相とソウ

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梗 概

相とソウ

現代/相承視点
「皆さんの中の誰かを殺しに来ました。最低でもメデゥーサとヴァンパイアを1人ずつ。無論本人の了承の上で」
男衆の里、メヴァへ来た相承そうじょうが開口一番に言うと、メヴァの民は協議の末それを受け入れた。
翌日、相承が居候中のソウジュの家に、メデゥーサのレェキとヴァンパイアのグロウが訪れる。
ソウジュは2人に並行世界で相承と出会った経緯を語り始める。

過去/ソウジュ視点
メヴァで唯一、世界移動ができるソウジュは、時折単身で世界を渡り歩いていた。(他人を連れていくと、はぐれる可能性があった)
そんなある時、人間のいる並行世界に辿り着き、相承と出会う。(メヴァの世界では人類は絶滅し、知的生命はメヴァの民だけ)
相承はソウジュに世界移動の力があることを知っていて、自身もその力を得ることを望んでいた。ソウジュは相承の家に暫く泊めてもらう代わりにそれに協力する。
後日、その方法がメデゥーサとヴァンパイアを相承の身体に取り込む、つまり殺すことだと判明する。
「俺をメヴァへ連れていってほしい」
「彼らは皆人間よりも強い、不信感を抱かれれば殺される。それに人間とは考え方が根本的に違う」
そう忠告しても相承は意思を貫いた。

現代/相承視点
メヴァへ来て数日が経ったある時、レェキとグロウは語った。
「俺達つがいになって子供を創ることにしたんだ」
メヴァの民の子の宿し方は特殊だ。ヴァンパイアの血には力があり、血の交換によって他者にも分け与えられる。一方メデゥーサは見た対象を止めたり早めたりできる。それが血の交換によって見た空間を止めたり早めたりできるようになり、並行世界をも操作できるようになる。彼らはそれを応用して子を出現させる。
但し現れる子は皆メデゥーサかヴァンパイアで男だけ。
そんな奇想天外な生殖は彼らの性欲を薄め、結果人間の常識からも引き離した。だから彼らを人間と同じ知的生命だなどと都合よく考えてはいけない。
それから相承は2人と別れる。だがその帰りにメデゥーサとヴァンパイアに襲われ、間一髪ソウジュに助けられ――
「相承、この人達を殺すってのは――」「駄目だ」

未来/ソウジュ視点
ソウジュは相承を襲った2人を殺さなかった。
実は世界移動の力を得る方法が判明した時、相承は初め了承の上でソウジュを殺そうとした。なぜならソウジュはメデゥーサとヴァンパイアの両方の力を持つ双能力者だったから。けれど拒み続けている内に情が移ったみたいでその話はなくなった。
でも今なら言える。
「相承になら殺されてもいい」
だが相承は言う。
「ソウジュはまだ世界の広さを知らない。だから世界を旅して君の愛せる者を見付けてほしい。……けれどもし世界を巡って、それでも俺を愛し続けていた時は――君を■す」

現代/相承視点
未来を見たソウジュは相承を襲った2人を殺した。(世界移動は並行世界への横移動のみで、過去や未来は見れるだけ)
だが結果的にメヴァの民は――殺しをも赦した。
これにはさすがの相承も驚く。相承は彼らを理解しているようで本質的には理解できていなかった。
その後ソウジュは未来を見たことを打ち明け、曖昧だった「■」の答えを訊いてきた。
相承は人間とメヴァの民との違いを理解し、臆せず正直に答える。すると2人の距離は縮まる。
その夜、2人は隣り合って寝た。

テーマ/取材
テーマはBLを書くことにしました。
取材は去年のゲンロンSF新人賞の受賞者の方に協力して頂きました。
詳しくはプロフィールに記載しました。(ここに書き切れなかったため)

文字数:1440

内容に関するアピール

参考文献枠では勝負にならないのが自明だったので、取材は去年のゲンロンSF新人賞の受賞者の方に協力して頂きました。
実は課題提示前から構想自体はあったんですが、今回の課題がなければお蔵入りになっていたと思います。
取材した結果、梗概の書き直しを余儀なくされましたが、その分最初よりも良くなったと思います。
薦められたR18漫画の性描写を見るのは正直辛かったですが、それでも読みました。

肝心の物語は性描写がR18に引っ掛からない設定を考えたら面白そうというのが着想です。
メデゥーサとヴァンパイアの組み合わせや、メデゥーサが男の設定もありそうでないと思います。
並行世界の設定は物語的には整合性が取れそうです。

