Punk Punk Punk

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梗 概

Punk Punk Punk

1975年のイギリスで鮮烈なデビューを飾った、結合性双生児バンド「ザ・バンバン」。その架空のパンクバンドをモデルにした映画『ブラザーズ・オブ・ザ・ヘッド』(実在の映画)が2006年のイギリスで公開された。
2xxxx年、その主人公である結合性双生児トムとバリーを模したアンドロイドの“トムとバリー”がオークションにかけられた。2人の容姿に興味を抱いた男が競り落とし、屋敷に2人を閉じ込めてあらゆる音楽に触れる環境を与えた。パンクバンドThe DamnedのNeat Neat Neatを聴き、2人はパンクロックにのめり込んでいく。トムは歌を、バリーはギターの腕を磨いた。自分たちでパンクバンドを組むために、2人は屋敷を飛び出して遠い街へ逃げた。

 きれいな身なりをしたトムとバリーは街の裏路地で強盗に襲われる。そこを1人の男に救われる。パンクバンドを組みたいと屋敷を飛び出したことを話すと、男は1軒のライブハウスに2人を連れて行った。そこで、ベースとドラムだけでライブをするイエーツとエバンズに出会う。その音楽にほれ込んだトムとバリーは2人にバンドを組みたいと伝え自分たちの実力を見せるが、断られる。食い下がる2人にイエーツとエバンズは自分たちのルーツになった音楽を当てたら組んでもいいと告げた。
 2人は廃ビルの中に住み、金を稼ぐために何でもした。その合間を縫ってレコード店に通い、店中のレコードを聴いてイエーツとエバンズのルーツを探った。イエーツとエバンズのルーツはジャズデュオだと探り当て、4人はバンドを組んだ。バンドを組んだ日、貯めた金でレコードプレイヤーを買って、レコードに針を下す。David BowieのFive Yearsが響いた。

 4人の作る音楽と結合性双生児というトムとバリーのセンセーショナルな姿が世の中を震撼させ、大規模なライブの開催が決まった。時を同じくして、アンドロイド破棄法案が議会にかけられた。アンドロイドが人間の子供を殺したのだ。アンドロイド製造の申告化が義務化される前に作られたトムとバリーは、まだ追跡を逃れていた。ライブを前に、イエーツとエバンズに真実を告げ、このライブを最後にすると決めて4人はステージに立った。
解散を告げ、最後の曲がはじまったとき、狂信した男が発砲した銃弾がトムの頭部を貫いた。赤いオイルを流しながらトムは歌い、演奏が終わるころ、アンドロイド破棄法案は否決された。救急隊が結合性双生児を病院に運び、分離手術を受けたバリーは1人になった。バリーはトムの声で歌い、ギターを弾く。3人は音楽を続けた。

イエーツとエバンズ、そしてトムの亡骸が眠る墓地に花を捧げると、バリーは人里離れた我が家へと帰った。安楽椅子に座って、レコードに針を下す。David BowieのFive Yearsが響いた。

文字数:1161

内容に関するアピール

バンクバントでギターを弾いている友人に、パンクロックとの出会いについて聞いた。彼がラジオから流れる曲を耳にしたときの鮮烈な記憶と爆発する音を、文字にしたいと思っています。

・参照資料
映画
『ブラザーズ・オブ・ザ・ヘッド』(2005年制作)
『THE CLASH』(2007年制作)
『BLANK GENERATION』(1976年制作)
音源
『Damned, Damned, Damned』The Damned (1977年)
『The Rise and Fall of Ziggy Stardust and the Spiders from Mars』David Bowie(1972年)
書籍
『ユリイカ2019年9月臨時増刊号 総特集=遠藤ミチロウ』青土社
『ホテルクロニクルズ』青山真治著、講談社文庫

・取材
The Illls Guiter/jetty
下北沢 BAR?CCO(バー/ライブハウス)
・取材予定
HEAVEN’S DOOR(ライブハウス)
a-bridge(ライブハウス)

文字数:412

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Punk Punk Punk

 赤い光が、等間隔に通り過ぎていく。ごうごうと風とトラックのタイヤの音が、隙間から漏れる光で薄明りの荷台に充満している。

「トム、俺たちローランダーに行くんだよな」

「そうだ」

「もう、戻れないんだな」

……そうだ」

 二つの頭と体が、身を寄せ合って一匹の生き物のように見える。運転席から小さくもれるメロディは2人に届く前にかき消された。

 眠りの中でバリーはうわ言を言う。

「トム、ジムがなにかしゃべってる」

「気のせいだ」

「音楽が、すごい音だ」

「バリー?」

「トムもみただろ?」

「僕はそんな記憶は知らない。1人で見るぐらいなら、もう忘れろよ」

 バリーは抱えた膝に沈めていた顔を上げた。

「トム、次はお前が寝る番だよ」

「鑑賞用だと それなの こんな」

「君は腕のいい 皮膚を 血 私の望み こんなにも 本当に 払った 自由だ」

 銃声が響き渡った。男がが振り返る。濁ったガラス玉のような目がトムと見ていた。

「双子だからといって、出来事の全てを共有することはできないのだよ。例えば、片方が眠っている間に起こった事は、いつまでも片方だけの記憶に残る」

 バリーの呼ぶ声にトムは瞼を開けた。トラックがローランダーへのゲートを通り抜けるまで、トムとバリーは交互に眠り、夢を見た。夢の中では、それぞれの記憶の中の光景が繰り返し再生されていた。そして、ローランダーのトラックから放り出された廃棄物の山から這い出すと、バリーとトムは空に向かって光の筋を伸ばしている場所を目指して歩きはじめた。

 怒号と人を殴る音にエヴァンズは足を止めた。ずっと昔に進歩から取り残されたローランダーでは暴行や窃盗は日常茶飯事だ。だからと言って、それを全部助けるほどお人好しのバカじゃない。ただ、その夜はなぜか、小さい頃によく言われた、恵まれた体格と腕っ節は人のために使いなさいという言葉を思い出した。

 喧騒の中に走り込むと、蹲っている白い服を引き摺り出した。そして、よく見るとそれが同じ顔をしてぴったりとくっつきあった2人だと気づいた。片方の腕を掴んで立たせると、同時にもう1人も立ち上がった。背中を押して走れと怒鳴りつけると、2人はぴったりと横に並んだまま走り出した。唾を飛ばしながら怒鳴り声を上げる男たちを23発殴りつけて、前の方を走る2人を追った。お互いの腰に腕を回して、不格好に走る姿にエヴァンズはたまらず叫んだ。

