梗 概
花魄の木に吊るしてください
森田が近所の都立公園でジョギングしていると、大学の後輩の白崎に偶然会った。三年前に農学部を卒業して以来ここで働いているそうだ。白崎は相変わらずの変わり者で、嬉々として植物の解説を始めた。白崎は学生の頃、何故か森田にだけ、自分には木の精が見える、と打ち明けていた。
白崎は一本の木を指差し、そこに掌サイズの裸身の美女がいると言った。
「あれは花魄です。三人以上が首を吊った木に現れます。でも園内での首吊りの記録はないから、きっと沢山の人が首を吊った木から枝を取り、苗木にして大陸から運び込んだのでしょうね」
その花魄とやらを、恋人だと紹介されたのには流石に呆れた。
一週間後、森田が公園に行くと、白崎はホームレスらしき老人に一方的に花魄の話をしていた。白崎は森田とその老人にだけ木の精の話をするようだ。
また公園に行くと、死人が出たらしく立ち入り禁止になっていた。白崎に連絡すると、死んだのはあの老人だ、とあっさり言われる。白崎が第一発見者だったらしい。白崎宛の遺書と木彫りの鳥を残し、花魄の木で首を吊ったのだとか。遺言を果たすために山に行きましょう、と白崎は言った。
一週間後、二人で山を登った。白崎は遺書の詳しい内容は言わない癖に、道端の植物の解説は逐一してくる。
頂上についた。白崎が誘うままに柵を越えて崖の淵に立ち、景色を眺める。不意に足を滑らせて落ちそうになった森田を助け起こし、白崎は言った。
「そんなに死にたいなら、花魄の木で首を吊ってくれればいいのに」
死にたいと思ったことは一度もない、と言うと、変わった人ですね、と返された。白崎は柵を越えて戻り焚き火を始めた。そして森田に遺書を見せる。宛名すらない白紙だった。白崎は木彫りの鳥と遺書を火にくべた。煙が空に昇っていく。
「お爺さんの恨みを吸って、花魄はずっと綺麗になる。でもお爺さんが鳥を好きだった気持ちは花魄にはいらないから、飛ばしてしまいましょう」
そう言ったと同時に、茶色い鳥が空に舞い上がった。まあ山なんだから鳥くらいいるわな、と森田が思っていると、白崎が水筒を取り出した。一週間前に花魄の木から葉を採って乾かし、茶を作ったのだという。首吊り死体を目にして通報するより先にお茶っ葉を採る奴があるか、と思いながらも森田は茶を受け取って飲んだ。
しばらくして森田は公園を訪れた。花魄の木は前より綺麗に見えた。また誰かが首を吊ればもっと綺麗になりますよ、と白崎は言う。また死人が出れば流石に行政が木を切るのでは、と言う森田に白崎は答えた。
「そしたら枝を取って、苗木を沢山殖やします。この木が倒されても、花魄は生き続けますよ」
森田は想像する。ベランダに並ぶいくつもの植木鉢。そこに生える細い苗。その苗一つ一つに寄り添う花魄達。成長した木に、誰かが首を吊る日を待っている。
たった二十年で20mにもなるんですよ、と白崎が嬉しそうに言った。
文字数:1188
内容に関するアピール
妖怪の話ばかり書いている者です。植物の妖怪の話を書きたくなったので、植物について取材しました。
今回は花魄という中国の妖怪の話です。袁枚の『子不語』によれば、ある人が林の中で五寸ほどの裸身の美女を見つけ、家に連れ帰ったとか。これこそが花魄であり、三人以上が首を吊った木に現れるとか。日に当てれば干からび、水をかければ元に戻ったとか。元の木の枝に戻してやると、大きな鳥が花魄をくわえて飛び去ったとか。(『書物の王国 5』に収録 前野直彬訳)
作中で明記しない予定ですが、杜仲という木をモデルにします。六千年前から生えている中国原産の木で、五大漢薬の一つとして数えられているそうです。お茶にすると体に良くて美味しいらしいのでとりあえずネットで杜仲茶を注文しました。
杜仲の木が生えていると噂の林試の森公園に行ってみたのですが、どれが杜仲の木かわかりませんでした。しかしまあ折角行ったし雰囲気の良い公園だったのでお話の舞台にしてみました。
予定参考文献(タイトル順)
・宮内泰之監修『里山散歩植物図鑑』東京 成美堂出版、二〇一七年
・足田輝一編『植物ことわざ辞典』東京 東京堂出版、一九九五年
・『書物の王国』編纂委員会編『書物の王国 5』東京 国書刊行会、一九九八年
・矢野 亮監修『日本の野草 春(増補改訂フィールドベスト図鑑Vol.1)』東京 学研、二〇〇九年
・『野草図鑑―身近な野草が見分けられる 日本の野草を季節ごとに網羅した野草図鑑の決定版!―(Boutiquebooks)』東京 ブティック社、二〇一九年
・早川滿生執筆 高橋章監修『株分け・さし木・とり木・つぎ木―好きな植物が、自分でどんどん殖やせる― 増補改訂版(ブティック・ムック 1292)』東京 ブティック社、二〇一六年
・尾亦芳則著『失敗しないさし木・つぎ木・とり木―プロが教える! 初心者でも上手に増やせるコツ 写真と図解でよくわかる!―』東京 西東社、二〇一五年
参考ホームページ
・日本杜仲研究会 (最終閲覧日:2019年12月19日)
http://www.eucommia.gr.jp/eucommia/
・林試の森公園 (最終閲覧日:2019年12月19日)
https://www.tokyo-park.or.jp/park/format/index003.html
文字数:963