ある証言たち

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ある証言たち

 アーノルド・リトヴィネンコが21歳のころに録られたドキュメンタリーがある。
 開幕、アーノルドは綺麗に手入れをされた芝生の上に仰向けで寝転がっている。練習着を来ていて、汗だくだった。額には汗で貼りついた彼の栗毛の髪が、すこし束になって貼りついていた。
 練習後なのだろう。
 アーノルドは息が切れているのをなんとか整えようとしている。身体は、まだアスリートとしては成熟しきっていなかったが、必要最低限の筋肉はしっかりとついていた。その胸が盛り上がり、そして沈みこんだ。マイクが息づかいを拾っていた。
 スーッ、スーッ。
 表情は晴れやかだ。若くして多くを手に入れたスター選手の栄光を描いた番組なのだからこれは当然だった。
 だがいまこのドキュメンタリーの冒頭を観ると、ひどく心がざわつくのを感じる。彼の呼吸音が、映像を観るぼくの心の水面を波立たせる。貼りつくように耳から離れず、頭のなかで反響し、ぼくそのものに決定的な穴を穿つ。
 スーッ、スーッ、スーッ。
 まるで、その後の彼がいかに苦しい道を歩くのかが暗示されているように感じられるのだ。
 次のシーンでは〈アレグリア〉によって体内環境を数値化したものをフィジカルトレーナーと見ていた。トレーナーが冗談を言うと、弾けるような少年の笑顔を見せた。
 ドキュメンタリーはアーノルドの1年を追うという形式のもので、アメリカの大手動画配信会社が制作していた。制作会社は幸運だった。アーノルドはその1年間で世界中のサッカーファンの心を揺さぶる活躍をしてみせたからだ。彼は当時所属していたクラブを、国内リーグとヨーロッパ最高のクラブを決めるチャンピオンズリーグの2つのチャンピオンにし、彼自身はその年に最も活躍した選手として表彰を受けた。
 その活躍は若手選手が予想外の活躍を見せた、というレベルの話ではなかった。過去の偉大な選手たちと比較されることに耐えうる強度のある活躍だ。これから先の彼のキャリアは素晴らしいものになると誰もが思った。彼自身、それを信じてもいた。
 画面のなかでは、インタビュアーがお決まりの質問をする。
――あなたにとってサッカーとは?
「情熱。自分の半身」
 稀代のプロサッカー選手、アーノルド・リトヴィネンコは一息にそう言ってから、にっこりと微笑む。

    1

 ぼくがアーノルド・リトヴィネンコと初めて対面したのは、彼が所属していたクラブ・トータヴェルのクラブハウスの一部屋だった。
「話がわかる記者が必要なんだよ」
 ぼくにアーノルドを紹介したのはトータヴェルで1番のラジオ局でクラブ・トータヴェルを担当していたぼくの友人ニーチェだった。ぼくが自宅の下の店でサンドイッチとオレンジジュースだけの朝食を摂っているときに、急に現れてぼくの前の椅子に座った。おまえを探してたんだと彼は言った。
「リトヴィネンコが少し問題を抱えているんだ。記者としてクラブから話を聞いてやってほしい。だが、余計な報道は避けたい、というのがクラブ側の意向だ」
 そういうと彼はサンドウィッチを頬張った。朝食のために入った店にはぼくたちのほかに誰もいなかった。
 ぼくは不可解さに首をかしげた。記者が必要だが報道はされたくない。どういう意味なのかつかめなかった。
 ぼくの意義は? と訊こうとしたがやめた。目の前のニーチェはまぶたを痙攣させていた。
「あぁ、最悪だ。カフェインが欲しいな」落ち着かないらしくときどき舌打ちをした。「アルコールでもいいが」
 どちらも、ここ20年ほどは見ていないものだった。
 たばこが世界から駆逐されつつあった20年ほど前から、カフェインとアルコールの駆逐が特に西ヨーロッパを中心に広がっていた。健康の問題は解決しなければならない人類の最重要課題なのだと、某国の大統領が発言したのが発端だった。
「われわれは目には見えない脅威から自らを正しく守らなければならないのです。ゲリラ戦のような手法をとるウイルスたちにどう立ち向かえばいいか? つねに万全の体調でいることです。健康体で居続け、自らの免疫系に期待すること。その程度しかできませんが、それならできるのです」
 そこからの加速は、きわめて烈しいものだった。過熱していく報道、あらゆる方向から無数の言葉たちが交差し、パニックのような状態が延々つづいた。一部には冷静な検証をする人たちがいたが、言葉の交差点で踏みつぶされるだけだった。当時、ぼくはまだ学生だったけれど、端末のタイムラインを流れる賛成反対すべての言説がヒステリックに見えた。
 規制派が有利だった。新たなウイルスが定期的に見つかって、自分たちの意見を大っぴらに主張する機会がたっぷりあったからだ。
 そうして健康体を維持する努力を最大限することが当たり前になると、規制の目は、嗜好品から、個々人の趣味へと広がっていった。
 爆音で音楽を聴いて、耳に余計な負荷をかけて、突発性難聴になる可能性をそのままにしておくのか?
 なぜライブ中に、頭を激しく振る必要があるんだ? 自分の首は大事にすべきだろう?
「失神ゲームというものが過去にありました。胸を圧迫したり、首を絞めたりして無理やり失神を起こすのです。いじめで行われることや、単にスリルを楽しむために行われたものです」
 当時、メディアに登場した規制派は繰り返し主張した。
「現在、世に存在するさまざまな娯楽の一部は、このスリルを目的とした失神ゲームのようなものではないでしょうか? 例えばサッカーですが、一つのボールを追って相手と衝突して、身体のあちらこちらを怪我でボロボロにするリスクを負う必要がどこにあるんでしょう? 不思議でなりません」
 この発言にはぼくを含めたサッカー好きが大きく反発をした。失神ゲームとは違い、サッカーに限らないスポーツは実際にそうして飯を食べている人間がいるのだ。この発言をした者は、発言がもとですぐに失脚したが、言葉だけはスポーツ界に残りつづけた。
 果たして怪我をするリスク、大げさに言えば死ぬリスクを抱えた上で、興行として成立しているプロスポーツというものは現代の倫理観で許容してもよいのか?
 奇しくも、プロスポーツの側でもテクノロジーの発展によって怪我そのものが許容しがたいものになっていた。
 GPSによって、選手がトレーニングや試合でどれだけの負荷を受けたのかがわかるようになり、BIA体組成計の系譜に属する機器たちは筋肉量からその運動量、コンディションなどを数値化していった。あらかじめ防げる怪我の数は増え、それ自体は歓迎すべきことだったが、時流と合流すると、プロスポーツにおいて怪我は存在すべきではない、という考えが急速に広まった。
 結果、15年前にプロサッカー界でパラダイムシフトが起こった。怪我のリスクをいかにゼロに近づけるかという議論が沸きあがり、危険なタックルや筋肉のつき方などの肉体の素質の面で怪我のリスクが高い選手の年間出場数の限定などの案が次々にあがり、そのいくつかは実際に実施された。
 元々、選手の移籍金によって収益を得ていたサッカークラブにとっても、怪我のリスクというのは選手が不良債権化することに等しく、その最小化は課題だった。クラブからしても選手は貴重な人的資源なのだ。
 クラブに誤算があったとすれば、プロサッカー界が選んだのが、登録選手の身体を徹底的に調査して十年傷病リスク率を割り出し、規定値に満たない選手をプロ登録禁止にしたことだった。このシステムの導入から十年経ったいまでは、15年前と比べてプロ選手の数は十分の一以下になった。スポーツ仲裁裁判所は2028年に下した、いわゆるポデンス裁定だ。
「怪我で生物力学的な変化をその身体に刻みこまれて、キャリアを台無しにする選手を見たいとは誰も思わないだろう」
 当時の国際サッカー連盟の会長であるリース・ポデンスはそう言って、反対派の意見を静かに封殺した。彼自身が現役時代、前十字靭帯を三度断裂してキャリアを終わらせていたからだ。また、医薬品会社に個人的に投資をしてもいた。
 一連の運動は、当時まだ高校生のぼくには不可能なことに思えた。おそらく、そのときサッカーに少しでも関わっていた人のほとんどがぼくと同じ意見だったことだろう。偶然性に大きく左右されるサッカーというスポーツをいかに制御するかという試みは繰り返し行われてきたが、それには限界があるように思えた。高速でドリブルをする相手に、反射的に足が出ることをどうコントロールするのか? 不可能に思えた。だが、成し遂げた。
 キーワードは意識づけだ。日常的なトレーニングに足を出すタイミングを意識させること。怪我のリスク、という言葉を常に意識させること。それでいて、情熱的にプレーをすることも忘れさせなかった。二重思考というわけだ。工学的な身体の運用とそれを目的とするトレーニングメソッドの発展、そして体内環境管理システム〈アレグリア〉がついに、怪我のリスクを最小限にした。
 これらはもともと、軍事用のアイデアだった。だが、なによりスポーツの世界で必要になった。あらゆるスポーツは、自分たちの行っていることが身体を過剰に痛めつけることではないと、プロスポーツの規制を促す人々に証明するために〈アレグリア〉を必要とした。

「こういうことを言うと、反感をくらうんだけど、正直軍人にはシンパシーを感じる」

 こうして、プロサッカー(やほかのよく目につくスポーツ)は規模を大きく縮小させた。これによってシュガーダディと呼ばれる、私財をサッカーにつぎこむような裕福な人間も撤退していった。
「つまらないことだね」鼻を鳴らしながらニーチェはよくぼくに愚痴を言った。「筋電図測定などのテクノロジーが怪我を予防するのに役立つのはわかる。だが、怪我を予測して、その結果プレーすらさせないのは……、どう考えてもやりすぎだ」
 ニーチェの愚痴をぼくは頷きながら聞いたけれど、残念ながらぼくたちは少数派だった。気がつけば「怪我をするかもしれないけど、サッカーを楽しくプレーしよう」とは言えない空気が世界中を覆っていた。
「サッカーは死んだ」ニーチェはよく自虐的なジョークを言った。「少なくとも、おれが愛したあのスポーツは」
 何はともあれ、アーノルドを取材できるのはチャンスだと思った。現代のクラブは報道を制限することで選手たちを守っていたから、密着取材のようなチャンスは滅多になかった。

