テンゴクノヒカリ

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梗 概

テンゴクノヒカリ

とある夏、屋久島の宮之浦。山の神に感謝を捧げるご神山祭りの最中、奥岳(山の中央部)の一部が一瞬明るくなるのを町役場職員の太田は目撃した。胸騒ぎに突き動かされた太田は翌日トイダシドン(シャーマン)のキヨばあちゃんを誘い、奥岳に入った。
二人が一本の屋久杉の前に着くと、蝶と人間が合体したような生物がいる。周囲には光の蝶がたくさん飛んでいる。驚く太田をよそに、キヨは口寄せ(死者の霊と会話する能力)の応用でその生物や光の蝶と会話する。
聞き出したところ、彼はモチュンガ星からやってきたそうで、光の蝶は死者の魂だという。モチュンガ星では突然変異した軟体生物ロロンドたちが彼らを襲い始めた。驚くことにモチュンガは元来、永遠の命を持っていたそうだがロロンガの溶解攻撃だけには敵わない。初めて死を迎えたモチュンガが死者の魂をどこに祀ろうかと困っていた時、故郷の木によく似た屋久杉が生えるこの地を見つけた。
「ここを天国にするそうよ」キヨが太田に伝える。
「絶対ダメです!」太田は頑として受け入れない。
そこにムラサキツバメという蝶が飛んできた。
「あらそう。あんたらえらいねえ」キヨは微笑む。
ムラサキツバメが魂に体を貸してくれるそうだ。光の蝶はムラサキツバメに合体すると翅の青紫色が黄金色に変わった。その新種の蝶をテンゴクノヒカリとキヨは命名し、「みんな、今日からむやみに光の蝶になってはダメよ。約束ね」と言った。
喜んだモチュ太(キヨが命名)は残りの魂も持ってくることを告げ、鱗粉化して消えた。(故郷の星へと移動した)。

翌日、モチュ太は新しい魂を運んできた。翌日も、その翌日も。しかしこの森に来るたびに憔悴していく。そしてある日、最後の魂たちを運んできたモチュ太は、もう帰りたくない、ここでキヨの呪術で殺してほしいと言う。モチュンガは皆殺されて、自分一人になってしまった。向こうで殺されたら自分をここに運んでくれる者がいない、一人ぼっちはイヤだと。
キヨはこの森に来て急速に衰えていくモチュ太を見て、永遠の命を持っているわけではないと気づいていた。モチュンガたちは、栄養の乏しい花崗岩の上で特別長生きする屋久杉のように、極めて薄い酸素を栄養源に生命を維持し続け、いまだ死を知らずに暮らしていただけだった。
しかし今、酸素の豊穣なこの森でモチュ太が死期を迎えていることにもキヨは気づいていた。
キヨは横たわったモチュ太の頭を何度も撫で「大丈夫、大丈夫、心配はいらないよ」と囁き、最後に胸を撫でると同時にモチュ太の体から光の蝶が抜け出て、ムラサキツバメに乗り移り、一羽のテンゴクノヒカリとなってキヨの肩にとまった。

数年後の夏、キヨは老衰し、今まさに息を引き取ろうとしている。
臨終の時を迎えたその時、窓の外に大量の光の蝶が現れ、山へと飛んで行った。
葬式の日に、キヨの家族からその話を聞かされた太田は、家の周りを飛ぶたくさんのテンゴクノヒカリに「キヨさん、ダメだって言っただろ?」としょうがなさそうに笑った。

参考文献)
1)生命の島編(2002)『季刊 生命の島 62号』生命の島.
2)青山潤三(2008)『カラー版 屋久島 樹と水と岩の島を歩く』岩波ジュニア新書.
3)奈良埼高功(2015)『いのちの森 屋久島』海鳥社.
4)下野俊見編(2016)『屋久島の民話 第一集』(新版 日本の民話37)未來社.
5)屋久島ご神山祭り〈http://www.synapse.ne.jp/~kamiyaku/ibento/goshinzan/index.htm〉参照2019年12月1日.
6)「屋久島に夏を呼ぶ御神山祭り 山の神に感謝し里の人々の平和を祈る」屋久島経済新聞〈https://yakushima.keizai.biz/headline/289/〉参照2019年12月1日.
7)「屋久島・口永良部島の地質」(鹿児島の自然だより 第162号)鹿児島県立博物館〈https://www.pref.kagoshima.jp/bc05/hakubutsukan/iimono/documents/51302_20161101103631-1.pdf〉参照2019年12月2日.
8)「屋久島の山」九州森林管理局〈https://www.rinya.maff.go.jp/kyusyu/yakusima_hozen_c/C_yakuyama.html〉参照2019年12月2日.
9)「大捜索ドキュメント! 屋久島”伝説の超巨大杉”」NHKオンデマンド〈https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2017081376SA000/〉参照2019年12月4日.
10)「おた踊り」鹿児島県〈http://www.pref.kagoshima.jp/ab10/kyoiku-bunka/bunka/museum/shichoson/yakushima/otaodori.html〉参照2019年12月11日.
11)「おた踊り練習(伝統芸能伝承活動)」鹿児島市立生見小学校〈https://www.keinet.com/nukumis/1049/〉参照2019年12月11日.

文字数:2116

内容に関するアピール

以前友人の写真展に行った時、会場のカフェでなんの気なしに「生命の島」という屋久島について書かれた季刊誌を購入しました。そこに屋久島のシャーマン「トイダシドン」についてのレポート記事があり、そこからトイダシドンという存在を軸に物語を考えました。
トイダシドンになる人は、幼年時代から病院では治らない病気や心の深い病を負って、苦難の道を歩みながらも、先師に導かれ、長年の厳しい修行を乗り越えシャーマンになるというプロセスを踏みます。降りかかる苦難を巫病と言い、巫病を経てトイダシドンになることを成巫と言います。キヨの過去にも人並みならぬ苦難があり、モチュ太とのコミュニケーションにおいてもキヨなりの悲しみへの共鳴や想像力があってこそ成り立つものだと考えています。

 

文字数:328

課題提出者一覧