アンバベル

印刷

梗 概

アンバベル

イースター島など太平洋諸島が専門の考古学者が、解読中の古代言語の文字=音声対応表を作成しながらつぶやいていると、生後半年の娘が発音を真似る。少し教えると、娘が事物と対応する古代言語を口にし出したことから、娘の才を見込む。日英と古代言語、それぞれの音と文字を娘に教え続けると、物心がつく頃には三言語を日常的に使うようになった。考古学者は娘に、言語の英才教育を施すようになる。

考古学者のチームが同文明の海底に沈んだ都市を発見し、マスメディアの記者が考古学者を取材し報じたことから、その未解読の「古代言語を操る少女」=娘の話題がマスメディアを賑わせる。

その報道に興味を持ったあるAI企業のCEO・大富豪が現われ、自社で開発中のAIを古代言語解読のために、考古学者と娘に無償提供することを申し出る。大富豪は、世間からは時に存在すら疑われている所在不明、経歴不詳の人物。大富豪の傍らにいる秘書は特別なアンドロイドで、人と見分けがつかない。考古学者や娘、AIのほか、限られた者しかアンドロイドであることは知らされていないという。

かくしてアンバベル(UnBaBeL)と名付けられた、未熟で陽気な、人間臭いクセも身に付けるようなAIと娘は、幼なじみ同士としてバーチャルに交流し合い成長していく。

ある日、大富豪がタヒチに所有する別邸へ考古学者やまだ幼き娘が招かれた時、窓辺にとまった鳥を見て娘が、古代言語で言葉を発する。<海/世界>、<鳥>、<わたし>、<ことば>、<来る/生む>、<しあわせ/うれしい>の6文字と未解読文字の組み合わせ。「私はしあわせ、海から鳥が来て、という、ことば」とアンバベル3.0は解釈する。

アンバベルから娘は学び、時に、娘からアンバベルが学ぶ。二者は父がときおり報告してくる新たな考古学上の発見を取り入れながら、共通見解を広げ、また、異なる解釈に立脚した言語体系や当時の文明観をそれぞれに構築していく。生物である人と人工物であるAIとが、古代言語を介して、さながら異文化(異生物、異知性)間の交流を育んでいく。

重大な考古学的発見が続き、新たな知見は娘の見解の正当性を後押ししていく。考古学者の父は世界的権威となる。そして出版社に移った記者と、アンバベルや娘の見解をテコに、自身の手による多くの「発見」についての書籍出版に乗り出していく。

娘の見解を土台とした古代言語の解読結果や文明観などをまとめた、考古学者による国際学会での発表は世界中で大きな話題となる。書籍出版日も近づいたある日、海底の古代図書館跡からミイラ複数体が収められた部屋が発見される。ミイラは生前そのままの姿を保っていた。鳥を神として祭る意匠に満ちたその部屋からは、新たな文字や文字列を含む石板が膨大に発見される。

新発見をふまえたアンバベル13.0による解釈は、娘が構築した見解を大いに否定するものになった。考古学者は新事実ばかりかAIや娘に対しても否定的になり、娘はAIを遠ざけ、失意に沈む。世間の考古学者や娘に対する風向きは一転する。

しかしアンドロイドの秘書は考古学者の父に、AIと娘がこれまで成し遂げてきたことは、過去の「発見」ではなく未来の「発明」であると諭し、考古学者は省みる。

記者がイースター島で大富豪との単独インタビューに臨んでいると、大富豪がアンバベルと同じクセを持つことに気づく。傍らにいたアンドロイドの秘書は記者へ、大富豪はアンドロイドで、アンバベルは大富豪を構成するAI人格の一人との真相を明かす。記者には夕陽に照らされた秘書の影が、鳥神のシルエットに見える。いまだ海底に安置されたミイラたち。調査隊のダイビングライトに照らされて水中に浮かんだその影も、鳥神に見えた。

記者の手による、AIや娘が生み出した多くの「発明」についての書籍が発売される。発売日当日、クセもそのままのAIと娘は気が知れた幼なじみ同士として、戯れたチャットに興じている。その姿に目を細めながら、考古学者はアンバベル14.0に、娘がタヒチで口にした古代言語を改めて訳させる。訳語は以前のものとは異なっていた。

「私は鳥、ことばが世界を生む、うれしい」。

文字数:1707

内容に関するアピール

コミュニケーション(言語を含む)やカルチャー(国際性を含む)、ジャーナリズム(権力や暴力を含む)の視座から、「人間とは?」「ロボットとは?」「神とは?」と、SFしながら問うてみる。初心に戻って、センス・オブ・ワンダーを大事に。第3回で提出した梗概をベースにして、本年度の最終課題、実作とする。

文字数:146

課題提出者一覧