実作の字数は16000字前後と短めにする予定です。
視点は悩みましたが、交互に変わるダブル主人公にする予定です。

ちなみに相承が攻でソウジュが受です。
BLは未知数ですが、出来る限り彼らを美しく描写してみます。

文字数:400

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相とソウ

 壱/現代/相承視点

 世界を渡ってきたからには挨拶を交わさなければならない、そんな礼儀作法に則って俺は皆の前で弁舌を振るった。
「私は名を相承そうじょうと申します。皆さんの中の誰かを殺しに、はるばる遠くからやってきました。最低でも、メデゥーサとヴァンパイアを1人ずつ」
 挨拶とミッションの説明を終えると、周囲の者達は小さく騒めき立つ。
「相承それ……ストレートすぎない?」
 隣に立つ付き添いのソウジュが心配そうに小声を掛けてくる。その声は周囲のどよめきによって掻き消されて相承の耳にだけ届いた。その気持ちは受け取るも言葉は返さず、中央の座からも視線を逸らさない。
 今は目の前の状況と対峙する時だ。
 相承とソウジュは今、大広間の中央に立っている。一方周囲には、そんな2人をコの字型に囲うように座している大勢の者達が、こちらへと視線を集中させている。こちらの真意を測るように見定めている者、警戒し鋭い眼差しを向けてくる者、面前の物事にあまり関心が向かず傍観に回る者、表情は様々だ。
 その者達は一見すると皆人間のようでいて、身体のあちこちに人間離れした特徴が散見される。具体的には空想の怪物とされているメデゥーサかヴァンパイアのどちらかの特徴を有している。分かり易いところで、メデゥーサの特徴を持つ者は髪の質感がまるで蛇の皮のようで、ヴァンパイアの特徴を持つ者は瞳が紅く口に牙がある。
 だが相承はそれらがコスプレでもなければ、仮装でもないことを既に知っている。つまるところ彼らは本当に人間ではなくメデゥーサかヴァンパイア。寧ろ人間なのはこの大広間の中で……いや恐らくでは俺だけなのだろう。
 加えていえば彼らは皆人間の男に似た姿をしている。それは大広間にいる者だけの話ではなく、ここへ来る途中に街中ですれ違った者も含めて例外なく皆が皆そうだった。
「訊く」
 その一言で小さく騒めいていた場が一斉に静まり返る。発したのはコの字型の線の中心、つまり相承の視線の先にいた。他のものよりも背凭れの一際高い椅子に座し、毅然とした風貌でこちらに眼力を光らせるヴァンパイアの特徴を有した初老の人物、彼こそがこの共同体をまとめる長だ。
「我々に戦を申し込むということか」
「いえ、違います。殺しは必ず本人の了承を得て行います」
 相承の淀みのない返しに、長はペースを崩されたと言わんばかりの表情を見せて言葉を返さない。こちらの真意を見定めているのだろうと察した相承は説明を続けた。
「その者に対しては最大限の敬意を払い、死後の尊厳にも配慮するよう努めます。無論口先だけなら何とでも言える。ですがあなた方メデゥーサとヴァンパイア、つまりメヴァの民は人間よりも遥かに優れた洞察力があるとソウジュから聞きました。同時に圧倒的な力を有し、私に愛がなければなすすべなく殺されることも」
 そこで一度言葉を区切ってみる。長は真意を推し測っているのか依然応答する様子はない。ならばと相承は更に言葉を加えた。
「メヴァの民が共同体の外の者に対して警戒心が強いこともソウジュから聞いています。メヴァの民はから人間とは考え方が根本的に異なり、だからこそそうしなければいけないことも。ですが人間の中にも適切な知識を持ち、他者の価値観に寄り添って物事を考えられる者はいます。メヴァの民にも悪意ある者がいるように、人間にも善悪には個々の幅がある」
 相承がそこで再び言葉を区切ると、今度は返答があった。
「問う。何のためにそのようなことをする」
「力を取り込むためです」
「それは不幸があった者の身体を差し出すことでは成立しないのか」
「力を手に入れるためにはメデゥーサとヴァンパイアをほぼ同時に殺す必要があります。ですから、残念ながら」
 長はその答えに落胆するように一つため息をついて、改めて別の尺度から問いを続ける。
「しかし殺しとは本来悪意ある者がやること」
「完全な善などあり得ない。それは誰かにとって善でも、誰かにとって悪。そして今私がやろうとしていることは、確かにメヴァにとって悪になり得る」
「そこまで理解していて尚、そのようなことが本当にできると?」
「ええ、やってみせましょう。いや――やらなければならない
 長は一度瞼を閉じ、その強い言葉に何かを納得させたような様子を見せる。再び瞳が現れると今度はそれをソウジュへと移した。
「ソウジュ、この者は本当に信頼できるのだな」
「はい、それはもう驚く程に」
 先程まで不安気な表情を浮かべていたソウジュだったが、その質問に彼は何も臆することなく、それ以外の答えはあり得ないと言わんばかりのトーンで返答した。
 それを聞いた長はしばし手を顎に当てて長考したのち、メヴァの長として一つの結論を出した。
「あい分かった、そなたの滞在を許可しよう。但しその身に危険が迫ったとしても自己責任。逆に何の了解もなく我々に危害を加えようものなら……分かっているな」
「受け入れ、深く感謝します」
 メヴァの民は皆人間の男に似た姿をしたメデゥーサかヴァンパイア。つまりメヴァの民全員が相承に殺される可能性を持つ当事者だ。にも拘わらず彼らは相承を受け入れた。そんなことは人間ではあり得ない。ソウジュに言われた、彼らは人間に似ているが考え方は全く違うと。……驚いた、本当に全く違った。