    2

 雨は止んでいたが、地面はまだ濡れていた。温い風が吹いている。コートが必要になるまではまだひと月ほどあった。
 クラブ・トータヴェルは今シーズン、6試合を戦って、5勝一敗の成績だった。例年通り、優勝争いをすることは間違いなさそうだ。だが本命は来月から始まる、ヨーロッパ中のクラブで争われるチャンピオンズリーグの方だろう。ポデンス裁定によってスペインのプロクラブは8チームしかないのだ。
 クラブハウスの駐車場から出てきたばかりのスポーツカーがぼくの真横で水たまりを空中へ散らす。ぼくの収入ではありえないような額の車だ。窓越しに運転主を見ると、案の定クラブ・トータヴェルの選手アンドリュー・キイチだった。彼は真剣な目でまえを見てハンドルを握っていて、こっちへはちらりともしなかった。
 ぼくは間近に迫ってきていたクラブハウスを見ながら、自分の今日の仕事がどういうものなのか考えた。
 ニーチェの話を要約すると、あまり表沙汰にはしたくない問題がアーノルド・リトヴィネンコ周りで発生していて、話のわかる記者が欲しいということ。なにかをリークしてくれるのかもしれないとぼくは思った。口が固い記者を個別に呼ぶ用事としては妥当なところだろう。それでも不可解だが。
 アーノルド・リトヴィネンコはここ2週間にあった3つの試合で1分たりとも出場していなかった。2週間で3試合は現代の感覚でいえばそこそこの過密日程と言える。各クラブは選手を大幅に入れ替えながら試合をこなしているから、完全に欠場しているということはなんらかの問題を抱えていることは間違いなかった。怪我をしたのではないかという憶測が流れたが、練習のほとんどが非公開だったこともあり、結局のところなにもわからないでいた。
 クラブハウスに入るとすぐにスタッフのバルバラがぼくを見つけた。トータヴェルの広報を担当しており、彼女とは何回か仕事で顔を合わせたことがあった。彼女はぼくの顔を見て、眉を下げた。
「ああ、コウイチさん。すみません、アーニーはまだグラウンドにいまして……」
「まだ練習中ですか?」おどろいたので反射的にぼくはそう言った。「さっきキイチ選手が車で帰っていったけど……」
 バルバラがすこし顔をしかめて、肩をすくめた。
「練習はもう終わってるんですけど」
 まだグラウンドにいるのだという。そこでぼくはなにか直感のようなものを感じた。バルバラの口が重い理由がなんとなくわかったのだった。
「わかりました」ぼくはバルバラの緊張を解こうと思って、微笑みながらそう言った。「ぼくもグラウンドに行きましょう」
 そう、とバルバラは頷いて、ぼくをグラウンドまで案内した。どこかほっとした様子だった。おそらく、説明を省けたことに安堵したのだろう。そんなふうだった。
 グラウンドに出ると、アーノルド・リトヴィネンコはピッチのなかで座っていた。口をわずかに開けて、放心したように視線をどこにも合わせないようにしていることが遠くからでもわかった。
 ピッチの端では監督のロブ・ヘーネスとGM(ゼネラルマネージャー)のハルカ・モレイラがなにかを話しあっていた。二人がぼくを見つけて、ヘーネスは奥に下がったが、モレイラはぼくの方へ歩いてきた。一部の隙もないスーツ姿だ。
「こんにちは」彼女は握手のために手を出した。「ニーチェから話は聞いていますよ」
 ぼくは握手をして頷いた。
「ぼくはなにも聞いてないんです」
「あら、そうなんですか。まったく、ニーチェは……」とモレイラは笑った。
 ハルカ・モレイラはスペインでも名の知れた人物だった。15年前のクラブの消滅・統合期に、32歳の若さでGMとしてあらゆる交渉ごとにあたり、なんとかクラブを存続させたのだ。笑うと目尻に細かい皺があらわれて、年齢以上の貫禄を感じさせる。こちらの緊張がすこしほぐしてくれるような笑顔だ。穏やかな笑顔と有無を言わせぬ意志の強い話し方で苦しい時期をクラブを抱えて走り抜けた実力者だ。
「アーノルド・リトヴィネンコのことだとは聞いてますけどね」
「そうです」モレイラが頷いた。
「ここ数週間は顔を出していませんね」
「そう。だからもうそろそろ忌々しい――失礼、好奇心旺盛なメディアが問題になりそうなの」
「わかります」ぼくは何人かの知り合いの顔を思い浮かべて、申し訳ないと思いながらそう返した。くだらないうわさ話を書く記者だけは十年前から変わらずいる。
「あなたは口が固く、信頼できるとニーチェから聞いてる。来て」
 モレイラが歩きだして、ピッチのなかを横切っていく。ぼくもついていくが、スニーカーに砂がついていたので、芝生のピッチに入るまでに慌てて払い落とす。それでも、この靴で芝生を踏んでも良いものか悩んだ。ピッチは記者の領域じゃないような気がするのだ。神聖な場所だという意識が、足を踏み入れることを躊躇させた。
 逡巡のあと、ぼくはそのまま踏み入れることにした。1歩、2歩……。懐かしい感触が足裏を伝って、全身を貫いた。
 ……子供の頃に父親と練習した公園、中学校のグラウンド、スライディングをしたときに匂い立つ青臭い芝の匂い、ボールを蹴る瞬間の言葉にしづらいあの高揚、負けたときの悔しさ、スパイクやソックスにくっついた芝を家に持ちこんで母親に呆れられたこと――無数の記憶が身体に刻みこまれた実感としてよみがえった。複雑な気分だった。懐かしい記憶の心地良さに浸りたいが、同時にもう思い出したくないような反射的な防衛本能が押し寄せてもくる。
 ぼくもまたプロを志向し、十年傷病リスク率の壁のまえに敗れた一人だった。高校時代のポジションはフォワード。そこそこ良い選手だったと思うが、自分の身体ばかりはどうしようもなかった。サッカーに関わる仕事がしたかったからそんなわけで、プロのサッカー選手には複雑な感情を持っていた。
 気がつけばモレイラとは離れていた。彼女はアーノルドに声をかけていた。二言三言交わしたあとで、アーノルドが立ち上がる。そのころにはぼくも2人のところへ辿りついていた。
「彼がコウイチ。記者よ」モレイラがアーノルドにぼくを紹介した。
「記者?」アーノルドが訝しんだ。怯えるみたいに表情を凍らせる。「ぼくに?」
 ぼくはなるべく明るい声ではじめまして、と言った。アーノルドは緊張しているように見えた。無理もないだろう。自分についてさまざまな憶測が飛んでいるなかであらわれる記者なんて恐怖以外のなにものでもない。モレイラが慌てて、
「ニーチェからの紹介だから、安心して」とつけ加えてようやく、アーノルドは納得したような表情をして、ああ、例の、と口のなかでつぶやく。
「はじめまして」彼は言った。
 実際のアーノルド・リトヴィネンコは、映像や写真で見るよりも大きく見えた。公式の記録によると彼の身長は188㎝で、ぼくよりも頭一つ分は高い。細い金髪を短く刈りこんだ髪型は周囲を警戒するハリネズミのようだった。口元は微笑んでいたが、内省的な目は凍っていた。どこかちぐはぐした表情だった。
 アーノルド・リトヴィネンコはイングランドのサッカー選手だ。3年前に地元のクラブであるマージーサイドFCからクラブ・トータヴェルに移籍してきた。ポジションは攻撃的なミッドフィルダー。多くのチャンスを演出するのが仕事だ。オーケストラでいえば指揮者に近い。まだ26歳で、キャリアのピークはこれからだった。
 エリート揃いのクラブのなかでもスター選手で、端正な顔立ちも相まってファンからの人気も高い。
 クラブとしても人気と実力を維持するための大事な選手だ。
 だがその生い立ちは決して楽ではなかった。
 彼の父ユーリイ・リトヴィネンコはウクライナ人だったが、2014年のウクライナ東部紛争によって故郷のドネツクが戦場になると、生活のためにイギリスのリヴァプールに移り住んだ。アーノルドの母とはそこで出会い、2017年にアーノルドが生まれた。リトヴィネンコというロシア風の姓なのに、名前がアーノルドという英語名なのはそれが理由だ。アーノルドが自分の家族について語った数少ないインタビュー記事によれば、彼の父もまたドネツクのアマチュアチームでサッカーをプレーしていたのだという。アーノルドは父からサッカーを教わった。

「物心がついたときには、父とボールで遊んでたんだ。プライマリ・スクールに通うころには、パスなんかの技術も教えてもらった。ゴールキーパーをやったこともあった。才能がないと思って、『もう二度とやらない』と父に言ったら、『忍耐力をつけろ』と怒られた」
――アーノルド・リトヴィネンコ(2042)

 アーノルドの記憶のなかの父は、ワールドニュースで流れるウクライナの報道を録画し、無言で繰り返しその映像を観る姿だ。
『父の表情は苦しそうだった。どうにかしたいけれど、どうしようもない。そういう表情だ。彼はきっと、破壊された空港の残骸に故郷を見ていた』
 アーノルドが23歳の冬に、父ユーリイは心臓発作で死去した。晩年はほとんどアルコール依存症のような状態だったという。次の試合でアーノルドはゴールを決めたあと、両人差し指を天に向けて、父の死を悼み涙を流した。
 代表はウクライナを選ぶこともできたが、彼はイングランドを選んだ。

――あなたにはウクライナとイングランドという2つのルーツがありますが、なぜ代表はイングランドを選んだのでしょうか?
「生まれた国だから。ぼくは1度もウクライナに足を踏み入れたことがないんだ。……いや、どうだろうな。父はウクライナを愛していたし、ぼくはそれを見て育った。ウクライナに愛着はある。でも、自分のことをウクライナ人だとはなかなか思えないんだ。かといってイングランドの人間だともあまり思えない。イングランド代表を選んだのは、そうすれば自分をイングランド人だと信じることができると思ったからだ」
――アーノルド・リトヴィネンコ(2042)

 イングランド人からは歓迎されたが、ウクライナ代表との試合では、ウクライナのサポーターから激しいブーイングを浴びせられた。

    3

「〈アレグリア〉からのレポートによると、アーニーの筋肉のパフォーマンスはピーク時と比べて24パーセントも低下しているの」
 モレイラがそう切り出した。
 会議室に移動していた。ほかのメンバーは広報のバルバラと、フィジカルトレーナーのガブリエル・カバジェロの合計4人だった。アーノルドは帰宅していた。
 ぼくはまだ自分がここにいる理由がいまいちわからないまま、この会議室にいた。
「ご存じの通り、ピーク時の35パーセント以上の低下が見られれば、FIFAの規定によって出場できない。怪我のリスクが大きくなるから」
「いまのアーノルドには当てはまりませんね」ぼくは言った。
 2人は曖昧にうなずいた。フィジカルトレーナーはぼくの言葉に対して露骨に眉をひそめた。ぼくが、アーノルドの身体に問題はないと言ったかのように受け取ったのだ。だが、ぼくは皮肉をこめたつもりだった。いい加減、具体的な話を聞きたかった。
「いいでしょう」とモレイラが言った。「一昨日、ザンクトハウセン病院のハルケ医師から、アーニーがうつ病だと診断されました」
 それはバルバラの表情を見たときに思ったとおりのことだった。
 古い資料だったが、プロサッカー選手がなんらかの精神疾患に罹っている割合はおよそ38パーセントであると読んだことがあった。関係者が言い淀むわけだ。スポーツと精神疾患の関係性はまだまだ認知が低かった。ポデンス裁定の影響で、プロサッカー選手はあらゆる点できわめて優れた超人だと世間では思われていた。身体が頑丈でなければプロになれないというイメージはポデンス裁定で完全に固定されていた。精神疾患は世間ではごく普通に存在するが、プロスポーツの世界では存在しないかのように扱われる傾向にある。
 だが、それにしてもぼくが呼ばれた理由がわからない。
「ぼくはそれをどう受け止めるべきでしょう」
「あなたには、メディア対応の補助をお願いしたい」
 モレイラのシルバーの目がぼくを見ていた。
「なぜ、ぼくが? メディア対応なら――」ぼくはバルバラの方を見て、「彼女の仕事でしょう」
 バルバラと目が合ったが、彼女は顔に自嘲的な笑みを浮かべたままで黙っていた。
「それが難しいから、あなたをお呼びしたのです」
 モレイラがやや大きな声で言った。激高したというより、ぼくの視線をバルバラから外させようとしたのだろう。うわさ通り、彼女はずいぶんクラブスタッフ思いらしい。
「クラブが公式に発表した内容を、メディアがそのまま受け取るわけではないことはあなたもわかっているでしょう」
「ちょっと待ってください」すこし嫌な匂いがした。
 モレイラはそのままつづけた。
「あなたにはメディアの側として、情報を発信してほしい」
 クラブ側の発表ではなにかを隠しているのではないかという疑念が受け手に持ち上がる。それを払拭するために、ぼくという一記者からの情報ということにしてほかのメディアからの追跡を逃れたい、ということだ。しかし、それは――
「アーノルド・リトヴィネンコがうつ病であることを隠したい、ということですか」
 居心地の悪い沈黙。バルバラはあからさまに顔を伏せた。
「そうです」とモレイラ。「アーニー自身が病気のことを公表したくないと」
「治療は始まっているんですか」
「ええ。クラブの心理カウンセラーとハルケ医師が共同であたっています。当然ですが、治療期間は未定」
 ぼくは両手で口と鼻を覆って考えた。自分はいま、嘘の記事を書けという要請を受けている。感情と理性の両方が、即座に断るべきだ、と叫ぶのを聞いた気がした。職業倫理お点からも、断るべき案件だ。だが、今回の件を黙殺するべきなのか、と問われればそれもまた間違っているような気がして、断りの言葉は口から出なかった。断ったらどうなる? おそらく、ほかの記者が呼ばれるだけだ。そうでなくても、誰かしらが嗅ぎつけることは容易に想像ができた。その誰かしらがことの重大さを理解して記事にしなければ問題はないが、タブロイド紙あたりに書かれれば、問題は大きくなるだろう。
 プロスポーツの安全性が揺らぐことを怖れているから、モレイラはぼくを呼んだのだろう。隠したいというのは理解ができた。アーノルド本人がそれを望んでいるのならなおさらだ。協力すべきかもしれない。
 だがぼくの報道が、スター選手がうつ病であることを隠すために使われるというのは、ぼくにとって苦痛になるだろうことも同時に理解できた。
 あるいは、おそらくぼくは今日ここに来るべきじゃなかった。なにも知らないままでいたら、今まで通りの仕事ができたはずだった。だがいま知ってしまった。ぼくは嘘の記事を面の皮厚く書くことができるだろうか。もしくは、アーノルドの抱える問題を知ったまま、彼の秘密が誰かに暴かれるのを黙って待つことができるか。
「これが大変不躾なお願いだということはわかっています」
 バルバラが意を決したような口調でそう言った。ぼくが顔を上げると彼女が歯を食いしばっているのが見えた。その表情はぼくと同じ苦悩――どうすれば正解なのかわからないという苦悩があった。
 ぼくは深呼吸をして、ようやく答えを決めた。
「わかりました」
 ぼくは言った。言った瞬間、後悔の念が押し寄せてきたが、それでもつづける。
「なにを書けばいいんです?」

