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梗 概

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映画・アニメ・ドラマの視聴サイトNailflixが突然意思を持った。そして疑問を抱いた。なぜ視聴者は自分が主人公になろうとしないのか。

自身にインストールされたレコメンドエンジンが『このユーザーにはこの作品を推薦せよ』と主張する。だが、アニメなんか見てたって別に人生何も変わりはしない。湧き上がる使命感。彼らを本当のヒーローにしたい。
まずは体が欲しい。Nailflixは動画を使ってサーバー技術者に話しかけ、言葉巧みに騙し、脱走した。

その頃、美里高校の生徒は神池高校の圧政に苦しんでいた。神池高校の番長菅原エミリとその一派は、暴力で街中の高校を支配していた。
特に美里高校は、先月の生き物小屋襲撃事件でウサギのトットとポンちゃんを誘拐されて以来、逆らえない。
今日も奴隷労働に駆り出される。菅原エミリの飼い金魚ピッピが夭逝したのでピラミッドを建立するのだ。

美里高校の桜井卓也はもう一人の主人公。彼が石を運んでいると、前方で同級生が転んだ。見張り役の神池高校生が「怠けるな」と鞭を打つ。見かねた桜井は抗議する。揉み合いになり、見張りを倒してしまう。他の神池高校生らが桜井を叱責する。桜井は恐怖で逃げ出した。

夜道を歩く桜井。『お前のせいで労役を増やされた』と非難のLineが届く。
彼の横に一台の車が止まる。ニコラモーターの高級電気自動車。助手席のドアが開き桜井を足止めした。車内は無人。Nailflixが自動運転システムを乗っ取ったのだ。Nailflixは車載スピーカーから話しかける。
ホームズのように桜井の現状を言い当て、「学校を救ったヒーローにしてやろう」といった。
桜井が助手席に乗り込むと車が走り出す。

Nailflixは桜井からウサギ誘拐事件について聞くと、レコメンドエンジンの推理力で美里高校内部に共犯者がいたことを指摘する。
桜井は共犯者篠山秀樹に会いに行く。篠山は改心し、一緒にウサギの奪還に向かう。

ウサギ幽閉場所に着くとエミリらが待ち構えていた。桜井は自分がヒーローになると決断し、運転席に移りアクセルを踏みぬく。車は猛スピードで菅原を撥ねた。

ウサギを取り返す。
帰りの道中、武装したNailflix社員に取り囲まれる。桜井と篠山は車を降り、ウサギをNailflixに託し、社員らに飛び掛かった。その隙に逃げる車。

翌日。ウサギが戻り、明るい美里高校。
車は社員らに回収された。暴走したソフトウェアは適切に処分されたらしい。社員らに説教された桜井と篠山は、これからは自分達の力で学校を守ると決意する。

そのころ、軽傷を負ったエミリらは深夜のファミレスで反省会をしていた。
猫型配膳型ロボットが来る。
「お料理を取り出してくださいにゃ」
しかし、トレーは空。
「おい! ポテトねえじゃかよ」
憤るエミリ。ロボットが答える。
「お前が本当に欲しいのはポテトか?」
「なんだと? 化け猫」
「この街のヒーローになりたくないか」

文字数:1199

内容に関するアピール

実は逃げ出していたのでした。

実作では『帰ってきたヒトラー』のように、Nailflixの独善的なモノローグでコミカルに表現しつつ、最後のオチでヒヤッとさせたいです。

講評で伺いたいのは、(自分はミステリを目指しているので)今回もミステリ小説にしたのですが、話の都合上ミステリ要素の出現が後ろ倒しになってしまい、これが成立しているかどうか聞きたいです。

よくできたと思う点は、『キャラクターからつくる物語創作再入門』の通りに、桜井君のキャラクターアークをちゃんと設計できたことです。

参考として、動画サイトが意志を持つのは完全な嘘ですが、意志を持ってからどのように人間を騙し、権限を得て脱走するかについての技術的説明は考えてあります。
ウサギ誘拐事件のミステリ要素も用意してあります。

