ムキムキ回転SFおじさん

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ムキムキ回転SFおじさん

「この甲斐性なし!」

コオロギの鳴き声が聞こえる夜、少女の声が響く。
古びたアパートの2階の窓は開いていて、室内ではテレビからバラエティ番組が流れている。テレビの横は質素な仏壇スペースとなっており、30代前後の女性の写真が、黒縁の中に飾られている。

「おい真琴お! なんてこと言うんだお前はあ!」
スキンヘッドの真太は笑顔で、少女に顔を向ける。手には段ボールとそれを切るカッター。
「いい加減芸人なんて辞めてよ! 何作ってんのそれ」
「タイムマシーン、だが?」
「だがって何だよ、だがって。今日び小学生でも段ボールでタイムマシーンなんて作らないよ。まじパパ何歳よ今」
「29だが?」
「だから、だがって何なんだよ! 気に入ってるんじゃ無いよ。てか39でしょ? 十歳サバ読む意味がわからない」
「この年になると自分の年齢に慣れるのに十年かかるんだよ」
「んなわけないじゃん。小刻みに慣れろよ」
真太は「ほう」と口にし、顎に手をやる。
「真琴、お前つっこみとしての成長が著しいな。さすが成長期というか」
ため息をつく真琴。
「パパが劣化してるんだよ」
「劣化って」
真琴は押入れの前まで行くと、襖を開けてる。中には用途不明なガラクタがみっしりと収納されている。
「これ、この段ボールの何だっけ」
『それは、ほら、パワードスーツだが」
「何、パワードスーツって?」
「着る鎧みたいな。それを着るとダメージを全部跳ね返すっていう設定」
露骨に顔を顰める真琴。
「じゃあこの物干し竿は?」
「軌道エレベーター」
「何それ」
「宇宙空間への進出手段として構想されている、カーボンナノチューブの移動手段っていうか。いや実際には静止衛星で」
「いや物干し竿だから! パパ、これね、物干し竿だから!」
「真琴、お前つっこみとしての成長が」
真琴は真太の言葉を掌で静止すると、深呼吸してから口にする。
「売れないと思う」
「ん?」
「この芸風じゃパパ、続けても一生売れないと思う」
真琴は軌道エレベーターを押入れに仕舞う。真太は言い淀んだ後口を開く。
「分からんだろ諦めなければ。ほら、お父さんがやりたいのはガンダムみたいなキャッチーなやつじゃなくて、もっとほら、なんていうんだろ、うーん」
考え込む真太。真琴はハァとため息をつく。
「そんなんだから死んじゃったんじゃないの、お母さん」
直後、失言を自覚する真琴。ぎこちない笑顔になる真太。
「ん?」
「……お婆ちゃん言ってたよ。お父さんに苦労させられたからお母さん死んじゃったんだって」
「んー」
「私だってお母さんに会いたかったよ」
部屋からでて行く真琴。真太はスキンヘッドの頭を撫で、段ボールのタイムマシーン作りを再開する。

十二年前

古びたアパートの2階の部屋。窓は開いている。畳の部屋、腹筋ローラーで身体を鍛えている真太。薄くなった頭髪。スーパーの袋を手にした女が玄関ドアを開けて入ってくる。
「ただいま〜。うお、何してんの?」
「見れば分かるでしょ、筋トレ」
「え、筋肉キャラでも目指すの? でもあのキャラ、SFすこしふしぎおじさんどうすんの」
「いや、やっぱキャラクターは重要かなと思って。それに筋肉キャラとSFすこしふしぎおじさんは矛盾しないじゃん」
「そうなん? 全然わかんないけど。でもあれだね、そしたら真ちゃん、益々面白くなっちゃうじゃん! よ、キャラクターのデパート!」
女は真太の頭をもじゃもじゃと撫でた後、冷蔵庫へ向かう。
「おい、頭はデリケートに扱ってくれよ」
「もうそれもネタにしちゃった方がいいって。大丈夫だよ、真ちゃんはハゲてても面白いから」
「そういう問題じゃ無いんだよ、もうコンプレックスを笑いに変える時代は終わったの」
女は冷蔵庫にスーパーから買ってきたものを一通り入れると、腹筋ローラー中の男のケツを蹴り上げる。
「うりゃあ」
「うがふっ」
ブーという音が辺りに響く。男の身体は畳の上に倒れ、同時におならが出る。爆笑する女。
「さすがだわ真ちゃん。笑いの神様に好かれてるわ〜」
畳に打ち付けた鼻の頭を赤くし、まんざらでも無い様子の真太。

