梗 概
1分子漫画家
22世紀、人類はワームホールの開発に成功した。ただし、DNA1分子ほどの小さな物体しか通せないワームホールだった。DNAをデジタルデータの記録媒体として用いるDNAストレージが開発されると、DNAに書き込んだメッセージをあらゆる惑星に向けて送るのに使われた。その結果、地球と良く似た文明を持つ惑星Yが見つかった。地球と惑星Yはお互いの未発達な分野の情報を教え合い、文明は急速に発達した。
澤谷四季はその惑星Yとの交流にまつわる仕事をしていた。ただし、彼女は科学者でも外交官でもなく、漫画家として活動していた。四季が40歳の時、分通(1分子DNA通信の略)友達である大木ウメに協力してもらい、惑星Yの漫画賞に応募した。そして、史上初の1分子で原稿を送る漫画家として惑星Yでデビューすることになった。
デビューして3年経った頃、ついに四季原作漫画の劇場版アニメの制作が決定した。惑星Yとの初の試みではあるが四季には心強い味方、ウメがいた。ウメはこのアニメの制作会社で働いていた。順調に進んでいたアニメ制作が、惑星Y科学技術省の浅利義人が製作委員会に加わったことで突如崩壊した。
浅利が加わった後、四季の分通が使えなくなった。途方に暮れていたところ、ファン1号という宛名から分通が届いた。怪しいので1分子エンジニアの夫、謙二に調べてもらった。その結果、特殊な方式で惑星Yから送られて来たファンレターであることがわかった。内容は劇場版アニメに関するもので、予告編を見る限り科学技術省のプロパガンダ映画になっていて、原作を無視していると書かれていた。ファン1号を介してウメとも連絡をとった。ウメたちは浅利から原作者が制作を辞退したと聞かされていた。
落ち込んだ四季を心配した謙二は、三宮ひかるに相談した。三宮は四季と共に漫画家を志していたが、現在はアニメ制作会社の社長をしていた。三宮は元々制作していたアニメの残りのシーンを地球側で制作することを提案した。謙二もファン1号と協力して、完成データを送るための大容量型1分子ワームホールの開発を提案した。ウメも原作に忠実なアニメにすり替える案を了承した。こうしてアニメとワームホールの共同制作が始まった。
アニメは公開1週間前に完成しデータも送信できたが、ずたずたに壊れていた。惑星Yの誰かがDNA分解酵素を仕込んだようだった。公開3日前、一通のメッセージが届いた。
「間違って届いてたんで、惑星Yに転送しておきました」
近年、交流が始まった惑星Zからだった。謙二たちは万が一に備え惑星Zにも転送していたのだ。劇場版アニメは無事公開され大ヒット。告発動画も同時上映した結果、浅利をはじめとした科学技術省の高官たちは逮捕された。
四季の漫画は相変わらず地球では売れなかったが、新たに惑星Zでも連載が決まり、1分子漫画家としては食っていけそうだった。
文字数:1235
内容に関するアピール
この小説はデジタルデータの0/1のビットデータをDNAストレージ技術でDNAのA/T/G/Cに変換し、1分子ワームホールで別惑星に送信する技術が開発された世界で、別惑星に漫画原稿を送る1分子漫画家として活躍する主人公のお話です。物語はその漫画の劇場版アニメ化をめぐった話を中心に進んでいきます。ワームホールで別惑星にデジタルデータが送れるようになったら、何を送るのか、どんな仕事が生まれるのかと考えて書きました。
結果として「1分子ワームホール」は通信技術、「分通」は手紙、「別惑星」は異なる国、のような立ち位置になり、邪魔する者と戦いながらも友情とエンジニアリングで国際プロジェクトを達成するようなイメージのお話になりました。
Fig. 1 漫画原稿をDNAストレージに変換して1分子ワームホールで送る手順
文字数:352