梗 概
アイを育てる
少女の部屋には、毎日のようにお客がやってくる。朝から晩までおしゃべりをしたり遊んだりしてお客を喜ばせる事が少女の仕事だった。
来る人が毎日変わるので喜ばせ方も変わってくるが、少女にはわずかな表情の変化や仕草から人の感情を読み取る力があり、その力を活かしてお客の反応を伺ってご機嫌を取る事に努めていた。また、少女には身の回りの世話をしてくれる西村という初老の男性がおり、その日にやって来る来客者の趣味嗜好をまとめた資料を少女に渡してくれるので、相手が何に喜ぶのかある程度予測を付ける事ができた。そのおかげで少女は10分と話せばどんな人の心も掴めるようになっていた。
けれど、少女にはある悩みがあった。どんな人ともすぐに仲良くなれるのに、しばらくすると相手の心が急に離れてしまう。大抵の人は態度には表さないが、少女には人の心を読む力があるため、その事に気付いていた。中には横暴な人もおり、「やっぱりキカイには人の心は分からない」と吐き捨てて部屋を出ていく事もあった。
毎日毎日、一日の終わりが近づくと相手の心が離れていくが少女は苦しかった。西村によれば、相手の心が離れるまでの時間は緩やかに長くなっており、いずれはずっと人と仲良くなることが出来るはずだと慰めてくれる。けれど、少女にはそう言って笑う西村の感情がまるで動いていない事に気付いていた。西村はいつもにこやかに少女と接しているが、彼が心から笑った事は一度もない。一番身近な人も楽しませることが出来ないなんてと少女は思い、お客が帰ると西村と話して彼の心を動かそうとする。
少女が様々な接し方を試してみると、唯一西村の心を動かしたのは、彼のことを父親として扱った時であった。試しに少女が西村をお父さんと呼ぶようになると、西村の顔から初めて笑みが消えて注意をされる。けれど、西村に喜びの感情が芽生えているのを少女は見逃さず、それからも彼をお父さんと呼び続けた。すると、今まで凪のように静かだった西村の心は穏やかに波打ち始めていた。
しばらくして、西村が心から笑うようになると同時に、少女はお客から嫌われないようになった。けれども今の少女にはどうでもよく、西村ともっと仲良くなりたいとだけ思っていた。そんな少女の想いとは裏腹に、西村は少女と話すと急に苦しむようになり、突然去ってしまう。彼の代わりとして妙齢の女性が少女の世話をするようになるが、西村に嫌われてしまったのだと少女は失望し、仕事も上手くいかなくなってしまう。見かねた女性が少女を西村の元オフィスへと連れていく。すると、少女の面影がある古ぼけた写真が飾ってあるのを見つける。女性によると西村の娘らしい。あなたにお父さんと呼ばれた時、娘にまた会えた気がしたと言っていたと女性は告げる。何故、自分の元から去ったのだと少女が尋ねると、愛を独占したくなったからよ、と写真を眺めながら女性は答える。
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内容に関するアピール
愛を受け取ったら、その愛は別の誰かに渡さなければならない。
それが愛のカタチなのかなと思い、このような話を考えてみました。
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