波打ちと芝生

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梗 概

波打ちと芝生

遠い次元の向こう側で起きた仮想の爆発が、星に有害な音の〈波〉を降り注がせてから数世紀。
 ノイズに似た不快な可聴音波を発しながら、媒質を介さない不可視の干渉波によって人間の精神を狂わせる〈波〉から逃れて、人類は地下へ潜り、放棄された地上は荒廃を続けていた。

走査者(サーファー)とは危険を顧みず〈波〉に浸された地上を駆け抜ける者たちの背負う称号である。彼らは違法に改造された反重力ボードを駆り、不快なノイズを掻き消す高出力のスピーカーユニットを背にして地上を駆ける。僅かでも長く地上を走るための違法な調律薬(チューニングドラッグ)が、駆ける彼らの精神を昂ぶらせる。
 波を気休め程度に緩和させるフルフェイスメットに搭載されたバイザーには、現実に重ね合わされて過去の走査のVRログ——通称ゴーストが映される。精神の限界まで地上を駆けるスリル、そして軌跡として残されたログの美しさが、無謀な走査者たちにとって何よりの栄光だった。

地表付近のスラムに育った青年・ルイレイは、伝説になった最速の走査者・スモーキーに憧れる。ドラッグ漬けの母、劣悪な生まれを振りきるようにルイレイは危険な波乗りを続ける。それでもなおスモーキー——最速のゴーストには届かない。
 スモーキーを追う波乗りの最中、ルイレイは無茶な速度を出し危うく命を落としかける。ログを追っていた仲間によって救出されたが、長く波に晒されたルイレイは搬送を受け、同時に違法な改造ボードの摘発を受ける。

シェインを取締った刑事・マルボロは独自にスモーキーを追っている男だった。スモーキーはルイレイが生まれる以前の古い走査者だ。全盛を迎えた走査者としての絶頂期、スモーキーはある日を境にぱったりと世間から姿を消した。マルボロ曰く、大きな秘密を抱えたまま。

マルボロはひとつのファイルを共有する。それは公安によって消されたスモーキーの残した最後のログ——伝説の男の、幻のゴースト。彼はその波乗りの中で、〈波〉にまつわる“何か”を悟った。
 それを知ることができるのは、彼の残した軌跡に追いつける者だけ。事故に遭う直前のルイレイは、スモーキーの速度に肉薄していた。ルイレイはマルボロと手を結び、スモーキーのゴーストを追うことを決める。

スモーキーの影を追っていくうちに、ルイレイは波の構造を深く理解しはじめる。不可視の波の揺らぎと正しく同期するように地上を縫い、身体を波に委ねる。その向こう側には魂を揺らす根源的な“何か”の気配がある。
 身を省みない圧倒的な加速度の中で、全能感に包まれたシェインはある地点で「おれがスモーキーなのだ」と気付く。波は魂の媒質であり、そこにはすべての魂が溶け合っている。生者も死者も、根源には波があった。

異常を察知したマルボロの静止の声を振り切って、ルイレイは更に加速を続ける。

魂が呼んでいる。もっと速く。もっと速くを。すべての過去を置き去りにしろと声がする。

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