「おい!バラバラで走れ!追いつかれるぞ!」

「無理、だよ!」

 息を切らしながら、右側のやつが言った。

「ジョークじゃねえぞ、それじゃ目立ちすぎるって言ってんだ!」

「僕たち、くっつい、てんだ!」

 今度は左のやつが叫んだ。言うことを聞かない2人の肩に手をかけて左右に分けようとするしたが、腰のあたりが離れようとしない。

「くっついてるって言ってるだろ!」

「はあ?」

 めくり上げられた白いセーターの下で、脇腹から腰のあたりが溶接したように溶け合っているのを見て、エヴァンズがでかい声を上げた。

「金も全部持ってかれたのか?」

 エヴァンズは、バーに2人を連れて行った。

「金?」

「金?じゃねえよ。……お前らどっから来たんだよ」

……ハイランダー」

「ハイランダーには金も存在しねえのかよ、スゲー!服も着ねえし、クソもしねえって聞いたことあるけど、お前ら服着てんだな」

「ハイランダーにも金はあるし服も着る!ただ……金に触ったことがないだけだ」

「なるほどねえ。ハイランダー生まれの生粋の坊ちゃんって訳か。スタイルは良いし、綺麗な面してるもんな。そんで、双子でくっついちゃってるときたら、そりゃスペシャルって感じするぜ」

 2人を眺めながら、屈託なく言葉を並べるエヴァンズからは嫌味や妬みの色がまったく見えなかった。

「あんたって変わってるね」

 トムが目配せするとバリーも小さくうなずいて、2人は後ろ手に握っていた石をさりげなく近くのテーブルに置いた。エヴァンズはその石の先端がすごく尖っているのを見て苦笑いした。

「は?お前たち以上に変わってるやつに俺は会ったことねえよ」

「見た目じゃないよ」

 ステージの上からエヴァンズを呼ぶ声が響いた。

「観ていけよ。俺が叩くから。ベースは相棒のイエーツだ。絶対最高だぜ!」

 エヴァンズはステージに駆け上がると、中央の奥に置かれたドラムセットのイスに浅く腰を掛け、スティックの中ほどを親指、人差し指、中指で軽く握った。

 イエーツと呼ばれたベースの男は、グレーの細身のスラックスをスマートにはきこなし、淡いブルーのシャツが最高に似合っていた。そして、高い位置に留めたベースを指で軽くつま弾いた。

 客席が暗転した。ステージのスポットライトがパープルのスパンコールのドレスを照らし出した。

 小刻みに階段を駆け下りるようなリズムを刻むベース。

 ギターの老人が奏でる陽気なメロディー。

 長いまつげを重たげにしばたかせながら、黒い巻き毛の女が腹の奥から声を吐き出す。

 エヴァンズのスティックが鳴らす、おもちゃのタンバリンのようなチャッ、チャッと高く小刻みなシンバル。バスドラムが肺のあたりに響く。

 彼らのグルーブがゆったりとバー全体に浸透していく。音が波紋のように広がる。そこら中の壁やテーブル、イス、お客たちにぶつかった音は、規則正しい行進をやめて、四方八方に飛び散ると、また新しい波紋をうみながら広がっていく。

 バリーとトムの音楽のイメージは、音が光ようにただ一方方向に向かって飛び去っていくものだった。その枠からあふれ出し、体の奥を優しく振動させるビートを作っているのは、歌でもギターでもない。それはまぎれもなく、エヴァンズのドラムとイエーツのベースだった。続けざまに3曲ほどを終えると、観客からの拍手を受けながら女とギターの老人は袖へと引っ込んでいった。

「すごいよあんたたち!」

「僕たちもあんたらとさせてよ!」

 バリーが目を輝かせながらステージに駆け寄って、乗り上げるように体をステージに預けた。一緒にステージに乗り上がることになったトムは迷惑そうな顔をしているが、興奮で頬を赤くしている。エヴァンズは得意げに

「イエーツ、こいつら面白いぜ!ハイランダーから来たくっつき双子だ。あんたから見て、右がバリーで、左がトム」

 イエーツは目を細めてバリーとトムをしげしげと眺めると、エヴァンズに向けてあきれたように視線を投げた。

「こいつらに関わるな。ハイランダー育ちのお坊ちゃんのフリークをお前が0から100まで面倒をみてやるのか?できないんなら、手を出すな。エヴァンズお前はいくつだよ、無責任に捨て猫を拾うガキだった時期はもうとっくに過ぎただろ。お前らも、自分で住むところも仕事も探せないようなら、すぐにハイランダーに帰れ、野垂れ死にする前にな」

 そう吐き捨てるように言うと、踵を返してステージ袖に引っ込んでいった。唇をかみしめてうつむいたエヴァンズをバリーとトムは不思議そうに見つめた。

「ごめんな。イエーツは俺の兄貴みたいなもんなんだ。俺が何でも安請け合いしちまうから、きつい言い方をしただけで、別にお前らのことが嫌いとかじゃねえよ」

 項垂れたまま、ぼそぼそとしゃべるエヴァンズは飼い主に叱られた犬みたいで、2人は笑いを抑えるのに必死だった。それに気づいたエヴァンズはモジャモジャの赤毛を引っ掻き回して、ニヤリと笑った。

「お前らはただの坊ちゃんじゃねえ。ここで生き残る素質がある気がするんだよ。イエーツは信じねえけど、俺の勘は結構当たる。

このバーから出て、正面に2ブロック目の路地を少し入ったところに、赤い外階段がついた店ある。そこの2階の“Zoe(ゾーイー)って店でオーナーのキム・カーに仕事が欲しいって言え。指が欠けた男だ。奴なら何も聞かずに仕事と住む場所を貸してくれる」

 バリーとトムは顔を見合わせた。お互いの目に、突然舞い込んだうまい話にワクワクを隠せない片割れの顔が写っていた。

「おい、勘違いすんなよ。ローランダーにうまい話なんて絶対にねえ。働いた分の金はむしり取ってでも手に入れろ。でなけりゃ、2人揃っての垂れ死ぬまでタダ働きだ」

 2人は急に真面目な顔をしてうなずいた。エヴァンズは、寒空に放り出されて震える毛色の良い子猫のようなバリーとトムの頭をくしゃりと撫でた。

「お前ら、昔飼ってた猫に似てんだよなぁな。俺の出来のよすぎる弟にもちょっとだけな。

ここに顔を出せよ。一杯でも頼めば、お前らも立派な客だ。イエーツも客として来るぶんには文句はねえだろ。俺はタイラー・エヴァンズだ。お前らは?」

「俺がバリーで、こいつはトム」

「左のよく喋るのがバリーで、右がだんまり坊やトムでいいんだな」

 バリーがうなずくのを見て、じゃあなっと言ってステージから降りた。バーのカウンターの中で作業をはじめたエヴァンズに2人は小さな声でお礼を言った。店を出ると、いつのまにか降った雨に濡れた道に色とりどりのネオンが、衣擦れのようにのびていた。誰にも目をつけられたくないと、自然と走り出した2人は、胸の高鳴りが上がる息のせいだけではないと気づいていた。

「良い人だね、エヴァンズ」

「ああ、たぶん」

 赤い外階段を上りながら呟いたバリーの声に、トムは少しだけ考え込むように応えた。

 ハゲかけた塗装を何度も塗り直した真っ赤なドアにバリーは手をかけると、深呼吸とともに力強く押し開けた。音が爆発するみたいに溢れだした。何て歌っているかなんて少しもわからないほど音が割れて、お互いを追いかけるようなギターとボーカルがとにかくでかい音を撒き散らしながら店の中を駆け回っていた。シンバルが絶え間なく打ち鳴らされて、その喧噪をいっそう激しくしていた。