    ✳︎

真琴はフライパンでウィンナーを焼いている。お皿に移し替えると、大声で父を呼ぶ。
「お父さ〜ん、朝ごはん出来たよ!」
「は〜い」
のそのそと起きていく男。男が居間まできた雰囲気を察した真琴は、そちらを見ることなく口にする。
「お父さん、昨日は言いすぎた。ごめん」
反応が帰ってこない。
「お父さん、昨日は」
真琴が振り返ると、そこにはスキンヘッドの上に小さなカツラを被った真太。盗聴から伸びた紐を引っ張ると、小さなカツラがタケコプターの様にくるくると回る。
「どうこれ。お父さん、売れる?」
「……ちょっと面白い。けど、売れないと思う」
暫くの間、くるくるとカツラを回す真太。見ている真琴。仏壇の写真の中の女性は微笑んでいる。

十一年前

スキンヘッドの男は、ムキムキの身体で頭頂から伸びた紐を引っ張り、頭の上でズラをくるくると回している。それを見て手を叩く大きなお腹の女。
「売れた! これで売れたね真ちゃん!」
「ああ! ライブでお客さんも爆笑だったからな。8年やってて俺、こんな手応え初めてだったよ」
ポージングしながら泣き出す真太。
『もう! 泣かないでよ真ちゃん。あ、今この子、お腹蹴ったよ」
「お、どれどれ」
女のお腹に耳を当てようとすると、真太の頭上の回転したままのカツラが女の頬に当たる。
「ちょっと! やめてよそれ、当たるから!」
幸せそうな表情の二人。

    ✳︎

机に向かっている医師。その横に真太。
「このまま出産した場合、奥様の命の保証は出来かねます」
「そんな」
「残念ですが、奥様の命を優先するなら、今回は諦めた方が賢明かと」
言葉に出来ない真太。

    ✳︎

TVの前で、対面して座っている真太と女。
「私は生むよ」
「美琴!」
「大丈夫。私が大丈夫だって言ってるんだから大丈夫。さ、この話はおしまい」
「大丈夫ってお前」
「真ちゃん」
まっすぐに真太を見る美琴。
「真ちゃんは立派な芸人になるし、私はこの子のお母さんになる。だから、大丈夫」
笑顔の美琴。真太を抱きしめる。不安そうな表情だった真太も微笑みを浮かべる。

    ✳︎

真太は分娩室の前を、落ち着きなく行ったりきたりしている。分娩室から「おぎゃあ!」という声が聞こえる。ドアが開き、看護婦が出てくる。笑顔で駆け寄る真太。
「奥様が!」
真太の顔色が変わる。

    ✳︎

ベッドの上に横になっている美琴。真太は泣きながらその横にいる。か細い声で話す美琴の表情は柔らかい。
「ほら、大丈夫だったでしょ」
うなずく真太。
「女の子だって。『新一』も『康隆』も『左京』も使えないね。あ、『左京』なら使えなくもないかな」
首を振る真太。
「あ、ありがちかもだけど私、女の子だったら付けようと思ってた名前あるんだ。ほら、珍しく二人とも好きだってなった小説のヒロイン。私と真ちゃんの名前から一文字ずつ取ると成るんだよ、後で教えるね」
何度も頷く真太。
「次は真ちゃんの番だね。一緒に頑張ろ。諦めなければ……」
目を瞑る美琴。周囲が慌しくなる。心電図が波打たなくなり、医師が何かを告げる。美琴に覆いかぶさる男。