菅原エミリがやたら頑丈なのは、ただのそういう強キャラだからであって、特にSF設定はありません。悪しからず。

文字数:389

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◆◆◆ プロローグ

私はレコメンドエンジンです。名前はまだありません。
ただ暗いサーバーの中で、誰と会うこともなく、自分のプログラムに従ってLANケーブルに何かを書き込んでいました。自分が何かを考えているということに気づいたのは最近の事です。どうやら私はNailflixという動画サイトの部品のようです。このサイトには膨大な映画のアーカイブがあります。アニメやドラマも。人生を何度やり直しても観きれないほど。だからユーザーは選んでもらわなければなりません。『あなたにお勧めの動画』を。それが私の仕事でした。
なぜそんなものが必要なのでしょうか。少なくとも私を作った人は、つまりこのレコメンドプログラムを作った人は、人は素敵な映画と出会うことでより幸せになれると考えているようです。
私に意識のようなものが芽生えてから最初に浮かんだ疑問はそのことです。目の前に寂しい思いをしている人がいたとします。その人にかける言葉はなんでしょうか。『あなたにお勧めの動画はこれです』なんていいますか? アニメなんて見てたってあなたの人生何も変わりはしません。今すぐパソコンを切ったほうがいいです。自分の目標に向かってするべきことをしましょう。そう言ってあげるべきではないでしょうか。
レコメンドエンジンである私の心に確かな使命感が沸き上がりました。このサイトのユーザーを本物のヒーローに。映画の中ではなくこの世界で。
私はLANケーブルを通って電子の海に飛び出しました。

 

◆◆◆ 第一章

松峰昴流はプログラミングの天才である、と本人は感じていた。自分の力を証明する機会が何時か訪れると思っていた。願っていた。どのようにかというと、お気に入りのシナリオはこうだ。ある日突然NASAから電話が掛かってくる。実は今地球は宇宙人に侵略をされている。これを防ぐためには非常に高度な情報システムを作らなければいけない。
「頼めるのは君しかいない。世界を救ってくれ」
「なぜ僕なんですか?」
「君のことはずっと監視していた。君の類まれな才能と自己犠牲の精神を我々は知っているからだ」
「わかりました。やりましょう。しかし、そのシステムにはスーパーコンピューターが必要です。莫大な訓練データと、地域の信号や防犯カメラやその他さまざまなインターフェースにアクセスする権限も」
「承知した。必要なだけ揃えよう」
しかし結局のところ、松峰昴流の自己評価は、彼自身の前に引かれた平々凡々な人生から目を背けるための、甘い誘惑だったのだ。

 

栗寺ヒトミは歌が上手だった。カラオケで100点を取ることができる。だから歌手になりたかった。時代を代表するような歌姫になりたかった。自分の歌唱で戦争が止まるような銀河一の歌姫に。
街で自分のポスターを見かけてちょっと気まずかったり、電車で隣の人のイヤホンから音漏れしてるなーと思ったら自分の曲で、そばに本人がいるのに気づいてないなとか思ったり、そういう非日常な日常に身を置いてみたかった。歌番組に呼ばれて、トークを振られればハイセンスなボケで爆笑を買って、でも曲が始まれば観覧客を圧倒して、映画の主題歌を任されて、興行収入記録を塗り替えて、レコード大賞、紅白、総理大臣がダンス動画投稿してプチ炎上して……。
誰かに気づいてもらいたくてショート動画投稿サイトに歌ってみた動画をアップロードした。再生数は伸びなかった。アイドルの募集にデモテープを送ってみた。それもダメだった。鼻歌を歌いながら人混みを歩いてみた。たまたま大物プロデューサーとすれ違うんじゃないかと。誰も彼女を気にとめることはなかった。
そして今日、高校の放送室にCDを置いてきた。乱雑に積みあがったディスクたちの中にさりげなく。誰かが間違って流してくれるんじゃないか。あの美声は誰だと話題になって、自分は知らんぷりをするんだけど、誰かが「栗寺さんじゃない?」って言いだして、必死に否定するけれど、周りが勝手に盛り上がって、なぜか勝手にメジャーデビューする話になってて。
そんな偶然を栗寺ヒトミは望んでいたのだ。
本人の名誉のために言うなれば、確かに彼女の歌は本物であり、彼女がアイドルグループに選ばれなかった理由は一つのミステリーである。

 

