まばたきに触れて

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梗 概

まばたきに触れて

人々は自らの身体を殻皮シェルという電子皮膚で覆っている。殻皮は透明で、見た目は本物の皮膚と変わらない。殻皮シェルはバイタルデータの計測や接触通信を可能にするウェアラブルデバイスとして用いられ、日常生活に必要不可欠なものとなっている。子どもたちは、約十歳前後から殻皮シェルの装着を始め、徐々に慣れさせていく。
殻皮シェルの普及に伴い、データ化された記憶を書き込む殻刻タトゥーが流行し始め、ほとんどの人が殻刻を彫っている。殻刻によって殻皮に書き込まれた記憶は、音や光、手触りなどの鮮明な感覚をいつでも呼び起こすことができる。殻刻は通常、目に見えないように殻皮に彫られることが多いが、あえて本物の刺青のように鮮やかな色やデザインを施す人もいる。
 
不登校気味のミユは、母親に与えられたマンションで、「生まれてこなかった姉」と一緒に住んでいる。姉は、大きなたまご型の水袋のような見た目をした物静かなアンドロイド。姉ではなく自分が生まれてきたことを後ろめたく思うミユは、母に内緒で姉をつくった。その費用と維持費は、年齢をごまかしてもぐりこんだキャバクラで稼いでいる。
真面目なルイコは、教育熱心で過干渉な母親への屈折した気持ちを抱えている。実は筋金入りの殻刻マニアで、びっしりと殻刻を入れている。また、他人の殻刻にも興味津々で、夜な夜な繁華街に繰り出し、改造した読み取りデバイスによって他人の殻刻を勝手に覗き見たり、殻刻のデータをコピーして持ち帰り、継ぎ接ぎの記憶を作って遊ぶのが趣味。
 
深夜の繁華街で、仕事帰りに酔って動けなくなったミユは同じクラスのルイコに助けられる。ルイコはミユを介抱しながら家まで送る。ミユは優等生だと思っていたルイコのギャップに驚くが、酔っているせいもあり、次第に心を開いてゆく。
ミユが部屋に入るなり、水袋のような見た目の姉に抱きつく。ルイコはその姿を見て、ミユに強烈に惹かれる。ルイコは、こっそりミユの殻刻を覗き見ようとするが、ミユの殻皮には殻刻がひとつも入っていなかった。驚くルイコに、ミユは自分に残しておきたい記憶なんてひとつもないのだと言い、自分が「生まれてこなかった姉」に強いコンプレックスを抱いていること、自身の思い描く完璧な姉のフリをすることでしか人と関わることができないことを告白する。それを聞いたルイコは咄嗟に、姉の「ない記憶」をつくることを提案する。つまり、他人の殻刻の記憶データをコピーしてふたりで姉の架空の人生をつくろうと言うのだ。「つくってみたら、きっと、大したことないよ」と。ルイコはミユを姉の呪縛から救いたかった。
ふたりは、夜な夜なクラブやバーなど暗くて人が密集している場所へ出かけては殻刻のコピーを集め始めた。
ミユは、ルイコに連れられて殻刻のスタジオを巡ったり、実際の施術の様子を見学したり、ルイコと一緒に他人の殻刻を覗き見たりと、姉の架空の人生をつくりながら、徐々にルイコに惹かれ始める。また、殻刻による「自分だけの一瞬」にも興味をもつ。しかし、それと同時に、姉の存在を窮屈に感じ始めてしまう。自身の心境の変化に戸惑うミユは唐突にルイコを突き放す。
 
ミユの勝手な態度に腹を立てながらも、ルイコは殻刻のコピーをやめなかった。しかし、次第に殻刻を覗き見たり、コピーしたりを繰り返している人間がいるとクラブやバーで話題になりはじめる。それでもひとりで行動を続けていたルイコは、繁華街を牛耳っている集団に拉致されてしまう。悪用もしくは自分たちのシマで無断で何か新しい商売を始めたのではないかと疑いをかけられたのだ。ルイコを助けるために、ミユは姉を携えてルイコの元へ向かう。ミユは、悪用や商業利用でないことを説明したが、姉に興味を持った相手に、姉と交換でならルイコを返すと言われる。ミユは、少しも迷わずルイコを選ぶ。
 
朝焼けの光に照らされて、なにもかも輪郭が淡く滲む繁華街の中をふたりで歩く。ミユは、姉ではなくルイコを選んだことに自分でも内心驚きながら、ルイコの手を強く握った。ルイコの手のひらがびっくりするほど熱くて、ミユはこの感触を殻刻にしていつまでも自分の身体で覚えていようと決めた。

文字数:1722

内容に関するアピール

わたしが創作をはじめたきっかけが誰かの「ない記憶」になりたい、という気持ちからでした。日常生活の中で、あっと思っても、つい取りこぼしてしまうものを掬い上げるようなものが書きたいという気持ちでこの一年間やってきました。
 
大きなテーマとしては、人生には本当に他愛もない、そのひと本人にしかわからない、けれどたしかに鮮明に輝く一瞬があって、その一瞬だけで人は自分の人生をまるごと肯定できるのではないか?というようなことを書きたくて始めた物語ですが、物語をつくるということ、物語に救われるということはどういうことか?や、創作っていうのは、自分の中の秘密を相手と分け合うことではないか?など、この一年間の創作講座を通して考えたことや感じたことも盛り込んで活かしていきたいです。
 
ただ、ガジェットの設定はまだ詰め切れていないので実作ではよりリアルに書けるように詰めていきます。以下、現時点で考えている殻刻の補足設定になります。
 
殻刻設定補足
殻刻による記憶の呼び起こしには専用のデバイスが必要。指輪とかのイメージ
→現代にある、ブラックライトをかざすと光るタトゥーをイメージ
→殻刻は認証されたデバイスでしか呼び起こせない(他人の記憶を見たければ本人のデバイスを借りる必要がある)
 
一般的に、殻刻にできるのはごく個人的な内容のみ。記憶の改竄もだめ。イメージの増幅は可。事実を捻じ曲げることや公序良俗に反するものはNG。つまり、犯罪やそれに関わるものの記憶は殻刻にできない。(闇スタジオでやってるとか?)
→他人の殻刻を勝手に覗き見るのは犯罪ではないけれど、迷惑であり、嫌悪される行為であることはたしか。現代のイメージとしては、勝手にスマホ見るとか?SNSの鍵垢を見るとか?プライバシーの侵害?

文字数:736

課題提出者一覧