梗 概
旧名沢スカイランドの観覧車について
3年前――バブル崩壊に伴って閉園した遊園地・名沢スカイランド跡地に、日本国産品種の観覧車〈日本海スカイホイール〉が完成した。記者である小池は、なぜ育成難易度も高く、育成費用も嵩む観覧車を育てたのか興味が湧き、育種家の八木光一郎に取材を申し込む。インタビューは〈日本海スカイホイール〉のゴンドラの中で行われることになった。八木曰く、〈日本海スカイホイール〉は祖父と父と、自分の我儘を叶えるために育てたのだという。
観覧車は、鉄を生み出す植物「クロガネソウ」の品種改良の末、19世紀末に誕生した遊戯作物だ。鉄道のレールや鉄橋、さらには鉄塔もクロガネソウの品種改良で生まれた作物である。クロガネソウがこれほど人間に都合のいい品種を生み出すのは、進化の過程で人間の意図を読み取る知性に似たシステムを獲得したからではないかと予想されている。
さて八木の祖父、潤蔵は、1920年代のアメリカで乗った観覧車の、日本での栽培が夢だった。アメリカで品種改良と育て方(観覧車のめしべに他の植物の花粉をつけ、小さいうちにゴンドラを摘み、鉄鉱石を肥料に土に植える。観覧車の種は見つかっていない)を学んだ潤蔵は、しかし結局日本ではヒトが乗れないような小さな観覧車しか育てられなかった。大戦に突入したことで、潤蔵の夢は露と消えた。
跡を継いだのは八木の父である輝彦だ。輝彦は「国産初の観覧車」にビジネスチャンスを見出した。時は70年代、輸入された観覧車や、誰も植えた覚えのない野生の観覧車はあったものの、まだ国産の観覧車はなかった。
しかし輝彦が品種を完成させる前に、アメリカ産観覧車のゴンドラ落下事故が起きてしまう。ゴンドラの中にいて死亡したカップルは、今も身元不明のままである。観覧車の安全性に疑問符がつく中、優し過ぎた輝彦は安全な観覧車の育成に舵を切る。しかしすぐに結果が出るわけでもなく、その最中に「日本初」の称号も奪われてしまい、借金に追われた輝彦は、夢半ばで自死してしまう。
八木は、観覧車の思い出を語ってくれた祖父と、優し過ぎた父と、共に観覧車に乗る、それだけが夢だった。
「だから観覧車の花に、父と祖父の細胞を授精させたのです」
それが、今ここにある〈日本海スカイホイール〉だった。
インタビューを終え、小池は八木とともに観覧車を降りる。見上げた観覧車のゴンドラに、人影があるように見えた。不意に小池の脳に稲妻が走る。観覧車の種は、果実であるゴンドラの中にできるはず。しかしいまだに種が見つかっていないということは、それがゴンドラの中にある――”いる”のが自然で、誰もそれが種だと気づいていないからなのではないか。
「まさか……」八木が息を呑む。「観覧車の種は、ヒトと見分けがつかないと、そういうことなのですか?」
そう考えれば、全てに説明がつく。
ゴンドラが、ゆっくりと降りてくる。この観覧車には、祖父と父の遺伝子が混ざっている。
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内容に関するアピール
観覧車&3年前に潰れた遊園地というノスタルジックな雰囲気で家族の物語を演出しつつ、観覧車の育成/クロガネソウ周りの法螺話でSF的な発想の面白さも担保しました。現状ではオチの伏線が不十分ですが、実作になればいい感じになってる、はず。
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