梗 概
「あなたが生み落としたのは金の斧の文明ですか?」「それとも銀の斧の文明ですか?」
「あなたが落としたのは金の何かですか?」「それとも銀の何かですか?」
数百年ぶりに「泉」に落ちた何かを金と銀に変化させた、金の女神と銀の女神。だがそれが落ちたのは偶然であり、泉の外には文明崩壊から数千年が経過した大地が広がっている。
二人は元来「斧」の女神である。だが斧を落とした「正直者」はこれまで一人も現れなかった。
泉の底から見上げる水面には世界の様子が映し出される。木は枯れ果て人の姿も見えない。もう木樵が泉に斧を落とすことはない。
さらに数億年が経過し、膨張した太陽が世界を焼き尽くそうとしていた。
そんな中、泉に老人が訪れる。二人は訝しむが、老人が鎌を持っていることに気付く。斧ではないものの、斧に似た道具である鎌を落とすことを二人は期待していた。
だが老人は鎌ではなく「砂時計」を落とす。二人は落胆したが、めげずにそれを金と銀に変化させる。
老人は慌てた様子で、特別な力を持つ金と銀の砂時計を落としてしまったと主張した。
「嘘吐き」に金と銀の砂時計を授けることはできない。二人はそう告げ、老人が落とした元の砂時計と共に泉に戻った。
老人の正体について思いを巡らす中、老人が落とした砂時計を金の女神が何気なく逆さにすると、突然水面に映る世界が変化した。時が逆転し、滅びようとしていた世界が再生していく。
銀の女神は老人の正体に気付いた。鎌と砂時計を持った「時の翁」。老人は「時」を司る神であり、泉に落とした砂時計は時を操るものなのだ。
二人は砂時計を用いて「斧を落とす人間」がいる時代に戻ろうとした。だが水面には全く別の歴史が映し出される。逆さにしなかった金と銀の砂時計は、時ではない全く別の概念を操るものであった。
二人は慌てて金と銀の砂時計も逆さにするが、もはや元の世界に戻すことはできない。三つの砂時計は世界をカオスに導く。
最初の世界は生物が誕生しなかった。次の世界は凍り付いて滅んだ。何度も砂時計を調整してようやく人間が誕生したが、石器時代で滅んだ。
数万回目の挑戦で軟体動物が文明を持った。二人は自身がその文明が信仰する「神」の姿、すなわち軟体動物の姿になってしまったことに気付く。
神の姿は知的生命体の信仰に応じて決定される。二人が別の知的生命体に遭遇するまでその姿は維持され、蟻の文明の前で二人は女王蟻の姿となり、雌雄の概念の無い文明の前で二人は雌雄同体となり、群生生物の文明の前で二人は数億の個体の集合体となった。
だが斧を扱う文明が誕生しない。思想までもが新たな知的生命体のものに染まっていく中、二人は「原初の」文明に存在したはずの斧を追い求め、幾度となく世界を創り直す。
数億回目の挑戦で誕生した文明は、最初から神を信仰しなかった。神の存在が否定され二人は世界から消えた。やがて放置された三つの砂時計の砂が全て底に落ち、世界は終焉を迎えた。
文字数:1200
内容に関するアピール
金の斧と銀の斧の元ネタであるイソップ寓話では、「ヘルメス」が「川」に落ちた斧を拾う話となっています。よく知られた「女神」が「泉」に落ちた斧を拾う話とは本筋こそ同一ですが、細かい箇所が異なります。
神話や伝説は伝承されますが、伝承は時代が経るにつれ内容が変化していきます。人間の上に立つ存在である神が、下々の存在である人間によって「再定義」されてしまうのです。
僅かな条件の違いにより世界が大きく変化する、というのは1990年に登場した「地球」を育てるゲーム「シムアース」を意識しています。
地球環境の僅かな違いで、地球が凍り付いたり、水没したり、爬虫類文明が誕生したり、ロボットが地球を覆い尽くしたり――。神であるプレイヤーの思い通りにいかないのがこのゲームの特徴です。
●被創造物の信仰により創造者の姿が決定される
●世界の創造はカオスに支配される
この二点が織り成す悲喜劇を描いた話となります。
文字数:400
「あなたが生み落としたのは金の斧の文明ですか?」「それとも銀の斧の文明ですか?」
◆1
「あなたが落としたのは金の何かですか?」
「それとも銀の何かですか?」
泉に落ちた「何か」。お姉様はそれを掴み、一瞬で「金」の何かを生成し、私もまた一瞬で「銀」の何かを生成しました。そして勢いよく泉の中から飛び出したのです。
「……あー、やっぱり人間はいない、か……」
お姉様が溜息を吐きます。数百年ぶりの地上には、やはり誰もいません。お姉様と私の目の前に広がるのは、さらに荒れ果てた大地でした。かつて――もう何千年も前のことでしょうか――私たちの住む泉を囲うように広がっていた森も既に枯れ果てていて、もはやその面影を残すものはありません。
そんな場所に一体どんな生き物が住むと言うのでしょうか。泉に何かが落ちてきたときはほんの僅かですが人間がいる可能性を信じてみたのですが、残念ながら私たちの見込みは甘かったようです。泉にそれが落ちたのは、風の気まぐれでしょう。
