赤紙

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梗 概

赤紙

 僕に通知が届く。丙種へいしゅ合格の通知。僕の母親は「恥ずかしくて外を歩けない」と言う。徴兵検査は甲乙丙丁戊こうおつへいていぼと5段階検査結果がある。不合格はない。丙種合格以下は「第二国民」で「戦時事変ノ際必要ダケ召集」される。つまり実質的な兵士不合格で不名誉とされた。
 僕は小さい頃に結核にかかり、角膜が白濁した。今では視力が多少戻った。度のきつい眼鏡をかけても人の顔がうまく認識できない。読み書きは拡大鏡を併用した。僕は地方の市役所に勤めていた。ある日市長に呼ばれ、兵事係へいじかかりに任命された。同時に就任したのは佐藤秋良あきら。彼は背が120センチほどしかなく、僕と同じ第二国民だった。
 兵事係は徴兵のための業務を担う。軍から届いた召集令状、つまり「赤紙」を市民に通知するだけではなく、市民すべての個人情報を統括する。思想や宗教も含めて。赤紙を持って行くので、鬼のように忌み嫌われるようになる。僕は母親をその実家へ帰す。秋良も辛いだろうと僕は思う。子どもに石を投げられたと言っていた。
 僕は秋良と一緒に残業するようになる。疲れて目の焦点が合わなくなると、僕は宿直室で休憩した。ある日、休憩を早く切り上げて執務室に戻ると、話し声がした。僕がガラス窓越しに様子をうかがう。「逃がす」「匿う」などという言葉が聞こえる。通報しようと思うが足がもつれて転ぶ。僕は拘束される。
 部屋には秋良以外に複数の男女がいた。いずれも健康そうで、本来なら徴兵されているべき市民である。何をしているのかと僕が秋良に問うと、秋良が名簿の山を示す。思想的に同調できそうな若者を選んでは仲間にしているという。僕は彼らを責める。
 なかでも背の高い屈強そうな青年がいる。市長の息子で名前は信昭のぶあきといった。乗っていた列車が横転し入営前に事故死したという記録を思い出す。秋良がそう名簿に記入した。腹立たしい。健康な体を持ち、その体でしか果たせない義務を果たさないことが。
 秋良はもう軍は機能していないという。僕の目を盗んで、秋良が書いたとおりのことが「事実」としてとおっている。人の生き死にや戦争に行くかどうかも。
「クーデタさ。そして戦争を終わらせる。新しい国をつくるんだ。私たちのような第二国民でも尊重されるような国をね」
「私たちって、僕たちは人間だけど君は違うじゃないか。だって君は……」
 信昭がなにか怒鳴りながら僕の胸ぐらをつかんだ。眼鏡が落ち、世界のすべての境界が曖昧に滲みぼやけていった。
 僕は真っ白な部屋で目が覚めた。窓の下に置かれたソファに横になっていた。カーテンの隙間から陽がさしている。僕にはまぶしすぎた。頭がずきずきと痛んだ。そこは病室だった。8人の女性が左右に4人ずつ眠っていた。それぞれ酸素や心電図の管がつながれ、電子音が鳴っている。ひとりずつリズムが異なるので、まるでおしゃべりをしているようだった。
 車輪がベルトを巻き取る静かな音がしたので入口の方を見ると、秋良がいた。汎用型の事務ドロイドの彼は、首を左右に振り、彼女たちに挨拶するように進みながら、僕のところまでやってきた。僕に気分がどうかと訊きながら、僕に渡すものがあるという。よく見慣れた赤紙だった。敵国からのハッキングを恐れ頑なに紙で軍から送られてくる赤紙それだ。すっと血の気が引く。ついにこの日が来たかと思う。
「慌てないでいい。私にも来たから。もみ消すけどね」
 赤紙は2枚あった。
「紹介する。私の本体。私も久しぶりに会うけどね」
 秋良は窓側に眠っている女性の一人を指し示した。髪は長く黒く、頬にも赤みがあり、他の彼女たちとは違って今にも起き上がりそうだった。
「私たちはこれでも働いているんだよ、眠っているように見えてもね」
 と彼女・・は苦笑いしながら言った。
「女性型ヒューマノイドはカスタムが複雑で高価だからね。盗難にも遭いやすい。ドロイドに色気はないが使いやすい。でもね。私はこんな筐体からだでもお国に差し出す気はないんだ。さらさらね」
「でも僕たちは国民としての義務が……」
「『特攻』をうちの国が再びやり始めたのを知っているかい」
 僕は頷いた。国際人道法上、人間が乗っている機体は攻撃できなくなった。これを利用し、国はリアルの戦場では何の役にも立たない僕のような人間を、機体に「乗せて」飛ばし始めている。秋全国のドロイドやヒューマノイドにも赤紙が届き始めていることや、供出させられた筐体や義体のシステムが「特攻」に軍事転用されていることを良は僕に説明した。
「私は無駄死にするつもりはない。君にも。どうだ。一緒にやってくれるね」
 僕は頷いて、秋良の無機質な筐体に手を置いた。冷たいはずの秋良の筐体は、ほのかに温かかった。これは僕たちに降り注ぐ陽の光がもたらす錯覚だったのだろうか。

文字数:1995

内容に関するアピール

 戦争ものが好きです。映画も本も好きです。
 観たり読んだりしていると、職業病妄想が発動します。空襲の時の死亡届についてとか、配給担当も嫌だけど赤紙担当の兵事係には絶対なりたくないなあとか。
 今でも、死亡届には「戦死」っていう入力欄があります。使うことがないといいな、と思います。
 もし戦争になったら、自分はどう働くんだろう、と妄想しているうちにこの話ができました。なのでお仕事SFだと思って読んでくださるとしっくりくるかもしれません。
 また、最後になりますが、私がSFヘタレすぎるため、第7期聴講生の縦谷痩さまに事前に一度読んでいただきました。どうもありがとうございました。アドバイスで改善されていない点、いたらないところは、すべて私の責任です。

文字数:323

課題提出者一覧