夢見るコイルのタイムリープ

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梗 概

夢見るコイルのタイムリープ

各企業が小中学生向けに自社製品を元に「夏休み工作キット」を開発し、販売するようになった。中学2年生、鈴(すず)が選んだキットは、重工業企業開発の「リコイルパッド」。(心臓マッサージの「リコイル※1」に使われる圧力分散デバイス)
作ったのは「失恋コイル」という装置で、失恋で胸が痛むときの心臓への圧迫力を「リコイルパッド」に読み取らせ、同期させたモデルガンの発射威力に取り入れたもの。標的には自分を振った憎い恋人の顔など、撃ちたい者の写真や似顔絵を貼り、撃ちまくってストレスを発散できる。

しかし、「失恋コイル」を学校で展示した所、教師から「救急アイテムを使って物騒な物を作るな。人を癒やす物に改造しろ」と指示される。

改造1回目:
別企業の工作キット「鍼灸コイル」(8の字の形をしたコイルを頭部に当てて磁場を発生させて、鍼のように心身を落ち着かせる)
→モデルガンの代わりに、この8の字コイル(※2通称バタフライコイル)と元のパッドを結合させて、「気分蝶々コイル」を発明。胸の痛みを中和させるツボに磁気を当てて脳内を幸せモード=お花畑にする。
この改造が学校に認められたことで、鈴は医療系専門校への入学を希望する。

鈴の改造工作を見た企業側からの打診で彼女はアイディアを提供するが、彼女の父が報酬を巡りトラブルを起こす。鈴の両親は既に離婚しており、出て行った母を鈴は恨んでいたが、がめつい父のせいで離婚したのではと詰り父子仲は険悪になる。

改造2回目:
「気分蝶々コイル」とVR機器との連携性を高めて、「磁愛コイル」(由来:磁石のように愛おしむ)を作る。好きな相手に脳内イメージで愛される仕組み。
→鈴は好きな漫画「モールス・ダンサー」(モールス信号を音楽に組み込んで踊るバレエダンサーの成長物語)のあらゆる情報をインプットして、仮想空間で推しキャラとの恋に浸り始める。

「失恋コイル」の人を撃つ仕組みがネットで悪目立ちし、「医療の道を目指すな」とSNSが炎上する。父子関係もさらにこじれた鈴は全てが嫌になり、「磁愛コイル」の脳深部への電気刺激を最強にしたことで、仮想空間に意識が囚われて恋愛体験をタイムリープのように何度も繰り返す。
足を怪我したキャラが病院のベッドで打ち上げ花火を見つつ、鈴に告白してキスをする場面まで体験すると最初の出会いに戻ってしまう。その内に一点だけ相違があると気づく。それは花火の打ち上げ音がモールス信号となっていて、毎回異なっている点だった。キャラの専門知識で解読に成功した鈴は、その信号が意識外の父から送られてきており、謝罪と愛情を伝える内容だと理解する。「これ以上は現実逃避したくないから、キスできない」と鈴が伝えると、夜空から降る花火がコイルの形にキャラを包み込み、患者服からダンサーの衣装姿になったキャラは舞台へと駆けていく。
やがて意識が目覚めた鈴のそばには父がいて、二人は仲直りする。

文字数:1200

内容に関するアピール

・補足事項
※1「リコイル」:心臓マッサージ(胸骨圧迫)時に胸骨押下の間に胸郭を拡張させることで、全身の静脈から血液を心臓に還流させる対処法。実物のリコイル補助装置に導線は巻かれておらず、コイルの形もしていません。磁性は極めて弱いです。設定では、身体に過度な刺激を与えない程度の磁性を持つ特殊コイルに脚色予定です。
※2「バタフライコイル」は実際に心療内科等の磁気刺激治療でも用いられています。脳に直接アプローチしてシナプスの働きを整えるという働きを、「磁愛コイル」では神経伝達を用いて好きな相手を脳裏に映し出す設定に適用したいです。

・2回以上ひねった点:
①工作キットを数回以上改造する+親子関係に変化を与えて最後は仲直りさせる
②磁愛コイル仮想空間でのタイムリープにて:キスをしては最初に戻る→父親のモールス信号を解読→キスをせずに現実に戻る
※父親は②の鈴の脳内データ解析を行える設定です。

文字数:393

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リコイルの痛み

<補足>
・梗概のご講評を参考に全面変更し、超短編にしました。すみません。
・「8の字コイル(バタフライコイル)」の治療を体験して、梗概での用い方は不適切として省きました。