 バリーはトムに向かって叫んだ。

「頭が割れそうだ!」

「すごいな!音でいっぱいだ!」

「耳を塞ごう!耳が破れる!」

「嫌だ!気持ちいいぜ!音楽を浴びてるみたいだ!」

 トムが叫び終わると同時に、音楽のボリュームが一気に下がった。

「クソッ、客かよ。クソッ!良いとこだったのによお」

 声の主は、のっそりと店の奥のカウンターから這い出してきた。クシも通らなそうなキシキシの金髪と蛍光色ピンクのビニールのジャケット着た男は、だるそうにカウンターの近くの小さな丸イスに座ってお決まりらしいセリフを言った。

「盗んでみろよ。てめえらの指、切り落としてやるからよ」

 そして、自分の人差し指と中指、小指が欠けた左手をだるそうに見せた。右手の指も全部あるようには見えなかった。

「あんたキム・カーだろ?」

「僕たちは仕事が欲しい」

 キム・カーは黄色くなった白目の中の点のような黒目をぎょろりと動かして、バリーとトムを頭からつま先まで値踏みするようにじろじろと見た。

「誰からこの店のことを聞いたんだよ」

「タイラー・エヴァンズ」

「なるほどな。いいぜ。俺の店は年中人手不足だ。エヴァンズの寄越したやつは、案外長く保つ。

どうせ住むとこもねんだろう?ここの屋根裏に住め。部屋代はてめえらにやる金からさっ引く!まずは、借金ってことだ。借金には利子がつくのを忘れるなよ。飯はてめえらでどうにかしろ。てめえらは死ぬ気で、ここにあるもんを売りつけろ。値段なんてねえ。だましてできるだけ高く売れよ。あと、待ってたってこんなことにめったに客なんか来ねえ。てめえらで大通りから客引いてこい。どんだけ金をやるかは、てめえらが使えるってわかってから俺がきめる」

 キム・カーは、矢継ぎ早に言いたいことをいうと、肩を寄せ合って話を聞いている2人を不満気ににらみつけた。

「てめえらガキみたいに、いつまでもくっついてんじゃねえぞ!1人は外で1人は中だ」

 キム・カーみたいな男には言葉で説明するより見せるほうが早い。トムは服をまくりあげて結合部を晒した。

「クソッ!エヴァンズの野郎、フリークつかませやがった。これじゃ1人じゃねえかよ!クソッ!手足は4本あんだからよ、その分働きまくれ!金は1人分だ。何してんだよ!早く客引いてこい!」

 そう言い終わると、音楽のボリュームを一気に上げたキム・カーは、さっきと同じ曲に合わせて叫び散らしている。何て叫んでいるのかはわからなかったが、ギターとドラムの激しいリズムに合わせて叫ぶその姿がやけにかっこよくみえた。エヴァンズとイエーツの演奏を聴いたときとはまた違う高揚感に包まれた2人は勢いよくドアを開けると階段を駆け下りた。盗られるものは元からなにも無かった。もし大通りで絡まれても、そいつらを殴ってこの店まで逃げればいい。バリーとトムはお互いの腰に腕を回すと、自分たちを鼓舞するように思い切りたたき合った。乾いた音が響く大通りの向こうから太陽が昇ってきている。こんな時間だが、意地でも客を連れて行こうと2人は決めていた。

「なんだよそれ」

「オリーブとナッツ」

 演奏が終わって、エヴァンズとイエーツは連れ立ってステージから降りると、店の隅っこの薄暗い一角にあるテーブルで小さな皿をつつく双子に話しかけた。

「酒飲めねえのか?」

……これがこの店で1番安いから」

「しばらく前からずっと、乾き物だけで居座る客がいるってバーテンがぼやいててよ。やっぱりお前らかよ」

 双子にZoeを紹介した翌日、店にきてオリーブとナッツで居座れと耳打をしてご丁寧に買い物までして、それからもちょくちょく顔を見せに来るエヴァンズが、大袈裟にトムの肩を叩いた。

「バーに酒も飲まずに居座るたあ、お前らも図太くなったよな」

 エヴァンズは白々しくつぶやくとイエーツの方を向いて、得意げに眉を上げてみせた。

……こっちに来い。おごってやる」

 イエーツはため息まじりに双子を一瞥すると、2人をカウンターへと誘った。

「早くいけ、イエーツの気が変わらないうちにしこたま飲んどけ。アーサー・イエーツは根性のあるやつに甘いんだよ」

 小声でそう告げたエヴァンズの後を追ってバリーとトムはカウンターに向かった。

 カウンターで待っていたイエーツはエヴァンズの肩越しに双子を見て顔をくしゃくしゃにして大声で笑いだした。

「なるほどな。金がねえ坊ちゃんたちは、そんなもんに無駄遣いしてんのか」

 バリーは蛍光イエローのパーカーに、スカイブルーのパンツ。トムは稲妻型の赤いラインの入った、オレンジのオーバーオールを着ていた。

「違う!これは、給料の替わりだってキム・カーが」

 バリーはネズミを見つけたネコみたいに満面の笑みを浮かべたエヴァンズにうんざりした顔をした。

「あれか、店の奥の右側積んであるぼろきれの山だろ。どれも、パン1個ぐらいの値段でたたき売ってたっけ?やっぱさ、音楽やってるやつは、俺は音楽やってんだって主張が必要だって誰かに聞いたんだろ。それでお前たちはキム・カーを目指してるって訳だろ」

「違う!あんなのはごめんだ!」

「そのパーカーを選んだお前と、そのつなぎを選んだトムは、その素質が十分にあるってことだぜ。イヤなら着なきゃいいだけだろ」

 エヴァンズはにやつきながら、バリーの蛍光イエローのジャケットを指ではじいた。

「前の服は、洗おうと思って、水につけてたら、縮んでもう着れなくて、しかなくこれを着てるだけだ!」

「大丈夫だろ。お前たちはキム・カーみたいに、ペンキをぶっかけられたみたいなクレイジー野郎を目指してるんだもんな。似合ってるぜ、ホントに。明日は蛍光ピンクのジャケット着てこいよ。髪も金に染めた方がいいんじゃねえの?」

 腹を抱えて笑いだしたエヴァンズに、バリーは悔しそうに顔をゆがめた。

「からかいすぎだ」

 2人のやりとりを見ていたトムが、後ろ手で大理石の灰皿を引き寄せたところで、イエーツはエヴァンズの頭を小突いた。バーテンに向かって、カウンターの奥に並んだ瓶ビールを指差すと、真面目な顔で双子に向き直った。

「金はどうした。もらってないのか?」

「働き出した日から、客は引いてるし、物も売ってる。最近は結構稼いでると思う。でも、金をよこせって言っても、まだ家賃分にもなってねえって、はぐらかされるだけだ。陰でもらったチップで食いつないでる」