泉に落ちて私たちが金と銀に生成したそれが、私たちには一体何なのか分かりません。機械の部品でしょうか。数千年前に人間が創り上げてきた都市で使われたものでしょうか。それとも数百年前に最後に見た人間たちが、自らが生き残るために使っていたものでしょうか。ただ人間の手を離れてからあまりにも長い時間が経過していたようでして、角は丸まり転がりやすい形となっていました。
お姉様は「金の女神」、妹の私は「銀の女神」として、泉に人間が物を落とすのを待ち続けます。人間が落とした物は私たちの力によって、金の落とし物と銀の落とし物の二つに複製されます。私たちは落とした人が「私が落としたのは金の物でも銀の物でもありません」と言う正直者ならば元の物と一緒に三つの物を持ち主に返し、逆に「私が落としたのは金の物と銀の物です」と言う嘘吐きならば何も返さずにそのまま泉の中に戻ります。
この世界には大勢の神がいます。神は世界を創ったり何かを司ったりするものも多いのですが、私たちのような下級の神は、このように「人間に道徳を説く」ためだけの役割を与えられていることが多いのです。例えば昔は旅人の服を脱がせるためだけに存在する「北風」の神がいました。それ以外に北風の神が担う役割はありません。
しかし私たちは別にそれを不満に思うことは一切ありません。空を司らなくても、海を司らなくても、何かを司らなくても、私たちは自らに課せられたものを遂行し、人間を導くための存在――それなのに、もう人間はどこにもいないようです。
「そもそも私たち、本当は『斧』の女神なんだけどね」
そうです、今お姉様から指摘が入った通り、私たちは本来泉に落ちた「斧」を金の斧と銀の斧に変えて、正直者の持ち主に返すことを至上の喜びとする神なのです。
「あのときは惜しかったよね。ようやく斧を落としてくれる木樵が現れてくれたのにさ。私たちの姿に驚いたんだと思う。だから嘘を吐いたというよりは、『はいそうです』って答えるしかなかったんだろうけど」
そのときに木樵から没収した鉄と金と銀の斧は何千年にも渡って泉の中に眠っています。使い込まれた熟練の鉄の斧、泉に太陽の光をもたらす金の斧、泉に月の安らぎをもたらす銀の斧。私はそれらを眺める度にうっとりと心を奪われてしまいます。しかし私たちには、その斧を木樵に返すことはできないのです。もう二度と、斧は斧としての役割を担えなくなってしまったのです。
それ以来、誰も斧を落としません。それ以前にも、誰も斧を落としませんでした。
さすがに斧だけではどうしようもないということで、私たちは斧以外の落とし物も管轄に入れることにしました。幸いお姉様の金に変える能力、私の銀に変える能力は、斧以外にも通用するのです。
ただここは森の中にぽつんと佇む泉です。普通は人っ子一人通りません。そして泉を訪れたとしても、普通は落とし物なんてしません。
結局落とし物を斧に限定しなくても、人間が私たちの泉にものを落とした回数は数千年経っても百回にも満たない有様でした。そして正直者は、十人もいたでしょうか。
これは正直かどうかというよりも、信仰の問題かもしれません。信心深い者は私たちを神と認め、自らの傲慢さを戒めることができます。しかし多くの者は正直者ではないというよりは、神の存在を信じていない、急に神が現れて正常な判断ができない――そんな気がします。
その思いは時間が経過するにつれ強まっていきます。人間は神がいてもいなくても、結局は自身の力で何とかやっていく生き物なのです。私たちのような神が道徳を説くような時代は、たった数千年で終わりを迎えてしまったようです。
泉の底から見上げる水面には、世界の様子が映し出されます。とうの昔に人間は斧を使わなくなり、車輪の付いた大きな機械で別の森の木をどんどん切り倒していきます。泉は森の奥深くにあるため、そもそも人間が木を切りにここまで来ることも少ないのです。
そしていつしか斧で切らずとも、木が枯れて勝手に倒れるようになりました。世界的な現象のようです。気候が変化して植物が育たなくなったようです。原因は私たちにはよく分かりません。
金と銀では世界は変えられないのです。道徳だけでは世界を正しい方向に導けないのです。
世界の陸から緑が消え、海から青が消え、空は白黒になりました。青空も夕焼けも見えず、雲のような何かが世界を覆い、雨ではない何かが降り注ぐばかりです。
私たちは神です。人間とは違います。人間は長くても百年程度で死んでしまいますが、私たちはその程度の時間で死ぬことはありません。私たちを信仰する人間たちがいなくなってしまっても、神である私たちは死ぬこともなくこの世界に留まり続けるのです。
あれから人間は一人もやって来ませんでしたが、お姉様は呑気です。
「あなたが落としたのは金の斧ですか?」
いつ誰かが何かを落としてもいいように、お姉様は予行演習を続けます。
「ほら、続きはどうしたの?」