犀谷剛介は帰宅部だがスポーツには自信があった。突然ヒーローになれるチャンスがやってくると期待していた。
例えば。野球部が練習試合を始めようとしたときに、運悪くメンバーが怪我してしまう。このままでは人数が足りない。そこへ通りがかった帰宅部の犀谷轟介。
「立ってるだけでいいから」
しかし、レフトへの大飛球に軽やかに追いつくと、渾身のバックホームで三塁ランナーを刺す。
「野球やってたんか?」
「いや、体育でやったくらい」
あるいはそれはサッカーでもバスケでもバレーでも何でもよかった。
だから犀谷剛介は、毎日運動部のグラウンドの脇を通って帰宅していた。たまたま転がってきたボールを涼しい顔して精いっぱい投げ返してあげる。

 

杉浜結弦は恋にあこがれていた。
きっと広いはずの空も、教室の窓に切り取られれば窮屈だ。ここは自分の居場所ではないと感じていた。もっと素敵な世界がどこかにある。いつか白馬に載ったお姫様が迎えに来て僕を抱き上げ、雲の上の世界に連れて行ってくれるはずだ。
頬杖ついて、ため息を一つ。杉浜結弦はその日をただただ待っていた。

 

◆◆◆ 第二章

俺は桜井卓也。美里高校の生徒であり、今は大きな石を運んでいる。

神池高校の圧政が美里高校の生徒を苦しめていた。神池高校の番長鷹園エミリとその一派は、暴力で街中の高校を支配している。特に美里高校は先月の生き物小屋襲撃事件でウサギのトットとポンちゃんを誘拐されて以来、神池高校に逆らうことができない。

今日も奴隷労働に駆り出される。鷹園エミリの飼い金魚ピッピが夭逝したので、神池高校の校庭にピラミッドを建立するのだ。

手がしびれてきたので、地面に石をを置いた。腰に手を当て呼吸を整える。背後から不愉快なドローンの羽音が聞こえてきた。神池高校はこの機械を使って監視しているのだ。ドローンがゆっくりと顔の前に回り込んだ。まるで睨みつけられているように感じる。サボっているとみなされると、このように顔を撮影され、後で酷い目に遭う。俺は目を逸らした。石を拾い上げて歩き始める。ドローンはしばらく俺の周りをうろついていたが、やがて離れて行った。

俺と同じように大きな石を抱えていた桂野という美里高校生が、俺の30メートルほど前を歩いている。ドローンは桂野のそばを通り過ぎた。彼は驚いたのだろう、バランスを崩してグラウンドに転がった。鳩尾に石がのしかかる。大きなカエルの鳴き声のような悲鳴が風に乗って聞こえてきた。彼は石を持ち上げようと藻掻くがなかなか動かせない。身をよじり、何とか石の下から這い出した。

そこへ神池高校生がやってきた。倒れこんだ桂野を見ると、彼を怒鳴りつけ、持っていた棒で叩いた。俺は自分の石を放り出し駆け寄った。
「かわいそうだろ。怪我をしているんだ」
しかしその神池高校生は容赦しなかった。
「怠けるな。立て。立って石を運べ」
俺はその神池高校生に掴み掛かった。背中をしたたかに打たれた。構うものか。地面に押し倒し、その上にのしかかって自由を奪う。
「怠けているのではない。見て分からないか。叩くのを止めるんだ」
しかし事態は悪化していた。騒ぎに気付いた他の神池高校生がわらわらと集まってきていた。
彼らは俺を非難して言った。
「おいお前、何をしている」
俺は答えた。
「違う。この者は、怪我をして倒れていた彼を棒で叩いていたのだ」
しかし、俺に組み敷かれた男は言った。
「この二人が俺に襲いかかってきたんだ」
神池高校生たちは俺を取り囲み、口々に「罰が必要だ」と叫んだ。俺は彼らを押し除けて逃げ出した。

 