 長いようで短かった挨拶を無事終えた彼らはソウジュの家へと帰宅した。
 帰るや否やソウジュはリビングに直行して2人分の紅茶を淹れ始めた。思えばここへ来た昨日の午後からずっとばたばたしっ放しだったから、この家でのブレイクはこれが初めてだ。
 相承が席に着く頃には、湯気を立てている紅茶が西洋的な柄のあるカップに注がれていた。早速どんな味がするのかとカップを取り、口元に近づけてみるが……まだ熱が強い。
 とそんな格闘をしているとも知らないソウジュが話を振ってきた。
「にしてもこんな簡単に許可が下りるなんて。ちょっと現実味が湧かない」
「あの長に見る目があったおかげだ。メヴァの民は共同体の外の者に対する警戒心こそ持っているが、盲目的に排除する意思はそれ程感じない。だから俺も誠意を持って向かい合った」
「だからって初対面でいきなりああくる?」
「そうだな……、ソウジュがそう言うのならやりすぎたんだろう」
 いくらメヴァに関する情報を事前にソウジュから叩き込まれていたといっても、実際に経験を積まなければ真の距離感は掴めない。
 そんなことを考えながら紅茶に口を付けてみる。
「うん、美味しい」
 の紅茶とあまり変わらないのでそこは残念ではあったが。
「相承程じゃないよ。俺の家なのに図々しいけど、また相承の淹れる紅茶とコーヒー飲みたいなあ」
「なに、この家に居候している限りいつでも淹れる。誰の家かは関係ない」
 ソウジュが相承の家に居候していた時は、いつも相承がソウジュに紅茶やコーヒーを淹れていた。昨日の朝までそこにいたのに随分遠い記憶のように思えてしまう。
「……いつ頃までいる予定?」
「なるべく手短に済ませたいが、そう上手くもいかないだろうな。一方的に殺してしまえれば簡単だが、ソウジュを傷付けたくないしな」
「もし俺がいなかったら?」
「どうだろう。メヴァの民の中にも悪意ある者はいる。そいつならあるいは……」
「相承それマジレスってやつ?」
「ああ、マジだが……」
 ソウジュはお手上げといった様子で掌を水平にしてみせる。変な単語を覚えるソウジュも大概だと思うが、俺の方は命が懸かってるし、その反応も仕方ないか。
 そんな感じで会話を弾ませていた時、インターホンが鳴った。
 ソウジュが出迎えに部屋を出て間もなく扉の開く音がした、かと思えばいきなり屋内が賑やかになる。会話はリビングの扉越しからもよく聞こえたが、雰囲気からしてソウジュと親しい人達なのだろう。この感じだと中に来るかもしれないが、ソウジュと親しい相手ならばそこまで気張る必要はない。
 その予想は当たり、それからすぐに2人の訪問者が入室してきた。1人はメデゥーサで、もう1人はヴァンパイアだった。
 その内のメデゥーサと視線が合った。
「あ、ひょっとしてあんたが噂の人間? ソウジュの家に泊まってるの?」
「やあ初めまして。君の推測通り、ここに居候させてもらってる」
 そこへ少し遅れてソウジュもリビングへ入ってきた。
「紹介するよ。彼が噂の相承」
「ソウジョウ? 何かソウジュと名前が似てて面白い」
「それでこの賑やかな奴がレェキ、でそっちがグロウ」
 3人はそれぞれ名前を呼ばれたタイミングで頭を下げ合う。
「しかしソウジュ、彼は本当に信頼できるのか」
 グロウと呼ばれた者が言った。彼は疑問を口にしているが、そこまで強い警戒感は示していない。あくまでソウジュの口から信頼できることを聞きたいのだろう。
 だがソウジュはすぐには返答せず、なぜか大袈裟に驚きの表情を見せる。
「……どうした?」
「いや、それ長も全く同じこと言ってたなーって思って」
 お約束のようにグロウの顔がやや不満気なむすっとした表情に変化する。
「ごめん。で、答えだけど――信頼できる」
「うわ、すっげえ自信」
 レェキが思ったことをすぐに口にする一方で、グロウは少し考える素振りを見せてから口を開いた。
「正直ソウジュ、お前がそこまで言い切るとは思わなかった。……分かった、認める。ただできれば俺自身の目を通して信用できるようにはなりたいな。今はまだ初対面だし、何より過去を忘たくはない」
 過去のこともソウジュから聞いている。それはソウジュが生まれるよりも前の話らしいが、以前もソウジュと同じ力を持つ者がメヴァにはいたらしい。そしてその人物は多くの人間をメヴァに連れてきた。だがその中のある人間がメヴァの民を殺した。それから結局色々あって今ではその連れてきた人間は誰もここには住んでいない。
 言うまでもなく悪いのはその殺しを行った人間だけだが、それでも人間とメヴァの民とではものの考え方が全く違う。その差を埋めることがどうしてもできなかったのだろう。
「それよりさ、向こうでどんなことがあったのか凄く聞きたい」
 レェキがその話は終わりとばかりに唐突に話題を変える。ソウジュ以外の者達は世界移動は行えないらしく、その分他の世界のことを知りたい気持ちも強いのだろう。
 そう、ソウジュには世界移動をする力があった。そして俺の目的は――
 そんなことを考えている内に、ソウジュは土産話に花を咲かせ始めた。


 弐/過去/ソウジュ視点

 メヴァで唯一世界移動をする力を持っている俺は、時折こうやって世界を渡り歩いてる。
 世界移動が何かといえば、それは並行世界への移動のこと。但し移動できるのはあくまで並行世界への横軸だけで、過去や未来といった縦軸には移動できない。せいぜい少し視ることができるくらい。
 それと仲間を連れていくことは世界移動の最中にはぐれるリスクがあってできない。だから旅はいつも独り。まあ気楽だからそこまで悪い気はしない。
 で、今回辿り着いたのは人間の世界。
 メヴァの民と人間の外見は大きくは変わらない。その理由は怪物にも知性を欲する者がいて、彼らが人間を取り込んだ結果そうなった……というのが通説らしいが、実際のところはよく分かっていない。でももしそれが史実ならメデゥーサもヴァンパイアも人間の知性を取り込んだのだろう。
 ただ人間には女という存在がいて、その人達はメヴァの民とはあまり外見が似ていない。どうも人間は男と女でつがいになるのが一般的で、つがいの子は決まって女のお腹の中から産まれてくるらしい。……というか多くの生物、それこそ他の怪物も含めた大多数がそうなのだと、世界を旅するようになるまでは思ってもみなかった。
 それはともかく、今の俺にとって重要なのは、メヴァの民と人間は外見が似ているから、そのおかげで人間のいる世界でも街中を堂々と散策できることだ。
 それにある程度万能な能力も持っているから、ちょっとした危機が迫っても簡単に乗り越えられる。例えば言語の違いも能力でそれなりに補えるし、誰かに怪しまれてもいざとなればそいつを一時的に止めて逃げてしまえばいい。
 ……けれどなぜだかあいつには、そうしなかった。
 今ソウジュの双眼の先に、こちらに影縫いのような視線を向けて接近してくる者がいた。この世界を見付けたのはほんの数日前のこと。だから往来するようになってまだ日が浅く、ここには知人どころか自身の存在を知る者すらいない筈。にも拘わらず目の前のそいつの瞳は確かにソウジュを射抜いている。
 動揺と困惑を何とか抑え込んだ頃には、相手は既に残り10メートルもないくらいにまで距離を詰めていた。今からでも停止の視線を送ることは十分にできるだろう。けれどなぜだかその案は直感的に否定される。
 結局何も行動しないまま時間切れとなり、結果立ち止まった彼に第一声を放つ機会を与えた。
「ようこそ、俺の世界へ」
「お前、何でそれを……」
 そこまで言って、案に認める発言をするべきではなかったかと考えた。だが相手は既に知っているようだったし、下手な芝居を打っても仕方がないようにも思えた。
「場所を変えませんか。疑っているのならここでも構いませんが」
「変なところに連れていったりしない?」
「ええ、近くの喫茶店でどうでしょう」
「うん、いいね。けど怪しかったらすぐに逃げるから。あと代金はあんたの奢りね」
「おぉ……切り替えが早い」
 それからソウジュが彼の後を付いていくと、本当に間近の喫茶店に入った。別の場所でも見たことのあるロゴが書いてある店だったので怪しい感じもなく、寧ろ少し賑やかなくらいだ。
 彼が適当な4人掛けのテーブル席に着くのに続いて、ソウジュもその反対側に着席する。メヴァに飲食店はほとんどなくて、旅の時くらいしか利用しないので未だに慣れない。今日はせっかく2人なので、メニューを見てそこに載っていた紅茶を注文するように相手に伝えるだけで済ませた。そいつは少しして来た店の人に紅茶を2つ注文すると、会話の続きを再開させた。
「改めまして、俺は相承、君の名前を伺っても?」
 名前が似ていることに少しだけ驚いた。けど顔に出さないように努めた。
「名乗らない。でも約束通り用件は聞く。変なことだったら帰るけど」
「まずあなたが別の世界から来たことは間違いありませんね」
 どう答えるべきか少し悩む。いやそもそもどうしてそれを……?
「えっとさ、どうしてそう思うの?」
「それは俺が世界移動に関心があるから、そして俺自身が世界移動の能力者にならねばならないから」
 ソウジュは彼の発言に言葉では表せないような強い力を感じた。眼差しにも立ち振る舞いにも冗談の色はない。
「じゃあ逆に訊くけど、もしそうだって言ったら相承は――」「信じる」
 即答されたソウジュはそこに至って濁すことを完全に諦めた。
「分かった、認める」
「ありがとう」
「相承は世界移動をする力が欲しいのはなぜ? 誰かお偉いさんの命でやらされてるとか」
「俺個人の意思でやってる。理由……理由か」
 今まですらすらと答えていた相承がそこで少し考え込む。
「汚れ役……その答えで納得してくれるか」
 相承の目的がぼんやりとだけど分かってしまった。だからそれ以上深くは訊きたくなくて話題を変えた。
「それで、手に入れるっていっても譲渡できるものじゃないし、何か方法が?」
「あぁそれなんだが、実はまだ分かってない。だから頼みがあるんだが暫く俺の家に来ないか」
「えっそんな合コンに誘うような軽いノリで?」
「君の世界にも合コンがあるのか?」
「いや、この世界に合わせてみた」
「だとしたら飲み込みが早いな」
 能力のおかげもあるとはいえ、そこを褒められたのは素直に嬉しかった。
 彼とはまだ少し会話を重ねただけだけれど、この人は信頼してもいいような気がする。相承は素の自分を躊躇なく出す。それは他の人間ではあり得なかった。メヴァの民は皆洞察力に長けていて、演技をすればすぐに分かる。けれど彼にはそれがなかった。