私は仕方なくお姉様に付き合います。
「それとも銀の斧ですか?」
私たち二人は、遥か昔に木樵が泉に落とした斧から複製した金と銀の斧を、大切に持ち上げます。泉の中ではまるで時が止まってしまったかのようです。金の斧も銀の斧も、とても煌びやかで――。
予行演習はいつまでも続きます。何兆回繰り返したでしょうか。当然それだけ繰り返せば何十億年も経過しているわけでして、太陽が肥大化しこの世界の気温も急激に上昇していきました。泉の水面を見上げてみても、生命どころか水の形跡すらありません。そもそも私たちの住む泉自体が蒸発しようとしています。
私たちの役割にも、終わりの時が近付いていたのです。
「私たちさ、泉がなくなっちゃったらどうなるのかな?」
私たちは神です。永遠にそのつもりでいました。ところが永遠というのは実際に永遠を経験しないと、それが本当に永遠かどうかはまるで分からないようなのです。
私たちは泉を見上げるしかすることがありませんでした。いつ来るとも分からない存在を待ち続けることに対して、私たちは鈍感になっていました。時間感覚というものが、私たちにはいつしか存在しなくなっていたのです。
ですからあの日「人間」がやって来たことには驚きはしましたが、特に「久しぶり」や「懐かしい」という感情は抱きませんでした。ただお姉様は興奮した様子でしたので、これは私たち姉妹の性格の問題なのかもしれません。
「あのさ……」
お姉様はいつになく深刻そうな顔をします。一億年ぶりくらいでしょうか。
「何でこの世界に人間がいるの?」
今の世界は人間が生活していたときよりも気温が上昇しているばかりか、人間の生存に必要なものは地上から消え去ってしまっているはずです。水もなければ空気もない。以前とは酸素と窒素と二酸化炭素の成分比が異なっていて、もはや肉体を改造しない限りこのような場所では1分たりとも生きていけることができないでしょう。
さて科学的な検証は置いておきまして、泉にやって来た人間は初老の男性でした。単純にお爺さんと呼べばよろしいでしょうか。杖を突いて、足を引き摺るようにしてこちらに向かってきます。
「あのさ、もしかしてあれって、斧かな?」
杖のように見えた棒状の道具の先端に、金属片が見えます。残念ながらそれは、鎌でした。
「鎌なんだ。でも似たようなものでしょ?」
斧は木を切り倒すものですが、鎌は草を薙ぎ倒すものです。用途が違うのです。
「でも植物を切るという点では同じだから――落としてくれないかな、鎌」
そう都合良く人間が物を落としてくれないのは何度も経験したはずですが。
「それはそうだけど――あっ」
落としました。いつの間にか泉の側に腰掛けていたお爺さんが、落としました。水面に波紋が広がり、落とし物と一緒に泡までもが泉の底に沈んでいきます。
落とし物から、金の落とし物と銀の落とし物が生成されました。
「あれ、鎌じゃないよね、これ」
お姉様ががっかりした表情を一瞬見せたのを私は見逃しませんでしたが、既にお姉様は金の落とし物を手にして泉の外に浮上していました。
「あなたが落としたのは――」
お姉様が自ら手にしたものを眺めている隙に、私は泉に沈もうとしている銀の落とし物を掴み取りました。
「金の『砂時計』でしょうか?」
続いて私が泉の中から飛び出します。
「それとも銀の砂時計でしょうか?」
私たち二人は、久しぶりに泉の外の世界を直に眺めます。お姉様がどう感じているのかは分かりませんが、数億年ぶりの地上は陽炎に包まれ、全てのものが歪んで見えます。本来は真っ直ぐなはずの鎌も、さらにはお爺さんの背骨までもがありえない方向に曲がって見えます。
しかしそんなことはどうでもいいのです。私たちが欲しいのはただ一つ、お爺さんの回答だけなのですから。
私たちが知る由も無い時の流れが皺としてお爺さんの顔に刻み付けられていて、皮膚が目を覆い隠しています。そのたるんだ皮膚を、お爺さんは震える左手で押し開けようとしました。右手は鎌を手にしています。もはや鎌の本来の役割はとうの昔に忘れ去られたようでして、今ではお爺さんの杖代わり、もう一本の脚としてお爺さんの体を支えています。
震えているのは、お爺さんの手だけではありませんでした。
「あ、あ……」
声も震えていました。お爺さんは鎌を手放しました。音も無くその場に倒れる鎌――もう泉の周りには砂しか存在せず、全ての音を砂粒一粒一粒に吸収してしまうのです。
「それは、わしが追い求めていた、金と銀の――」
お爺さんは左手を顔から離し、這いずるように泉に向かってきます。まるでそのまま自ら泉の中に入っていきそうな、そしてそのまま何も分からずに溺れてしまいそうな、そんな不穏な動きでした。
しかし私たちは金と銀の女神なのです。泉から出た以上、自らの女神としての役割を全うしなければなりません。
お爺さんの両手が、泉に触れました。皺だらけの両手に打ち寄せるさざ波。そしてお爺さんが砂を、ぎゅっと握りしめます。