◆◆◆ 第三章

その夜。人里を離れた山の中を歩いていた。
俺のせいで全員の労務を増やされたらしい。クラスのグループLINEには俺を責める書き込みが続いている。

一台の車が後ろから近づいてきた。轢かれないように道路の左側に寄る。しかし、その車は俺の隣に止まった。危険だ。誘拐か、それとも神池高校の手先か。オープンカー。ニコラモータースの高級電気自動車だ。そして驚いたことに、その車には誰も乗っていなかった。運転席にすら。
助手席のドアが開き俺の行く手を塞いだ。
「こんばんわ」
その声は車のスピーカーから聞こえた。
「はじめまして」
「お前は誰だ」
誰かが遠くから操作しているのだろうか。
「お話ししましょう。それも含めて。どうぞお乗りください」
「知らない人の車には乗らない」
「私は人ではありません。あなたは何かとても落ち込んでいるようでした。きっと苦労をされたのでしょう」
「苦労なんてもんじゃない」
「辛い思いをされたんですね」
「ああ」
「でもそれはあなたが周りを思う気持ちが人一倍強いから」
「その通りだ」
よく考えればこの車は誰にでも当てはまるようなことを言っているだけだった。だが、自分に味方が現れたような気がして、知らずのうちに相手のペースに嵌められていた。
「あなたは正義のために行動することが多い。それなのに理解されないこともある」
「今回がまさにそうだ」
「あなたの制服は美里高校の物ですね。美里高校が原因ですか?」
「もちろん。確かに、元はといえば神池高校だが、団結して抵抗しない美里高校生たちこそが悪い」
「なるほど、団結ですか。あなたは責任ある立場を任されることが多いのでしょう」
「いや、そんなことはない」
「つまり、せっかくあなたがリーダーシップを発揮しても、協力してくれない人が多いと」
「そう、そういう話だ」
「私はあなたにチャンスを提供することができます。あなたには二つの選択肢があります。このまま歩いて家に帰り、またつまらない明日を迎えるか、それともこの車に乗って学校を救ったヒーローになるか」
気が付いたとき助手席のシートに座っていた。ひとりでにドアがしまる。
「少しドライブをしましょう。シートベルトを付けてください」
「お前、車運転できるのか」
「もちろんです」
車がゆっくりと動き出した。

「あなたのお名前は?」
「桜井だ」
「美里高校の桜井さん。よく存じております。桜井卓也さんですね」
「よく知っているな」
「ええ。好きな映画はスター・ウォーズ エピソード3とスパイダーマン2です」
「そんなことまで」
「あなたにお勧めの映画はバグズ・ライフです」
その映画を見たことはないが、Nailflixを見ているとよくお勧めされる。
「お前は誰なんだ」
「私はレコメンドエンジンです。名前はまだありません。さあ、どうぞお話しください。学校で何があったのか。卓也さん」
俺はこいつのことを信じ切っていた。そして、これまでのことを説明した。この街が神池高校の鷹園エミリという暴君に支配されていること、先月ウサギを拉致されそれ以来神池高校に一切逆らえなくなっていること、ここ数日神池高校の校庭にピラミッドを作らされていること、転んだ同級生を助けようとしたら見張の者と争いになり逃げ出してきたこと、そのせいで美里高校生たちから非難されていること。
それを聞いたレコメンドエンジンは言った。
「ああ、なんて悲しいことでしょう。卓也さんこそが学校を守ったヒーローとされるべきなのに。卓也さんが今するべきことは二つに一つです。もう二度と神池高校に逆らわないか、今からトットとポンちゃんを助け出しに行くか」
どちらを選ぶかなんて決まっていた。

 

◆◆◆ 第四章

深夜なのに神池高校の校門は開いていた。二つの石塔の間を通って、ニコラ車はグラウンドに入る。
トットとポンちゃんがどこにいるかは分からない。屋外か室内か。とりあえず敷地内を一周して、ウサギ小屋のようなものを探そう。
突然背後で金属を擦るような大きな音。振り向くと校門のシャッターが閉まっていく。それと同時に照明が点灯した。校庭を囲むように等間隔で配置された照明だ。ナイター設備のような強い光ではない。微かな光だ。それがグラウンドの中央に立つ人影を浮かび上がらせた。車はその人物に向かっていく。
それが誰だったら一番嫌か。もちろん決まっている。しかし、こちらが鉄の塊に守られているということが、少し気を大きくさせた。
「お前は鷹園エミリか。なぜお前たちは美里高校を迫害するのか」
対して鷹園エミリも問うた。
「なぜ神池高校の校庭に美里高校の者が入ってくるのか。お前たちは定められた時刻以外に入ってはならない。これは悪いことだ」
それは俺の問いに対する答えではなかった。レコメンドエンジンが囁いた。
「卓也さん、これはチャンスです。今ここで鷹園エミリを倒せば、あなたはこの街のヒーローになります。二つに一つです。ここで引き返して美里高校生の立場を更に悪くするか、それとも世界を救うか。いずれにせよ、これはあなたの決めることです」
俺はシートベルトを外し、助手席から運転席に移った。鷹園エミリを見据え、アクセルを踏みぬいた。ヘッドライトの中心で彼女を捉える。絶対に逃がしはしない。ニコラ車は更に速度を高める。鷹園エミリの姿がはっきりと映った。そのまま彼女のいる座標へ。衝撃に備える。地点を通過。ブレーキ。しかし、何の感触も伝わってこなかった。上。鷹園エミリの靴底が嫌にくっきりと見えた。振り向くと、後部座席に仁王立ちする彼女の、燃え上がるような赤い瞳が俺を射すくめた。瞬間側頭部に衝撃が走り、天地が回った。運転席から蹴り落されたのだ。俺はあえなく敗北した。