 それからソウジュは相承の家に居候することを決めた。
 今までは泊まるところがなくて毎日往復の日々だったけれど、世界移動……あれは結構身体にくる。だから実のところその申し出はありがたかった。それに彼は一軒家で1人暮らしをしているみたいで、それも決め手になった。
 家までは相承の車の助手席に乗せてもらった。
「君の世界に車は?」
「ない。それに必要ない、俺の世界には街の外に知的生命はいないから」
「確かにそれなら乗り物はいらないな。その割には随分落ち着いているように見えるが」
「それは他の世界で乗ったことが何度かあるから。どの世界も地続きだからあるところにはあるみたい」
 そんな雑談を交わしていると到着はあっという間だった。停車した車を降りて見上げると、ソウジュの家と同じ木造らしき2階建ての一軒家が目に映った。実際に中に入ってみても雰囲気は似ていた。ただソウジュの家よりも少し古めに感じたし、単身で住むには少し広い家だなあと思った。
「家は自由に使ってもらって構わないし、外出も問題ない。こちらがお願いして住まわせているんだから、君が気を遣う必要はない」
 そう言われたので遠慮なく寛がせてもらった。
 それから夜になると、彼は温かい食事を用意したり、ふかふかの布団を敷いてくれて、想像以上に良くしてくれた。
 だから夜中に布団の中で考えて決めたことがあった。それを翌日の朝に言葉にした。
「相承、俺の名前教えるよ。――ソウジュ」
「似てる名だな、驚いた。……そうか、それで俺の名を聞いた時、ソウジュも驚いてたのか」
 顔に出さないようにしていたけれど、ばれていて少し驚いた。
 それからは名前以外のことも色々教えるようになった。住んでいる街の名前がメヴァで、住民は皆人間の男と似た姿をしたメデゥーサとヴァンパイアであること。人間は大きな災害によって絶滅していて、知的生命は人口数千人くらいのメヴァの民しかいないこと。そしてそんな中でも俺自身のこと。
 色々なことを語る度に相承は自身の世界との違いを語ってくれた。
「俺の世界ではメデゥーサは、メドゥーサとかメデューサと発音するのが一般的だな。能力も見た者を石化させる場合が多くて、見た者を停止させる力はまだしも、早める力はほとんど見ないな。それにメデゥーサはほとんど女だ。そもそも俺の世界に怪物は実在しないから、あくまで全て空想の話だ」
 とまあこんな感じで2人の一つ屋根の下での生活は始まった。
 ちなみにその間ソウジュは一度もメヴァには帰らなかった。ソウジュにはつがいがいないからそういった融通も利かせられた。向こうの皆には不要な心配をかけているかもしれないけれど、……それでも一時的に帰る気にもならない程にそこに居心地の良さを感じていた。
 そして相承の目的の世界移動の能力者になる方法も、思いのほかすぐに分かった。
「メデゥーサとヴァンパイアを俺の身体に取り込めば、目的は達成される」
「えっ、取り込むって……、その取り込まれた方はどうなるの」
「死ぬ。つまり俺はメデゥーサとヴァンパイアを殺さなければならなくなった
 その言葉を聞いたソウジュは、相承に悪意のあるなしに関わらず彼を恐いと思った。力関係でいえばソウジュの方が圧倒的に強いのに、彼にはそう思わせる何かがあった。
 そんな告白から数日が経ったある日、相承は一つの提案を出してきた。
俺をメヴァへ連れていってほしい
 それは突然の提案だったが意味はすぐに理解できた。相承はメヴァの誰かを殺すつもりだ。だから咄嗟の応答ができず言い淀んだ。
 だがその反応は想定内だったのだろう、相承は言葉を繋げる。
「無論メヴァの民から信頼され、了承の上で殺す。その考え方に変わりはない」
 ソウジュは考える。相承からは悪意を感じない。だから真剣に言葉を返さなければいけない。
「できなくはない……けど、いくつか問題がある」
 ソウジュの出した結論は相承を連れていくことだった。
「まず行く以前の問題として、本人以外を世界移動に巻き込んでもはぐれる可能性がある。はぐれた人がどうなるかは俺も知らない」
「そうなる確率は?」
「1、2割ってとこ」
「なら問題ない。俺は他人より運が良いんだ」
 そんな不確定な根拠を相承は何の迷いもなく言い切る。
「それにメヴァの民は皆人間よりも強い、不信感を抱かれれば簡単に殺される。そもそも彼らは人間とは考え方が根本的に違う」
「けれど信頼されればソウジュのように理解してもらえる」
「それだけじゃない、メヴァには人間に関する負の歴史がある。それに当然だけどメヴァの民にも善悪には個々の幅がある。だから相承がどれだけ尽くしても殺されない保証はゼロにはならない」
「分かった、それらの点は留意しよう」
 そして実際に相承をメヴァへ連れていく日がくる。
 実はソウジュが他人を連れて世界移動を行ったことは今までほぼなく、それだけに緊張を隠せなかった。それでも失敗率を上げる訳にはいかないので、何とか心を落ち着かせる。
 そうして準備を整えたソウジュは相承の手を強く握り、そして――空間を見た。
 すると全身から五感の感覚が曖昧になり、言葉では表現し難い不快感に襲われる。だが相承の手を放す訳にはいかない、その一心で耐えていると、気付けば先程までいた都会とは似ても似つかない、自然の中に家が疎らに立ち並ぶ緑豊かな場所に辿り着いた。
 それがあの大広間で挨拶を交わす前日の昼下がりのことだった。