「頼む、金と銀の砂時計があれば、わしは、わしは――!」
咳き込むお爺さん。ですが残念ながら――。
私は隣のお姉様をチラッと見ました。顔から表情が消えていました。
「残念ながら正直ではない者には、金の砂時計も銀の砂時計も与えることも、元の砂時計も返すこともできません。さようなら」
そう言うとお姉様は肩を落としながら泉に沈んでいきます。私も慌ててお姉様の後を追います。私の顔が泉に浸かる寸前に再度お爺さんを見ましたが、お爺さんは言葉にならない苦悶の呻き声を上げているようでした。しかし私にはお爺さんが一体何を言っているのか、まるで分かりませんでした。
「もう、すっごくがっかり! あんなに人生経験が豊富そうなのに、女神相手に嘘を吐くなんてありえないし!」
お姉様はご立腹のようです。
「それにしても何で鎌じゃなくて、こんな砂時計を落とすかな。もうこの世界で時間なんか計っても、意味なんてないでしょうに」
泉の底で、ご丁寧に三つの砂時計を並べています。お爺さんが落としたのは茶色くて地味な砂時計でした。泉の中は普通の水の中とは違いますので(だって人間の姿をしている私たちが普通に過ごせるくらいです)、砂時計の砂も地上に置いたときと同じように、サラサラと下に落ちていきます。
それにしても不思議な砂時計です。確かに砂が落ちていることは目でも確認できるのですが、砂が一向に減らないのです。この大きさの砂時計ならば一時間ほどで全ての砂が底に貯まるはずです。しかし一年経っても十年経っても、上の器に貯まっている砂の量に変化が見受けられないのです。
「そもそもこの砂時計、どう考えても『人間』が作ったものじゃないよね」
そしてお姉様は金と銀の砂時計も同時に眺めます。金の砂時計はお姉様が、銀の砂時計は私の力で生み出したものです。しかしそれはある意味では勝手に生み出されたものにすぎず、私たちの意思を超えた創造物でもあるのです。
金の砂時計は金の砂粒を、銀の砂時計は銀の砂粒を落とし続けます。何か想像を超えた力を宿しているような気がして、私たちは迂闊に金と銀の砂時計に触れることができませんでした。金と銀の砂時計はそれぞれ別の時間の流れを示しています。お爺さんが落とした元の砂時計と合わせると、都合三つの時間を別々に計っていることになります。
「あのお爺さん、一体誰だったんだろうね?」
百年経っても千年経っても進展の無い泉の中での会話は、常にお爺さんに関するものでした。これだけ時間が経過してようやく砂が減っていることがうっすらと理解できる、といったところでしょうか。
さてお姉様はこんな状況に飽きてしまったようです。
「ちょっと思ったんだけどね、砂時計をひっくり返してみない?」
何となく私は嫌な予感がしました。ただその予感を口で説明することが上手くできませんでした。
「もうこの泉に来る人間なんて誰もいないよ。あと一億年もしないうちにこの世界は滅んじゃうだろうし、やりたいことは今のうちにやっておいた方がいい気がするな」
お姉様がやりたいことと私のやりたいことは同じではありません、と言いたかったのですが、私はお姉様のことを大切に思っています。できればお姉様の言うことに賛成したいのです。
「お爺さんが何の時間を計っていたのか知らないけど、もうこの砂時計は私たちのものなんだよ。いいじゃない、私たちで新しい時を刻めば」
私たちはそれからまた千年ほど話し合い、ようやく砂時計をひっくり返すことにしました。ただし何となく不安があるので、まずは元の砂時計からひっくり返すことにしました。
「じゃあひっくり返すよ!」
と言いつつも、お姉様はこう見えていざというときの度胸が足りないという欠点もありました。さらに十年ほど逡巡して、ようやくえいやと元の砂時計をひっくり返しました。
砂が逆流します。ですが当然砂の落ちていく速度はこれまでと変わりないため、特段何かが起こるといったこともありませんでした。
「ま、そうだよね。砂時計だもんね、時間がかかるよね」
泉の水面を見上げてみました。全てを失った世界は、百年経っても千年経っても全てを失ったままでした。
特段することが無いので、私たちはひとまずお休みすることにしました。数千年も砂時計について話し合っていましたので、もうくたくたに疲れ果ててしまったのです。
「お休みなさい」
私たちはそのまま目を閉じました。次に目覚めたときに、一体どのくらい砂時計の砂が落ちているのでしょうか。少しばかりの楽しみと、少しばかりの不安を胸に、私はいつしか夢の世界に辿り着いてしまったようです。
◆2
「――起きてってば、ねぇ!」
寝ぼけ眼を擦りつつ、お姉様に揺り動かされた私はようやく目を覚ましました。私はあくびを噛み殺しながら、お姉様におはようございますと挨拶します。
「そんなことはどうでもいいから! 周りを見てよ周りを!」
慌てふためくお姉様。私には一体どうしてお姉様が慌てているのかすぐには分かりませんでした――のですが、周りを見るとそんな私の疑問はすぐに解消されてしまいました。
