一任された身体

印刷

梗 概

一任された身体

 母は認知症を無理に治してしまった。『一任された身体』というサービスがあり、寄生虫を脳に住まわせて、身体を任せるために移植した。予め寄生虫に母親の性格や行動パターンなどを学習させているので、認知症前の母らしい行動をすることができるようになる。母が事前に頼んでいたサービスらしい。

 認知症の母は徘徊がひどかった。万引きして帰ってきたことも一度や二度ではない。移植した後にのんびりとリビングでテレビを見ている母親をみて安心した。夜中に二階が騒がしく、慌てて母の寝室にいくと、母が手を口に入れて荒い息をして居た。慌ててその日はなんとか寝かせる。チューニングが合っていないだけだから大丈夫だと言われた。次の日からは普通に過ごしている。

 亡くなった父親も同じように認知症で、母が介護していた時は散々だった。認知症の前まで父は無口だったけれど、なってからは頭で考えたことがそのまま口から出てくるようになった。暴言がひどくて大変だったこと、だからこそ自分が負担にならないようにプログラムに参加したことを教えてくれた。

 幸い身体は健康なので、母は仲良しだった近所の人と再び会うようになった。私もフルタイムで会社に復帰して、自分の時間が持てるようになる。趣味を再開したりして、楽しそうにしている。特に近所の鳴滝さんとよく会うようになった。元々二人は仲良くなかったので意外に思いながらも、話を聞く。鳴滝さんも、寄生虫を頭に入れているらしい。前まで母は自分のことをたくさん喋るような人ではなかった。なのにおしゃべりがどんどんエスカレートして私のことを遮っても喋るようになって、違和感を感じる。

 元々の母のイメージがどんどん解離していく。そもそもなぜロボットではなく、学習させた虫を選んだのかも不思議だった。挨拶がてら母と鳴滝さんの家にお邪魔すると、大量の通販の段ボールがある。ロゴは『一任された身体』を扱う会社と同じものだった。鳴滝さんが母に勧めたのだと分かると、今二人が仲良くしているのは本当に良いことなのだろうかと恐ろしくなる。

 数年後に母は老衰であっさり亡くなった。鳴滝さんも葬式に来て、長年寄り添った夫婦みたいに母の顔を見て号泣している。鳴滝さんの頭の虫がそうさせているのだとしたら、何か裏があるのではないかと感じて冷静になってしまう。葬式を終えて火葬場にいくときに、『一任された身体』の人がやってきた。頭だけ回収しに来たと言うので怒っても、葬儀屋に指示を出していく。

「頭に次使う虫が入ってるんです。それに寄生したままだと焼けませんよ」

 母親の胴体と首はノコギリで切り落とされるらしい。母が身体を受け渡してしまった時からこうなることが決まっていたのなら、やるせない気持ちでもう立ち直れないかもしれない。私はどうすればいいのか分からず、閉じた棺にしがみついた。

文字数:1172

内容に関するアピール

万文字あるので、老いるということとその周辺にある問題について書ければと考えています。SF設定としては宇宙人に身体を乗っ取られるのと大差ないですが、現実レベルを上げてお話を作りたいです。(ずっとそうだったので)今回も設定は、あまり主流な方法ではないことを理由に、ふわっとしたままで押し切れたらと考えています。ですが、もし良い設定などあれば教えて欲しいです。

母親と鳴滝さんの関係としては、大きく

怪しい会社の製品を押し売りされたので一旦疎遠になる→自分が認知症になりそうな段階でなんとかしたいと思い、押しつけられたカタログからサービスを見つける→(実際に寄生虫を住まわせた後は)寄生虫どうしが惹かれあって仲良くなる

というような感じを想定してます。寄生虫はそれぞれ学習はしていますが、虫としての自我が消し切れてなかったので、結果として『認知症前の人物』とは異なる行動を取るという設定です。

文字数:391

課題提出者一覧