梗 概
SOMEONE RUNS
# README
親の勧めで、古典的条件づけを利用した報酬系にバイアスをかける人格矯正をボクは受けました。その結果、本来は初歩的な躾程度の効果しかないはずなのだけれど、生来の離人感と合わさってボクは、「勉強が大好きなボク」と「運動が大好きなボク」と脳内で同居することになったわけです。
感覚的なものですが、彼らに体のコントロールを任せている間、新幹線にのっているように外の風景を眺めるだけで自動的に人生が進んでいる、そんな感じでしょうか。
何かで結果を出している人は、行動と報酬の紐付けが長らく強固なのでしょう。矯正手術というズルをしたものの、ビハインドのあるボクは当然、勉強でも運動でも、高校という小さな単位ですら1位になれません。
「何かに抜きんでた人間になりたい」と切に思ったボクは、人格矯正は3つの行動まで紐付けられるので、定量的な評価が難しい芸術が好きな人格を新たにインストールすることにしました。
しかし、両親からの評判はすこぶる悪いです。
「お前は何になりたいんだ? ちゃんと自分のことを考えたほうが良い」
「芸術肌のボク」はその言葉に激昂し、放任主義の父親と、カルトをとっかえひっかえする母親を殺めてしまいました。「芸術肌」の責任だと思ったボクは逮捕を嫌って逃走を決意し、狂気をおび始めた「芸術肌のボク」に逃走を唆し、コントロールを渡しました。
彼は鼻を壁にぶつけて潰し、唇と目をカッターで裂いて簡素な整形を施します。血を流しながら、満月が輝く夜、アスファルトをひたすらに走って逃げるボク。自分の人生が本当に始まりそうな、爽快な気分も感じていました。
1年後、スリをして得た学生証とネカフェの会員証で日雇いバイトをしてボクは暮らしていました。
バイト仲間からの些細な承認あれど、あの夜の爽快さとの落差から日々の生活を寂しく思い、ボクは大学の文芸サークルに潜ることを決意します。
そこで、自分というものを持っているように思えた、文芸の得意な女の子にボクは恋をしました。しかし、彼女の述べる「優れた人間像」から遠くかけ離れた過去にボクは絶望を覚えます。加えて、彼女が作家兼客員教授と恋人関係にあることを知りました。
彼女の言う「人間」も彼の受売りではなかろうか。急に、確固たるものを持たざる自分も、彼らも、汚く思いました。人間の衝動的な感情に従って、他の人格に頼らず、僕は彼らを殺めます。そして、久しぶりに僕のまま、幼稚さを嘆きながら夜の街を走りました。
今はネカフェで作業をしていますが、もうすぐ捕まるのでしょう。
ですが、貴方がこの文章を読んでいるということは、それより先に僕の人格の書き出しと、ネットへのアップロードが完了しているはずです。
汚い自分ですが、罪深いと知りつつも、シミュレーションや他の人の脳内等々、何らかの形で、まっさらな僕ではない僕が立派な人間になれることを、願います。
文字数:1198
内容に関するアピール
現在存在している自分が、あり得た可能性の中で最も良いと思っている人は少ないのではないでしょうか。そこから生じる我々の暮らしを常に誘惑する逃避願望を、他責という行為によって肉付けして深掘ろうというのが本作の試みとなります。
梗概上に記載できませんでしたが、作中の人格矯正はあまりメリットのなく、保険の使えない高価な手術という設定です。特定の刺激に対してアドレナリンを微量放出するハードウェアを脳内に組み込みます。
最後のシーンは、その機器のメンテナンスソフトウェアで、ありとあらゆる刺激に対する自分の電気信号保存というデータセットの作成を意味し、読まれている文章がデータセットに付随するREADMEに該当するという建付けです。
梗概ですとヒロインがぽっと出だったのですが、実作では高校時代、バイト時代の二人体制にする予定です。文章は、自分の比較的若い感性と、「走る」という疾走感を意識して、書きます。
文字数:399