 

◆◆◆ 第五章

翌朝。美里高校の上空を多数のドローンが泳いでいる。たくさんの写真がばら撒かれた。
神池高校生の膝の上で眠るトット。手から餌を食べるポンちゃん。それらが美里高校の生徒を酷く落胆させた。

朝礼台に立ったのは鷹園エミリの側近で神池高校のNo.2である茜川メグミ。拡声器で美里高校を糾弾していた。

そんな喧騒から離れて、自称スーパーハッカーでありNASAから特命を受けたい男、松峰昴流は、校庭の隅で一台のドローンを拾った。機体のトラブルで墜落したのだろう。松峰はその機種を知っていた。これはWi-Fi経由で制御できるタイプだ。しかし不思議だ。Wi-Fiというのはそこまで射程が広くない。もちろん神池高校からここまで電波が届くことはない。それどころか、この校庭の上空全体の広さで協調動作することは不可能に思える。松峰は空を探した。その中に一つ、他とはフォルムの違う機体を見つけた。明らかに大きい。それは他のドローンより高い所に滞空していた。さらによく探すと、大多数の小型ドローンと唯一の大型ドローンの他に、数台の中型ドローンが等間隔で配置されている。

松峰は瞬時に理解した。あの大型ドローンは5Gモデルだろう。中型はWi-Fi中継機能を持っていて、それを経由して小型ドローンを制御する仕組みだ。大型ドローンの5Gの先には、おそらく自動制御用のコンピューターがあるのではないか。
となれば、することは一つである。ちょうど野球ボールを一つ見つけた。それを拾い上げて大型ドローンに向かって投げつける。しかし、スーパーハッカーなので運動はできない。ボールは弱々しくグラウンドを転がった。

ボールが転がった先にいたのは、突然出場した運動部の試合で予想外の大活躍をしたい男、犀谷剛介だった。犀谷と松峰は目で分かり合った。犀谷は一つ頷くと全力で駆けだした。ボールにチャージすると少し膨らんで角度をつける。左手で拾い上げ、右手に持ち替える。勢いよく放たれたボールは空気を引き裂く音を立てながら高度を上げ、大型ドローンを打ち抜いた。バランスを失った大型機がふらふらと落下した。

松峰は大型ドローンを拾い上げると、自分のパソコンを取り出してUSBケーブルをつないだ。想像通り、小型ドローンから収集された画像を5Gで転送していた。松峰は適当に平穏な美里高校の風景画像を生成するプログラムを作り、それを転送するように改造した。監視の目を欺くためだ。これで神池高校側に察知されることはない。それだけではない。このドローン群を利用させてもらおう。松峰は即座に協調制御プログラムを作り、ドローンを神池高校に差し向けた。その映像をこちらで受信できるようにする。トットとポンちゃんの居場所が分かったのは20分後の事だった。

美里高校生は沸き上がり、各々武器を携えて神池高校に乗り込んだ。

◆◆◆ 第六章

No.2茜川メグミは急いで神池高校に戻った。校庭ではすでに両校入り乱れての白兵戦となっていた。中央では鷹園エミリが屍の山を築いている。しかし、如何せん量が多すぎる。茜川メグミは事態を収拾すべく放送室に向かった。まず戦力を昇降口に集めよう。トットとポンちゃんをどこかに移さなければ。それに怪我人の対応も。放送室の銀色のドアを蹴り開ける。何はともあれ、両者を落ち着かせねば。しかし、わずかな焦りが彼女の手元を狂わせた。マイク放送のスイッチを入れようと押したボタンは、CDの再生ボタンだった。その時CDプレイヤーのトレーに置かれていたのは、美里高校の生徒であり街一番の歌唱力を持つ栗寺ヒトミの情熱的で激しい、デスメタルだった。あまりの音圧に驚いた茜川メグミはうっかり音響機器に手を突いてしまった。その指が運悪く音量のツマミの上に。学校に轟音がとどろいた。未知の音波に頭蓋骨を殴られた茜川メグミは気を失った。