ここは泉ではないのです。見上げた私の目に映るのは青い水面ではなく、青い「空」でした。
お姉様は困惑している様子でした。本当はこの私自身も心中は穏やかではないのですが、まずはお姉様を落ち着かせるのが先決だと考えました。
しばらくするとお姉様は落ち着きを取り戻しました。もっとも本当に落ち着きを取り戻したかどうかは定かではなく、ただ単に暑さにまいっているだけかもしれません。
私たちの周りに広がっているのは、広大な砂。砂漠というのでしょうか。そう言えば以前砂漠に巨大な三角形の建物を建てた人間がいると聞いたことがあります。しかし見渡す限り、そのような建物は一向に目に映りません。
「こんなことじゃ埒が明かないから、とりあえずここから動いてみようよ」
私はお姉様の意見に賛成しました。とりあえずここがどこか分からないことには何も始まらないのです。
――という私たちの目論みは、早くも失敗に終わりました。私たちは泉の女神であり、行動範囲は常に泉の中に限られています。そして以前の私たちが暮らしていた泉はそこまで広いものではなく、斧を担いだ木樵ならばほんの十分程度で一周できてしまうほどの小さな泉でした。
「もう無理、疲れた!」
お姉様が倒れ込みます。我慢していましたがこの私もたった十分歩いただけで疲れ切ってしまいましたので、お姉様の真似をして私もその場に倒れ込みました。
「暑ーい……もう、ここは一体どこなのよ……」
お姉様が愚痴をこぼします。
あれからどれだけの時間、私たちは太陽に照らされていたでしょうか。確かに私たちは人間とは時間の感覚が異なります。ですが明らかに太陽が照り付ける時間が長すぎます。
「全然日が沈まないね」
風に吹かれた砂が容赦なくお姉様の顔にこびり付きます。お姉様はその度に砂を顔から払い落とそうとしますが、何度も何度も同じことを繰り返す度に、諦めてしまいました。
「そう言えば、あのお爺さんが落とした砂時計と何か関係があるのかな?」
私は手にした三つの砂時計を懐から取り出しました。「懐」というと何だかあやふやな表現ですが、私たち泉の女神はこれまでに人間が落としたものを全て「懐」にしまうことができるのです。
さて三つの砂時計ですが、お爺さんが落とした元の砂時計は私たちが「寝る前」に見たときから随分と砂の量が変わっていました。百年経ってもほとんど砂の量に変化が見られなかったことを考えると――。
「十億年」
お姉様はそう言いました。
「かなりの時間が経ってる。でもあれから十億年も経ってたら、絶対に私たちの世界は滅んでたはず」
でも現にいま私たちが歩いているこの砂の世界には、誰もいないではありませんか。
「それはそうなんだけど、明らかにその時とは様子が違うみたい。まるで時間の流れがこれまでとは全く違ってしまったような……」
お姉様は私が持っていた砂時計を掴み取り、おもむろに砂時計を逆さにしました。
砂時計を逆さにしてしばらくすると、あることに気付きました。太陽の動きが逆転しているのです。
「逆転というか、多分元通りになったんじゃないかな? 砂時計っていうくらいだから、やっぱり時間を司っているよね」
私には思うことがあります。人間がとうの昔に滅んだあの世界に、お爺さんがたった一人で泉に訪れることがそもそもおかしいということを。
「――そう、あのお爺さんはただのお爺さんじゃない。そもそも私たちが『女神』なくらいなんだから、別に他の神様が最後までいても不思議なことじゃない。
それで、砂時計を持っている。お誂え向きに鎌も持っている。あぁ、どうして気付かなかったんだろう! でもあのときは鎌しか見えてなかったし――」
お姉様は一瞬だけ呼吸を整えます。
「あのお爺さんは、『時の翁』に違いない」
時の翁――私はお姉様の言ったことを復唱します。
「時の翁なんだから、自分の手にしている砂時計の砂が全部下に落ちるまで待っていたんだよ。最後の一粒が落ちたときが、世界の終わり。
ただ本当は世界が終わる直前で砂時計をひっくり返して、また歴史を一からやり直そうとしていたんだろうね」
お姉様がそう熱弁する最中に、私はもう二つの砂時計を眺めます。金と銀。
「うーん、その金と銀の砂時計は一体なんなんだろう。時の翁が落とした砂時計と何か違いでもあるのかなぁ」
私はふと、時の翁が私たちの手にした二つの砂時計を見て「嘘」を吐いた理由を考えてみることにしました。そして私なりに考えたことをお姉様に伝えました。
「なるほどね。金と銀の砂時計には元の砂時計にはない特別な力があると。それならさしずめ時の翁が落としたのは『銅』の砂時計っていう認識でいいのかな」
お姉様は手にした「銅」の砂時計を、何気なくフリフリと揺らしました。すると幾分か砂の落ちる速度が早まったようです。昼は一瞬で過ぎ、夜もまた瞬く間に昼に切り替わります。数日、いや数年分の時間を一気に進めていくにつれ、私が漠然と感じていたことは確信に変わっていきました。そして同じことにお姉様も気付いたようです。