 バリーはカウンターを睨みつけながら、唇を尖らせた。

 カウンターに出された4本から1本をエヴァンズの前に静かに置くと、イエーツは双子に残りの瓶を渡した。

「そのまま飼い殺しにされて腐っていくつもりなのか?」

「そんな訳ないに決まってるだろ!」

「すげえ客を捕まえたんだ。それを使ってキム・カーと取引する。取り分は俺らが8、キム・カーが2だ。それでもキム・カーには十分な金になる」

「それをあいつがすんなりと受け入れると思ってるなら、お前たちはこれから先もキム・カーに搾取されたままだな」

 イエーツは出来の悪いガキを見るみたいに困ったように笑ったあと、2人に顔を寄せて取引のコツを教えた。

 素直に喜ぶバリーを尻目に、トムは悔しそうな顔をしてイエーツを睨んだ。

「あんた、僕らの名前知らないだろ」

「左のオレンジでよだれの跡があるお前がトムで、右の黄色くて寝癖がひどいのがバリーだろ。お前ら、ここでナッツ食うより先に鏡を買った方がいいぞ」

 そう言って、イエーツはステージ前のテーブルで騒いでいる一団に混じってしまった。

 翌日、バリーとトムがバーにいるのを確認して、演奏の合間を縫ったエヴァンズはZoeに来た。キム・カーは嫌そう顔をしながら、いつものようにカウンターのそばの小さな丸いすに座っている。

「よお、久しぶりだな、キム・カー。商売繁盛してるそうだな」

「そんなわけねえだろうが、クソッ。なんだよ、双子のことでまた文句つけにきたのかよ。あいつらも、チクってんじゃねえぞ、クソが!」

 エヴァンズは飛んでくる唾に顔をしかめた。

「あいつらに、働いたぶんの金ぐらいやれよ」

「何でもかんでも口出してくんじゃねえぞ!てめえの弟がポリスじゃなかったら、てめえはゴミクズみてえになぶり殺しだ」

 エヴァンズは日焼けした太い腕を殴りつけるようにカウンターに置いた。

「たしかにシシーは俺の弟にしとくにはもったいないやつだぜ。だから、俺も兄貴としてあいつの助けになりたいと思ってるんだ。あんたんとこの売りもんの中に、やばいルートでしか手に入んないもんがあるって教えてやってほうがいいのかもな」

 そう言って、ガラスケースの方を見たエヴァンズに、キム・カーの顔は一気に赤くなった。

「クソッ!考えといてはやる。だけどよ、俺を脅すみたいなこんなクソくだらねえことは2度とすんじゃねえ!」

「なにもあの壁にかかってるギターが買えるほどじゃなくていいんだよ。その壁の隅で下敷きになってるギターを気軽に買えたり、バーで乾き物じゃなくて酒を頼めるぐらいの金ならいいだろ。毎日のようにバーで俺たちの演奏を聴いて、ここで、あんたの愛するパンクにグラムにロックを耳が腐るほど毎日聴いててるやつらが、音楽してえって言ってんだ。金ぐらい稼がせてやれよ」

 言い含めるようにそう言い残すと、エヴァンズはバーへ戻っていった。

 キム・カーは床に転がっていたギターを足で踏みつけてネックをへし折った。

「考えたけど、ダメだったぜ、エヴァンズ。てめえの言うことを聞く義理はどこにもねえ」

「その客との契約は、俺の店の名前と俺のレコードがなきゃ話になんねえ。取り分は俺様が9.9で、お前らが0.1だ。俺と取引しようなんて、ない知恵絞って無駄なことすんじゃねえぞ!わかったか!」

……わかった」

「ほら、すぐサインしろよ。でかい契約だからな、お前らが嘘ついてダメになったら殺しても殺し足りねえからよ」

 でたらめなサインを書き終えると、バリーは明るい声を出した。

「なあ、でっかい契約の記念に何かこの店のものを買いたいんだ。いいよね?」

「金がないから、これで買えるものを探そうぜ。これで2人分だ」

 トムは、バーのオリーブとナッツに払うほどの金を二等分にしてカウンターの上に置いた。双子の殊勝な様子にキム・カーは満足そうにニヤついた。

「いいぜえ。今日の俺はクソ気分がいい。なんでも好きなもん買ってけよ。ただ、壁にかかってるギターはダメだ。欲しがってるってエヴァンズから聞いた」

「「ありがとう!キム・カー」」

 言うが早いか、2人はお互いの腰に手を回すと、左側の鍵のかかったケースへ一目散に駆け寄った。トムがその中から1本のギターを取り出して抱えると、バリーはその隣に置いてあったレコードプレーヤーを持ち上げた。

「「これにする!」」

 呆気に取られていたキム・カーはすぐに顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。

「てめえら、今すぐそれから手を離せ!鍵が、クソッ!なんでそれがケースに入ってるか知ってるよな。それはてめえらが一生かかっても買えねぐれえのシロモンだってわかってんだろうな!」

「だけど、お金はもう払ったよ」

「ふざけんじゃねえぞ!」

 血走った目でナイフを取り出して向かってくるキム・カーに、バリーとトムは慌てて言い放った。

「今日、このあとシシーとバーに行く約束をしてる!そろそろ迎えに来る。ポリスの前で、俺らを殺してこいつを奪うのか」

「金は払った。あんたは、僕らに、こいつらを、売ったんだ」

 トムの嫌味ったらしい言葉に、キム・カーは心底悔しそうに地団駄を踏んで、叫んだ。

「クソッ!わかったよ!ただ、その2つはダメだ。そこの壁にかかってるギターと、その下にあるプレーヤーならくれてやる……フェンダー・ストラトキャスターはジミヘンだって使ってた。ハッカーのゴンドリア GP42はスピーカー内蔵だぞ、クソ十分だろうが!」

 つるりとしたミルク色のボディと、スラッと伸びたネックに黒く残っている指の跡。アンプと繋ぐシールドを差し込む流線型の窪みにトムは目をきらめかせた。

 バリーも自分のモノになるレコードプレーヤーの素晴らしさにうっとりしていた。黒い四角い箱型。全体がスピーカーになっていて、クリーム色のネットごしにうっすらと内部が見える。蓋を開けるとターンテーブルと針のついたアームが現れ、サイドについている調整ボタンも最高にクールだった。すぐにでも、最高だと言ってしまいたい気持ちをぐっと抑え込んで2人は考えるフリをして言った。

「アンプをつけてくれるなら」

「あとレコードもね」

「クソッ!持ってけ!」

 キム・カーは投げやりにアンプとシールドを指差し「レコードは5枚までだ!壁にかけてあるのはやめろ。ジャケットがダメんなるような探し方をしたらぶん殴る」と自分たちのものになったものたちを丁寧に一箇所に集め、レコードラックの大量のレコードに飛びついた双子に釘を刺した。