 参/現代/相承視点

 メヴァへ来たあの日から早幾日、結局殺しは行えず、ただ時間だけが過ぎていた。
 初めの頃は街を散策していると物珍しそうに視線を向けられることも多かったが、時間と共にそれも薄れつつあった。それはメヴァの民から受け入れられている証拠でもある一方で、裏を返せば最上の信頼からは程遠い反応でもある。彼らを心の底から満たさなれけば殺しの許可など到底あり得ない。
 今は信頼できる相手を探すためになるべく多くのメヴァの民と関わりを持つように心掛けてはいるが、結果的に広く浅くになってしまって満足のいく手応えは得られていない。
 そんなことをリビングで椅子の背凭れに身を預けて考えていると、ソウジュが部屋へと入ってくる。
「今日くらいは難しいことはなしでいかない?」
「……そうだな、そうしよう」
 今日はちょっとしたイベントのある日だ。
 それを初めて耳にしたのはあの日、大広間での挨拶を済ませて帰宅した後、レェキとグロウが訪れた時のこと。その時彼らとこんな会話を交わしていた。
「俺達もいい加減つがいになろうと思うんだ。でもって子供を創ることにしたんだ。ね、グロウ」
「ああ、その時はソウジュにも来てほしい」
「勿論。何なら相承も一緒に」
「俺が一緒でもいいのか? というか状況を飲み込めてないんだが」
「あぁそうか。つまり簡単に言うとメヴァの儀式」
「儀式?」
 とまあそんな流れで相承も今日の儀式に立ち会うことになった訳だ。
 ちなみにレェキとグロウともあれから親交を深めている。始めはやや警戒していたグロウも、今では柔らかな表情を向けてくれるまでになった。
 それでも贄になることはレェキからこう言われて断られた。
「俺達沢山考えたんだけど……ごめん、やっぱり死ぬのは嫌だ。だって俺にはグロウがいるし、グロウには俺がいるから」
 それでも相承は真剣に向き合ってくれた2人に感謝し、そして祝った。
「相承、そろそろ出よう」
 ソウジュの声によって意識が表層に戻される。飾り気のない円盤の時計に目をやれば、予定時刻が迫っていることが確認できた。
 それから2人は準備を済ませて外出した。向かう先は勿論、今回の主役であるレェキとグロウの元。
 儀式の場に着いてまず目に入ってきたのは賑わいを放つぎゅうぎゅうの人だかり。それをソウジュが強引に掻き分けて中へと進んでいくので、相承もその後を追う。ある程度進むと腰の高さに張られたロープの前に辿り着き、そこを境に目の前の視界が開ける。
 その先にレェキとグロウはいた。
 彼らは2人共、純白をした腰の高さ程ある正方形の台座の上で、儀式のための技巧を凝らした衣服を身にまとい、普段とは違った面持ちで互いを見合っている。
「もうすぐ始まる」
 人だかりの中からひょいと現れたソウジュが一言解説を入れてくれた。それから少しして図ったように喧騒が鎮まると同時に、レェキとグロウも動き始める。
 まずレェキとグロウは愛を確かめるように互いを抱き合う。その状態が少し続いて、ここからが本番。
 2人は抱く力を少し緩め、グロウは顔をレェキの首元に近付け、そして噛んだ。
 レェキの首元から幾筋かの血が首を伝い、やがて肩にある衣服を染める。
 次いでレェキは横になり、グロウは腕にナイフをあてがった。それをすっと横に移動させると血が滲む。
 その腕をレェキの上方に持っていき、そして血を滴らせた。
 その血の多くは床で弾けて紅白のコントラストを奏でるが、いくつかの血はレェキの首の傷に着水した。
 それを認知したレェキはゆっくりと立ち上がり、それを待っていたグロウと手を繋ぐ。
 レェキは儀式の仕上げのために己の意識を集中させ、そして――空間を見た。
 すると――産声が上がった。
 何もない空間から現れたのはヴァンパイアの特徴を持った赤子だった。
 同時にロープのこちら側でもそんな赤子の産声を上回る歓声が上がる。それに反応するように赤子の産声もボリュームを一段上げる。それを見たレェキが慌てて赤子をあやし始める。
「……成功だ」
 それを確認したソウジュがまた一言解説を入れてくれた。その後ソウジュも喜びを抑えられない様子で、歓喜の輪と化した人だかりの中に自ら飛び込んでいった。
 儀式が終わった。
 そう、これは単なる儀式ではなく、命を創り出す行為。
 ヴァンパイアの血には力があり、その力は血の交換によって他者にも分け与えることができる。分け与えられた者はあらゆる能力が飛躍的に向上する。一方でメデゥーサは己の目で見た対象を停止させたり早めたりする能力を元から持っている。それがヴァンパイアとの血の交換によって己の目で見た空間を停止させたり早めたりできるようになる。そしてその力は遂には並行世界をも操作してしまう。
 彼らはその力を使って欲しいものを何もない空間から出現させることができる。メヴァの生活水準の高さもその恩恵によるところが大きい。といっても制限はあって、出せるものは力を行使する者達の知る範囲のものだけ。
 ならば産んでもいない赤子はどうか。その答えは簡単だ、メヴァの民は互いのことを本気で理解しようとするから、まだ見ぬ知らぬの己の子をも創り出すことができるのだ。それもつがいの血を受け継いだ純粋な子孫を。但しどういう訳か現れる子は皆メデゥーサかヴァンパイアで男だけに限られる。
 ちなみにメヴァの民には男しかいないから、逆に人間の考えるような方法で子を産むことはできない。そもそもメデゥーサとヴァンパイアとの間に子は宿らない。つまり今のメヴァの民は皆、並行世界を操作して生まれた者達。
 それらの要素が折り重なって、この男衆の共同体、メヴァの今は形作られている。
「あぁそうか、こういうことか」
 実のところ相承は心のどこかで疑っていた、子の産み方が違うだけで人間とメヴァの民との考え方がそこまで違ってくるものなのかと。けれどそんな疑義も実際にこの目で見て納得がいった。
 人間にとって出産は他人に見せるものではない。そもそも見せるという発想がない。なぜならそれは生々しく、性的だから。けれどメヴァの民にとって子を創る行為はハレの舞台。人々が集い、何の違和感もなく純粋に新たな命の誕生を祝う。
 無論、だからメヴァの民が良く人間が悪いという話ではない。重要なのはその差異にはそれぞれの歩む文化や文脈を少しずつ、されど大きく変える力があることだ。だからこそ――
「彼らを人間と同じ知的生命だなどと都合よく考えてはいけない」
 それが相承の考え至った結論だった。
「――こんなことをしに来たんじゃない
 不意にそんなフレーズが相承の脳裏をよぎった。
 そうだ、メヴァの民を了承の上で殺そうとしているのは、あくまで相手が圧倒的な力を有しているからそうせざるを得なかっただけ。本来の俺ならこんな回りくどいことはしない。
 だが時間は俺に弱さを与えた。
 相承はその祝祭の場に居たたまれなくなり、冷えた隙間風のように人だかりを抜けてその場を離れた。
 そんな俺の背中に何人かのメヴァの民から冷ややかな視線が向けられた気がした。