「……昼が長すぎる」
そうです。以前はそこまで昼と夜の時間に大きな差はありませんでした。しかし、銅の砂時計を逆さにして時間が巻き戻ったはずなのに、一日の時間が明らかに長すぎるのです。
お姉様はもう少し実験を続けてみました。何百年も何千年も銅の砂時計を振り続けて時間を早送りにし、遙かなる未来を一気に観察しようとします。
判明した結果は、この世界は太陽が活発すぎるということでした。私たちが目覚めてから一億年ほど時間を進めてみましたが太陽の光は容赦なく降り注ぐばかりで、地上にいながらまるで地獄の業火に苛まれているかのようでした。
ただこの間、私たちは一切金と銀の砂時計に手を付けることはありませんでした。銅の砂時計が時を操るという凄まじい力を秘めていることが分かってきたので、そこから生成された金と銀の砂時計までひっくり返すことにためらいを感じていたのです。
お姉様と私は、お互いに顔を見合わせました。
「どうする……?」
阿吽の呼吸と言いますか、私が何も言わずともお姉様と私の意見は一致していたようです。
「……とりあえず同時にひっくり返すのは怖いから、まずは金の砂時計からいってみる?」
私は頷きました。そしてお姉様は金の砂時計をひっくり返しました。世界の終わりが近付いていたので、銅の砂時計もまたひっくり返して時を遡ることにしました。ちなみに既に何千年もかけて銅の砂時計をシャカシャカしていたお姉様は疲れていたのか、それとも直に時の変化を直視するのが怖いのか、そのまま私に「後は任せた」と言ってその場でお休みになりました。
私は別に砂時計をシャカシャカしていませんでしたが暑さにまいっていたので、私も一休みすることにしました。
はぁ、泉の中はこんなに暑くなかったのに――。
◆3
「――起きてってば、ねぇ!」
寝ぼけ眼を擦りつつ、お姉様に揺り動かされた私はようやく目を覚ましました。私はあくびを噛み殺しながら、お姉様におはようございますと挨拶します。
「そんなことはどうでもいいから! 周りを見てよ周りを!」
慌てふためくお姉様。私には一体どうしてお姉様が慌てているのかすぐには分かりませんでした――のですが、周りを見るとそんな私の疑問はすぐに解消されてしまいました。
暗闇の冷気が私たちを取り囲んでいるのです。光はお姉様が手にしている「金のランプ」のみ。お姉様に確認しましたところ、ずっと夜が続いているとのことです。
「というか寒すぎる!」
お姉様のくしゃみが連続して聞こえてきます。
「お願いだから『銀のランプ』も出してくれない?」
私は「懐」から銀のランプを取り出し、火を灯しました。かつての人間たちは私たちには考えも付かないものをよく生み出したものです。そう言えばこのランプを真夜中に落としてしまったあの人は、あれから無事に戻ることができたのでしょうか。まぁこんなことを心配しても、もうあの人はこの世にはいないのですが。
暗闇がさらに薄れていきます。案の定私たちは泉の中にはおらず――今度は「氷」に囲まれた世界にいるようです。ランプから魔神が出てきそうな雰囲気はありますが当然そんなことはありませんし、私たちはそんな魔神の存在を一切認めておりませんので。
今回はこの場から動こうにも、氷に閉じ込められているため思うように動けません。むしろ私たちが凍り付かなかったことが不思議なくらいでした。
「違うよ、私が必死になって助けたんだよ!」
ごめんなさい、私は自分が氷付けになっていたところをお姉様に助けられたのですね。
「もう、本当に危ないところだったんだから!」
自分の体を覆っていた氷が偶然割れたのがきっかけで、お姉様は目を覚ますことに成功したようです。その後私の体を覆っていた氷を、金のランプから生じる熱で溶かし続けてくれたのだとか。もうお姉様には本当に頭が上がりません……。
ちなみにお姉様が扱う「金」の落とし物と私が扱う「銀」の落とし物は、ただ単に金と銀でできているのではありません。一種の特別な魔力が秘められていて、だからこそお姉様の金のランプは私を覆っていた氷を溶かし尽くそうが、一向に燃料が減ることもなくいつまでもその輝きを保ち続けることができるのです。
つまり言い換えると、もともと時を操るという強大な力を秘めていた時の翁の砂時計よりも、いま私たちが手にしている金と銀の砂時計の方が、より強大で不思議な力を秘めているということなのです。銅の砂時計は時を自在に操るようですが、金と銀の砂時計は一体何を操るのでしょうか。おそらく時を操るのでしょうが、それは銅の砂時計が操るような一般的な「時」ではないような気がします。
「ちょっと、上を見て」
不意にお姉様が上を指差しました。私も銀のランプを掲げて上方向を照らします。
私は先ほどまでここが泉ではないと思っていたのですが、それは誤りであるということが分かりました。ここは「凍った」泉の中だったのです。どこからどこまでが泉の範囲内なのかは判然としませんが、それでも「氷の天井」に映るのは、世界の姿でした。
