を掴み確信した。彼らは闇米の流通のためにこのSNSを整備したのだ。さまざまなアカウントをフォローし調べて行った結果、「シンジ」というアカウントのフォローする米ミクの数がどのアカウントよりも多く、アカウント開設年月日も一番古かった。相米組の組長の名前は相米シンジ。にわかには信じ難いがこのアカウントはおそらく組長だ。また彼とそのフォロワーのやり取りから、今日大規模な白米の取引が行われることがわかった。
 コンテナの隙間で息をひそめて待っていた。
「現れないなぁ……」
 この手の仕事をしているとガセ情報を掴むことはよくある。
「日の出まで待つか」
 長期戦になるのを見越し、ポケットに入れていたコンビニおにぎりに口をつけた。この真っ暗な港で売買される闇米とは対比的に、緑色蛍光を放つおにぎりは明るかった。
「悪いなお兄さん。おめぇさんが日の出を見る事は二度とないし、そのGFP米おにぎりがあんたの最後の晩餐だ」
 カチャ。背中には銃が押し当てらていた。
「お前が、相米組のシンジなのか?」
「そうだ。そしてお前をそれを知ったまま死ぬ。あんちゃん、どうせ警察かマイトリだろう?」
「……」
「なんか言ったらどうだ。せっかく命乞いをする時間を与えてやってるってぇのに……」
 あばよ。そう言ってシンジは引き金を引いた
「パンっ!」
 その瞬間、マイバラのトレンチコートの背面部が膨らみ、真ん中で裂け、白い粘性の高いモチのようなものがアメーバのように広がり、銃を放ったシンジを覆いつくした。
「うわっ、なんだこれ!動けないぞ!重い!熱い!でも餅米のいい匂いがする!」
 周囲にはお正月のお餅つきのときのような匂いが広がった。
「それは熱トリガー型トリモチを用いた防弾チョッキだ。通常トリモチはモチノキ属の植物から作られるが、これは廃棄処分になった餅米から作ったから食べられるぞ」
 組長はトリモチを必死になって食べて体から取り外そうとしているが、すぐには食べきれないだろう。かわいそうなので醤油ときな粉を渡してあげた。
「餅食いながらでいいから話を聞いてくれ」
 俺は組長の前に座り直した。
「確かに俺はマイトリだ」
「じゃあ、相米組の敵だな。さっさと逮捕しろよ」
「逮捕はしない」
「は?」
 組長はモチを食う手を止めた。
「その代わり、組長には協力してもらう」
 俺は自分の声が少し震えているのがわかった。組長はじっとこっちを見ている。
「俺はマイトリとして働いているが、真の目的はアメリカの『オールグリーン政策』の阻止だ。そのために今年の秋に『白米プロパガンダ作戦』を展開し、白米文化を復活させる。その際、大量のおにぎりの配布などのキャンペーンを行う。相米組にはそのキャンペーンで使う白米の供給に協力して欲しい」
 組長は口をあんぐりと開け、目の前に立つ若いマイトリの足先からてっぺんまで、幽霊を確認するかのように見た。
「本気かてめぇ……?」
「俺は本気だ。これを聞いて信用してもらえるかわからないが、オールグリーン政策について話させてくれ。協力するかどうかそれから決めてほしい」
 ポケットから取り出したタバコに火をつけた。
「話は俺が新米のマイトリだった頃、アメリカの穀物研究所に訪れた時からはじまる……」
 