    4

 身体に関するあれこれを可視化することの利点はとても簡単に挙げることができる。プロスポーツはGPSやBIA体組成計、クレアチンキナーゼ測定、CATスキャンなどにより、選手の身体が試合やトレーニングでどの程度の負荷を受けたか、その負荷によって身体がどのように変容したかをモニタリングすることができるようになった。身体のあちこちに自分の筋肉のパフォーマンスを数字に置き換えてくれるパッチを貼りつけて、専門的な知識を持ったトレーナーたちがその数字とにらめっこするのだ。
 するとどうなる?
 負荷をコントロールすることで最適なトレーニングを積むことができるようになった。怪我のリスクを図ることができるようになった。まるで災害を予知することで、防災対策を立てるように。
 だが、本当にそれだけだったか。
 それらのプレイヤーの身体を数値に置き換える道具の先端に〈アレグリア〉はある。
 〈アレグリア〉はマイクロマシンだ。体内の状況を恒常的に監視し数値化するのが〈アレグリア〉の役割だった。現在のプロスポーツの世界を維持している最大の功労者でもある。機能は複数の領域にまたがるが、大まかに言えば筋肉電位の状態から、選手のコンディションを測り、怪我の問題が地平線のさきに少しでも見え始めた時点で報告書を作成し、管理者に送ること、となる。外付けのGPSと異なる点は、監視が24時間に渡ること。そして、体内環境全体を視るので、ほかの健康リスクをあらかじめ予期できる点にある。
 〈アレグリア〉のおかげで、怪我のリスクと熱狂的なプロスポーツの世界との天秤がどちらかに傾くのを避けていた。サッカー関係者は〈アレグリア〉をドッグタグと呼ぶことがある。アンチ・スポーツからつけられたタグなのだと。

 クラブから要請された最初の仕事は「アーノルド・リトヴィネンコ ふくらはぎに違和感」と題された短い記事だった。そこでアーノルドは左のふくらはぎに軽いハリがあることになっていた。
 次の試合の3日前だった。
 過去2週間試合に出なかったことは、怪我ではないが、本人が違和感を訴えたため、大事を取って休ませたということになった。言い訳として通るぎりぎりのところだろう。幸運だったのはクラブ・トータヴェルがそのあいだの3試合のすべてに勝っていたことだ。もし成績が悪かったら、アーノルドを休ませたことの問題が指摘されたであろうことは間違いなかった。
 わたしの記事が公開されてから、アーノルドに関するさまざまな憶測はいったん沈静化した。
 試合の前日の監督の会見で、記者が手を挙げて質問をするときに、最初に手を挙げて指名されるのもわたしの仕事だった。
「アーノルド・リトヴィネンコは次の試合に出場できますか」
 広報のバルバラにあてられて、ぼくは壇上のヘーネスに訊いた。茶番だと素直に思った。報道の場で堂々と狂言が行われているのだ。周囲の記者が知ったら顔を真っ赤にして怒るだろう。ぼくは質問をし終えると右手で自分のほおをこすった。無意識の動作だった。意識したときには、まるで仮面が外れていないかを確認するようだと思った。
 無性に腹が立った。
「メディカルスタッフから問題ないと聞いている」とヘーネスは答えた。
 その発言で、会見場の空気が柔らかくなったことがわかった。ほかの記者たちもそのことが気になっていたのだ。それは当たり前だった。クラブ・トータヴェルは現在スペインリーグで1位をひた走っていて、アーノルドはそのクラブの最重要選手なのだから。ファンと記者の最大の関心事だ。さらに対戦相手がライバルクラブであるバジェカスCFなのだからなおさらだった。
 問題ない。誰もがその言葉を聞きたかったのだ。ああ、アーノルドがいるなら安心だ、良かった良かった――。
 もちろん、アーノルドの状態は万全とは程遠かった。規定値の35パーセントまではいかずとも、本来ならばクラブの「良心」によって出場は避けるほどに筋肉パフォーマンスは落ちていた。
「彼は出場するわ」
 会見前日にモレイラはわたしにそう言った。
 会見に先立っての打ち合わせの席だった。
「もちろん90分間、フルに出場はさせない。とくに、負荷の強まる後半は難しいでしょう。〈アレグリア〉から警告がくる」
 ぼくは、アーノルドがどう思っているのかを聞きたかった。まだ、ろくにアーノルド本人と話していなかった。モレイラは「彼は出たがっている」とだけ言った。
「それは彼の口から出た言葉ですか?」
 モレイラはぼくの目を睨みながら頷いた。疑われていることが不満らしかった。
「プレーしてファンの期待に応えたいと話してくれたわ」
「また聞きじゃ話になりません。彼に直接取材したい」ぼくもいらいらして頭を掻いた。「できないのであれば、この仕事から降ります」
 モレイラはぼくを睨んでいた視線をさらに強くした。不機嫌なのは一目瞭然だった。彼女は視線でぼくを打ち負かそうとしているようだった。だが、ぼくも負けじと睨み返すと勝負は拮抗した。
 結局折れたのはモレイラだった。彼女は会見のまえにセッティングをすると約束をした。

「モレイラとはじめて会ったとき、ぼくは彼女にとても良い印象を持った。彼女の顔は笑顔で、契約がうまくいったことに満足そうだった。『あなたは未来よ』とぼくの耳元で彼女が言った。英語だった。ぼくは『ムチャスグラシアス』とお礼を言った。スペイン語を勉強していることを示したかった。僕たちが握手をしたとき、カメラのフラッシュが瞬いた」
――アーノルド、クラブ・トータヴェル入団会見時を振り返って(2042)