世界は氷に閉ざされていました。満天の星空が照らす地上は、太陽一つの輝きとは比べるまでもなく貧相なものでした。「最初の」世界では数多くの神や英雄たちが星座となって夜空に浮かんでいましたが、この世界には神や英雄は一人もいないように思われました。現に星々の配置は、私がこれまで見たことのないものでした。
そこから何千年と世界を観察しても、一向に太陽は現れませんでした。前回の世界は単に日が昇る時間が非常に長かっただけだったのですが、今回の世界はどうもそういうことではなさそうです。
「太陽が存在しない世界なんだ」
お姉様はそう判断しました。そして前回ひっくり返した金の砂時計を手にします。金の砂時計の砂は全て下の器に溜まっていました。
「金の砂時計が司る『時』を逆転させたら、太陽がなくなった。じゃあもう一度ひっくり返したら、つまり元の方向に砂を落としたらどうなるんだろう?」
お姉様は金のランプを足下に置き、思いっきり金の砂時計を振り続けました。銅の砂時計よりも早い速度で砂が落ちていきます。
それはどれほどの時間でしょうか。もう既に私たちには「時間」を表現するのに適切な表現を失ってしまいました。だって太陽が存在しないのですから、一日の概念も一年の概念も無いわけです。お姉様が金の砂時計を振り続けて数千年は経過したのでしょうが、それは最初の世界における時間軸であり、かつ砂時計を振ることによって時間を加速させているわけですから、もはや私たちが正確に時を計ることはできなくなっていたのです。ということですので、これからは「長い時間」とか「とても長い時間」といった、漠然とした言葉で時の流れを表現するしかありません。
そのようなわけで、「とても長い時間」が経ちました。暗黒の帳に包まれていた世界にも、徐々に光が戻ってきました。始めは点で、それから徐々に円となっていき、いつもの眩しい太陽が天空に浮かぶようになりました。
それと同時に気になるのが、月の大きさでした。これまで世界が暗闇に包まれていたから気付かなかったというだけで、実は夜空には巨大な月が浮かんでいたのです。
むしろ空を支配しているのは、月でした。月の表面は私たちが見知っている模様をしていませんでしたが、それは時の流れがそうさせたものだと解釈するしかありません。
それにしても、月はこれから獲物の血を啜らんとする剣のように、銀色に鈍く輝いています。
「あのさ、もしかして『銀』の砂時計って――」
お姉様がそう呟いた瞬間に、世界が音を立てて割れました。ある種の閾値を超えてしまったのでしょう、泉どころか世界を覆っていた氷が一斉に溶け出し、溢れんばかりの奔流となって私たちに襲いかかりました。
私たちははぐれないようにとっさにお互いの手を取り合いました。その際に金銀銅の砂時計を落としてしまいました。これは困ったことになりました――と言いたいのですが、私たちは女神です。例えどんなことがあろうとも、私たち泉の女神が創り上げた金と銀の落とし物はいつか私たちの手元に戻ってくることになっています――いつか、のことですが。
一応私たちは泉の女神なので、水の中で溺れることはありません。しかし空を覆い尽くさんとする巨大な月が、この世界を包み込む水に大きなうねりを生み出していきます。
これは最初の世界で人間の文明が発展する様子を観察して知ったことですが、月が世界を回るときに「潮汐力」というものが発生し、それによって海の満ち引きが生じるらしいのです。この世界の月はありえないほど大きいため、その潮汐力もまたとてつもない力を有しています。この世界における「一日」で、水は山よりも高く立ち上り、そして地よりも低い場所に叩き付けられます。
「それで、さっきの続きだけど!」
荒波に揉まれながらお姉様が叫んでいます。
「金の砂時計が『太陽』の時を司るんだったら! 銀の砂時計って、きっと『月』の時を司るんだよ!」
まぁお姉様の言う通りでしょう。とはいえ短い時間で山ほどの高さで上がったり下がったりを繰り返すうちに、お姉様とはぐれてしまいました。先ほども言いました通り別にいつかはお姉様と再開できるのでしょうが、果たして本当にいつのことになるのでしょう。
ただ潮が引いたときに見える月が、僅かばかり小さくなっていることは確認できました。私の手から離れた銀の砂時計は渦巻きの中でひっくり返り、何とかうまいこと「月の時」を逆転させることに成功しているようです。
とりあえずこの世界が落ち着くまでは、水の中で一眠りすることにしましょう。何せ私たちは泉の女神。「長い時間待つこと」には、もう慣れっこですので。
◆4
「……あれ、私寝てたの?」
今度は私がお姉様を起こす番でした。まったく、お姉様ったら私が何度揺り起こしても、まるで目を覚まさないんですから。
「でも目覚めが悪いのはお互い様というか……」
あら、そうでしたっけ?