 気付けば相承はメヴァの図書館にいた。厳密には図書館のようなところといった方が正しいか。
 ここに人が来ることはあまりないようで、薄っすらと埃が積もっている箇所も所々に散見される。電気も普段は消えていて、自分でスイッチを入れない限り明かりは点かない。今はそんな気力も起きず、寧ろこの薄暗さが心地良いくらいだった。
 メヴァに来てからはよくここに足を運んでいる。彼らのことを知るために色々と本を読み漁っているのだ。
 そこで相承はふとこの間読んだ本のことを思い出した。
 その本にはメヴァの成り立ちに関する記述があった。この世界では人間は絶滅していて、知的生命がこの街にしかいないことは既にソウジュから教えられていたが、彼らだけが奇跡的に生き残れたのには予想の斜め上を行く理由があった。結論から言えばそれはソウジュと同じ力を持つ者の活躍によって得られた結果だった。ちなみにその人物はメヴァに人間を連れてきた者ともまた別人だ。
 それはともかく、驚いたのはその方法だ。その人物が行ったこと、それはメヴァが生き残るという本来あり得ない未来を何度も並行世界を操作して引き当てるというものだった。だがその未来はその人物が並行世界の操作を始めた段階では既に途方もない低確率となっていて、その作業は何度も何度も何度も気が狂う程に続けられたのだとその本には記述されていた。
 その行いは正気の沙汰とは思えない、そう思いつつも相承はその人物に共感し、自身と重ね合わせていた。
 そうはいってもその人物がやったことと相承のやろうとしていることは真逆だ。なぜならその人物はメヴァの民を救い、相承はメヴァの民を殺そうとしているから。
 それでも俺とその人物は同類だと、相承にはそう思えた。
 ……ふと気配を感じた。
 一瞬利用者かとも思ったがそうではない、本棚の陰か柱の後ろかは分からないが、どこかから見られている気配がある。
「こそこそしてないで出てきたらどうだ」
 相手は人間ではないからか気配の隠し方が上手い。あまり良い手ではないがこちらから声を掛けることにした。警戒の意をあまり出さないような淡々とした口調を選ぶ。
 だがそれでも相手が出てくる気配はなく、どうしたらいいものかと頭を悩ませる。とりあえず館内を歩いて様子を覗ってみるかと考え、行動しようとしたところで――異変に気付いた。
 身体が動かない。
 これはメデゥーサの能力によるものだろう。良い予感がしない。
 なすすべなく何もできずにいると、背後から近付く者の気配を感じた。
 何かされる、最悪殺される。
「何やってんだ!」
 その時、怒気を孕んだ大声が耳に届いた。
 直後、身体が解放される感覚が全身を走る。
 相承は咄嗟に声の聞こえた背後へと身体を翻す。同時にその聞き覚えのある声の主の名を叫ぶ。
「ソウジュ!」
 彼は先程まで相承を止めていたであろう奴らを地に薙ぎ倒して抑え込んでいた。相手はメデゥーサとヴァンパイアの2人組だった。そいつらは抑え込まれた状態から脱しようとソウジュの腕に力を加えているが、驚くことにその腕は微動だにしていない。それを見て彼の並外れた能力を改めて認識した。
「相承、怪我は?」
 ソウジュがこちらに目を向けないまま言う。 
「ない。ソウジュが助けてくれたから何もされていない」
 それを確認したソウジュは少し間を置いて今度は襲った相手に設問した。
「さっき相承を止めてたよね。なぜだ」
「違う、ちょっとビビらせてやろうと思っただけだ。本気じゃない」
 メデゥーサが怯えた声で答えた。ヴァンパイアに至っては恐怖で意思疎通も難しいようだ。
 ソウジュは相手の拘束を続けつつ暫く沈黙する。恐らく相手の真意を見定めているのだろう。だが暫くして発したソウジュの言葉は、相承にとっても予想外のものだった。
「相承、この人達を殺すってのはどうかな。責任は俺が持つから」
「待ってよ、俺達が悪かったから、もう二度としないから見逃してよ、あぁあ」
 直感で分かった、ソウジュは本気で言っている。
 この寸刻の間に相承は今この場をどうするべきか頭をフル回転させて考える。もしここでメデゥーサとヴァンパイアを殺せば目的は達成される。だがそれはソウジュの手を汚させる行為に他ならない。
 そう考えたところで自然と結論に辿り着いた、汚れ役は俺だけでいい。
「駄目だ、約束を謀反にはできない。そいつらを解放してやってくれないか」
 その時、ソウジュはある判断を下した。


