梗 概
箱庭の彼方へ
槙野が亡くなった、と連絡が入った。
干渉回廊を挟んで互いの脳回路を接続することで、言葉にするよりも効率的に思考を共有できる技術が確立された近未来。意思疎通のツールとして文章を組み立てる必要は失われつつあった。
そんな中、温もりを求めてあえて手書きの文章で遺言を残すことが密やかなブームとなっていた。死期が近いことを悟った彼らは、自身が喪った文章構築能力を持つ専門家に遺書の代筆を依頼するのだ。
主人公・涼太の中学時代の親友、槙野もそうした代筆を生業とする一人であったらしい。
入水自殺。詳しくは聞いていないが、年始に親戚一同で集まった折、珍しく姿を現したかと思えば、海へ出かけてそのまま帰らなかったのだという。彼女くらいしか所持していない古い便箋に簡素な遺言が記されていた事、所持品が浜に打ち上げられていた事からそう断定された。警察も親族も面倒は御免だったのか、ろくに捜査もされないままに淡々と死亡扱いとなったらしい。
中学時代、涼太は人気のない図書倉庫で空き時間の大部分を過ごし、そこで彼女とも出会った。かつて親から虐待されたトラウマによりコネクトを拒絶する槙野、事故で家族を喪い塞ぎ込む涼太は会話と文通を通じて言葉を交わし、心を通わせていた。
かつて親しかったから、という理由で遺族に遺品整理を依頼され、感傷を抑えつつ訪れた槙野の自宅兼仕事場には、遺書と思しき宛名のない幾つかの封筒が残されていた。今どき珍しい物理錠で封印され、厚みも柄もバラバラのそれらは、全部で七通。
干渉回廊のログを確認すると、入水した日から逆算して半年のうちに七人と会っている。机上の依頼者リストと照らし合わせてみても、遺書はこの七人が代筆を依頼したものと見て間違いない。ちょうど休職中だということもあり、涼太は槙野の最期の仕事を引き継ぐことにした。
ログに残された情報から依頼人に連絡をとり、事情を伝えた上で遺書の配達を行う。依頼人は思いがけず若い男から老女まで多様であったが、最後の依頼人と見ていた少女が六人目の女の娘であると判明し、遺書が一通余ってしまう。
悩む涼太はふとその封筒に見覚えがあることに気がついた。いつか成長したら二人で暮らそうと誓ったあの日、槙野に貰ったラブレターと同じ封筒だったのだ。
八桁の日付を物理錠に入力すると、かちり、と音を立てて封が開いた。
数週間後、仕事を辞めた涼太はとある南米の小さな町に降り立った。
そこはまだ干渉回廊、および脳神経の接続技術が浸透しておらず、人々は不便な言葉を介してコミュニケーションを取っている。久方ぶりの言葉と身振りだよりの意思疎通に加えて、現地語に精通しているわけでもない涼太は、四苦八苦しながらも、その中にどこか懐かしさと暖かみを覚えつつ手紙に記載のあった番地へ向かう。
小さな小屋の扉を叩く。
「オラ!」という言葉とともに現れた彼女は、太陽に似た悪戯っぽい笑みを浮かべていた。
文字数:1197
内容に関するアピール
内容に関するアピール
新型コロナ陽性となり、朦朧とする中でこれを書いています。
わざわざ言葉を経由しなくても意思疎通が図れるようになった世界で、あえて手紙という形にするのはどんな時だろうか、という所から考えたお話です。
言葉にしなければ言語の違いもなく、嘘もあり得ないので便利だな、と思う一方、相手への気遣い等難しい場面も多くありそうです。
脳の直接接続については、干渉回廊(セキュリティに特化した、ネットワークでいう非武装地帯のようなもの)を介して、互いの前頭葉を直列するようなイメージで書いています。
テーマに対しては「遺書だと思っていたものが自分への手紙」で「亡くなったと思っていた親友が生きていた」という二回の捻りで挑戦しました。穴だらけで何だかどこかの洋画で観たような展開だな、と思いますが、やはりこういう明るいラストが好きなので満足です。
文字数:370