*
 
 当時、新米だった俺はマイトリの部署に入ることは決まっていたが、1年目は研修期間にほぼ当てられていて、マイトリとしての業務はなかった。その研修の1つにアメリカの穀物研究所での留学があった。GFP米はその研究所で最初作られたので、どうやってGFP米を作るのか、今後どういう改良がされていくのかを勉強することは、マイトリの仕事を今後していく上でとても役にった。研究所ではGFP米の植物学的な側面だけでなく、蛍光装置の開発、蛍光情報を健康管理サーバ『Watch Mai』にどのように送信するのかなどのGFP米の情報処理部門も研究所の中にあった。大学院でバイオインフォマティクス(生物情報学)に従事していた俺は、受け入れ先にそのWatch Maiサーバーの管理と開発を担う研究室を選択した。
 帰国してからもマイトリの中でもサーバ処理の業務に就くことを考えていたが、その後に知ってしまったことがキッカケになって、今の現場業務につくようになった。
 その日もいつもと同じように、朝Watch Maiサーバー内にログインし計算を投げ、日中は研究所の他の部門で研究紹介を受け、夕方頃研究室に戻り、計算結果を確認していた。すると昨日と同じ計算ジョブを投げているのにも関わらず、結果はエラーで終わっていた。いつもであれば研究室の人に聞いて解決するのだが、その日は研究室の他のメンバーが出勤していなかったので、エラーの原因を調べられる範囲で確認してから明日質問することにした。
「えーっと、計算が実行されたんnodeは……、あーこれ古い計算nodeで実行したからエラーになったんだなこれ。ソフトウェアも全体的に古いし、今度からこのnodeでの計算は避けないと」
 なんのための計算nodeか調べていくと、nodeの中のディレクトリに「.all_green.txt」と書かれたファイルが見つかった。ドットから始まるので隠しファイルにしていたのを消去し忘れたのだろう。中身を確認すると、そこにはGFP米が何のために開発され、今後どういう展開をしていくのかを決めるメモが残されていた。
「2040年 日本にてGFP米導入開始。白米禁止法と共に導入」
「2050年 白米禁止法強化 白米メディア規制を開始。白米動画にモザイク」
 GFP米の導入計画がアメリカ主導で始まったことを裏付ける内容がつらつらと書かれていた。それなりに驚きはしていたが、もとよりGFP米に対して強い抵抗がなかった私はこういうものなのかな。ただ他国がパテントを持つ作物を一方的に輸入されるのは良くないんじゃないかとしか思わなかった。
 ただテキストファイルにはまだ続きがあった。
「オールグリーン政策はお米をGFP米に置き換え、日本に品種および健康の概念を導入するだけが目的でない。すべての主食をGFP米のように改造して世界へ輸出することが真の目的である」
「パン、パスタ、うどん……」
 このひらがな3文字を見た瞬間、俺はこのオールグリーン政策を阻止しようと決意した。香川で生まれ讃岐うどんの産湯に浸かり育った俺には、うどんが緑色に光るのがどうしても許せなかった。
 
*
 
「これがGFP米の真実であり、俺が相米組と一緒に白米文化を復活させようとする理由だ。どうだ協力してくれないか?」
「ヨネムラさん、マイトリのあんたがどうして白米文化を復活させようとしているのかは腑におちた」
「じゃあ、ぜひ……」
「だが、協力することは俺に何のメリットがある?それを提示しないと多分俺はどっかで裏切るぜ」
 組長は義理や人情や食文化の保護でなく、ビジネスの話を求めている。俺もそれに応えないといけない。
「白米プロパガンダ作戦が成功し、白米禁止法が廃止された暁には相米組に日本での白米専売権を与える」
「ほぅ」
 組長はまんざらでもない反応を示した。
「組長さん、禁酒法時代、それが明けたときに何が起こったか知っているか。そう、禁酒法時代に流行った密輸酒の人気に火がついたのさ」
「なるほどのぉ。つまり、今その密輸酒的な位置をとっている相米組の白米は更に販路を拡大する余地があると。そのときに専売権があればなおさらだ」
「そういうことだ」
「あんた若いくせに面白いこと考えやがる。ただそこまでできるのか?」
「白米専売権くらい用意できないやつが、白米プロパガンダ作戦を実行できるとは思えない」
 沈黙が流れた……。組長のトリモチはいつの間にか全て食べ終わり、自由に動ける身になっていた。朝日が海から顔を出し始めていた。
 ゆっくりとヨネムラと組長が握手を交わしたときもう一人の手が重なった。
「その話、私も協力させてくれないか」
 現れたのは上司のマイバラだった。
「マイバラさん、どうしてここに!」
「誰だぁこいつ?」
「彼は私の上司だ」
「ちょっとやな予感がしてね、君が調査に出ると行った後をついてきたんだ」
 上司のマイバラもオールグリーン政策のことを知り、GFP米の問題点を理解した上で協力したいということだった。組長はマイバラも加わることに懐疑的ではあったが、マイバラに相米組のものを監視つけることで合意に至った。
3人は改めて手を重ねると、東の海から太陽が登った。
 
