梗 概
ふたりの一等星
鳴り響くブザーと共に室内全体がランプで赤一色に染まる。『ガルーダの不時着により大破。ミッション続行不可』という文字が表示される。スピーカー越しにキャプコムの罵声が響く。反論の余地のない指摘にレオナ・ステラートは自分の不甲斐なさを嘆き、目を閉じてため息をつく。
「キャプコムの指摘の通りです。レオナは私の指示を聞いてからガルーダの姿勢制御に移るべきでした」
横隣に座るもう1人の宇宙飛行士、オリビアが抑揚ないトーンで追い討ちをかける。純白の滑らかな身体と、整い過ぎた顔立ちの彼女が冷ややかな目で見る。
この機械的に糾弾してくる美しい彼女は文字通り機械であり、レオナのバディ。しかしレオナはオリビアが嫌いだった。オリビアを見ていると姉を、アリス・ステラートを思い出す。――オリビアは姉の脳が移植されたロボットだ。
「ねえ、月から見た一等星ってもっと明るいのかな? レオナ、いつか必ず2人で月の星を見ようね」
幼い時、アリスと見上げた一等星を思い出す。その約束が2人を宇宙飛行士にした。
NASA宇宙飛行士の姉妹合格は世界中から祝福された。周囲の期待は厚く、姉妹揃ってが宇宙に飛び立つ瞬間を心待ちにした。
しかし、脚光を浴びたのは姉のアリスばかり。カリスマ性と聡明な頭脳を発揮し、アリスは僅か数年でプロジェクトリーダーとして月面開発プロジェクト『アルテミシア計画』の中核を担う。
どんどんとレオナの先を行くアリス。劣等感によりレオナはアリスを避けるようになった。
アリスとの別れは唐突に訪れる。休暇中の不慮の事故。アリスの遺体をNASAが遺体を回収しに来る。実は万が一に備え、アルテミシア計画を止めないためにもアリスは死後、自分の脳を提供することを約束していた。
アリスの脳の一部は人工脳としてロボットに移植され、ロボットの開発は人工知能と生命工学の博士号を持つレオナが担った。
誕生したオリビアはアリスの脳をベースに人格が構築されていた。アリスを彷彿とさせるオリビア。レオナはオリビアに心開けずいた。
オリビアのおかげでアルテミシア計画は滞りなく進む。計画のコアとなる『循環エネルギープラント』が遂に着工。レオナはオリビアのバディとして月面に降り立つ。オリビアがクルーや無人機に指示を与える様子はかつてのアリスを見ているようだった。プロジェクトに献身するオリビアの姿、それを慕うクルーたちに感化されレオナのオリビアに対する認識は変化していく。
ある日、オリビアとレオナは『静かの海』へ広報動画撮影のためローバーを走らせた。2人は谷底へ転落する事故に遭ってしまう。気絶したレオナが目を覚ますと宇宙服から酸素が漏れ、無線も故障していた。オリビアの姿も見当たらずレオナはひとり、月の谷底で死を覚悟する。薄れゆく意識の中、谷底から見えるのは満天の星。アリスと見上げた星空を思い出す。
突如、頭上に一等星が光る。それはオリビアが照らしたライトの輝きだった。
レオナを引き上げ、基地までローバーを走らせる。一刻を争う中、更なる不幸の知らせ。大規模な太陽フレアが発生するという。レオナをベースに運ぶことに成功するが、オリビアは太陽フレアを浴びてしまう。
強力な磁気嵐を受け、オリビアの人工脳は保護状態で活動を停止していた。保護状態を解くには、心臓を除細動器で再起動させるように人工脳に電気刺激を与える必要がある。
月面基地に装置はなく、レオナはオリビアの脳に自身の脳を繋げて再起動させる方法を提案する。
「オリビアは谷底の私を探し出して助けてくれた。太陽フレアの時もそう。だから今度は私がオリビアを助ける番」
オリビアと脳を繋ぐ。レオナは深層意識へと辿り着く。
そこで待っていたのは姉アリスの姿だった。
レオナはアリスと対話し、ずっと抱えていた思いを吐露する。アリスは自分に縛られず生きるようにとレオナに別れを告げる。オリビアを託して。
オリビアの意識を脱すると、オリビアがゆっくりと目を覚ます。レオナはオリビアを力強く抱きしめる。
1ヶ月後。
循環エネルギープラントの建設が完了し、静かの海にはレオナとオリビアの姿があった。
「私にとっての一等星はずっと姉さんだった。誰よりも輝いていて、綺麗で、私の目標で。オリビアが助けに来てくれた時、一等星を見た気がしたの。きっと今の私にとっての一等星はオリビア、あなたなの」
オリビアはレオナの手を優しく包む。
「私に生命を与えてくれたのはレオナです。私の一等星は最初からずっとレオナですよ」
月から見上げる星空は何ひとつ遮るものなく輝いている。ふたりの一等星はいつまでもその星空を見上げていた。
文字数:1908
内容に関するアピール
思い返せば私のSF好きは瀬名秀明先生の『デカルトの密室』から始まり、神林長平先生の『戦闘妖精・雪風』、押井守監督の『イノセンス』でヒトの脳に興味を持つようになり、大学・大学院では脳神経工学を学びました。
ロボットに心はあるのか?心はなぜ生まれるのか?意識はどこから来るのか?そんなことばかりを考え、追い求めてきました。
加速していく月面開発計画、ロボットがヒトと心を通わせる未来、その思いを全部載せて描いた、ふたりの物語です。
月面開発に従事するエンジニアとしてアルテミシア計画への高い解像度と、機械の中に生命は宿るのかをテーマにワクワクする形で届けます。
文字数:285