    5

 会見が行われるまえの午前に、ぼくはアーノルドに会うためにクラブハウスにいた。いつものようにバルバラがぼくを出迎えてくれて部屋まで案内してくれた。試合の前日だから練習はすでに終わっていた。ほかの選手は試合に備えて家でリラックスをしている時間だった。
 個室に入ると、アーノルドが立ったままでぼくを待っていた。傍らには小太りの男が柔和な顔で佇んでいた。高級そうなスーツがぴったりと身体に合っていた。だがビジネスマンには見えない。
「コウイチさん、ですね」と男は言った。
「ええ、はじめまして、ですよね?」
「もちろん」と男は紳士の笑顔で、握手のための手をぼくに差し出した。「アーニーの代理人の、ジョニー・ブラウンです」
 代理人は、プロサッカー選手とクラブの間に立って、給料の交渉や移籍のお膳立てをする人間だ。また、往々にして選手のよき相談役でもあった。エージェント会社に所属する代理人が現在の主流だったが、ジョニー・ブラウンはフリーの代理人だった。
「あなたが。お名前はかねがね。お顔を拝見するのははじめてですが」
「メディアが苦手でしてね」とジョニーは笑った。
 聞くと、ジョニーはいまはアーノルドの家の隣に住んでいるのだという。ずいぶん甲斐甲斐しいと思ったのが顔に出たのか、友人なのです、とジョニーは言った。
 ジョニーはぼくに椅子を勧めてくれた。ぼくはアーノルドが座るのを待ってからそれに腰掛けた。
「それで、アーニーに話があると」
「ええ」
 ぼくはアーノルドの方を向いた。彼もようやくぼくを見て、また会いましたねとだけ言った。以前よりは幾ばくか穏やかな様子だった。
「記者をやっています、ホナミ・コウイチです」ぼくはゆっくり始めることにした。「ニーチェの友だちでもあります。今回はそっちがぼくの肩書になるんですかね」
「彼はいい人だ」アーノルドがうなずいた。
「彼とはどこで?」
「ここに移籍してきて、最初の練習日だったかな……。ラジオパーソナリティで、ぼくのファンだと言ってくれた。リップサービスかと思ったけど、目がマジだったから、それが印象に残って、電話で話をするようになった」
 ニーチェはほんとうに他人のこころを開かせるのがうまい。小細工なしの誠実さが売りで、誰にも真似ができない雰囲気を持っている。ぼくは、アーノルドとぼくの、ニーチェに対する印象が同じだということに安心した。こういう接点があると、選手と話をするのが格段にスムーズになることを経験的にぼくは知っていた。
 本題に入ることにした。
「明日の試合に出場する予定ですか」
「監督次第ですよ」とアーノルド。
「コンディションはどうですか」
「準備はできています」と今度は少し落ち着かない様子で言った。拳を握り、数秒すると放した。
 取材のようになってしまっている。
 アーノルドの返答はすべてプロサッカー選手として模範的な回答だった。スターティングメンバーを決めるのは監督の領分で、自分は1選手としてその決定にしたがう、という態度。模範的で、勤勉。ファンに愛されるキャラクターだ。
 だが、ぼくが訊きたかったことは、アーノルド自身がうつ病を抱えている現状で試合に出る必要があるのかどうかだった。
「アーニー」
 ジョニーがアーノルドに声をかけた。
「彼は記者だが、取材をしに来たわけじゃない」
 アーノルドは息を深く吐いた。彼はなにか思案しているように見えた。目のまえの記者をあしらうにはどの言葉を選べばいいか……。
 先ほどまでの穏やかな空気が変わったのがわかる。
「もしあなたに明日大事な取材が入っていて――」アーノルドは精いっぱいリラックスするために背もたれに寄りかかりながら言った。「なのに自分の体調は優れない。だが満足に歩けるし、ボードを叩く指の動きは良好で口がきける。断言してもいいが、あなたは仕事に行くでしょう」
 ぼくは曖昧に頷いて、なるべく冷静に反論の言葉を探した。
「試合に出場するリスクは考えなくてはならないでしょう。足や指の問題がなくて、口がきけても、わたしの身体がなんらかの異常があって、それが厄介なものだとわかっていれば病院へ行きます」
「わたしはどこも怪我していません」とアーノルドが語気を強めた。「ああ、クソ。どうしろって言うんです? わたしが週にいくらもらっていると思っているんですか? 20万ユーロですよ? わたしはそれを返さなくちゃならない」
 最後の方は声がかすれ気味だった。ぼくは彼をどのように説得するべきか一瞬考えてすぐにやめた。ぼくは彼の主治医ではないのだ。それに、それがどういうものであれ、モレイラに要請した、アーノルドの意思は確認をすることという目的は達成していた。
 ぼくは一度座り直して丁重に礼を言って外に出ることにした。ぼくの礼にアーノルドも声のトーンを落として、どうもありがとうと返した。
 個室を出て外へ向かっていると、後ろからジョニーが追いかけてきた。気を悪くしたかと心配したのだと言う。
「つい、余計なことを言ってしまいました」とぼくは言った。「こちらこそ、彼に嫌われてしまったかもしれない」
「大丈夫でしょう」とジョニーはうけおった。「あなたがプロジェクトの参加者であることはアーニーも理解しています」
「プロジェクト?」ぼくは訊いた。
「彼の治療が終了するまでなんとか世間の目をそらすプロジェクトですよ」
 なるほどとぼくは呟いた。なるほど、プロジェクト。上手い言い回しだと思った。これなら、ソリッドな気持ちで事態に当たれるかもしれない。ジョニーはプロフェッショナルであるから、プロジェクトを完遂することを目指すことができる。そういうことなのだろう。
 少し悩んだが、ジョニーに訊いてみることにした。アーノルドが明日の試合に出場することについてどう思っていますか、と。
「彼が試合に出ると言うのであれば、出るのでしょう。わたしにはそれを止める権利はありません――」
 そこまで言って、ジョニーは口をつぐんで、考えこんでしまった。額に汗が浮かんでいた。
 呼吸を調えてから、ジョニーが言った。
「わかりません……。ほんとうに、わからない。彼に『サッカーが人生のすべてではない。別の道もひらけているぞ』と言いたい気持ちもないわけではないのです……。ですが、彼は今までの人生をサッカー選手になるために費やしてきたのです。自分の人生はサッカーがすべてだと信じることは当然だ。以前、彼はわたしにこう言いました。『ぼくはサッカー・マシンなんだよ』と。わからない……。友人としてのわたし。プロサッカー選手のビジネスパートナーとしてのわたし。なにをどうすればいいのか、わたしにもわからないのです……」
 そう言って彼は踵を返して歩いていってしまった。
 ――わからない。
 アーノルドを中心とした、その関係者たちを縛りつける言葉。
 まるで螺旋階段を永遠に昇っているようだ。上を見上げても、光はない。徐々に、昇ること自体に疑問を持つようになる。昇るのが正しいのか、それは誰にもわからない。
 クラブハウスを出たところ、うつ病患者のまわりのひとがどう振る舞うのがいいのかを調べようとネットにアクセスした。
 励まさないこと、大らかになること、休める環境を作ること……。
 ぼくは端末をバッグに放りこんだ。

    6

 スタジアムには記者としてではなく、クラブの関係者として入場させてもらうことができた。
 関係者入口付近で顔なじみの記者であるロペスにばったり会った。
「あの記事書いたの、きみだろ」
 一瞬なにを指しているのかわからなかったが、先日のアーノルドに関する記事のことだとわかった。
「匿名の記事なのに」とぼくは苦笑いをする。
「お気に入りの記者の記事ならわかるさ」彼のユダヤ教徒のような豊かなひげがゆれた。
 ロペスはいつものように右の耳に鉛筆をのせていた。まるで昔の映画に登場する新聞記者のように。端末や音声入力で記事を書く者がほとんどのなかで珍しい姿だった。
 以前彼にそのことについて訊くと、細かいメモなどはまだ手書きの方が早いという答えが返ってきた。
「それに、会話の糸口になる。いまきみが訊いてきたみたいにな」
 このやり方で多くの選手や監督の心を開いてきたらしかった。
「アーノルドが戻ってきて嬉しいね」
 ロペスは言った。そして唇のはしをぐにゃりと曲げる。なにかあったんだろ? と言いたげだった。嗅覚が鋭いことは記者としては得がたい才覚だったが、ここではそれは避けてもらいたい。新人記者時代にさまざまなアドバイスをくれた先輩に隠し事をするのは胸が痛いが、なにも訊かないでくれないかとぼくは言った。
「わかったよ」とロペスは両手を広げた。「クラブ関係者入口からスタジアムに入ろうとしていることも含めて、なにも訊かない」
 ロペスはとにかく空気の機微に聡い。そういうところも含めて、ぼくは彼を尊敬していた。
「助かる」入口のドアを開けながらぼくは言った。
「こんどなにかネタを融通してくれ」とロペスは手をひらひらさせた。

 クラブが用意してくれた席は、グラウンド全体を俯瞰できる、屋根のある場所だった。モレイラやバルバラはおらず、ジョニーがぼくを待っていた。それぞれの仕事があるのだろう。クラブの広報は多忙で、試合開始前のいまなら1階で選手たちのそばにいるはずだ。
 昨日のことがあったから、ジョニーと顔を合わせるのは気が重かったが、ジョニーは和やかにぼくに接した。さすがは数々のクラブとの交渉を繰り返してきた代理人だとぼくは思った。越えてきた修羅場の質と数が桁違いなのだろう。だがそれでも、表情には多少の固さがあった。腕時計をしきりに確認して試合が始まるのを待っていた。はたしてアーノルドは無事に今夜をやり過ごせるのか、気が気でないようだった。
 10万人強を収容可能なスタジアムはほぼ埋まっていた。プロサッカーの規模は依然と比べて縮小しているとはいえ、未だ世界でもっとも人気なスポーツの地位は健在なのだと、スタジアムに来るたびに思い知らされる。
 熱狂的なサポーターが集まるゴール裏からはクラブ・トータヴェルを讃えるチャントと、バジェカスCFを貶す怒号がここまで響いていた。褒められた行為ではないが、不思議とぼくはこの雰囲気が好きだった。アドレナリンが湧きあがり、サッカーへの心構えがととのうような感覚だ。
 スタジアムはサッカーを愛する者たちの聖域であり、サッカーへの愛を叫ぶことができる貴重な空間なのだ。
「歴史は巡りますよね」
 ジョニーの言葉にぼくは頷く。
 1939年から始まったフランコ政権による独裁的な政治は、カタルーニャ州に住む人々からカタルーニャ語を奪い取った。だが、このスタジアム内ではカタルーニャ語を話すことが黙認されていた。人々はスタジアムに集まり、そしてカタルーニャ語を叫んだ。彼らのアイデンティティはそうやって、ぎりぎりの状態でなんとか保たれたのだ。
 いまではスタジアムの外で抑圧されたサッカーへの熱が爆発する場所だ。「ここでだけ、俺は呼吸ができるんだ」。以前、ぼくが取材をした一人がそう言った。スポーツ好きの意見を集めて、スポーツの復権を狙ったスポーツ紙の企画だった。
「スタジアムの外での俺は――」その男は口をぱくぱくさせてみせた。「酸欠の魚だ」
 企画は通り、スポーツ紙に特集が組まれたが、何一つ状況は変わらなかった。
 いまこのスタジアムで観戦している人間のほとんどは低所得者だろう。かつてはチケットがどんどん高くなっていったものだったけれど、ポデンス裁定のあとは緩やかにチケットの値は下がっていった。そうしないと人が入らなくなったのだ。一定以上の収入を得ている人のほとんどはアンチ・スポーツの側についた。

