梗 概
私を抱きしめて
ある夜、自室でお茶を飲もうと立ち上がった紗奈は、知らない女性に抱きつかれた。いつ現れ、どこに隠れていたのかも分からない。呆然としていると、女は魔法のように居なくなる。どう考えても人間ではない。紗奈は慌てて幼馴染の由貴が住む隣室に転がり込む。事情を説明すると、由貴は「幽霊なんじゃないの?」と言い、ネットで見つけた霊媒師を呼ぶことにする。
翌日、約束の時間になって現れた霊媒師だろう男は、紗奈が事情を説明するより先に「昨日、この女に会いませんでしたか?」と顔写真を見せてくる。間違いなく昨日の幽霊だった。「この人を知っているんですか?」と聞くと、「知っているも何も、私の姉であり、あなたの娘です」と男は答える。
「私も姉も、紗奈さんに会いに、未来から来たんです」
自称未来人の男が言うには、未来には過去に行けるタイムマシンがあるという。ただ、利用するには目が飛び出るほど高額だから、なかなか庶民には手が出せないらしい。姉は未来からピンポイントで紗奈の部屋に行き、すぐに戻ったので、幽霊のように消えて見えたのだろうと男は言った。そして、自分は紗奈に将来の結婚相手を教えるためにここに来たのだ、とも。結婚願望なんてないと言い張る紗奈だが、男は未来では同性婚が認められ、同性間で子供も作れるようになるのだと言う。紗奈と由貴を見比べ、まだ何か言いたげな男を、顔を真っ赤にした由貴が追い出す。実は、紗奈と由貴は愛し合っていた。しかし、同性ゆえに友人を装った隣人生活が限界だと考え、互いに好意を表に出さないように務めてきたのだ。ただ、男の言葉により、二人は将来について意識せざるを得なくなる。遅れてやってきた本当の霊媒師がドアをノックするが、二人はその音に気付かない。
以来、二人は同棲を始め、数年後に結婚する。そのうち研究が進み、ヒトの同性間でも子供を作れるようになる。医者が言うには、染色体の関係上、女性同士では女の子しか生まれないらしい。確かに、二人の子供は女の子だった。すくすく育った娘と幸せな時間を過ごしている時、紗奈はふと、かつて自分の子供を自称する男が現れたことを思い出し、ある疑念を抱く。もし彼が本当に紗奈の子供なのであれば、紗奈はこの先、由貴以外の男と性交し、子を産むことを意味している。それは不倫であり、由貴と愛娘との幸せな生活を自ら壊すことを意味する。しかし、あの男を産まなければ、男は将来タイムマシンに乗って、二人を結婚へと導くこともないのだ。結婚しなければ、当然娘も生まれない。紗奈はこの生活を壊す事でしか、この幸せを守れないことに気付く。
呆然とする紗奈に、娘が寄ってきてハグをせがむ。娘を抱きしめながら、紗奈は娘を守るために、この幸せを手放すことを決意する。その決意を支えたのは、この先の未来で過去の自分を抱きしめてくれた、愛娘の温もりだった。
文字数:1180
内容に関するアピール
この話のひねりは、①幽霊かと思ったら未来人で、しかも自分の娘だった。②二人はただの幼なじみではなく、愛し合っていた。③愛する幼なじみと、その娘との生活を守るためには、自ら不倫して壊さねばならなかった、というものです。梗概では、男がタイムマシンに乗って二人の元に来た理由付けや時系列の記述が甘いのですが、紗奈と由貴が互いに踏み込めずに、結局異性と結婚した未来で、紗奈が授かった男の子というのが男の「起点」となります。彼は、母が死に際に「幼なじみに告白できなかったことを後悔している」と話したことに心を痛め、タイムマシンに乗って、若い二人が結婚するようにけしかけました。それにより本来生まれるはずだった男は産まれなくなりますが、紗奈が作中で決意したように、娘を産んだ後に息子を産むことで、物語は循環します(多分)。この辺りの背景を作中に入れるかどうかは、実作を書きながら検討したいです。
文字数:391