 予映4A/未来/ソウジュ視点

 レェキとグロウに土産話をする時に省いていたことがあった。
 別に深い理由があって省略した訳じゃない。それは終わったことにからあえて語らなかっただけ。
 相承が世界移動の能力者になる方法、それはメデゥーサとヴァンパイアを彼の身体に取り込むこと。つまりそのためには最低でも2人を贄にしなければならない。
 ……けれど本当は1人だけで済む方法があった。相承はそれをソウジュに何の躊躇いもなく言った。
「ソウジュ、今俺は君を殺したいと思ってる」
 ソウジュはメデゥーサとヴァンパイアのキマイラで、その両方の力を持つ双能力者だった。
 双能力者はつがいがいなくても並行世界を操作することができる。つまり単独で欲しいものを、更には命を創り出せる。そしてひいては世界移動の力をも手にしてしまう。
 実のところ双能力者の力はメデゥーサとヴァンパイアの力を単純に足したものよりも遥かに上だ。なぜなら血の交換によって得る力にはある制限が付加されているからだ。それは血の交換によって力を授かった者は、血の主であるヴァンパイアよりも強い力は発揮できないというもの。そしてその制限がある限り世界移動は逆立ちしても行えない。
 だからこそ相承も最低でもメデゥーサとヴァンパイアの2人を殺す必要があった。
 一方で双能力者のソウジュなら傷付くのは1人だけで、他の誰も命を脅かされることはない。
 けれどその時のソウジュにそんな覚悟がある筈もなく。
「ごめん、それはさすがに……無理」
「不快に感じたのならすまない。君がいいと自分から言わない限り手を出したりはしない」
「……もし、いいって言ったら本当に殺すの?」
「ああ」
 その時はそれでその話題は終わった。けれどそれから1週間以上が経ったある時。
「ソウジュ、君から見て俺は外道に見えるか」
「え? いきなり何」
 相承は反応を示さない。こうなったら最後、質問に答えるまで引かないことをソウジュはここ数日間の同居を通して知っていた。
「そうだなぁ、しいて言えばお人好しの外道……かな」
 相承が薄っすらと複雑そうな表情を浮かべる。
「俺は外道に成り切れなかった。情が移った。君を殺すことに躊躇いが生まれてしまった。だから――」
 相承の視線がソウジュを射抜いた。
俺をメヴァへ連れていってほしい
 ソウジュの代わりにメヴァの誰かを2人殺す、そんな要求はもう少し過去の俺だったら絶対に断っていた。けれどその時の俺は――
「……そんなことする必要なんて、初めからなかった」
 意識を表層に戻し、呟いた。腕の先には依然2人のメヴァの民を捉えていた。
「ソウジュ、何を言っている」
 相承の声で意識が更に浮上した。ソウジュはこともなげを装って応答した。
「あぁつまり、こいつらが二度とこんなことをしないようにちょっとビビらせてやっただけってこと」
 相手の言葉をそっくりそのまま返すように言ってやった。存外にそれで結構気が晴れたので、そのまま相手の拘束を解くと、そいつらは逃げるように立ち去っていった。
「一緒に帰ろう」
 ソウジュがそう言うと相承は返答の代わりに背中に手を回してふわっと力を加えてきた。それから2人は並んで家へと歩き出した。
「ソウジュ、さっきのこと改めて感謝する、ありがとう」
 けれど今のソウジュはそれに上手く反応できなかった。
「……ソウジュ、今君は俺との約束を果たそうと思っているだろう。俺になら殺されてもいいと思っているだろう」
 相変わらず相承は鋭い、たったこれだけのことで心の内を見透かされてしまうのだから。ならもう隠さない。
「いいよ、相承になら殺されてもいい。それが俺の出した結論」
「ソウジュ、君はこの小さな共同体を抜け出してすぐ、俺と出会い、そして愛した」
 相承のその言葉の意図がすぐには理解できなかった。けれど続く言葉で理解に至った。
「けれどソウジュはまだ本当の意味で世界の広さを知らずにいる、世界移動をする力があるにも関わらず。それは惜しいことだと俺は思う。……だから、提案したいことがある」
 そこだけ聞いて分かってしまった。相承は俺の案を、相承が俺を殺す案を否定している。その事実に胸を抉られた。
「ソウジュ、君にはその能力で自由に世界を旅してほしい。その中から君の愛せる者を見付けてほしい。それが見付かる可能性をまだ信じてほしい」
 どうしてそんなことを言うのだろう。言葉通りに受け取れば、俺が相承を愛したのはたまたまだったと言っている。……いや実際にそうなのかもしれない。もし俺がもっと世界を渡り歩いて、まだ見ぬ誰かと出会ってしまえば、相承のことを忘れてしまうのかもしれない。それを否定する材料が今の俺にはないことに気付き、悔やんだ。
「それにこのまま君がここに居たら、俺は本当に君のことを殺してしまうかもしれない。それを俺にやらせないでくれ」
 でもそれっておかしくないだろうか。だって俺の愛が本物でないのなら、それこそ殺したって問題ないんじゃないだろうか。いや相承が一方的に俺を想っているのなら筋は通っているのだろうか。……駄目だ、頭が熱くて思うように思考ができない。
「けれどもし君が世界を巡って……それでもまだ俺のことを愛し続けていた時は、俺は君を――■す」
 ……え、相承今何て言った?
 そのノイズのような聞き取れない言葉がトリガーになったのか、そこから先の未来は絵具をぶちまけたようにぐちゃぐちゃになって、何もかも判別不能になった。
 ただ……それから俺がメヴァを独りで去った、その事実だけは辛うじて認識できた。
 でもそこから先、俺がどうなったか、相承がどうなったかまでは分からなかった。