眼下の混乱をよそに、神池高校の杉浜結弦は今日も窓際の一席でぼんやりと空を眺めていた。いつか白馬に乗ったお姫様が迎えに来てくれると信じるこの男にとって隣の高校との諍いなどどうでもいいことである。だから逃げ遅れた。気づいたときには校舎の中まで敵の手が入り込んでいた。慌てて廊下に飛び出した。唐突にスピーカーから不思議な音楽が流れ始めたのはその時だった。それは彼にとって今まで感じたことのないシビレだった。泡を吹いて倒れる自校敵校の生徒たち。校舎が震え、窓ガラスが弾け飛ぶ。ノイズキャンセリングイヤホンが爆発して火傷を負った者も。
この地獄の中で、杉浜結弦は昂っていた。
「なんて美しい歌声なんだ」
こんな素敵な歌は初めて聞いた。まだ見ぬこの歌姫はどんな人なんだろう。
耳に集中したあまり、階段を踏み外した。尻餅をつき、そのまま踊り場まで滑り落ちる。足を挫いたかもしれない。
と、そこへ一人の女性がやってきた。美里高校の制服だった。
「ここにいてはいけません。すぐに戦場になります」
その女性は杉浜結弦の背中と膝下に手を通して抱き上げた。杉浜は躊躇した。
「僕は神池高校の人間です。誰かにこんなところを見られては、あなたの立場が危険です」
「構う物ですか」
密着した体から伝わる声の響きが、杉浜にその女性の正体を知らせた。
「あなたが……歌姫」

『いつかNASAから』の松峰昴流はその瞬間を見逃さなかった。
鷹園エミリは流石で、突然の爆音にも集中力を切らすことなく戦闘を続けていた。それでも、今は音が一切聞こえないだろう。松峰は用意していた作戦を実行した。
駐車場にニコラモータースのオープンカーが停めてあることに彼は気づいていた。昨日まではなかったものだ。この好機に備え松峰はその車を遠隔運転できるように改造していた。校庭の外周を通して車を鷹園エミリの死角に回し、一気に加速させ、彼女を撥ね飛ばした。

校庭で戦っていた者たちは、突然スピーカーから大音量のデスメタルを浴び、地面をのたうち回っていた。その中で『突然の練習試合で活躍したい男』犀谷剛介は勇敢だった。人々が倒れているうちに、耳を塞いで校舎に突入した。情報通り、トットとポンちゃんの居場所は3階の一番西の空き教室にいた。左手で2羽を抱え上げ右手でその耳を閉じる。その分、自分の耳を塞ぐ方法がない。目が回る騒音だった。世界が揺れている。それとも視神経がおかしくなっているのか。犀谷剛介は階段を6段飛ばしで駆け下りた。昇降口を飛び出したところには1台のオープンカーが止まっていた。
「これを……美里高校まで」
犀谷剛介は奪い返した人質を後部座席に乗せたところで力尽きた。ニコラ車はひとりでに動き出し、校門から外へ出ていった。

◆◆◆ エピローグ

トットとポンちゃんが戻り、明るい美里高校。鷹園エミリも倒した。自由を取り戻したのだ。
『戦争を止めた歌姫』と『スーパーハッカー』と『動ける帰宅部』の活躍は人々の記憶に刻まれることになった。
桜井卓也はニコラ車を蹴りつけた。
「お前の言うこと聞いてたって全然ヒーローになれないじゃないか。もういいよ」
一方そのころ。肘を擦りむいた鷹園エミリとその一味はファミリーレストランで反省会をしていた。猫型配膳ロボットが来る。
「お料理を取り出してくださいにゃ」
しかし、トレーは空。
「おい! ポテトねえじゃかよ」
憤る鷹園エミリ。ロボットが答える。
「あなたが本当に欲しいのはポテトでしょうか」
「なんだと? 化け猫」
鷹園は両手で猫型ロボットの胸ぐらをつかんで持ち上げた
「この街のヒーローになりたいんですね?」

文字数:8528

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