ジジ……

 ターンテーブルの上をクルクル回るレコードに、落とした針が微かにバウンドする。スピーカーから聴こえてくるノイズ。

心臓の鼓動のような音、レンガ造の壁を指でなぞる感覚。息を吐くような声がまっすぐに響く。

投げやりな歌声。泣き出しそうに揺れる。

背中を押す、太い弦を弾く音。

繰り返す、何度も。すべてが、何度も。声が、前へ、強く。不意にフラットに。

駄々をこねる子供のノドで、強く。肺の裏側から抜けてくる声。海鳥の声のように耳に飛び込む音。叫ぶように絞り出す声が、何度も繰り返す、言葉を繰り返す、繰り返す。心臓の鼓動だけが残って、消えていく。だんだんと、消える。

 次の曲へと、レコードは回り続ける。

 小刻みに震えているバリーを肩に手を置こうとしたトムは、自分の震える手をみて、小さく笑った。

 その夜、2人の部屋にはデヴィッド・ボウイのThe Rise and Fall of Ziggy Stardust and the Spiders from Marsの曲たちが流れ続けた。一晩中、流れる歌を口ずさむバリーと、ギターを抱えて音を探すトムしていた2人は、朝日が差し込む部屋で、気を失うように眠っていた。

 5枚のレコードと買い足したすべてのレコードが、擦れっからした音しか立てなくなるまで、それを日課のように繰り返した。

「そんなもんどこで覚えた。誰のマネだ」

 営業の終わったバーのステージで、イエーツとエヴァンズを客席に座らせ、バリーとトムはステージに立っていた。演奏を終えて、荒い息で雨に打たれたように汗を流したバリーと、 ずぶ濡れで指から血を滴らせるトムに、イエーツは腕を組んだまま真顔で尋ねた。

「俺たちが好きなもん全部詰め込んだ。デヴィッド・ボウイにザ・ダムド、ザ・クラッシュ、ヴェルヴェット・アンダーグラウンド、ジョニー・サンダース、ザ・フーとか」

「僕らが格好いいと思ったやつ、全部だ」

「欲張りすぎだろ」

 そう言って笑うと、イエーツは席を立ってバックヤードに消えた。顔を見合わせる双子にエヴァンズがカードキーを投げて寄越した。

「大通りから左に5ブロック、路地を入って3つ目のビル、3階、左から6番目の部屋だ。先に行って熱いシャワー浴びろ。俺らは野暮用が終わったらすぐ行くからよ」

 ギターをケースにしまうと、2人は店を後にした。はじめてZoeに向かった日のように、雨に濡れた道には衣摺れのようにネオンが光っていた。

「ここだな」

 部屋の中には小さなテーブルとソファ、青い壁にはいろんなバンドのフライヤーと、大きなポスターが貼ってあった。ポスターの中、大きなステージの上で、ライトに照らされた男は両手でマイクを握りしめて、声も命も魂も振り絞るように顔を歪ませて歌っていた。

 その姿は悲しそうにも嬉しそうにも見えて、やけに胸がしめつけられた。2人は窓に近付くとカーテンを開けた。街の隙間から朝日が放射線状に光をまき散らして登ってくるのが見えた。

「トム、あの2人、俺たちを仲間にしてくれるかな」

「わかるかよ。でも、ダメでもなんでもいい。最高だっただろ」

「ああ、最高に気持ちよかった」

 2人は服を脱ぎ捨てると、バスルームに飛び込んだ。熱いシャワーを頭から浴びると、ステージの興奮が蘇ってきた。

 トムは奇声を上げると、バリーの髪の毛をぐしゃぐしゃにかきまわした。バリーも狼のように遠吠を上げてトムに抱きつく。狭いバスルームに体中をぶつけながら、笑い出した2人は転げるように部屋へと飛び出した。

 ようやく落ち着いた2人が湿った服を嫌々着込んだ頃に、イエーツとエヴァンズが部屋に戻った。腕には大量のビールとレコードを抱えていた。

 マイルス・デイヴィス、レイ・チャールズ、チャック・レイニー、バーナード・パーディ、モータウンレコード……ファンクからソウル、ジャズまでなんでもある。

「俺とイエーツからお前らに。俺らが組む記念だ!よりすぐってきたから、きっと気にいるぜ!」

「ちゃんと聴けよ。お前らはちょっと偏りすぎだ」

 空の瓶がそこら中に転がって、エヴァンズが3回目の買い出しにから帰ってくると、イエーツはいつになく早口で音楽について話していた。トムはモータウンのレコードを手に聞き入っている。

「モータウンが出している楽曲は、ファンク・ブラザーズって呼ばれるスタジオ・ミュージシャンが演奏しているし、曲も同じチームで作っている。突出した特徴があるわけじゃない。だけど、すべての曲を同じグルーブが貫いている。ドラムがベースラインをよく聞くとわかる。それがモータウンなんだ。音楽をには色んな作り方がある。お前らはお前らだ。自由にしろ。それで俺らの音楽を作る。そうじゃなけりゃ、面白くない」

 そう言って、イエーツはエヴァンズの買ってきたビールに手を伸ばして栓を抜いた。それを面白がって見ていたバリーは、エヴァンズに視線を向けた。

「あんたも音楽の話をしてよ。チャック・レイニーのベースとバーナード・パーディのドラムの話はもう聞いたから、別のやつね」

 エヴァンズは苦笑いしながら、奥の青い壁のそばに近づいて、そこに貼られたポスターにキスをした。あの魂を削って歌う男のポスターだ。

「このライブの会場がマーシャルハウス。俺の憧れだ。俺はここに立ちたい。ここに立てたら、何があっても死ぬまで音楽をやり続けるって決めてる」

 4人は黙ったままで、新しいビールの栓を抜くと、割れても構わないと瓶を瓶をぶつけあって、ビールを一気に煽った。7度目の勝負に負けたエヴァンズが7回目の買い出しを断るまで、4人は飲み続けた。

 バントとしての先々を考えると、今まで通り働くのは難しくなると、それぞれ自分の仕事場と話をつけることになった。バーはイエーツが知り合いのバンドに引き継いだ。イエーツはたまに働いていた事務所には雇われるときに話をつけていたし、エヴァンズの働いていた精肉店のオーナーはとてつもなく理解があった。問題はZoeで働くバリーとトムだ。キム・カーは最低だが、キム・カーの出かけている隙に、レコードの山から興味のあるレーコードを引き抜いては聴ける環境は最高だった。2人は、バンドを優先で働けるように話をつけると、鼻息を荒くしていた。