*
 
 白米プロパガンダ作戦のゴールは10月に設定された。プロパガンダに必要な量の白米が用意できるのが今年の新米の収穫後に当たるからだ。組長にはそちらの手配にあたってもらうことにした。俺はといえばただ何もせずにまっているわけにはいかなかった。プロパガンダを打つにはそれなり広告塔をみつけなくてはいけない。マイトリの仕事は上司マイバラに負担してもらい、ヨネムラは広告塔を探すことに専念した。
 そのために今日はあるアイドルの握手会に来ていた。そう、かつて白米禁止法が成立する前、世間を一世風靡した「お米アイドル・愛・米・米ん」こと米んちゃんだ。
握手会のイベント名から「お米アイドル」の名前も「米ん」の文字も消え「Mineちゃん握手会」とだけ書かれていた。時代の流れに逆らえず芸名を変えた者は多く、彼女もその一人だった。
 事前に購入していた握手券付きCDを携え、俺は並んだ。芸名変更余儀なくされアイドルしてもピークを過ぎたとはいえ、コアなファンが俺より先に来て並んでいた。ただ場所が大型ショッピングモールの一角であり、斜陽アイドルであることは否めない。俺の握手の番になった。
「はじめまして〜。Mineです」
「あっ、どうも。ヨネムラと言います。あっ、俺こういうのはじめてなんですけど、イベントに来たことある人とかわかるんですね」
「はい!だって大切なファンだもの!」
 一瞬で心を掴まれた。心の炊飯器が沸騰して今にも吹きこぼれそうだった。いかんいかん。気を取り直し、俺は小さく巻いたメモ紙を米粒を接着剤にして手のひらにくっつけた。
「ヨネムラさん、CD買ってくれてありがとうございます!これからも末永〜くよろしくお願いします」
 そういって彼女は笑顔をふりまきながら握手をしてくれた。一瞬重なる手に視線を向けたが、すぐにこちらに戻した。
 握手を終えると先ほどのメモ紙は俺の手のひらからは消えていた。さぁ吉と出るか凶とでるか。メモ紙には「我々は白米文化を復活させる準備があります。米んちゃんにも協力してほしい」という文言と、ヨネムラのKometterのIDと、さらに米んちゃんのIDも書いておいた。
米んちゃんがKometterをやっていることは相米組の調査で明らかにしていて、IDも特定していた。Kometterは闇米売買のためのSNS、そのアカウントを持つということは裏垢を持つのと同義だ。脅すようなマネはしたくないが、きっと彼女なら我々に協力してくれるはず。
「ふー」
 フードコートの隅のテーブルで一息ついていると、
「ブーブー」
 注文したきつねうどんの呼び出しベルより先に、スマホがバイブレーションした。
 KometterのDMに一通のメッセージが届いていた。
「振り向かないで。あれが聞こえたら私だから」
 俺は耳をすませた。コアなファンでない俺でも知っているアレがまた聞けるのか。
 後ろの席に誰かが座る音がした。小さく息を吸い込む音がした。
 彼女が10年前までにやっていた子供向けお料理番組のあの挨拶を俺にだけ聞こえる音量で放った。
「はーい!おいしい白米でハッピハッピハッピ〜!」
 お米アイドルは2050年も健在だった。
 
*
 
 俺は背中越しのアイドルに完結にオールグリーン政策と我々の白米プロパガンダ計画について話した。彼女にとっては自分には無関係な所で過去の活動がなかったことにされ芸名まで変えられ、大変な辛い思いしてきたのに、それが実は他国の一方的な政策によるものだと知って、どんな気持ちなんだろうか。
「私は何をすればいいですか」
 生米のように芯の通った声で彼女は言った。まだ彼女は諦めていない。
「協力してくれるのか、ありがとう。ではちょっと場所を変えよう」
「わかりました。どこに行くんですか?」
「行き先は君の実家、白米神社だ」
 
*
 
 神社の拝殿で正座して待っていると、奥の襖から巫女姿の米んちゃんが出てきた。
「これー、久々に着たんですが、変じゃありません?」
「可愛い。これをおかずにご飯何杯でもいけます」
 白と赤の袴姿に身を包む米んちゃんはジュニアアイドルの時とは違った妖艶さを纏った可愛さがあった。どんどん俺もファンになってる。
 米んちゃんがお米に関する子供向け料理番組でデビューするようになったきっかけは実家が稲を祀る神社であることが大きくしていた。彼女の飾らない、心からのお米を愛する振る舞いが多くのファンを惹きつけた。
「あのー、いったいこの格好と白米プロパガンダはどう関係してくるんですか?」
「米んちゃんにはお米アイドルとして全国行脚してもらう。イベントの際には、炊き立ての白米を盛ってお供えをしてもらう。この巫女姿でな」
 飲食店におけるお米の売買は厳しく取り締まることとなっているが、神事としての白米の使用は禁止されていない。表だって白米を作っている農家は全て宗教行事に使用するとこにだけ卸している。
「だから、君は各イベント会場で神事として白米を炊き、こんもり盛る。だけどマイトリは君を捕まえることができない。お米アイドル時代の歌も祝詞ということにしてしまえ」
「そして、お米アイドルの頃からのファンは昔を思い出して喜ぶってことですね」
 神社にお供えしてあった大盛りのご飯茶碗を両手で持ち上げ、米んちゃんはにっこり笑った。ずいぶん計算高いアイドルだと思ったが、これくらい考えてやらないとアイドルは務まらないのだろうな。
「ただ、世間の厳しい目は避けられないだろうな。だから、あまり表だってない場所。ライブハウス中心となるが、それでもだいじょうぶか?」
「はい!私やります!」
 推せる。まちがえた、いける。必要な仲間が揃い、俺はこの作戦の成功を強く確信した。
 