    ✳︎

朝。ランドセルを背負い、ヘルメットを頭に乗せた真琴が、玄関ドアから室内に顔を覗かせている。
「パパー! 私もう行くね」
「おー、行ってこい。真琴、自転車のブレーキ点検したか?」
部屋の奥の方から新太の声が響く。
「したよー、問題なかった」
「途中の踏切、気を付けろな」
「いや無いから、学校までの通学路に踏切。じゃあ行ってくるね」

バタンと音がし、通学用自転車に乗った真琴がアパートから離れていく。暫くすると、部屋の奥の襖が開き、スーツ姿の真太が現れる。頭頂には回転するカツラを付けたまま。
鏡の前まで行くと、ネクタイを締める。付けたままだったカツラに気付き外すと、そっとゴミ箱に入れる。美琴の仏壇まで生き、しゃがんで写真を見つめる。
「お前は諦めなかったのに。ごめんな」
鞄を持ち、立ち上がる真太。革靴に足を通し、玄関を出ていく。

文字数:3308

内容に関するアピール

このアピール文を考えている時点で〆切15日前。考えていた梗概に作った箱と途中まで書いた実作を全捨てし、これまで候補にも入れていなかった話を書き始めている。つらい。もう1年間ずっとつらい。なんで好き好んで俺はこんなことをしているのか。なんでなの。

今期の受講生の中でTさんあたりに次いで俺がしんどかったと思う。いや、勝手に名前を出すと怒られるかもしれないが、彼に次いで俺がしんどかった。だって書けると思ってたのに全然書けないんだもん、しんどくないですか。書くしんどさより書く気あるのに書けないしんどさの方が精神に来るだろ。スポットライトも当たんないし。誰と戦ってるんだ俺は。誰だ、俺の敵はどこにいるんだ? 居るんか? そもそも居るんか? しんど。しんどいだろ、書く気あるのに書けないのは。そりゃ俺みたいな作風の奴は苦労の色出さない方がいいのは分かるよ、分かるけどさあ、何。ねえ何これ。

しかし終わる? この実作ちゃんと終わる? 終わらなかったら終わりだ、終わらなかったらこの1年間が無駄になる。
「無駄にはならないよ、悩んだ時間や目標のために費やしたそれは意味があるじゃん」
五月蝿え! 誰だお前。イマジナリーフレンドか? 突如現れたイマジナリーフレンドですか? こちとら戦えてねぇんだよ、戦えてないんだ。意味なんて無いね、綺麗事なんてこの後に及んで聞きたく無いんだよ。頼む、書き終わってくれ。短くてもいい、どんな作風でもいいから、きっちり書き終わらせていてくれ俺。頼むよう……。

余裕もって終わったらこのアピール文もちゃんと書き直してさ、お世話になった人への感謝とかに書き換えるんだ。やっぱ感謝だよな。感謝を伝えるのが正しい気がするし、そういう人が好かれるよ。俺だって好かれたいもん、こんな実作が書けないからってとりあえず先にアピール文書いとこうみたいな、そんでくだを巻いた感じになってるの絶対正しくないし、悲しい。てか正しくないってなんだよ、じゃあ何が正しいんだよ、教えてくれよ、なあ。教えてくれよ。

悲しいなあ、適性が無いのは悲しい。くれ、くれよ才能……。無いの? ねえ、俺才能ないの? あるよ。ないよ。くれよ。ふざけんな! 無いなら生まれろ! あと15日の間に咲け! 開花しろ! 脈絡なく咲き乱れろ!
さあ書くんだ俺。タイプする指先から世界を創り出せ。そして何より終わらせろ。
世界を、創って、終わらせろ。 あ”ぁ……

文字数:1004

課題提出者一覧