「今までと同じだけの売り上げを上げる。それで良いだろ」

「僕らと顔を合わす時間が減って、売上は今まで通り、あんたにとってはいいことだらけだ」

「今までの3倍だ。それが無理ならてめえらはクビだ。こっちも商売だからな。てめえらがまた、俺がクソちびるほどの金ずるを引っ張てきたら話は別だけどよ」

 そこまでたたみかけるとキム・カーは、急に猫撫で声を出した。

「ただよ。バンドの名前を俺に決めさせるんなら、考えても良いぜ」

 ゾッとして身震いしながらバリーはトムの脇腹を小突いて聞いてくれとお願いした。

……一応聞いてやるよ」

「ザ・バンバン」

「「は?」」

「ザ・バンバンだよ!知らねえだろうがよ。すげえ古い映画であったんだよ、結合双生児がよ、すげえパンクやって、そんでスターになる前に死んじまう映画がよ!」

「何だよそれ、趣味悪い映画だな」

「毎晩毎晩おめえらのクソうるさくてヘタクソな歌とギター聞いてたら、ふっと思い出したわけよ。それによ、聞いて驚け。その双子の名前がなんと、トムとバリーなんだぜ。こんな偶然がそんなにあってたまるかよ!運命ってやつじゃなかったら、俺の残りの指を全部くれてやってもいいぜ!」

 唾をまき散らして、眼をぎらぎらさせたキム・カーがでっかいナイフを引き出しから持ち出してきたのを見て、ゲラゲラ笑っていたトムの顔が引きつった。

「落ち着けって。いらないよ、そんなもん。お前が気色悪いほどの熱い視線で俺らをずーっとなめまわしてたことはよーくわかった。たださ、そんなわけわかんない運命で俺らを縛り付けんなよ」

「あとさ、すげえダサいぜ、それ」

「おめえらがここを辞めて1人、ちげえ、2人で食ってくつもりなら、勝手にしろ!てめえらみたいな訳わかんねフリークを雇ってくれるとこなんてそうねえってもう気付いてるち思うけどな。それができねえんなら、お前らは今日から、今からザ・バンバンだ!残りの2人にもそう言っとけ!」

 ファーストライブの会場はいつものバーだった。控室になっているバックヤードでスタートを待つ4人の周りには、結合部を晒して演奏している双子とザ・バンバンの文字がデカデカと入ったライブ告知用のフライヤーが散らばっている。もうかなりの数をばら撒けそうなところに、ばら撒いていた。

 店の中が騒がしくなってきたとき、双子が沈みすぎるソファの上に立ち上がった。

「これ、しようぜ!」

 トムは、レコードのジャケットを見せるとにやりと笑った。セックス・ピストルズのウィンター・ランド。モノクロのジャケットの中で、ツンツンに髪の毛を逆立てて俯いたシド・ビシャスが半裸でベースを触っている。バリーの手には、髪を逆立てるためのスプレー缶があった。

「ファーストライブでキング・オブ・パンクのコスプレか。……お前、良い趣味してるよ」

 イエーツが双子に向かってウインクをした。そして、3人は黙ったままのエヴァンズに「いいだろ?」と視線を投げた。

「いいに決まってんだろ!最高だよ!」

 大声で叫んだエヴァンズが、トムとバリー、イエーツにハードなハグをかました。その勢いにまかせて床に倒れ込んだ4人はゲラゲラと大声でひとしきり笑った。何もかもが上手く、そんな予感が4人を包んでいた。

 トライブにド派手な服で現れたキム・カーは、4人のコスプレにビールを吹き出し、ライブ終わりにはその興奮は誰にも止められなくなっていた、エヴァンズの部屋での打ち上げにも無理やりついて来て、バリーの少し鼻にかかった高い声がジョニー・ロットンを思い出すとか、トニーはジョン・クレメント・メイヤーの再来だとか、クソを連発しながらひとしきりしゃべり倒すと、泥酔してフラフラしながら帰って行った。

 ドア口まで見送りを強要された、バリーとトムとエヴァンズはげっそりした顔を見合わせた。

……良かったなお前ら。スゲー熱狂的なファンができて」

……あんたたちのこともベタ褒めだったじゃん」

「モータウンにチャック・レイニー、ルーツ当たってたぜ」

 コンコンと壁を叩く音に3人は部屋を振り返った。奥の青い壁のそばにイエーツが立っていた。そのまま指で3人を呼び寄せると壁に貼られたポスターの右下を指差した。

「助走はこれで十分だ。マーシャルハウス、来月末のどでかいライブ。オーディションは3日後だ」

「「「は?」」」

……ウソだろ!セカンドライブでマーシャルハウス狙うって、ウソだろ?」

 叫ぶエヴァンズとクルールな顔でポスターを指さしたままのイエーツを双子はお互いの腰に手を回したまま唖然と見つめていた。

「オーディションに呼ばれた。マーシャルハウスのプロモーターが今日聴きに来てた。フライヤーにのってたくっついたお前らに興味があっただけだったらしいが、ライブを見てオーディションの枠にねじこんでくれた。絶対にこのチャンスをモノにする」

 しこたまビールを飲んで騒いで、イエーツが持ち出してきたウィスキーを空けると、4人はぐだぐだとソファと床に寝転んだ。エヴァンズがそばに転がっていた空の瓶を尖らせた唇で吹くと、ホーゥ、ホーゥと鳴き声のような音が鳴らすと、双子に向かって顔を見上げた。

「お前らの話してくれよ。昔住んでたとことか、ハイランダーのこととかよ。よくよく考えたら全然知らねえわ」

 そう言って、また瓶に唇をつけた。その音を聴きながら、バリーとトムは話はじめた。

「俺たちはさ、ハイランダーでジム・アダンってやつと暮らしてた。あいつは、俺らと暮らしてるともりなんてなかったのかも。飼われてたのかな。首輪はついてないけど、自由に動けたのは、建物の中とジムの自慢の中庭だけ」

「そいつは、お前らの父ちゃんなのか?」

 エヴァンズが遠慮がちに口を挟んだ。

「違う。目が覚めたときから目の前にいた。ただ、それだけのやつだ」

「ジムが食べさせたいものを食べて、ジムが着せたい服を着て、ジムが見たいときに俺らのくっついた体を見せてた。音楽も本も何もない部屋で、俺たちはずっと過ごしてたよね。そんな生活が正しいとは思わなかった。でも捨てられたくなくて、媚びも売ったよ。怖かったんだ、夜になると屋敷の外から聞こえてくる、ひゅうひゅうって喉の奥が擦れるみたいな音も、真っ暗で冷たい外も」

 うなずくようにトムは身動いだ。

「たぶんすごく長い間、僕らはジムとそうやって暮らしてた。ある朝、俺は胸が痛くて起き上がれなくて、ジムは医者を呼んだ。麻酔で眠ってる間に、何が起こったのかは知らない。トムは知ってるけど話してくれない。目が覚めたら、ジムが血だらけの手で俺とトムを撫でてた」

「ジムはを人殺しだ。だから僕とバリーは逃げた。あいつの頭を殴りつける道具なんていくらでもあった。それをしなかったのは、あいつが僕たちにとって危険じゃなかったからだ。あいつは、それを破った。殺してないぜ。僕たちはジムじゃない」

