梗 概
雪の桜、踊る人形(ひとがた)
一面の雪、満開の桜、花びらの散る下で踊る人形。
地方都市にある富裕層インバウンド専門の小さな旅行会社に、50年前に日本で経験した景色を見たいというリクエストが届く。場所は不明。最長1ヶ月、予算10万ドル。顧客も無理は承知していて、見られれば成功報酬としてさらにボーナス5万ドルを払うという。山師の社長はその話を受け、旅行プランを組み立てるコンサルタントのビルと、手配実務のコーディネーター大輔が担当する事になる。
依頼主アリサは、会社経営から退き画家として活動している女性だ。ビルは曖昧な記憶を探りながら、プランを具体化していく。しかし場所の特定も困難、気候要因も大きい、人形が意味不明。ボーナスは期待できそうにない。大輔はガイドを東京の大学院生で通訳案内士の未織に依頼する。未織は依頼内容に興味津々で、都内だけでなく全旅程を任せて欲しいと希望する。大輔の評価では、猪突猛進だが知識豊富で記憶力抜群。臨機応変な対応も期待できる。ビルと大輔は話し合い、全ての旅程のガイドを未織に任せると決める。
冬になり、アリサが日本にやって来た。ガイドの未織が、実は記憶の偏りが酷く何でも記録することで克服している事にアリサは気づく。その姿勢と能力を気に入り、ガイドとして認める。しかし三人が準備した前半の行程は的外れで、今一つ冴えない。
ビルと大輔は他の顧客も抱えている。我儘すぎるロボット・ベンチャー企業創業者のドン一家に、各地のガイドやホテルから連日悲鳴が届いている。ドンは相手が命令を少しでも忘れるとブチ切れる。昔日本にいた時に見た場所に案内しろ地名は知らん知ってたら忘れてない、と暴れている。
未織はガイドの先輩女性にチャットで愚痴をこぼす。こんな依頼が達成できるわけがない。先輩はドン一家の相手をして疲労困憊だ。「お客が淑女というだけで恵まれていると思いなさい。それに、聖杯探索みたいな面白い仕事、何度も無いよ」
アリサの旅の終盤は実は確度の高い候補地が用意されていた。冬の桜が咲く可能性がある、田舎の温泉地だ。幸いにも天気が急変し雪が降る予報。予報に合わせて未織とアリサが向かう。高級旅館の雪の露天風呂。庭の桜の木が一本、花を咲かせていた。
ドンによるトラブルをカバーするために、ビルは直接ドンの元へ向かうことになる。予定外のしかも田舎の町に泊まると言う。大輔が調べると、条件が一致するのはアリサがいる温泉町だった。アリサの具体的でない記憶と違い、ドンは過去を詳細に覚えていた。二人は50年ぶりに再会する。昔見たのも、こんな雪と桜だった。そう言えばまた見ようと約束した気がすると、アリサは思い出す。ドンは覚えている。
「人形は踊っていませんけど」
「それは、俺が語った夢だ。あんたはきっと、俺の言葉を、経験として記憶していたんだ」
経験だけでなく、言葉が記憶を作る。ドンは自社製品の動画を見せる。忘れず叶えた夢は、雪と桜の中に投影されて踊っている。
取材方法・主要取材先
- 旅行業界について 旅行代理店勤務の友人にメール等でインタビュー
- 温泉旅館について 取材旅行を敢行 静岡県河津町・離れ家 石田屋
(なお、作中の桜は河津桜よりも早い開花を想定しています) - 冬の桜について 体験ツアーに参加しガイドに取材予定 「【丸の内】冬に咲く桜!?クリスマスに見る東京冬桜ツアー」
文字数:1384
内容に関するアピール
国内外問わず旅行に行くことはあっても、その経験を支えてくれる旅行業界の仕組みについては余り気にしたことはありませんでした。特に、自分とは縁のないような超富裕層の旅行がどんなもので、どうやって成立しているのか分かりません。そこで旅行業界に取材し、超富裕層の旅行者が子供の頃に見た幻想的な風景を探す旅を、その経験を演出する旅行会社や通訳案内士の視点から描いてみようと考えました。
また、今回の提出作は現代日本を舞台にし、現在の水準を超えた科学技術、超常現象や妖の類は用いないようにしました(冬の桜、ドンと未織の記憶能力は、少々誇張されたものかもしれません)。架空の設定抜きで、世界に対するものの見方、ネットワークの広がりや、記憶、風景の描写でSF的なものを感じさせられるように書いてみたいと思います。
文字数:347