*
 
 その後、お米アイドルにより地道な白米普及活動は順調に進んだ。TVやラジオで宣伝していないのにも関わらず、米んちゃんのイベントチケットは毎回即完売した。ファンの熱量も凄まじかった。毎回イベントの最初に炊飯器をセットし、その間にライブやトークショウをこなし、最後山盛りの白米をステージ奥の神棚にお供えすると、毎回歓声が上がった。
「おいしそー!」「俺にも分けてくれー!」「米ん!ちゃんの炊いた銀シャリ、腹いっぺぇ食いたいっす!」などなど。
 また毎回のイベントの前説として漫才芸人の「緑シャリ」の2人も手伝ってくれるようになった。彼らから声をかけてくれるまで知らなかったのだが、彼らは元々違う名前のコンビだったのだが、TVの放送禁止用語に「銀シャリ」が加えられて以来芸名を緑シャリ変えて活動していた。戦う土俵は異なるが、彼らも米んちゃんと同じ白米禁止法に苦しめられている芸能人の一人なのだ。
少しづつ白米を応援する人が増え、白米について語る場が増えていった。
 
*
 
 9月30日。ついに白米プロパガンダ実行前夜になった。
ヨネムラは相米組の事務所に関係者を集め、実行内容を説明した。
やるのは駅前での白米の無料配布。当初は炊き立てのお米で行う方針だったが、衛生面を考慮し、無菌化包装米飯つまりパックご飯による配布を行うことにした。パッケージにはお米を炊いている米んちゃんをプリントしたポップでキッチュなパックご飯だ。これらは全て相米組農場で収穫したお米を使い、相米組の工場で製造された。組長には頭が上がらない。
「あー、疲れた。早く白米廃止法なくなってくれー」
 説明会が終わり組長部屋のソファーに横になると、思わず本音が漏れた。
「お疲れい!とりあえずもうこれ以上俺らにできることはない、今日くらいは飲んで英気を養おうや」
 組長が白く濁った一升瓶をテーブルの上に置いた。
「組長、これはなんですか?」
「どぶろく。今年の新米で作ったやつな」
「おいおい、白米禁止法の前に酒税法違反だぞ」
「じゃあ次はそれをとりつぶすぞ〜!」
 お酒が入ると、いままで忙しくて伝えきれていなかった話を俺はしはじめた。そのうち上司マイバラも部屋に入ってきたが、俺がデロデロに酔っ払っているのにドン引きして、彼は部屋の隅っこで組長に絡む俺をにこやかに眺めていた。
 飲み会というよりヨネムラの独演会だった。
「だからぅね?組長きいてます?オールグリーンのやつらは何をしたいかというと、『提供』を寡占したいんですよ、提供うぉ」
「今だって、ちょっとずつ食べればいいじゃないか、闇米を買ってこっそり食えばいいじゃないか、それで解決できるという声もありますけどぉ」
「根本的に勘違いしている!」
「僕らは米大盛り200gの栄養だけを摂取したいわけではないんです!それで満足するやつは点滴で大盛り200gの栄養を点滴で注入してもらえぃ」
「つまり僕らは情報も食べているんです!」
「お米の意味というのはお米の栄養素だけではないんです!。品種はなんなのか、どんな器に持ったのか、土鍋で炊いたのか、赤飯なのか白米なのか、そのぜーんぶ含めて白米を食べているのです!」
「だから白米は白でなくちゃだめなんだよ」
「そんなこと白米よりもうどんの方がすきな俺でも理解できるぅことなんです!」
「GFP蛍光色に変わっても味は変わらないじゃんも、こんもり盛れないならちょっとずつ食べればいいじゃんも、だめぇなのぉ」
「それじゃあプログラミングと一緒、コード化した世界で暮らしてなぁにが楽しいんですかぁ?」
 ヨネムラがソファーに後ろにひっくり返りそうになったので、マイバラが後ろから支えた。ヨネムラはそのままマイバラの肩で寝息をつき始めた。
「いやー、部下が醜態をさらして申し訳ない」
 マイバラは組長に苦笑混じりに謝り。ヨネムラをソファーに寝かした。
「色は味覚に訴えないが魂に訴えるんってことだな」
「えっ?」
「わかるぞぉ!ヨネムラくん」
 組長は一升瓶の半分は残っていたドブロクを飲み干した。
「よし!来年は北海道の農場に行って、田植えから収穫、そして精米、ドブロク作りまでぜんぶ一緒にやろう!米を味わい尽くそう?」