 エヴァンズの気持ちを察したように、トムは言った。その言葉を引き継ぐようにバリーは話し続けた。

「庭は死ぬほど広くて、どんなに走ってもずっと先まで短い緑の草が綺麗に生えてた。そのもっと先に黒いラインが見えた。俺たちはそこで待ったよ。廃棄物を運ぶトラックをね。ローランダーへ行くって知ってたから。ただ逃げたって、ジムは諦めないって知ってた。俺たちを手放さないためなら、あいつはきっと人だって殺すよ。だから計画を立てた。結局、外からきた庭師だけだったよ、欲しい情報をくれたの。そっからは、簡単。トラックにのってローランダーまで一直線だよ。ゲートにでかい機械があって、人間が乗ってないかスキャンしたけど、俺たちには気づかなかったみたい。ローランダーに着いてからは、エヴァンズも知ってるよね」

「ジム・アダンはお前らがローランダーに逃げたことを知っているのか?」

 イエーツがはじめて口をひらいた。

「知らないはずだ。もし、知っててもあいつはローランダーには絶対に来ないぜ」

「ジムはここに来るぐらいなら死ぬんじゃないかな」

 少しだけ軽くなった空気をもっと軽くしようとエヴァンズがいつもの軽口を叩く。

「ハイランダーの人間にとっちゃあ、ここはクソだめみたいなもんってことだな」

 イエーツは眉間にシワを寄せたまま、低い声で忠告をした。

「念には念を入れておけ。結合部を人前で晒すのはもうやめだ。それと、お前ら自分の素性をなんて説明してる?客の中には聞いてくるやつがいるだろう?」

「俺らはは借金まみれで、居場所が見つかったら殺されるから言えないけど、何か問題が起きたらZoeのキム・カーが責任を取るって言って、キム・カーのIDを見せてる」

 近くにあったクッションを抱えて、エヴァンズはぽつりと呟いた。

「お前ら、ほんっといい根性してるよ」

 オーティションの前日、会場の近くのモーテルの一室に4人は泊まった。いつもの勝負に負けたエヴァンズが買い出しに行ったあと、イエーツは双子を呼んだ。

「なんだよ、バリーは寝てるぜ」

 ソファに寝転がったトムが返事をした。

「お前たちに話がある」

「無理だ。僕だけに話せ。こいつの寝汚なさはあんたも知ってるだろ」

 イエーツはソファの前に椅子を持ってきて座った。少し考える仕草をしてから、トムの目を見てはっきりと告げた。

「分離手術をしないか」

「は?」

「ジム・アダンの話を聞いて考えたんだ。お前らもばらばらになれば、ただの双子だ」

「あいつのために、そこまでする必要ないだろ。だいたいあいつはハイランダーに居る」

「俺らは有名になる。ローランダー、ハイランダー関係なく。音楽を死ぬまで続けたいなら、手術を受けろ」

 イエーツの言葉に、トムは腹の上にのっかったバリーの腕を払いのけて、できるかぎり身を起こした。

……どこで?」

「ハイランダーに腕のいいやつがいる。俺は……ハイランダー生まれだ。親とはもう縁はないが、信頼できる友人は何人かいる」

「そりゃあ、こいつと一生くっついてなきゃなんないのがたまらく嫌で殺したくなる日だってあるぜ。でも、急にこいつがいなくなったら右側がスースーして風邪ひいちまう。

ただ、ジム・アダンもあの屋敷も2度とゴメンだ。バリーが起きたら分離手術について話してみる」

 イエーツは黙ってうなずいた。

「この話は俺からバリーにする。あんたからの話だってのは秘密にしといてやるよ。あんたがハイランダーだってエヴァンズに知らせたくないんだろ」

 2人はエヴァンズが出て行ったドアを見つめた。

「仲間が自分以外のハイランダーなんて、ハイランダーはみんな裸でクソもしないと思ってたやつには、刺激が強すぎるだろ?

バリーが分離手術の情報源を知りたがったらすぐに俺の名前をだせ。くっついてんのに自分が知らないことがあるのはいい気分じゃないはずだ」

 ギシッとベットが鳴った。バリーがくるまってる毛布に体をねじ込みながらトムは呟いた。

……双子だからって、出来事の全てを共有することはできない。例えば、片方が眠っている間に起こった出来事は、永延にもう片方だけの記憶に残る」

 オーディション当日のイエーツとエヴァンズの目覚めは最悪だった。何かが割れる派手な音に2人がほぼ同時に飛び起きると双子の怒鳴り声と、お互いを殴り合う音が部屋に溢れていた。

「俺がいらないらそう言えよ!」

「違う、音楽を続けるために」

「音楽をクソみたいな言い訳に使うなよ、トム!誰からそんなクソ話し聞いたんだよ!」

 イエーツが口を開こうとした瞬間、トムが目配せをした。

「バリー、悪かったよ。この話はもうしない」

「うるさい!黙れよ!2度とあの単語を口にするなよ!おい!あんたらも知ってんのか!俺だけ仲間外れってわけ!」

 叫びながらトムを殴りつけると、バリーはテーブルを蹴り上げた。2人にも怒りの矛先をむけはじめ、何を言っても暴れるのをやめないバリーを抱え込むと、トムはベッドにダイブした。そしてシーツで自分ごとぐるぐるまきになって、まだモゴモゴ叫びながら蠢くバリーをマットにプレスすると、それでも暴れようとやっきになるバリーにトムは殺意を覚えているようだった。

 ぐちゃぐちゃになった部屋を眺めて、イエーツとエヴァンズは倒れたソファを起こして座った。イエーツは床に落ちていた本に、エヴァンズは床に転がった酒瓶にそれぞれ手を伸ばして、双子が起き上がって片付けるまるでは、何もしないと決めた。オーディションまではまだかなり時間がある。

 顔中アザだらけで、乾いた血で変色した首元がダルダルのTシャツを来た双子が、罵りあいながらぴったりくっついているのは異様な光景だった。3曲を終えて、ステージから降りるときにも、階段の前で小競り合いをしている双子にうんざりしながら、控室にもどるザ・バンバンは、ビジュアルよりも、その音楽で注目を浴びた。

 その夜の、マーシャルハウスのライブにでる権利をもぎ取ったはずの4人がいるモーテルの部屋は、地獄のように荒んでいた。

「イエーツ、俺にも話せよ」

 何も知らないはずのエヴァンズが、冷たく言い放ったひとことで、分離手術のことは詳しく4人で共有され、2度とその単語を口にしないこと、結合性双生児であることを積極的に明かさないこと、ハイランダーであることをひけらかさないことという約束を交わし合って、ひと段落した。

 ザ・バンバンとして出演を承諾する契約を交わすときに、バリーとトムが結合性双生児あることを売りにするつもりがないこと。結合部を晒すようなパフォーマンスはしないことを明言した。プロモーターは、それもザ・バンバンの価値だとごねたが、出演を辞めると脅すとしぶしぶ首を縦に振った。

「クソ野郎!」

 宣伝をしようにもライブのフライヤーやポスターを一向に送ってこないプロモーターに痺れを切らせて、直接取りに行っていた、エヴァンズは部屋で待っていた3人に、袋の中身をぶちまけた。