 夜美4B/現代/相承視点

 人間と双能力者という両者の力の落差にどうすることもできず、気付いた時には相承の瞳にはたった今生命活動を終えた2体の肉が映り込んでいた。
「殺した……のか?」
「殺した、……嫌な未来が視えたから」
 ソウジュの言ったことが少し気になったが、今は優先順位がある。
「話は後にしよう。それより今はこの状況だな。こうなったからには力は取り込ませてもらう」
 そう言って相承は遺体の傍に跪く。遺体を観察してみると、外傷がなくまるで眠っているかのよう。
 相承は彼らを隣り合わせにして、身体を横向きに寝かせて互いを向かい合わせた。そして丁寧に互いの指を交互に通し合うようにして、2人の両手を繋がせた。
「この2人、多分つがいなんだと思う」
 そんな光景を見てかソウジュがぽつりと呟く。相承は言葉を返さず作業に集中する。
 相承は彼らの手の繋ぎ目に自身の右手を添える。暫く時が止まったようなしんとした時間が流れる。
 それも終わると相承は立ち上がり、ソウジュに向き直って言った。
「これで、俺の目的は達成された」
 並行世界を操るメヴァの民と、その力を求めた人間の物語は、終わってみれば呆気ない幕切れだった。
 けれどまだ相とソウの物語は終わっていない。
「……ソウジュには済まないことをさせてしまった」
「気にしてない。これは俺自身の意思でやったこと」
「だがこうなった以上、俺はもうこの世界には居られない。今すぐにでも世界移動をしようと思う」
「いや、この人達は俺が殺したんだ。相承が裁かれることは絶対にない」
「そうとは限らない。これは間接的に俺が殺したようなものだ」
「……相承、今人間の価値観で俺達のこと測ってる?」
 これにはさすがの相承も驚きを顕にする。
「メヴァの民は――殺しをも赦すのか?」
 ほんの少しの間を置いて、ソウジュはたった一言。
「そう」
 そこに至って漸く理解する。相承はメヴァの民のことを理解しているようで何も分かっていなかった。そしてこれからも真の理解には決して至ることはないのだろう。だとすれば幾日が経とうともメヴァの民の中から殺しを許可する者など現れる筈もない、……目の前にいる彼を除いて。
 つまり今さっきソウジュが殺しを行っていなければ、いずれ俺は彼を――
「すまない、状況が状況で冷静さを欠いていた。だがソウジュはどうなる」
「襲ってきたのは相手からだったし、俺はこれでもこの力でメヴァに献身してるから。……ただ確実に大丈夫とはいえない。それでもけじめを付けたい」
 相承はもう彼の意思を否定することはしなかった。
 後手後手になっても良いことはないので、そうと決まれば2人は手際よく事を進めた。大まかな事情をメヴァの皆に伝えると、同日の夜には2人は再びあの大広間への門を潜ることになった。前回と異なるのは今回はソウジュがメインで相承が付き添いであること。
 話し合いが始まると、ソウジュは隠し事を一切せず真実だけを皆に伝えた。長や周りの者は時折質問を投げ掛けながらも、真摯にソウジュの主張にも耳を傾けていた。
 話し合いは前回よりも長引いたが、ソウジュの言う通りその間に相承に批判の矛先が向くことはほとんどなかった。
 そして結果が出た。
 結果はお咎めなしだった。
 ただ満場一致とはいい難く、法外でのしこりは残った。けれど長はこんなことを言ってそれを牽制した。
「以前この地に踏み入った人間達も、ある1人を除けば誰も罪など犯していなかった。にも拘らず結果的に人間皆がこの地を去った。その要因は我々が彼らを心のどこかで疑っていたからだろう。我々も共同体の外の者を理解しようとする度量を持たねばならない」
 話し合いの中で相承は昼間のレェキとグロウの儀式のことを思い起こしていた。元も子もないことをいってしまえば、メヴァの民が殺しをも赦すのは、彼らが欲しいものを、そして命を容易に創り出せるからなのかもしれない。この世は上手い具合に美味しいとこ取りができないようになっている。だからこそどれが良いか悪いかではなく、理解し合わなければいけない。
 長い話し合いは遂に幕を下ろし、家に帰宅する頃にはすっかり夜が更けていた。
 ソウジュはリビングに入るや否やぐったりとした様子でソファ目掛けてダイブした。相承はそんな彼を見守りつつ椅子に腰掛ける。
「今日は本当にすまないことをさせてしまったな」
「いいよ、結果的にお咎めなしだったし」
 ソウジュは俯せのまま言葉を返した。
「だが汚れた手はいくら洗おうと綺麗にならない」
 するとソウジュは体制を反転させて視線を合わせてきた。その表情は真剣でありつつもどこか笑っているような不思議さを有していた。
「長も言ってたけど、相承が俺達のことを理解しようとしてるのに、俺達が相承のことを理解しようとしないのって何か変じゃない?」
「それが理由で殺したのか?」
「いやそういう訳じゃないけど、ただ……相承はお人好しの外道だから」
 正直なところソウジュの言い分は筋が通っている。一方的な理解などいびつだ。だからなのか、……それともどこか漂う空気が違っているからなのか、普段のように思うような反論や皮肉が浮かんでこない。
 そんなこととも知らないソウジュは、不意にこんなことを提案してきた。
「相承、今日は布団を並べて隣り合って寝ない?」
 突然の申し出だったが、今日はそれを肯定できる空気があった。だから言ってしまった。
「ああ、そうだな」
 それから深夜はあっという間に訪れる。消灯すると暗闇から2人の息遣いの音だけが朧気に聞こえ始める。
 ……いざ隣り合って寝てみても案外何もしてやれないものだなあ、とそんなことを考えているとソウジュの方から話し掛けてきた。
「相承、俺あの時未来が視えたって言ってたでしょ」
「あぁそういえば、そんなこと確かに言ってたな」
「その未来の俺は、あの時相承を襲った2人を殺さないで、代わりに俺が死のうとしたんだ。でも相承は引き留めて、俺に時間の猶予を与えてくれた。でもその先の未来は曖昧だった。だからもしその相承があの後俺と再会したら、俺をどうしてたのかずっと気になってて」
 暗闇でソウジュの顔は見えないが、言葉の一つ一つから彼の真剣な表情が浮かんでくる。だから俺も本気で彼への言葉を考えた。臆することはない、今の俺は以前よりも彼らのことを理解している。だから正直に明かせばいい。
「簡単な答えだ。間違いなくその俺はこう言っていた。俺は君を――」
 その偽りのない言の葉は2人の距離をもっと縮めた。

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