遺されたもの

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梗 概

遺されたもの

十四年前にひとり出版社を立ち上げ細々と暮らしていた私は、先日亡くなった老作家・須山七房から「君に任せる」と書きかけの遺稿を託されていた。
 AIによる執筆支援やAI作家が当たり前になった現在、須山はAIを利用せずに商業ベースで書き続けた数少ない私小説家の一人だった。
 私は遺族の了解のもと、執筆支援マッチングで選ばれたAI「チャロ・モ」を使って遺稿を完成させることを決意し、須山の全作品、書斎の本、日記などあらゆるデータを読み込ませ出力の精度を高める。
 やがて須山の作風に似た文章が出力されるようになるが、私は納得がいかない。そこで須山のライフログから生成した疑似人格を人型ロボに搭載し、生活を共にしながらチャロ・モの学習を深めていく。しかし一向に満足のいく出力が得られず、私はヒントを求めてロボと共に須山の故郷を訪れる。
 郷土資料館に設置されていた昔の町をVRで体験できるコーナーで、私は須山が幼少期を過ごした町並みを体験する。そして、その中で子供のころの須山と出会い言葉を交わす。
 その経験をもとについに完成した小説は、最後のリアル私小説家の遺作だと一部で話題になった。

しばらくして、映画プロデューサーを名乗る人物から、作品を映像化したいという話を持ちかけられる。生前の須山は映像化を拒むことはなく、いつでも「小説と映画は別もの」といって深く関与せずに、完成された映像作品を単純に楽しんでいた。その記憶から私は遺族に確認の上、映像化を進めることにする。
 メインのAI脚本家が決定し本格的に動き出すが、製作は難航。プロデューサーからはチャロ・モのデータを貸して欲しいと頼まれるが、須山が映像化に関与しなかったことを理由に私は断る。
 私小説であることを活かして没入感の高いVR映画を目指す方向で話は進むが、想定以上に金がかかること、小説の出版から時間が経って話題も薄れてきたこと等を理由に、映像化は頓挫してしまう。
 私は小説の売上をはたいて作りかけのVR映画を買い取り、個人製作を始める。知人の映像作家らの力も借りながら時間をかけてゆっくりと映画は形になっていく。しかし小説のときと同様、最後のピースが埋まらない感覚が私につきまとい、あと一歩で完成しない。
 金も尽き、最後の機会だと決めて、私は一人で一週間部屋にこもり、寝食も忘れたように繰り返しVR映画を鑑賞・編集し続ける。次第に現実と映画の境界が曖昧になり、私小説の主人公と須山、さらに自分自身が重なり融合していく感覚に襲われる。いつしか意識を失い目覚めたとき、映画が完成したと私は思った。
 体調を整えて改めて一人で映画を鑑賞し、私は須山との一体感を味わう。それは確かに須山の小説の世界であり、集大成であった。映画が終わり、全てを終えて遺稿からも須山からもようやく解放されたはずなのに、私は満足感だけではなく、取り残されたような寂しさも覚えていた。

文字数:1200

内容に関するアピール

最終実作にあたって自分なりにいくつか課題を設定しました。
1:時間を扱う
VRで作家の故郷を体験するうちに過去に迷い込む。
2:ありえないを描く
VRの過去で少年時代の須山に出会う。
3:2回以上ひねる
AIによる小説執筆、映像化、頓挫、個人製作と紆余曲折する。
4:最新技術を取り入れる
最新ではないかもですがAIによる創作支援、疑似人格、町の風景のVR化など。
5:変なペットが出てくる
須山の疑似人格を宿したロボットと共に過ごす。
6:嘘つきが出てくる
AIによって擬似的に遺稿を完成させること、やむなくその実行を決意する主人公(自分の心を欺く)。
7:ワンシチュエーションの場面を作る
全体は難しいため、1週間こもる場面を設定して描く。中上健次の「覇王の七日」のような雰囲気。
8:最初と最後でタイトルの意味を反転させる
始:須山の遺稿、のめりこむ対象、没頭
終:遺稿からの解放、放心、取り残された感覚(須山の死を受け入れる)

文字数:400

課題提出者一覧