以下、本編です。

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娘がトリガーにかけた人差し指を引くのを見て、私の口から小さな笑い声がもれた。
「お父さん、気持ち悪い」
 容赦ない一言が、今はむしろ微笑ましい。
「すまんな。じゃ、こっちに向けて撃ってもいいぞ」
 私が両手を広げると、娘はへの字に口を曲げた。トリガーに指をかけたハンドガンから目を離して、呆れ顔で首を傾ける。じとりと見つめられて、私の心臓が軽く痛む。
「やめて、キモさが増す」
「反抗期か、嬉しいなあ」
 伸ばすつもりはなかった語尾が跳ねて、娘の顔がぴしゃりと当てられたように歪んだ。
「もう、邪魔しないで」
 言い捨ててグリップを握り直す手は日に焼けて、曲げた関節の部分だけ黄色がかって白い。そこから伸びる腕も肩も、14歳の少女にしてはがっしりとしている。幼少から自主的に水泳教室に通い続けてきた、辞めずに頑張ってきた証拠。手の指の間に「水かき」ができたと、私に得意げに見せてきたのはもう何年前だろう。あの時は、父親と手を合わせることに何の躊躇も見せなかったのに。手のひらは一回りも二回りも小さかったのに。
「……悪いね、せっかく買ってくれたのを」
 リアサイトをのぞいて、娘がぼそっと呟いた。両手を前に構えるその顔の、つぶった左目は赤く、まぶたは腫れぼったい。
「捨てるよりマシさ。反動には気をつけろ」
「分かってる」
 照準先の特大ポスターに狙いを定める。娘の推しの青年アイドルが着飾った上半身で映っている。親世代には鬱陶しいとしか思えない前髪に、シリコンゴムで出来ていそうな高い鼻、その中間辺りに銃口は向けられて、
「大っ嫌い!」
 ッパアン。空気振動の小さな撥音。娘の込めた怒りの火薬が破裂して、弾丸が一直線に飛び出した。アイドルの顔が紫の染料で染まる。実弾に似せたペイント弾。好戦的なくせにグロテスクさを好まない。赤を選ばなかった色のチョイスに、彼女の性格がにじみ出ていた。
「お見事!」
「女の敵!」
 父と娘で最初の音が重なった直後、甲高い銃声がツッコミよろしく、家の居間に響いた。ポスターの下にかけられたビニールシートに、2発目の弾から出たペイントがしたたり落ちる。中腰で立っていた娘が胸を押さえた。
「大丈夫か?」こらえきれず聞くと、娘が顔を上げずに小さく頷いた。右手にはまだハンドガンを握ったまま。
 このハンドガンの発射威力は、心臓にかかる圧迫力に比例する。心臓マッサージ時に胸郭を拡張させて血液の流れを良くする医療補助装置、「リコイルパッド」が圧迫力を読み取って作用するのだ。銃の発射時の反動のことをリコイルと呼ぶのを知った娘が、このパッドと遊戯銃の組み合わせを思いついて作った。
 「リコイルパッド」本体は、企業が「夏休み工作キット」としてネット通販で売っていたのを私が入手した。こんな物騒なものに使うと知っていれば、まず買わなかったに違いない。
「地獄に堕ちればいい、あの女ったらし!」
 ッパアン。3回目の銃声も高らかに、ポスターは紫の海で染まった。あ、海だと、ざわつく心から私は目をそらす。娘には連想させないでと。今はこの遊びだけに興じていてほしかった。
 圧迫力は心理的に生じる力も読み取り可能、つまり、失恋から生じる胸の痛みも有効となる。推しの異性スキャンダルを受けて溜まりに溜まっていた分、娘の痛みは絶大な威力となってポスターに直撃した。
「お父さんてば……んふっ」すぐにヒヒヒと引き笑いに変わった。
「さっきはおかしかったな、変に声かぶって」
 調子を合わせて楽しげに言うと、娘が首を横に振った。
「いやそこじゃなくって。なんだっけ、ネットで見た伝統芸みたいな」
「歌舞伎か?」正解だったらしい。それそれと言ってまた笑うものだから、私が笑われているような気分になった。
「おじいちゃんかと思った、声が」
 やっぱり笑われていた。
「確かにおじいちゃんだよ。こんな大きい娘がいるんだから」
「あたしはまだ子どもだよ。水泳で鍛えられてるけど」
 そう言う娘の体がふいにぐらついた。横から腕を回して支える。重くて冷たい体だった。
「痛みにまだ慣れていないんだろう。少し休むか」
「部屋汚しちゃってごめんね、片付けも」
 日に焼けた腕から力が抜けていく。ソファに寝かせた拍子にハンドガンが娘の右手から離れた。ちょうど背もたれの隙間に挟まる。抜いた刀がうまく収まったようだった。
「失恋の傷手に比べれば、大したことないさ」
「……ふふ」目を閉じた顔で娘が微笑む。「痛かった」と、口の形だけで伝えてきて、ストンと体全体が停止した。娘の魂が、元の場所に戻ったような。
 多孔質セラミックで出来たヒューマノイドを覆う、娘に似せた小麦色の培養皮膚を見つめる。これで肌の傷は修復できても、娘の生身の体はもう元には戻らない。

 夏休みが明けてもう1ヶ月になるが、娘はまだ一度も中学校に登校できていない。友人と海へ泳ぎに行き、浅瀬の急傾斜に足をすくわれて溺れたのだ。泳ぎが得意なゆえに、一人で先に進んでいたことが仇になった。
「バイタルは安定か、良かった」
 病院から娘の患者状態のデータがSNSに届いた。安堵で息を吐くと、心なしか肺が苦しい。
 重度の脳障害で寝たきりとなった体と娘そっくりのヒューマノイドとの同期率を上げて、いつか再び教室に通える日。それは残暑の厳しさが懐かしくなった頃か、もう一度残暑を感じる頃か。それとも、もっと……。
 
 ッパアン。

 耳元で幻聴がうなる。娘が借り物の体でハンドガンの反動に、リコイルに負けずに3回も撃った。その姿が、紫の染料の垂れて出来た模様に宿る。父親に頼らずに撃った娘の、最後の言葉は「痛かった」。
 娘の言いたかった気持ちが、私の心臓を真っ直ぐに撃った。痛みから放たれる生が、叱咤するように心をえぐった。
 私はソファに埋まったハンドガンを手にとった。何発撃っても、治らない痛みを抱えて。

文字数:2520

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