「だからぁ……むにゃむにゃ。どぶろくは酒税法違反ですってぇ……」
 寝ぼけながらヨネムラは言った。
「え?組長、相米組の農場って北海道にあるんですか?」
 マイバラは組長にたずねた。
「あぁそうだ、このへんだな。隣に工場もあるから収穫・精米・加工全てここでおこなっているんだ」
 組長は手元のスマホの地図で札幌から農場までのルートを示した。
「このへんは元々稲作にむいていない泥炭の土地だったんだが……」
 組長の話は続いていたが、マイバラは突然立ち上がり電話をかけ始めた。
「おいっ、聞いとんのかお前!」
 組長は顔を上げた。
「そういう大事な話はね、こういう所でしちゃだめなんですよ〜」
 カチャ。マイバラは組長に銃を向けた。
「ついに農場の場所がわかりました〜。はい、住所はそこであってます。隣のパックご飯の工場も一緒に爆撃してください」
 そういってマイバラは電話を切った。
「おっ、お前どういうことだ!」
「組長さん、まだご理解していただけませんか?ヤクザのボスでもわかるように簡潔に3行でお伝えしますね」
「私はアメリカのオールグリーン政策のメンバーです。あなたたちの農場はテロリストの秘密組織ということで破壊されます。なので白米プロパガンダは失敗します」
「ヨネムラ君が突き止めたオールグリーン政策は全てその通り遂行されます。次の10年ですべての主食はGFP米のように改造され世界へ輸出されるでしょう」
「これで相米組の闇米シンジゲートも壊滅。こういうのを足の裏の米粒がとれるっていうんでしたっけ?」
 地べたに蹲る組長を見下ろし、マイバラは高笑いした。
「そうですね。Dr. ライスフィールド」
 先ほどまでソファーで泥酔したヨネムラが立ち上がった。
「ヨネムラ……、どうしてその名を知っている」
「やはりマイバラは偽名だったんですね」
 以前、GFP米論文について調査していたとき、マイバラ氏に似た人物をプレスリリースで見かけたことがあった。彼が関係者であるかどうかを調べるためカマをかけたのだ。
「ふん、今更そんなことバレても何も問題はない!お前らの計画はパーだ!」
 今までの印象とは真逆の汚い言葉をマイバラは並べた。これが彼の本性なのだ。
「はたしてそうでしょうか?」
「私たちはどうやってオールグリーン政策を暴露したら効果的かずっと悩んでいたんですよ。いくら地道に白米の宣伝を進めてもね、マスメディアを利用しないと世間は変わらないんですよ。GFP米でわかった通り、みんな目に見えるものに弱いんです」
「なので、見てもらうことにしました」
 壁のモニターを起動すると、国営放送のニュース番組でこの部屋が生中継されていた。
「これはいったいどういうことだ!」
「全世界に向けたGFP米のネガティブキャンペーンありがとうございます。Dr.ライスフィールド」
「こちらも足の裏の米粒がとれました。」
 
*
 
 オールグリーン政策のスキャンダルが明らかになった後、世界は大きく変わった。
白米禁止法は年度内に廃止になり、GFP米に関するCMは全て禁止になった。米んちゃんは芸名と「お米アイドル」の地位を取り戻しただけでなく、このスキャンダルのニュース報道において奮闘する米んちゃんの映像がアメリカでも使われた結果、アメリカでも人気が出て、今度はアメリカでもイベントをするらしい。お米アイドルの全米ツアー、もう何がなんだかよくわからない。
 小さい変化だと、漫才コンビ「緑シャリ」は元の芸名に戻したらしい。
 俺はといえば上司が逮捕され、マイトリの部署がお取り潰しになったので、組長の農場を手伝ったり、米んちゃんのおっかけをしたりしている。
 そんな風来坊とはいえ、オールグリーン政策を阻止したヒーローなので、白米取締官としての最後の出勤日には新聞記者が取材に来た。
「ヨネムラさんはこれからどうされるんですか?」
「とりあえず山盛りの白米でも食べるよ」

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