ROAR!!

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梗 概

ROAR!!

サミットを翌月に控えた東京、JR品川駅の港南口と高輪口を結ぶ南北自由通路にヒグマが出現したのは、月曜日の午前8時25分だった。東海道新幹線の改札口から飛び出した黒い巨体は、まず背を伸ばしてあたりを伺った後、通勤客たちを見回した。それは何が起きているのかを確認するための動作であったが、そのとき40歳のサラリーマンが、セブンカフェのコーヒーを持ったまま、ビニール傘で熊の腹をつついてしまう。ブルーボトルコーヒーのカウンターからは、このヒグマがこの男性客を300m引き擦って、通路を高輪口の方へ駆けていく様子がはっきりと撮影されていた。床の点字ブロックに付いた大量の血や、つき飛ばされて動かなくなった高齢者、散乱するスーツケースやビジネスバッグ、そして男性を助けようと誰かが撒いた粉末式消火器が、混乱を更に助長させた。ヒグマは京急のホームへ降りると線路を泉岳寺方向へ逃走した。北品川署の狭山警部補は、通り魔事件との通報で品川駅へ急行するが、獣臭と羆の目撃情報を聞いて困惑する。捜査本部が設置され、違法な飼育施設や動物園がなかったか調べている最中、東銀座駅で抑止中の車輌に羆が飛び込み、かなりの被害が出たとの速報が流れる。本庁よりなんとしても羆を駆除するよう通達がなされ、日本動植物園協会の佐々木から、北海道で羆の頭数調査を行っている藪上を紹介される。藪上は博士号を授与されたばかりの若手女性研究者で、狭山に開口一番、品川駅の防犯カメラの映像をすべて見せろと迫る。報道が異常加熱し、ネットで人食い熊のデマが流れる中、藪上は防犯カメラの映像でこの羆が羽田空港から高速湾岸線の中央分離帯とJR羽田空港連絡線建設現場を通って新幹線の品川駅ホームにたどり着いたのを突き止める。さらに航空会社への聞き取りで、千歳からの到着便から中の貨物とともに躯体がひどく損傷したコンテナが発見されたことを知らされる。コンテナには食い荒らされた貨物、メロンの皮にアリが集っていて、羽田新線の線路脇には「土饅頭」と呼ばれる羆が食料を隠した跡が発見される。一方で警視庁は羆の出現場所が皇居に近いことを理由に皇居外縁に配備を過集中させる。東銀座駅からほど近い小学校屋上に果樹類を育てる園芸温室があることを知ったふたりは、生徒を絶対に教室から出さないよう学校に電話で伝える。しかしすでに集団下校のため校庭に生徒を集めている最中に羆が現れていて、狭山は署から持ち出した散弾銃を手に学校へ入る。温室では「植物係」の4年生、富岡サヤと町田ミノルが入ってきた羆から隠れながら脱出しようとしていた。羆が一度手にした富岡の手提げ袋を町田が奪い返したため、羆が激高する。温室に入った狭山は咆哮を上げて立ち上がる羆を目にし、自身も声を上げながら発砲する。

赤い血とガラスが割れる音、そして柑橘類のにおいがして、羆は腕を上げたままゆっくりと倒れていく。

(1194字)

 

■取材先

公益社団法人 日本技術支会北海道支部主催「みんなで考えるとなりのヒグマとの付き合い方」(2019年11月28日出席) http://www.ipej-hokkaido.jp/event/data/191128.pdf

 

■参考文献

「人を襲うクマ」羽根田治著 山と渓谷社(2017)

「ベア・アタックス―クマはなぜ人を襲うのか(1)」Sヘレロ著 北海道大学図書刊行会(2000年)

「羆嵐」吉村昭著 新潮社(1982)

文字数:1411

内容に関するアピール

大好きなパニックものをきちんと書きたいと再び思ったのもそうなのですが、実際に現実で起きているケースと架空のできごとをつなぐことによって、「ありえそうでありえないことをあり得るように書く」ということに再び挑戦したいと思い、今回のテーマにしました。動物の実際の生態などをあまり気にしたことがなかったことと、実際に北海道で起きている獣害の実態を調べるなかで、研究者の方や対策を腐心している農家の方にもお話を伺えたので、モンスターパニックというよりは、都心で起きる(はずのない)獣害事件のシミュレーション、という形で書ききることを目標としています。

文字数:270

課題提出者一覧