アンバベル

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梗 概

アンバベル

古代文明の言語を専門とする考古学者の男が、1歳の娘は言語の天才だと気づく。ある日、娘はアウブブシューエオワンとはっきり言った。これは仕事机に向かって、解読中の古代文字列を発声する男の真似だった。この古代文字列は、イースター島近海の海底遺跡で近年に見つかった鳥人の石像に刻まれていた。未解読のロンゴロンゴ語解読につながる大発見といわれる。未解読文字の発音は、現地ラパ・ヌイ語からの類推にすぎない。

男はその日以来、ロンゴロンゴ=英語対訳表にある2千語以上の字面と、対応するであろう音と、意味するであろうモノの動画を合わせて、娘に見て聞かせ、教えた。すると1歳半を過ぎるころには、娘は母語である日本語に加えて、英語とロンゴロンゴ語で、モノを指し示すようになった。

男は娘を、未解読言語解析用の生成AIツールUnBaBeL(アンバベル)を開発した共同研究者に会わせる。タヒチにある共同研究者のログハウス。窓辺で鳥がさえずる。それを見た娘が発したロンゴロンゴ語の文字配列を、共同研究者はアンバベル4.0に入力する。すると現存している石碑の文字配列と一致していることがわかった。<海/世界>、<鳥>、<私>、<ことば>、<来る/生む>、<しあわせ/うれしい>の5文字といくつかの未解読文字の組み合わせ。意味は「私はしあわせ、海から鳥が来て、という、ことば」と、アンバベルは推測する。男と共同研究者は娘に諸言語の英才教育を施し、いつの日かロンゴロンゴ語を解読しうる人材へと育てることにする。

期待にたがわず、娘は言語のエキスパートとして成長し、ロンゴロンゴ語でアンバベルに入力したり、アンバベルから提示された既存の文字列を解釈してみたりを趣味同然に繰り返した。すると言語のさまざまな規則性が浮かび上がってきた。発声上の制約を考慮した組合せがありそうなこともわかってきた。15歳がロンゴロンゴ語を解読との学会発表が近づく。

だが海底遺跡で新たな発見があった。鳥を神として祭る宗教施設とおぼしき場所からロンゴロンゴ語が刻まれた石碑が多く出土した。そこには数万におよぶ未知の文字が含まれていた。新しい文字データを追加されたアンバベル13.0は、新しい結論を導き出した。ロンゴロンゴ語は言語というよりもメモのようなもので、個別の絵文字の羅列に近い。また、文字は発声されることを想定されてはいないと結論付けた。

娘の失意は計り知れない。しかし男は違った。娘の偉大な事業に気づく。娘は古代言語を解読してきたのではなく、古代文字とその連なりに想像上の音声を重ねて、意味のある文法を紡ぎ出し、言語そのものを生成、創造してきたのだ。

共同研究者は娘がかつて発したロンゴロンゴ語の文字列、「私はしあわせ、海から鳥が来て、という、ことば」をアンバベルに再度入力してみた。返ってきた訳語は以前と違っていた。

「私は鳥、ことばを世界に生む、うれしい」

文字数:1199

内容に関するアピール

某生成AIのチャットツールは、たしかに嘘も事実も真実も、まことしやかな出力へと鮮やかにまとめてみせる。でも町のどこかで、嘘つきだ、信じるな、けしからんという声が聞こえる気がする。拙速だ、とも。しかしこれは、我々のリアルに近いのではないか。虚実ないまぜな中に、リアルな規則性や、真実らしきもの、物語を、我々の期待に応じて紡ぎ出し、共有し、嘘から本当を生んでいくのが心地よい認識世界であり、それがSFのバイブス↑↑だったりしないだろうか。純粋な理性や心性は時に喜びまた傷つき、求め求められながら社会へ参加していく。その過程ではどこかで、時間や場所を超越する神のような存在を感じたりする。神はかつて、人の傲慢さへ示しをつけるためにバベルの塔を崩し、人間の言語をバラバラにしたという。過去をよく見つめ、現在をよく生き、よき未来を創る者には、神の手の平はその内も外も、温かいのではないだろうか。

文字数:392

課題提出者一覧