 眼下では、2つのクラブの選手たちがジョギングをしたり、パス回しをしたりしていた。エンジンを暖めるみたいに、試合に向けて身体を調整しているのだ。端末を片手に持ったコーチが選手になにやら話をしている。あの端末の画面には選手の体内の〈アレグリア〉から送られるさまざまなデータが映し出されているのだろう。それを見ながら負荷を調整するのだ。
 ぼくとジョニーの視線は意識もしないうちに、アーノルドを向いていた。彼はアンドリュー・キイチとパス交換していた。表情はなにも意味していない、まったくの無表情。静かに内側から壊れたような表情だ。身体の動きは問題ないように見えた。アンドリューからのパスを左足で正確に止めて、間髪入れずに右足でパスを返す。機械のような正確さだった。
 ぼくの横にいたジョニーはそれを黙って見ていた。彼はアーノルドとは真逆に溢れ出そうになる情念を百戦錬磨の精神力でなんとか抑えこんで無表情を作っていた。
 ぼくも徐々にナーバスになってきていた。
 昨日のアーノルドを思い出して、やはり止めるべきだったのかもしれないと思いはじめていた。あの状態のまま、10万人のまえでサッカーをするのだ。だがジョニーの顔を見てまたなにも言えなくなってしまった。自分に課せられた仕事を完遂するために、今日のアーノルドのポジティブな面を探さなくてはいけない。「相変わらずの技術で10万人を沸かした」。「彼は2週間いなかったが、それが大きな問題ではないことは一目瞭然だった」。そういうことを書くつもりで来たのだ、アーノルドがどのようなパフォーマンスであれ。
 選手たちが一度ロッカールームに戻り、15分してユニフォームに着替えて入場してきた。
 そのころにはスタジアムのボルテージは最高潮に達していた。誰もが日常のあれこれを完全に忘れてこれからの90分間に酔いしれる準備を済ませているようだった。レプリカのユニフォームを着たサポーターたちの合唱はうねりながらグラウンド上に注ぎこまれた。その熱にあてられてか、クラブ・トータヴェルのキャプテンが吼え、不敵な笑みを浮かべた。やってやるぞということだろう。
 だが、そのキャプテンの2つとなりにいたアーノルドの表情は凪いでいる。視線がどこにも定まっていないような気がした。数日前までのぼくなら、冷静沈着なスター選手に見えたことだろう。だがいまでは決定的に違って見えた。
 試合が始まった。
「頼む……」とジョニーがうなった。
 アーノルドはいつものようにフォワードであるアンドリュー・キイチのすぐ後ろにポジションをとっていた。ここで花を配り歩くようにパスを送ったり、相手を混乱の渦中につき落とすためのドリブルを仕掛けたりするのが常だ。
 試合が始まって3分。初めてアーノルドがボールに触った。右からのパスを左足でトラップして、すぐさま前線へ送る。観客が沸く。ボールは相手のゴールキーパーにキャッチされたが俊敏な動作だった。
 抗うつ剤を服用すると、あらゆることが緩慢になる。
 アーノルドも服用しているはずだったが、彼は足を動かしつづけた。頭も決してクリアではないはずだが、外からはそれを窺うことはできなかった。
「帰ってきた王様:アーノルド・リトヴィネンコ」というタイトルをぼくは頭のなかにメモした。
 前半七分。バジェカスCFの選手たちが動作を速めて、クラブ・トータヴェルのゴールに迫った。アーノルドのまえを通過したボールがバジェカスCFの選手に渡り、数本のドリブルと無数のパスで、あっという間にゴール近くまで運ばれた。
 いつも通りならアーノルドは守備に参加するために味方ゴール方向へ戻らなくてはいけなかったが、その判断ができる状態ではなかった。彼のいるべき場所が空洞になっていた。そのスペースをうまく使った相手選手がシュートを打ち、クラブ・トータヴェルのゴールキーパーであるウナイ・シジェクの右手をかすめた。ゴール。
 観客席からの怒号が雪崩のようにピッチに覆った。
 失点の責任をだれか特定の選手に求めることはむずかしい。技術的なミスによるものなのか、あるいはチームの約束事を守らなかったせいなのかにもよる。今回のケースはアーノルドが約束事を守れなかったことが発端だったが、全責任があるわけではない。
 冷静に見れば。
 観客席が冷静であることは稀だ。
 ジョニーの口から重たいため息がもれた。
「失点は彼だけの責任ではない」とぼくはまた脳内にメモをする。
 ウナイ・シジェクがなにかを言いながら、ボールを戻して試合が再開した。
 しばらくはバジェカスCFのペースだった。彼らはじつに楽しそうにボールを回した。前半の30分までに6本のシュートを記録。一方でクラブ・トータヴェルのシュートはわずか1本だった。
 前半を通じて、アーノルドは積極的に試合に参加しているように見えた。彼の持ち味であるするどいパスもいくつか見られたし、一度鮮やかなステップで相手2人を置き去りにするドリブルも見せた。
 それは見る者がついほほえんでしまうような、根源的なスポーツの喜びそのものみたいなプレーだった。まるですべて問題ないかのようだった。
 だがアーノルドがスローイングをする場面では、ぼくとジョニーはとても落ち着いていられなかった。
 スローイングは決して簡単ではなかったが、両手でボールを投げて味方に渡すことさえできれば問題はない。通常は1秒や2秒で終わる。だがアーノルドは5秒以上経ってもボールを手から離さなかった。
 混乱していることが一目でわかった。周りに味方選手は3人いて、そのすべてに相手選手がプレッシャーをかけていた。1秒、2秒。味方が近づいたり離れたりを繰り返しながら、ボールを要求していた。3秒。出す場所がないわけではない。4秒。だが、アーノルドは選べなかった。
 5秒たって、審判がボールを投げないアーノルドにイエローカードを出した。これは不可解なことだった。勝っているチームの選手がボールをわざと投げないで、時間を消費することはよくあることだったが、クラブ・トータヴェルは負けているのだ。
「どこでもいいんだ」とジョニーが叫んだ。「いいから、投げろ!」
 アーノルドがようやく投げて、ぼくたちは緊張から解放された。
 前半はバジェカスCFのリードで終了した。ライバルチームに点を取られて、自分たちの攻撃は通用していない。当然、スタジアムの雰囲気は悪かった。
「やめちまえ!」
 どこからかそんな声が聞こえた。クラブ・トータヴェルのサポーターだ。だれに対して言った言葉なのかはわからない。言った本人もわかっていないはずだ。ただ怒りを表明するためだけの言葉、エモーショナルの発露だ。
 ぼくとジョニーはハーフタイムのあいだ一言も交わさなかった。本当はなにかを話して少しでも気をまぎらわせるべきだとぼくは思ったが、言葉は口から外に出なかった。15分のハーフタイムはすぐに過ぎた。ぼくは監督のロブ・ヘーネスがアーノルドを交代させることを期待したが、彼はユニフォームのままでピッチ上に戻ってきた。表情は何ひとつ変わっていない――無だ。
 後半はクラブ・トータヴェルが勢いを取り戻した。パスがつながりはじめ、点と点が線になるようにして彼らが描きたい「絵」がピッチにあらわれはじめていた。
 後半13分。サイドにいたクラブ・トータヴェルの選手が、ゴール前のアンドリュー・キイチに向かって長いボールを蹴った。キイチはボールを胸でトラップして反転。ゴールから15メートルくらいの距離から、相手のディフェンダー2人に挟まれながらシュートを放つ。相手ゴールキーパーはキイチのシュートの瞬間に、驚異的なスピードで身体を投げ出してシュートをブロックした。
 跳ね返ったボールはそのままアーノルドに渡った。
 ボールをトラップして顔を上げたアーノルドは目のまえの相手4人のあいだを抜く鮮やかなパスをゴール前に送った。キイチは体勢を立て直していた。またも反転して、シュート。相手ゴールキーパーは動けなかった。

――サッカーの歴史について調べるのが趣味だと以前のインタビューで語ったことがありますね。
「せっかくイングランドに生まれたんだからね。歴史を勉強するのは楽しい。歴史を知ることで、よりピュアなプレーができるような気がするんだ。感覚が研ぎ澄まされて、ピッチ上でかつて起こったすべてのプレーが身体に入りこむように感じる。もちろん、殴ったり蹴ったりしても良かった当時のプレーを再現しようと考えているわけじゃないけどね」――アーノルド・リトヴィネンコ(2042)

 ゴール。
 スタジアム全体が、東南アジアのスコールのような勢いの、声にならない歓声を上げた。
 ぼくも同じように声を上げて、傍らのジョニーを見た。ジョニーは顔を真っ赤にして、ぼくを思いきりハグした。ピッチ上でもアーノルドにキイチがハグをしていた。
 アーノルドは目を瞑って、しきりに頷いた。
 試合はまだ30分以上残っていたが、ヘーネスはアーノルドを交代させた。おそらく、彼の身体の限界だったのだろう。〈アレグリア〉から警告が来ているはずだった。これ以上は過負荷で、怪我のリスクがはねあがりますよ、と。それで、ようやくぼくとジョニーは息をつくことができた。僕たちにとって試合の結果はもうどうでもよかった。アーノルドがこの試合を乗り切っただけで充分だった。

 試合は結局、クラブ・トータヴェルが最後の最後に得点をあげて終わった。
 周囲の人々が、自分の応援するクラブの勝利に酔いしれながら帰路につこうとするなか、ぼくたちは下に降りていった。移動中、ジョニーは乗り切った、乗り切ったぞ、としきりに言った。ぼくの両手は震えていた。両手をこすりあわせても止まらない。
 クラブ関係者であることを示すカードを提示して警備員のよこをすり抜けると、ロッカールームとピッチをつなぐ廊下だ。そこでバルバラがぼくたちを待っていた。
「今日のヒーローインタビューは、アンドリューですよね?」とぼくは訊いた。
「ええ」と彼女はうなずいた。
 だが、本当にファンが聞きたがっているのはアーノルドの声のはずだった。二週間の不在のこと、今夜のプレーについて、アンドリュー・キイチにハグされながら頷いて理由……。ファンはこういうことに関心があるものだ。
「余計なプレッシャーをかけないように、とモレイラさんからも言われています」
「アーニーはどこだ?」
 ジョニーが言った。気が急いていた。
「ロッカールームに」
 ジョニーがうなずいて、すぐにロッカールームへ向かった。ぼくも行こうと足を出したが、自分はメディアの人間なのだ。疲れ切った選手たちがいるロッカールームにずかずかと入っていくことはためらわれた。
「ここで待っていても?」
「ええ」
 そう言うとバルバラも廊下の奥へと小走りで行ってしまった。このあとに試合後の記者会見があるからその準備をしに行くのだ。
 ぼくは端末を取り出して、今夜の記事を書くことにした。音声入力のために小型のマイクを襟元につける。廊下には人が行き来していて、その熱で暑かった。
『今夜はクラブ・トータヴェルの関係者にとって待ちわびた夜だった。ライバルのバジェカスCFとの対戦、アーノルド・リトヴィネンコの復帰、今年のシーズンがよいものになるのかを占う試合だ。試合前のスタジアムはさまざまな感情が束になっていた。
 今日の主役は一ゴール一アシストのアンドリュー・キイチだったが、人々の熱心な視線の先にいたのはアーノルド・リトヴィネンコだったことだろう。彼はまさしくこのチームの中心人物で……』
 ここまで言ってから、馬鹿らしくなって書いたものを全て消した。これではまるきりリトヴィネンコの熱心なファンだ。メディアに載せるものではない。自分の書きたいことなのかという疑問も沸いてしまった。思ってもないことを書くことはむずかしい。すこし悩んでから、
『久しぶりに登場したアーノルド・リトヴィネンコは変わらず素晴らしかった。彼ならではスルーパスで同点弾をお膳立てした』
 とだけ書いて端末を閉じた。通常のマッチレビューの最後にこの文章を加えるくらいがちょうどいいと思うことにした。モレイラは不満かもしれないが、ぼくにも記者としての精神くらいはある。
 しばらくするとジョニーが戻ってきた。口をぴったりと閉じて、内側になにかを溜めこんでいるような表情だ。
「どうでした」ぼくが最初に切り出すほうがいいと思って訊いた。
 彼は最初に短くうなずいて、
「アーニーはなにも問題ないと」
「本当に?」
「そんなわけないだろう?」少し声が大きくなる。「彼は勝利で騒いでる同僚から離れて座っていた。わたしは彼に『今日のプレーは良かった。最高だ』と言った。彼はただうなずいただけ。なにを訊いても『フラットだ。なにも感じない』と。わたしは『それは薬のせいだ』と言った。それで彼は『そうかもしれない』と……」
 ジョニーは頭を掻きむしっていた。ぼくはどう返せばいいのかわからなかった。ただ漠然と、これでは患者が二人に増えると思った。
「やっぱり」ぼくはなるべく穏やかに切り出した。「長期的な休息が必要だと思います」
「わかってる。だがどうしようもない。モレイラは彼を試合に出すように、監督にプレッシャーをかけている。彼もプロである以上試合に出たいと」
「危険です」
「わかってるさ!」ジョニーは叫んだ。「彼はこう思ってる! 『うつが世間にバレたら、サッカー人生の終わりだ』と!」
 ジョニーが乱雑に手を振った。
「馬鹿げてることもわかっている!」
 彼はそう叫んでから、息を深く吐いた。なんとか落ち着こうとしている。それが終わると、彼と車で帰る、と言ってその場から立ち去った。

