聖武天皇素数秘史

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梗 概

聖武天皇素数秘史

宇宙の果て、兜率天星とそつてんせい。弥勒族の戦士3698243が自身を呼ぶ波動を感じ、56億7千万光年先の星へと素数跳躍走法で飛び立った。

天平てんぴょう12年(740)10月。聖武天皇の補佐役である吉備真備きびのまきびら(※1)が実質的に政権を握る中、真備に対立する藤原広嗣ふじわらのひろぐつが九州で乱を起こし、鎮圧された。政争に疲弊している聖武天皇は広嗣が殺されたことに心を痛め、昔を懐かしむ。

回想)首皇子おびとおうじ(のちの聖武天皇)は教師・志斐三田次しひのみたすきのもと、兄のように慕う広嗣や、酒に溺れて破門になったろくでなし陰陽師・余真人よのまひとも遊びに顔を出す、そんな中で算道を学び、特別な才を発揮していた。

回想を破るように、大量の式神が宮内を跋扈していると報が入る。広嗣が怨霊と化し、襲ってきたのだという。暗い気持ちの聖武天皇は仏に祈る。その時ハッとする。仏の教えとは一つひとつがそれ以上分解できない真言。言い換えれば真言とはそれ以上割り切れない数字——聖武天皇は老いた三田次と真人を呼び、仏を通して素数の概念を発見したことを告げる。
 同刻、母の容体が急に悪化した。聖武天皇が会いにいくと、母は取り憑かれたように和歌を口走る。聖武天皇はどこかで聞いたことがあると訝しむが、思い返す暇もなく真備に式神退治を任せ、難を逃れるため平城京を離れる。

恭仁くにに仮の宮を築いた聖武天皇は母の和歌がかつて広嗣に聞かされたものであり、そこに九九が隠されていることを思い出す(※2)。八一と答えると母の口から式神が出てきて、自己割算して砕け散る。なんと式神とは数式でできていた。正気に戻った母は、平城京を跋扈する式神は真備たちの謀略だと広嗣の言葉を伝える。聖武天皇を排除し、自分たちに都合の良い天皇を立てるつもりだと。

恭仁宮にも真備の式神が現れる。聖武天皇は真人に式神の数字を読み取らせ、三田次と素因数分解して砕く。だが次に大量の巨大式神が暴れ出す。聖武天皇たちは素因数分解で対抗するが巨大式神どもに宮を占拠される。
 以降、紫香楽や難波、また恭仁へと宮を移しながら戦うこととなる。

素因数分解では埒が明かず、聖武天皇たちは素数を式神化する。すると仏性が高い素数は素数式仏となった。素数式仏は非破壊性が高く、大きな素数であればあるほど強い。素数式仏1321が真備の式神1310を打ち砕く。だが真備も素数の存在に気づき、素数砂漠1322-1326(※3)で対抗。素数砂漠に沈む1321。だがすぐに1327で反撃。以降、勝って負けてを繰り返す。(実質、素数発見競争。)

一方、光明皇后がある提案をする。全国に国分寺と国分尼寺で素数結界を張り、その中央素数施設として大仏殿を構え国を護ってはどうかと。聖武天皇は国分寺・国分尼寺、大仏造営の詔を発布する。

5年後。素数対決が百万桁に突入したある日、三田次が結成した算師集団が素数3698243を発見。聖武天皇は3698243が「みろくはふじみ」だと気づき、生成中の3698243に語りかける。すると夜空から弥勒菩薩(※4)が降臨し、素数式仏と融合。巨大な素数盧遮那仏るしゃなぶつ(※5)となった3698243は瞬時に素数砂漠を蹴散らす。それ以降いくら大きな素数砂漠が襲いかかっても3698243は負けなかった。
 聖武天皇は平城京に帰還。真備らを降伏させ、弥勒菩薩を空に還す。皆が真備を殺せと言うが聖武天皇はその能力を買い、共にこの国を発展させることを誓わせる。

天平勝宝4年(752)、東大寺で大仏の開眼法要が行われる。大仏は3698243を模写したものだ。その時ひとりで素数発見を続けていた三田次が3698797を見つけたことを告げる。真人が「それ、“みろくや、なくな”じゃないか」と笑う。

宇宙の果て、兜率天星。夜泣きの激しい赤ちゃん3698797がふいに泣きやんだ。父3698243が抱き上げ、遠い星に優しい眼差しを向ける。

文字数:1661

内容に関するアピール

算道の黎明期に聖武天皇が算術を駆使し、陰陽師(これも黎明期)と共に戦いを繰り広げる素数バトルSFです。
 700年代前半、儒教と仏教が最重要視されていた当時、唐から輸入したばかりの算道は租税や田畑の面積などを求める際に必要なだけで、学問としての地位は高くありませんでした。教科書は「九章算術」「孫子算経」など唐の書物。四則演算が中心で度量衡(長さ・体積・重さ)などを計量する実用的なもので、素数の概念はありません。
 聖武天皇は藤原広嗣の乱の直後、「彷都五年」と呼ばれる遷宮・遷都を繰り返します(恭仁・紫香楽・難波)。そうした聖武天皇の謎めいた史実と、日本数学史の原点とも言える時期を重ね合わせ、SFでしか作れない物語を描きたいと思います。
 天皇として、また算術の才があるがゆえ、ほんのりサディスティックな聖武天皇と、酔っ払いでろくでなしの余真人、生真面目一辺倒の志斐三田次が良いトリオを組んでくれると思います。

ちなみに「みろくはふじみ」「みろくや、なくな」に関して。「お前はバカSFやるよな」とお思いかもしれませんが、当時は言霊を信じてる時代です。語呂合わせにも祈りが宿っているとお受け止めください。
 

(以上507文字。梗概、アピール文ともに文字数を超過してしまい申し訳ありません。)

以下、注釈。
※1)吉備真備……あらゆる学問に精通した遣唐使帰りの超エリート。陰陽師でもある。(政権を握っているのは吉備真備と橘諸兄たちばなのもろえ、僧正・玄昉げんぼうの3名ですが、文字数の関係で割愛)
※2)和歌……「わかくさの にひたまくらを まきそめて よをやへだてむ にくくあらなくに」。当時はまだ漢文だったので漢字に直すと「若草乃 新手枕乎 巻始而 夜哉将間 二八十一不在國」(万葉集、詠み人知らず)。「くく」「八十一」。当時、九九を使った語呂合わせを和歌に忍び込ませる遊びがありました。新婚初夜の男の気持ちを詠んだ歌なので、母が詠むのはおかしいと聖武天皇は感じる。
※3)素数砂漠……数学用語。自然数で素数でないものが連続している区間。
※4)弥勒菩薩……釈迦の次にブッダとなることが約束された修行者。釈迦の入滅後56億7千万年後の未来にこの世界に現われ、人々を救済するとされる。それまでは兜率天で修行している。
※5)盧舎那仏……宇宙の真理を全ての人に照らす、釈迦を超えた宇宙仏。

文字数:986

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