 散らばったフライヤーにもポスターにもファーストライブで結合部をさらして、マイクを握るバリーとギターを抱えたトムがどでかく映っていた。ところどころをピンクやブルーでポップに装飾された2人はさながら現代のキング・オブ・パンクだった。

「腹括ろうぜ、兄弟」

 トムの声にバリーはうつむいていた顔を上げた。

「まあ、やるしかねえってことだ。よかったじゃねえか、ステージで好きなだけ脱げるぜ!」

 開き直ったエヴァンズが叫ぶと、双子の顔は一気にあかるくなった。

 黙っていたイエーツが渋い顔で、ポスターにもフライヤーにも自分とエヴァンズが少しも写ってないとがっかりしたようにつぶやくと、バリーとトムは床に倒れこみながら腹を抱えて笑った。

 マーシャルハウスでのライブ当日、ザ・バンバンを待っていたのは、熱狂だった。出演者ようのでかいホテルの入り口に着いた途端、待ち構えていたファンたちは口々に何かを叫びながら、手に持った袋やペンとノートを押し付けてくる。それを押し除けるようにしてホテルのフロントに逃げ込んだ。泊まる部屋も自分たちが昔住んでいた建物を彷彿とせるくらい清潔で無駄なものがなかった。ホテルまでの道中で買い込んできた酒や食い物を広げると、あっという間にただの部屋に変わった。

 出番は明日の夜だ。たっぷりある時間を4人は思い思いに過ごした。結局ナーバスになったバリーの歌詞を思い出せなくなる、だのトムとイエーツのギターの弦がいっせいに切れる、だのエヴァンズがスティックをぶっ飛ばすだのくだらない妄想に、キレたトムが暴れまわってぐちゃぐちゃになった部屋の、隅で4人でビールの栓を空けて、打ち付けあって煽ったら、もう会場に入る時間だった。

 会場の裏口から、中に入る前に少しだけ様子を伺うと、変わった形の白い帽子の男や鎖で全身を縛り付けた女がいて、2人の載ったポスターは軒並み黒く塗りつぶされていた。壁は張られたフライヤー、出演バンドたちについて解説が書かれたチラシでそれ自体が絵みたいになっいた。今回のライブのデカさと成功したやつの未来にある栄光を思い知らされるように、楽屋には壁に一面にクリップで有名なレコードのジャケットが留められて、そこら中に反吐の跡があった。わけのわからない陰に飲み込まれそうになる暇もなく、4人はステージ立っていた。暗転していても、ザ・バンバンの登場に会場の熱気は最高潮に高まった。

 ライトがステージを照らす。観客の叫びを押さえ込むように、バリーが叫ぶように歌い出した。

体を小刻みに震わせながら歌う

目をつぶって、飛び跳ねる、腕を振り上げて

天井を掴もうとする

ギターを薄目で、コードを見つめて

ピックを挟んだ指でマイクを握りしめて

あきつづける口

ルーズに体を揺らして、ステージを見つめる

誰の瞳にも、ステージライトが映り込んで、

モッシュ、頭部の海

ギターを弾く残像、ドラムスティックが打ち鳴らす

口笛、指笛、伝えたいと、足踏みでもう一度、音楽を

明け方のまち、音楽に浸っていた、自分だけだと

肉屋のあかり、ゴミ袋の山

セットした頭が、逆立っている

猟銃を飾った壁

青い壁

ビールの栓を開けて捨てる

光熱費の請求書を破り捨てる

ネオンで城を模った建物、デパート

赤い電話ボックス

地面を蹴りつけるように、リズムを取る

指をたたきつけるようなベース

叫ぶことで主張をつづける

「黙れ!」

声を太く、喉を振り絞って

飛び跳ねる、頭が波のようにうねる

甲高い声、

客を抑えようとする

少年たちの無秩序な動き

腕を組み合って順路を作る男たちを

笑っている。何も起こらないことを予感している。瓶の割れる音が、無秩序の火蓋を切る。腕を振り上げる

コンクリートが飛ぶ

スクラムが強固になる。引き倒され、ひきづられる

サイレンを回して横切る車

イエロー

ブルー

点滅

パープル

忍び込んだガキどもを引きずって裏口から捨てる

「踊れ」

鼻にかかった甘い声

裸の半身をぶつけ合って叫ぶ

陶酔

ステージに肘をかけて首からを上をうっとりと

汗で張り付いた髪をかき上げて

しゃがみ込んで囁くように

陶酔した目が、怪し胃きらめきを増す

倒れ込んだむき出しの胸に、繋がった体を

ピアノを弾く淡いブルーのシャツ

和音が高音から低音にスキップするように飛び跳ねて

8ビート

「音楽が好きだ」

ワルツのリズムに合わせて語りが始まる

シルエットが白く光る

ステージを観ようと、後ろほど高くジャンプ

何度も何度も、客の波が前へ前へ

ステージに這い上がったやつが、外へ放り出される

渦の中に 落ちていく 夜は終わり

音は渦だ

銃声が響いた。そのまま音に飲み込まれて歌い続けるバリーの息がはげしくなるのに鼓動が、繋がっている体が、渦に巻き込まれていく。

音は渦だ

渦だ

 溢れ出した観客がステージに押し寄せる。小さな女の子がバリーの手をさらっていく。

ぐしゃぐしゃに踏み付けにされた、男はジム・アダンみたいに見えた。

 エヴァンズに担がれるようにしてステージを降りたトムは、ぼんやりする頭で飛び乗った車の助手席で怒鳴りまくっているイエーツを眺めた。

「違う!ハイランダーへのゲートへ運んでくれ、急げよ!早く!早く!!ハイランダーへのゲートだ!そんなもん俺がなんとかする!とにかく急げ」

「かんちがいするなよ、そこらへんの医者じゃあ、お前らを手当てできない。だから行くんだ」

 エヴァンズはバリーとトムの頭を交互に撫でながら、やけにおだやかな声でそんなことを言ってくる。トムはやけに震える自分の体を持て余すように、バリーに話しかけた。

「なあ、バリー覚えてるか。ジムがよく、僕とお前をくっつけるのはかわいいレイディだって。

ジムのことだから、本気でレイディを俺らの間に挟んでんじゃないかって気がするんだ。バリーそう思わないか。バリー、返事しろよ。バリー、返事しろって。お願いだ、バリー、お前がいないと寒くて風邪ひいちまうよ、なあ、返事しろって」

 エヴァンズが強く、トムの手を握りしめた。

 明るい光の差し込む窓辺から見える景色は、どこまでも広がる草原だった。

 安楽椅子に座った滑らかな手が、レコードの針を落とす。デビッド・ボウイのファイブ・イヤーズ。はじめて2人で聴いた日が鮮やかに回り続ける。

「バリー、今朝エヴァンズが死んだよ。イエーツとお前でそっちで歓迎してやってくれよ。僕は当分行けそうにない。

お前とあの日、マーシャルハウスのステージにたっちまったから」

文字数:19889

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