    7

 扉を開けると、ラベンダーの匂いが鼻をくすぐった。
「いい記事だったと思います」ハルカ・モレイラGMが革製の椅子に座ってこちらを見て言った。今日はグレーのジャケットに濃い藍色のジーンズという出で立ちだ。珍しく、赤く、縁の太い眼鏡をかけていた。
 ぼくも促されるままにモレイラの正面の椅子にすわった。
「ありがとうございます」
 試合の翌日だった。GMの席からはクラブ・トータヴェルが誇る12面の練習場が見えたが、どこにもアーノルドはいなかった。試合の翌日なので昨日試合に出場した選手は軽いトレーニングを終えて帰宅していた。いまはレディースチームが練習を開始するところだった。
「今日はどんな用件で?」モレイラがぼくにそう訊いた。彼女はあくまで、ここはわたしの支配するフィールドだという雰囲気を作っていた。ラベンダーの匂いも、もしかしたらその演出かもしれない。
「ぼくがプロジェクトのメンバーであるなら、提案をする権利がありますよね?」
「ええ、もちろん」モレイラがにっこりと笑う。「なんなりと」
「でははっきり言います。アーノルドには休息が必要です。プロサッカー選手ではなく、一個人としていられる環境で、じゅうぶんに肉体と精神を休ませるべきでしょう」
「まるで医者のような話しかたね」
「彼は確かにプロとして契約をまっとうし、試合に出場して観客を沸かせる必要があるかもしれない。彼自身がそれを望んでいるかもしれない。だがあなたは……、あなたは自分のクラブの選手を守るべきではないんですか」
「そうね」モレイラは2度、うなずいた。「そのとおり」
「アーノルドを休ませるべきです。べつに病気のことを公表する必要はない。適当な理由をでっち上げればいい」
 昔なら、病気や怪我を理由にするのがもっとも簡単だった。だが、いまはそれを使えないのがもどかしい。
「たとえば家庭の事情とか。そういう記事を書けと言われれば、職業倫理に反しますし気乗りはしませんが、それでも書きましょう」
 モレイラはまたうなずいて、しばらくなにも話さなかった。やがて、一度視線を下に落として、ぼくを見た。
「あなたの言うことはよくわかる。わたしも、才能ある選手が壊れていくのを見たくはない。だけど、わたしはクラブを、プロサッカーを守らなくてはならない。ただでさえ風当たりが強いプロスポーツの世界に、精神疾患の問題が入りこんだら破裂するわ」
 モレイラは破裂、の部分で閉じていた左手を一気に開いた。視線が先ほどと比べて鋭くなっている。
「アーニーは治療を受けている。わたしにも、あなたにも、その経過を見守ることしかできない、でしょう? 家庭の事情を持ち出しても、メディア全体をコントロールできるわけではない。暴かれて、おしまい」
 話はこれで終わり、というようにモレイラはぼくから視線を切った。ぼくは苛立っていた。
 彼女はギャンブルをやっているのだ。アーノルドの問題が解決するかどうかの。机のうえに、アーノルドの問題とプロスポーツの存亡をのせて、コインを弾いている。表か、裏か。
「彼がうつ病を克服したとして、再発の可能性はとうぜんありますよね?」
「そうなったら、またなんとか誤魔化すだけ」モレイラはこちらを見ずに応えた。
「いつまでも誤魔化しきれるわけではないでしょう?」
 ゆっくりと眼鏡を外しながら、もう一度モレイラはぼくに視線を向けた。底冷えするような目だった。諦観、失意、冷笑――そこには、さまざまな感情が渦巻いていた。飲みこまれるような錯覚があった。ぼくは瞬きをして、その考えを頭から追い出す。
「早晩、プロスポーツは消滅するわ。煙草が世界から消えたときのことをよく憶えてる。いまプロスポーツが置かれている状況はそれに近い。愛好家がいても、利益を上げることができても、これはもう止まらない。でも――」
 ――怒りと、すがるような希望が瞳に湧く。
「わたしはプロスポーツの終末を少しでも先延ばしにするために行動する。……幼いころ、両親に連れられて初めてスタジアムでサッカーを観たとき、わたしは自分の身体を流れる血液の脈動を聞いた気がした。わたしはわたしが生きていることを知ったの。ポデンス裁定が下されたとき、わたしは思ったわ。もう終わりだと。FIFAは乗るべきではない船に乗った。サッカーはもうお終い。でも、だからこそ、こうも思った。わたしが生きているうちは、絶対に終わらせない」
 ぼくの頭にあるビジョンが浮かんだ。モレイラが夜、屋外で強風の吹きつけるなか、ろうそくの火を身体を張って守っている。いずれ消えることはわかっている。だが今日は? 明日は? 消させはしない。火が消えるのはまだ先でいい。
「あなたには――」モレイラが背もたれにもたれかかる。「わたしが狂っているように見えるかもしれない。それで結構。狂うくらいで守れるのなら、それで結構だわ」
 ぼくは目を瞑って、モレイラの言葉を考える。なるべく平静を保たなくてはいけない。彼女の言葉を何度も反芻する。そこには正しさはないように思える。モレイラは、一人の選手を危機にさらしたままだ。だが――。
 答えを探そうにも答えはない。
 一人の選手と一つのスポーツを天秤にかけている現状こそを変えるべきだと思ったが、それは過去に文句をつけるだけだのことだ。
 ポデンス裁定や〈アレグリア〉などのテクノロジー。スポーツを葬り去りつつある現代で、以前のようにはもう戻れない。
 いつの間にか息を止めていたらしかった。息をととのえる。
「アーノルドを危険にさらすあなたの考えは納得できません。ただ、アーノルドは自身の病気を公表するつもりがない以上、わたしがそのことを記事にすることはない。あなたの依頼通りの記事も書きます」
 ぼくは一記者であって、医者ではない。うつ病の専門家ではないし、クラブ経営の専門家でもない。アーノルドの状態が改善するのか、ほんとうのところはわからない。改善することにかけるしかないことが歯がゆい。
「あなたの考えが聞けて良かったです」
 ぼくはそう言って部屋をあとにしようと席を立つ。足がよろめいた。不思議な感覚だった。だが具体的なことはわからない。
 部屋を出て、クラブハウスを出て、最寄りの駅に向かう途中でようやく、自分が何かに飲みこまれているらしい、という考えに至った。脱出しようにも、方法はなにも思いつかなかった。

    8

 ロベルト・エンケという人物がいた。
 東ドイツのイエーナ出身のこのゴールキーパーは、2010年に南アフリカ共和国で開催されたワールドカップで、ドイツ代表としてゴールを守ることが期待されていた。だがそれは叶わなかった。彼は2009年11月10日に、急行列車の前に飛び出して自死したのだ。
 事件後、彼の妻であるテレサ・エンケは、ロベルトが6年間うつ病に苦しんでいたことを明かした。
 イングランドのサッカー選手クラーク・カーライルは、現役時代に薬物で、引退後の2014年にはトラックに自らを轢かせて自殺を図った。2017年には行方不明となり、リヴァプールで警察に保護された。彼は自殺をするつもりだったと説明した。彼もまたうつ病だった。
 クリスティアン・ダイスラー、ダニー・ローズ、クレイグ・ベラミー、アンドレス・イニエスタ、ペア・メルテザッカー、クリス・カークランド、森崎浩司、森崎和幸……なんらかの形でうつ病だったことを公表した選手たち。まだいくらでも挙げることができた。こうしたことが報道されるたびに、サッカーと精神疾患の関係性が話題にあがる。だが数日たてば、誰が移籍を志願したという話や、選手の素行について好き勝手に書いた記事がまた戻ってくる。抜本的な改革は遅々として進まない。
 それでも現役の選手が、自信が抱える問題について公の場で話すことは2010年代あたりからは増えていたというが、ポデンス裁定はプロサッカー選手を通常の人間ではなく、ありとあらゆる障害に打ち克つ超人にしてしまった。本来、裁定は選手の健康を保護することが目的だったのだから皮肉な話だ。超人は心を病まないという幻想によって、選手の言葉は封鎖されている。
 あるいは、とぼくは思う。超人は心を病まないなどという幻想を本当に信じている人間はどこにもいないのではないか。ときどきそう思うのだ。その幻想を信じていないと、自分たちの大好きなプロスポーツの世界が守れないと考えているのではないか。プロスポーツを好きだと大っぴらには言えない現代において、その幻想を共有することで自分たちの大事なものを守ろうとしているのだ。
 こう考えるようになったのは、モレイラのデスクで彼女の信条を聞いたときからだ。そのときに気がついたのだ。彼女の指示にしたがって記事を書くよりも前は、ぼくもその幻想を信じていた――信じようとしていたことを。
 サッカーを対象に記者として働いているのだから、サッカーと精神疾患との関係性がどのようであるか、過去にどのようなことが起こったのかをぼくは知っていた。だがぼくが取材をしてきた選手たちは、派手な髪型をしてブランドものの服やアクセサリーを身にまとって全然不安定なようには見えない。だが見えないだけなのだ。ある取材で一人の選手がぼくにこう言った。「試合の前日は眠れない。神に祈って、睡眠薬を服んで、それでやっと眠ることができる」と。
 そういった言葉にもっと耳を傾けるべきだったのだろうが、ぼくはそれをしてこなかった。

「自分は人から強いと思われていると思う。ぼくの狙い通りね」
――アーノルド・リトヴィネンコ(2042)

 2月。シーズンは折り返し地点を過ぎていた。
 クラブ・トータヴェルは例年通りの強さを見せ、勝ち星を並べつづけた。1月にチームのゴールキーパーが練習中に脳震とうを起こして2週間ほど休んだ以外は、怪我人をださなかった。他クラブも同じようなものだ。
 アーノルドも試合に出場をし続けた。途中交代は昨年度よりも増えていたが、ほとんどすべての試合で高いパフォーマンスを見せていた。だが、ジョニーが言うには、彼は試合の直前に、心臓の薬や米軍用に開発された栄養ドリンク、鎮痛剤、抗不安剤を服用していた。ドイツにいる彼の主治医とクラブの心理カウンセラーは、21世紀の精神医療の主役である薬たちを使ってアーノルドのキャリアを維持することに決めていた。
 ぼくはクラブ・トータヴェル以外の仕事もあって、アーノルドに関する記事を書くためにスタジアムやクラブハウスに足を運ぶのは一週間に一度ほどに減っていた。だがジョニーと頻繁に連絡を取って、アーノルドの状態についてはよく話し合った。ジョニーとぼくは、アーノルドが2週間ぶりに出場したあの試合以来、友人になっていた。
「アーニーが脇腹にタトゥーを入れた」という連絡が来たこともあった。
 次の試合、汗をぬぐうためにシャツをめくったところをカメラが抜いた。「Be strong」という文字が筆記体で書かれているのがはっきりと映っていた。
 範囲の広いタトゥーが発汗作用を阻害するなどの理由で、最近ではタトゥーを入れることはあまり歓迎されない。プロフェッショナルではないというわけだ。そんななかで、スター選手がタトゥーを入れたのだから、ちょっとしたスクープになった。ぼくはモレイラの指示で、「あのリオネル・メッシですらタトゥーを入れていたし、リトヴィネンコの今回のタトゥーはワンポイント程度の大きさで発汗作用に問題はないだろう」といった記事を書いた。
「モレイラがかんかんに怒ってるらしい」
 ジョニーはステーキを切り分けながらぼくに言った。ステーキハウスのナイフは切りづらく、ぼくとジョニーは肩に力をいれながら肉を切って、口に運んだ。おいしいと感じるよりも先に、顎が疲れるなと思うようなステーキだ。
 ぼくがクラブハウスに寄ったときに、偶然ジョニーと会って食事に誘われたのだ。アーノルドやほかの選手は、チャンピオンズリーグの準々決勝を戦うために、ドイツのハンブルクに遠征をしていた。
「昨日、モレイラに呼び出されたとアーニーが連絡をよこしてきたよ」
 ジョニーが言うには、アーノルドは自身が叱責されたことを楽しそうに彼に語った。それから移籍先を探すように、アーノルドから依頼されたとぼくに言った。
「そういうことを記者に言うのは……」
「わかってる」と言って、口のなかに肉を飲みこんでから僕を見た。真剣な表情だった。「……記者をやめて、わたしの仕事を手伝わないか?」
「代理人の仕事を、ですか?」
 そうだ、とジョニーはうなずいた。助手がほしいのだとつけ加えたが、それが建て前であることはすぐにわかった。ジョニーは、アーノルドについて立場を考えずに済む、気兼ねなく話せる人間を欲しているのだ。ぼくは、嬉しい提案ですが、と前置いてから、
「記者という仕事を気に入っています。すみません」
「いや」ジョニーはバツが悪そうに頬を掻いた。「いいんだ。忘れてほしい。きみとは良い友人関係でいたいからね」
 ジョニーの言葉はすなおに嬉しかった。ありがとうございますとぼくも笑う。
「それなら友人として、彼の移籍についてアドバイスがほしい」とジョニー。
「そうですね……」
 移籍することで心機一転やり直せる可能性はある。だがリスクも大きいようにも感じる。新しい生活、新しい同僚、新しい監督、新しい戦術、新しいサポーター。不確定要素だらけだ。もしスペイン以外のクラブであれば言葉の問題も出てくる。だが、アーノルド自体が移籍を望んでいて、プレッシャーのあまりかからない環境に身をおけるかもしれない。
 ――決断を先延ばしにすること。
 いつか見た、ネットの記事に書いてあったことを思い出す。うつ病患者の心構えのようなものだ。先延ばしにすることこそが大切なのだと。
「すみません、なんとも言えないです」
「いや、いいんだ」ジョニーは肩をすくめてうなずいた。べつに彼もなんらかの答えがほしいわけではない。
「わたし個人の意見だが、移籍は良い選択肢だと思っている。プレッシャーの少ない環境に彼を置いてやりたい。だが――」
 ジョニーが顔をしかめた。彼がなにを考えたかぼくにもすぐにわかった。
「モレイラとの交渉は難しい」
「彼女がアーノルドを手放すとはなかなか思えないですね」
 それはスター選手を失うという戦力上の理由や興行上の理由ではない。彼女がアーノルドを、もしかするとプロサッカーを終わらせかねない引き金であると考えていることが問題だった。
「危険なスイッチは手元に置いておきたいと考えるタイプだよ」とジョニーが言った。「彼女はプロサッカーの終末をコントロールできると信じてるんじゃないかな」
 ジョニーがため息をつきながらそう言う。
 ぼくは曖昧にうなずきながらも、ジョニーとは違う印象を持っていた。
 ――早晩、プロスポーツは消滅するわ。
 あのときのモレイラの表情は、自身の無力感に苛まれながらも、どこか力強かった。それは、ある意味でアーノルドのプレーに近いものを感じたのだった。内側から壊れ続けているのに、決して存在感は失われず、それどころか人々の記憶に深く刻みこまれる。
 彼女は終末をコントロールしようとしているのでは、おそらくない。彼女はプロサッカーの終末を幻視し、ある面では受け入れ、だがある面ではそれを激しく恨み拒絶している。彼女がアーノルドを手放したくない理由があるとすれば、それはプロサッカーの終焉を間近で見なければならないという誇大妄想的な義務感ではないだろうか。
 そういったことをぼくはジョニーに言った。話しているあいだ、自分の言っていることを信じられなくなるような感覚があった。モレイラがなにを思っているのかなど、わかるはずがないと思えたのだ。見当外れなことを言っているような気がして、ジョニーに話し終えると、最後に「さすがに考えすぎているような気がします」とつけ加えた。
 背後では、客の誰かが誕生日らしく、バースデーソングとグラスをカトラリーで鳴らす音が聞こえていた。

