新しい殻にも言葉は残る

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梗 概

新しい殻にも言葉は残る

世界観
人間ではない、どこかの惑星の生態系の中で生きる知的生命。梗概では「人」としている。直立歩行する四肢を持つが脊椎はなく、甲殻の脱皮を繰り返して成長する。
その度に皮膚の硬化と内側の攪拌によって(昆虫の蛹の中身のようなことが脱皮のたびに生じる)、記憶やアイデンティティがゆらぐ。そのゆらぎが、おそらく惑星の生物多様性をもたらしてきた。
しかし、知性を持ち個体各々を重視する社会化が進む生物としては、齟齬が生じている。人々は、進化と文明発展の過程で、皮膚に紋様や文字を書くことを覚えた。つまり刺青である。この刺青は脱皮した後の次の皮膚にも残り、ここに書かれたことは正確に引き継がれる。この刺青によって社会が構築されている。太古、文明の曙の時代は、神官王のみが民に刺青を入れることができた。やがて国土が広がり支配人口が増え、彫師に任せるようになっていく中で、人々が自ら刺青を決めることができるようになり、人々は個性をもつようになった。刺青は言わば外部記憶として機能する。視覚と、甲殻の内側から刺青を感じる感覚(触覚+読解力とでもいうべき感覚)によって機能している。

物語
主人公のレイは、その感覚の欠落によって読解力に障害があるとされ、どれだけ紋様を重ねても、脱皮するたびに「人がかわる」と嫌われ、忌避されてきた。
刺青自体の記述に、体内を制御して障害を取り除く方法を見出した術士がいて、レイは術士に身を任せる。皮膚に記述されたプログラムによって、体内の神経系や認知能力が再構成されているようなものである。
周囲の人々とうまくやれるようにレイだが、強制的な体内制御はストレスにもなっていた。レイの成功は大陸全体に知れ渡り、同じような苦しみを抱え、密かに生きていた人々の希望になる。同様の施術を受けるものが増えたが、ある夜、彼らは各々の共同体の長を一斉に殺害する。施術は、太古の王が人々を刺青で支配した術を、数段緻密にしたような仕掛けであった。混乱に乗じて、術士は王都で反乱を起こす。
レイたちは共同体からふたたび阻害される。新王に仕えて生きるか、流浪の存在となるか。しかし術士の彫った刺青によって、それをさらに上書きする知識を得ていた。
大陸中から、ある未開の森に同類が集まり、そこで暮らすようになる。施術を拒否した者も、術士の近親の者もいた。やがて対立から和解に転じ、レイたちは新王に制御されないように、体に新たな紋様を彫っていく。
脱皮の時期が近づき、レイたちはお互いを覚えていられるか不安になるが、自ら彫った刺青がすべて覚えているはずだと信じて、体内が溶けるに任せ、身を寄せ合って眠りにつく。その夜、体内だけでなく、お互いの記憶が撹拌される夢を見る。目覚めて脱皮を終えた彼らは、お互いの自我が体内で混在した状態のまま、刺青によって定められた個人として行動する。

文字数:1173

内容に関するアピール

最終課題なので、自分にとって難易度が高く、かつ好みのモチーフを注ぎ込んだ作品でいこうと考えて梗概を書きました。SF的世界観を背景に、異世界ファンタジーのような物語を語りたいと考えています。今まで、成功しているかどうかはともかく書いてきた、神話的世界観/異国の土地から立ち上がる物語/旅するものの物語/ニューロダイバーシティと脳神経系の描写/サイボーグ的存在、を描き切るつもりです。

王国に起きる反乱といった「大きな物語」が展開しますが、主眼はあくまで、周囲と異なる特性によって障害があると見做された個体が、阻害と和解、追放と協調を繰り返しながら、生きていく姿を描くところにあります。また、日々連続した「個」であることの不確かさに向き合いたいと思います。

世界観と物語の大枠をつくったところで、主人公の周りに集うキャラクターも物語のディテールも未検討ではありますが、密度の濃い作品にしていきたいと思います。

文字数:400

課題提出者一覧