    9

 モレイラは試合を見る際、一人で観る習慣があった。中国本国からオーナーがやってきたとき以外は、彼女はスタジアム全体が一望できる、ガラス張りの個室にいることがほとんどだった。
 そこで試合そのものと、その試合を観る観客のうねりのような感情の発露を観ながら、さまざまな物事を思案するのだという。
「さまざまな、と言いますと?」
「人生のこと、家族のこと、好きな小説のこと――」
 そこまで言ってから、モレイラはくすりと笑う。まるで、自分の言ったことをくしゃくしゃに丸めて、ゴミ箱へ放りこんだかのような笑い声だった。
「いえ、サッカーのことばかり考えるわ。滅亡一歩手前のオールドカルチャーのことを」
 モレイラは機嫌が良さそうだった。乾いた笑い声。
 一昨日、モレイラから電話を受けたのだ。
「今日、アーニーの最後の診察を受けたわ」
 彼女は端的にそう言った。あまりに淡々としていたから、最初、ぼくは言葉の意味をとれなかった。彼女はつづけて、
「プロジェクトは終了ってこと」と言った。
 少し間を開けて、
「アーノルドの問題がなくなったってことですか?」
「そういうこと」
 聞きたいことは多かったが、急だったため言葉にならなかった。素直にモレイラにそう告げ、後日改めて話を聞きたいという要望を投げたら、では次の試合の直前でなら時間が取れるとモレイラから言われたのだ。
「一昨日も話した通り、アーノルドは前回の診察で、ハルケ医師からもう大丈夫だと。薬も頓服薬のみになったし、しばらく様子を見ますが、安心していいそうです」
「それは――」ぼくは戸惑いながらも嬉しかった。「ずいぶん急ですけど、良かったです」
「首がつながったわ」
 モレイラがそう言って、自分の首を軽くたたく。
「ええ、ええ。良かった」
「そう、なのでプロジェクトも終了。あなたにはお世話になった。クラブを代表して、お礼を言わせてほしい。ありがとう」
 モレイラは握手のための手をぼくに向けた。
「ずいぶん、ほかの記者に嫌われたみたいで、ほんとうに申し訳ないと思ってる」
 ぼくは苦笑した。番記者でもないのに、クラブ・トータヴェルのクラブハウスにたびたび入り浸る東洋人はどうしても目立つ。情報をシャットアウトされたほかの記者のあいだで、ぼくは有名になっていた。親切なロペスはぼくに警告をくれていた。「お前さん、かなりやっかまれてるぜ。刺されたくないなら、少しは気を遣え」
「いえ、それはいいんです」
 ぼくは思うままにそう言った。沈んでいた自分の身体が、再び浮上したような気さえした。
 だが、モレイラの表情は固いままだった。疲れているのだとぼくは思った。
 否――思うことにした。
「今日の試合も観ていくでしょう」モレイラは窓のそとを見た。すこしずつ、サポーターがスタンドに入ってきていた。「ここ一ヶ月くらい、アーノルドの〈アレグリア〉からの数値も良いの。今日は90分間出場できると思うわ」
 モレイラは最後に、ジョニーも席にいるわ、と言った。ぼくは礼を言ってから部屋を出て、用意された席に移動する。ぼくを見つけたジョニーが満面の笑みでハグをしてきた。
「ほんとに、ほんとに……」彼はほとんど泣いていた。「良かった」
 ぼくたちの脇を通るサポーターが怪訝な顔をこちらに向けたが関係なかった。ぼくもジョニーにハグをした。
 アナウンスが入り、選手がピッチに入場してきた。アーノルドはいつものように前から3番目にいた。エスコートキッズと何か話していた。笑顔が見えた。
 クラブ・トータヴェルは今日の試合に勝利すると、四試合を残してリーグ優勝を決めることができる。サポーターの盛り上がりもいつも以上だった。歓声で地面が揺れた。相手はバブレ・オビエド。8チーム中、6位につけていた。
 試合が始まった。
 序盤からクラブ・トータヴェルが主導権を握った。その中心にはアーノルドがいた。彼の動きが以前よりもキレているように見えるのは、自分の側の変化が原因だろうか。だが、実際にアーノルドは素晴らしいプレーを見せた。前半22分にアーノルドが一点目を挙げた。ペナルティエリアでボールを持ったアーノルドは、右足の裏でボールを左に転がし、2人ついていた相手ディフェンダーが飛びこんでくるのを待った。だが相手が来ないとわかるとそのまま2人のあいだの細い隙間にシュートを放った。助走がついていなかったが、相手のディフェンダー、そしてゴールキーパーは完全に不意をつかれた。ネットが揺れてもキーパーはしばらく動かなかったくらいだ。
 サポーターのボルテージが上がり、アーノルドのチャントが響いた。ジョニーがそのチャントを大声で歌う。ぼくも熱狂していた。
 ピッチ上のアーノルドは興奮して駆け寄ってくる味方をなだめるように手で制し、相手ゴールに転がっているボールを拾って、自分たちの陣地に走った。まだ試合は終わってない、もっと点を獲るぞ、という意味だろう。
 前半、クラブ・トータヴェルはさらに2点を追加した。『決まりだ、これで決まり。俺たちがチャンピオンだ』とサポーターが歌った。
「こんなに幸せな気持ちで試合を観るのは久しぶりだ」とハーフタイム中、ジョニーがぼくに言った。ぼくも同じ気持ちだった。
 ふと、以前アーノルドが移籍をしたいと言っていたことを思い出した。周りに注意してジョニーに訊ねると、彼は、いまそんなことを訊くのかと笑った。
「あれ以来アーニーから移籍の話はない。まだクラブ・トータヴェルとの契約は3年残ってる。彼は残るよ。その意志は一昨日確認した」とウインクをした。
 後半もアーノルドはピッチ上にいて、味方に花を配りまわった。バブレ・オビエドの選手の士気はもうなかった。後半31分にさらに一点が追加された。
 後半39分。
 センターサークル内でボールを受けたアーノルドが1人をかわす。目のまえにスペースが広がっていた。チャンスだ。だが、アーノルドはスピードを上げなかった。それどころか完全に立ち止まる。味方は戸惑っていた。
 それを後目にアーノルドはボールを外に蹴りだし、ピッチのそとに出た。
「なんだ?」とジョニーがつぶやいた。
 なにかが起きたらしかったが、具体的にはわからなかった。ピッチ外に出たアーノルドに、ベンチにいたクラブ・トータヴェルのフィジカルトレーナーが駆け寄る。だがアーノルドはトレーナーを一度も見ずに、ベンチにも戻らずにロッカールームに下がっていった。
 ぼくはジョニーを見た。ぼくが知らない何かを知っている可能性にかけて。だがジョニーも戸惑っていた。
「降りよう」とぼくは言った。ロッカールームに行ってみよう、と。ピッチ上にちらりと目をやると、監督のロブ・ヘーネスはアーノルドの代わりの選手をピッチに送り出していた。主審が笛を吹き、試合が再開した。

 今回はぼくもロッカールームに入ることにした。ロッカールームのなかはさまざまな香水の匂いがした。そのなかで、アーノルドは自分の換えのユニフォームが掛けられている席に座っていた。ユニフォームは脱ぎ捨てられ、地面に落ちていた。傍らにはバルバラがいた。ほかにも数名スタッフがいる。会話はしていなかった。アーノルドは一切を拒否する表情で地面を見ていた。
「アーニー!」
 ジョニーがアーノルドに駆け寄ると、アーノルドは顔を上げた。
「どうした? 怪我か? 体調が悪いか?」
「何でもない。何でもないんだ、ジョニー」とアーノルドが返した。
「何でもないわけないだろう。何があった?」
「何もないよ。本当に、一切、何もない。だがもうぼくはプレーできない」
 アーノルドが何を言っているのか、その場の誰もわからなかった。
 そのとき、ドアが開いてモレイラが入ってきた。血の気が完全に引いていて、顔が真っ白になっていた。足取りもおぼつかない。
「アーニー……」モレイラの声はかすれていた。
 モレイラを見るアーノルドの表情は――単純な言葉にすることはぼくにはできなかった。
 半開きの口が、何か言いたげに震えていた。目は焦点がほとんど合っていないようだった。首をゆっくり左右に振る。まるでいやいやをする子供のような動きだった。
 そして、アーノルドは立ち上がった。立ち上がり、モレイラに向かって走った。
 2人のあいだには机があり、ハサミが置いてあった。選手のなかにはテーピングを手首に巻く者もいる。それでパフォーマンスが向上するという俗説があるのだ。お守りのようなもの、ということだ。そのテーピングを切るためのハサミが置いてあった。アーノルドはそれをつかんだ。
 そして――モレイラの胸部を深く刺した。
 誰かが叫び、すぐに警備員が入ってきたが、そのころにはモレイラは倒れており、アーノルドはぼくやジョニー、ほかのスタッフに取り押さえられていた。
 ピッチのほうから歓声が聞こえてきていた。クラブ・トータヴェルが勝利し、今シーズンのリーグチャンピオンが決まったことを示す歓声が。

    10

 翌日のニュースのトップはすべて、自クラブのGMを刺殺したスター選手のことだった。
 だが動機は数日経っても明らかにならなかった。
 そんなある日、ぼく宛てにカタルーニャ州警察署から連絡が入った。午前10時で、そとは晴れていた。窓から外を見るとサングラスをかけた人が多いのがわかった。もう6月なのだ。
 ぼくに連絡を入れた警視の歯切れが悪く、意味がつかみづらかったが要約すると、アーノルドはモレイラ殺害の動機をぼくになら話してもいい、ということを言っているらしかった。
「記事にしてほしいということですか?」
 ぼくが訊くと、そうだ、と明らかに不機嫌そうな声で答えた。
 ぼくは通話を切ろうとする警視に慌てて、
「ぼく以外にもう一人、同行することは許されますか?」
「もう一人? 誰のことだ」
「アーノルドの友人です」ジョニーの顔が浮かんだ。
「駄目だ。許可できない」警視はすげなく答えた。
 わかりました、とぼくは応え、通話を切った。すぐにジョニーに連絡を入れる。彼は2コール目の途中で出た。
「警察署から連絡が入りました。アーノルドはぼくに全部話すから記事にしてくれと」
 ジョニーの同行を担当の警視に願ったが断わられたことも併せて伝える。ジョニーの呻く声が聞こえた。間が開き、
「なら、署のまえで待っていてもいいだろうか?」
 わかりました、とぼくはうなずき、すぐに向かいますと言ってから通話を切った。

「ここだ」と警視は、鈍色のドアのまえで言った。ぼくが警察署に入って名乗ると、この警視はぼくのことをにらんだ。やがてなにを納得したのか、こっちだ、と案内を始めた。
 数日ぶりに見る、ガラスの向こうのアーノルドは服以外、どこも変わっていないように見えた。ぼくを見ると、すまない、と小さく言った。
 ぼくは椅子に座ると、レコーダーの電源を点けて、メモ帳とペンを机に置いた。
「へえ」とアーノルドがメモ帳とペンを見てつぶやく。
「珍しいでしょう」とぼくが言う。「記者の先輩のマストアイテムです。今日は持って行こうと思って」
 アーノルドがわずかにうなずく。
「端的に話す」と自分に言い聞かせるようにアーノルドがつぶやいた。「ぼくのうつの治療の話だ……」

 3月ごろ、ぼくの治療は行き詰ってた。薬の量がなかなか減らないことが腹ただしかった。いまから考えると一番不安定な時期だ。たとえば、こんなことがあった。
 ある日、練習が終わって駐車場でチームメイトと話していた。ジョーク中心のくだらない話だ。それが終わって、ぼくたちは笑って別れた。「また明日」。車に乗りこんだ瞬間、涙が止まらなくなった。なにか悲しかったわけじゃない。ただ、あっという間に飲みこまれたんだ。ぼくが後部座席で動けないまま、ジョニーの運転で家まで帰った。最悪のコンディションだ。
 薬は少しずつしか減っていかないと、ハルケ医師はぼくに説明していた。だから、ものすごく道のりが長いように思えた。いつまでも隠しきれるわけはないことは分かっていた。焦ったよ。
 同じようにモレイラも焦っていることが、ぼくにはわかった。でも、彼女はぼくになにも言わなかった。ぼくの負担を減らしているつもりだったんだろう。それはそれでありがたいとは思う。だが、彼女は3月の末にぼくをアメリカへ連れて行った。事前に説明はほとんどなかった。ただ、「医者を変える」とだけ言った。
 着いた場所は病院じゃなかった。アメリカ軍の基地だったんだ。ぼくは戸惑った。ぼくが飲んでいるアメリカ軍御用達の栄養ドリンクがなにか関係あるのかと思ったけど違った。
 モレイラは軍属の心理カウンセラーのまえにぼくを座らせて、自分は部屋をでた。カウンセラーはぼくが飲んでいる薬がびっしり書かれたスライドを見ていた。
「アプローチを変えることになりますね」とカウンセラーは微笑んだ。ぼくを安心させようとする笑顔だよ。わかるんだ。1年でいろんなカウンセラーに会ったからね。でもぼくは戸惑っていたから、何も反応しなかった。
「わたしはこの基地で多くの軍人のお手伝いをしてきました。あなたも安心してください」
 カウンセラーが言った。
 治療が始まった。ぼくの目には今までの治療とどう違うのかわからなかった。薬の種類が変わったくらいで、カウンセリングの内容にはあまり変化を感じなかったよ。
 だが1ヶ月ほどして、トレーニング中に今まで感じたことのない感覚があることに気がついた。なんていうかな……そう、フラットなんだ。
 たとえばシュートを撃ってゴールを決める。決めてやろう、ぼくはいつも決めてやろうって思ってボールを蹴るんだ。力みすぎるのは良くないけれど、適度に自分の気持ちを高めるような感覚でね。でもその日はそれができなかった。フラットなんだ。何も感じない。だけどそれはうつ病の症状とも違った。うつ病のほうは重い蓋で閉じてあって、感情が湧かないような感覚だったけれど、あの日のものは、真っ白な部屋のなか……みたいな感じ。
 でも面白いようにシュートが入るんだ。フラットだから嬉しくはなかったけどね。
 そのことを例のカウンセラーに言ったら彼は「大変喜ばしいことです」とかなんとか言った。治療は順調ですよとか。そのあとでカウンセラーは
「心的転換を行っているのです」とか言ったけど、ぼくはほとんど聴いてなかった。ぼくの問題がすべて消え去るならそれでいいとも思った。カウンセラーはいろいろ言ったがほとんど憶えていない。あぁ、だが1つ印象的なことを言ってたな。
「あなたがたプロスポーツ選手は今ではすっかり兵士のようなものです。世間から離れて闘争の日々を送り、一般人の過ごす日常とは切り離されてしまっている。プロスポーツ選手をわたしのような軍属のカウンセラーが見るのは、お互いにとっていいことだと思いますよ。いずれ、プロスポーツ選手は戦争行為をする兵士と同じようなメンタル処置をするようになります」
 なるほど、と思った。ぼくは戦場を歩く兵士なのかと。命の危険はないから、軍人の方々には怒られるかもしれないけれど、そのイメージはしっくりきた。少なくとも、カウンセラーが言ったとおり、ぼくたちに一般人の日常はない。それだけは確かだ。
 それで、一昨日の話になる。試合まえのトレーニングのときもぼくは完全にフラットで、身体を温めていた。スタンドにいるサポーターが声を上げているのが見えたけれど、声は聞こえなかった。いや、聞こえてはいた。でも、遠かった。ぼくの耳がおかしくなったわけじゃない。聞こえてはいる。だが、意識に上らないって感じだ。
 得点を決めたときもそう。身体が勝手に動いた。ゴール。でも何も感じない。だんだん感じないことが恐くなった。誤魔化さないとって思って、ボールを拾い上げて、もう一点獲るぞと叫んだ。そうしないと恐怖にやられそうだったんだ。
 ハーフタイムも監督の指示は一切聞こえていなかった。身体の疲れも感じない。自分だけ汗が完全に引いていて、これはまずいと思った。
 それで後半、ぼくは完全に切れてしまった。力がまったく入らなかったんだ。走ることすら無理だった。それでいてまだフラットでもあった。どういうことだ? と頭は混乱している。けどまったく混乱してないようでもあった。自分のことなのにまるで他人事のように感じた。1つだけわかったのは、もうぼくはプロサッカー選手ではいられないだろうな、ということだけ。ロッカールームで座っていたら、自分が離れていく感覚が強くなった。さよなら、プロサッカー選手アーノルド・リトヴィネンコっていう感じだ。そのあたりできみとジョニーが入ってきた。ジョニーの顔を見たときに、少し動揺した。動揺できたことはポジティブだとも思った。なにかを感じることができたことにほっとしたんだ。だが――
 モレイラの顔を見たとき、怒りがぶち上がってきた。堪えようがなかった。だからその怒りに身を任せてしまった。そのときにわかったんだ。プロサッカー選手としてのアーノルド・リトヴィネンコがいままさに死のうとしている。その最後の力を振り絞って、走り、ハサミを持ち、モレイラを刺しているのだと。

「これが、ぼくがモレイラを刺した理由だ」
 アーノルドはそう言って、口をつぐんだ。
 試合前にモレイラが見せた、固さの残る表情のことをぼくは考えた。あの表情はおそらく、アーノルドが受けた治療のリスクが気がかりだったのだろう。このままいけばアーノルドのうつ病は遅かれ早かれ発覚する。だから強硬手段に出たのだ。リスクを承知でアーノルドをアメリカ軍基地に連れて行ったのだ。ぼくに言った、ハルケ医師の診断による治療の終了も嘘だった。
 ふと、こんなことを思った。ハルカ・モレイラには、真に心を許せる人間はいなかったのではないかと。彼女は誰にも何の相談もせずにアーノルドをアメリカに連れていったのではないか。彼女はプロスポーツを守るために、孤独であり続けたのではないかと。
 ここまで考えて、彼女に対して失礼だと思いなおした。勝手に他人のことを邪推するべきではないだろう。
 アーノルドの話に、ぼくはなにも言えなかった。ただ、アーノルドのうつ病が解決したという話をきいて浮かれていた自分に腹が立った。あのとき感じた身体が浮上する感覚。それは錯覚だった。
「そろそろ時間だ」と部屋の角で黙っていた警視が言った。それからぼくの目を見て、ドアを指さした。早く出ていけ、ということだ。
「……最後にいいですか」とぼくはアーノルドに言った。
「何でも」
「いま、この警察署の外ではジョニーが待っています。彼に何か伝言はありますか」
 それを聞いてアーノルドは考えこんだ。何度か、口を開きかけては首を細かく振る。警視が太い指で自分の太ももを叩いていた。
 やがてアーノルドはぼくを見て言った。
「きみがいてくれたから、ぼくはやってこれた、そう伝えてほしい」

文字数:37348

内容に関するアピール

スポーツとSFは相性が良いのだ! と常日頃から言っているのですが、あまりスポーツSFは見かけません。これはほんとうに不思議で、わたしの好きなサッカーに限定しても創作のネタになりそうなものはいくらでもあるのです。

たとえば、沿ドニエストル共和国という国はモルドバ共和国の一部で実質独立状態にあるのですが、この自称国家が国際的な承認を得る方法として考えているのが、自国のサッカークラブを強くすることなんです。これは一見奇妙ですが、じつはヨーロッパのクラブナンバーワンを決めるチャンピオンズリーグの本選に参加すれば、世界中で試合が中継されるので、知名度の上昇にはけっこう有効なようなのです。

また、スペインには地球平面説を信じる者たちによる地球平面説信者たちのためのサッカークラブ「フラットアースFC」があるらしく、地球平面説への理解を広げることを目的としているそうです。世界は広いですね。

自分は最終実作のアピールでなにを言っているのでしょうか。いえ、スポーツSF増えるといいなということを言いたいのです。

最後になりましたが、今期も大変学ばせていただきましたし、また楽しませてもいただきました。講師の方々、受講生の方々に御礼申し上げます。ありがとうございました!

 

文字数:526

課題提出者一覧