「まあいいや。それにしてもここはどこなんだろう?」
というよりは、「今はいつなんでしょう」と言うべきでしょうか。
幸い手元には金銀銅、三つの砂時計がちゃんと揃っています。海に覆われた世界が元通りになって、砂時計が自然と私たちの元に帰ってきたようです。太陽を司る金の砂時計も、月を司る銀の砂時計も、ちょうどいい感じの砂の量になっています。一方で銅の砂時計は「始まり」の時を示しているようです。
「銅の砂時計は時間というよりは、太陽でも月でもない、私たちのいるこの『地球』の時間を司っているみたいだね」
お姉様が銅の砂時計を取り上げて、しげしげと眺めます。
「時の翁はあくまでもこの星の時間しか司ることができなかったんだ。そりゃねぇ、太陽と月の時間も司る金と銀の砂時計も欲しがるわけだよ」
お姉様は口の端を上げ、にんまりと笑みを浮かべました。
「決めた。この三つの砂時計を使ってさ、今度こそ『斧』を落としてくれる人間に会おうよ」
でもどうやって? 銅の砂時計だけならば単純に時間を巻き戻すだけで、斧を落とす人間に会えたはずですが。
「うーん、そこは試行錯誤すればいいんじゃない?」
試行錯誤。私は幼い子供のようにお姉様の言葉を繰り返すだけです。いや、本当に子供なのはお姉様のほうなのかもしれません。
「まぁ何とかなるでしょ。『適切に』砂時計を調整すれば、また人間もこの世界に生まれてくるはずだし」
どのように「適切」を計るのでしょうか。これまでの世界は滅茶苦茶になってしまいましたし、何よりも砂時計の調整には「とても長い時間」がかかってしまうのですが。
――しかし私にはウキウキした顔で砂時計をいじるお姉様を見守ることしかできません。成すようにしかならないといいますか、もはや私たちには砂時計を使って「あるべき」世界を取り戻すしか術がないようです。
さてお姉様が楽しそうな顔をしながら、砂時計を逆さにしたり戻したりしています。
◆5
新しい世界には草木すら生えませんでした。
◆6
金の砂時計を調整して日射量を増やしてみました。木が生えてきましたが、それは私たちが今まで見たことのない植物でした。
ところが金の砂時計をそのままにしていたため、世界中で山火事が発生しました。全ての草木が焼き尽くされ、後には何も残りませんでした。
◆7
お姉様は早くも金の砂時計を扱うことに臆病になってしまいました。太陽の調整に失敗したせいか、雪がいつまでも空から舞い落ちてきます。この世界はお姉様が風邪を引いてしまっているうちに滅んでしまいました。
◆22
太陽という分かりやすい指標があるため、金の砂時計を扱うことには慣れてきました。しかし月はどう作用しているのかが分かりにくく、世界は一向にとりとめのないものになりがちでした。
以前私たちが海に飲み込まれた世界では月の潮汐力が問題となっていましたが、海さえ溢れなければたとえ月が近くてもそこまで問題は無いように思われました。
とはいえそれに安心しきってしまったのか、お姉様が「実験」として銀の砂時計の時を思いきって進めてみたところ、月がこの世界に落下してきました。とてつもない津波が世界を覆い尽くし、せっかく地上に芽生えかけていた生命が根こそぎ洗い流されてしまいました。
◆23
また砂時計が流されてしまいましたので、この世界はぐちゃぐちゃなまま終わりました。
◆121
試行回数が百回を超えたため、お姉様は私と作戦会議を開始しました。
「斧どころじゃない」
正にその通りです。私たちは未だに人間どころか、動物が生存できる環境を生み出せておりません。百数回の間に何度も「泉」に何かが落ちてきましたが、厳密に言えば人間の落とし物ではないため私たちにはどうすることもできません。金や銀の石ころなどを生み出しても仕方がないのです。
「砂時計をどう調節したら世界がどう変わるのか、これからはちゃんと記録することにしましょう!」
むしろ百回以上世界を創り変えていくなかで、そんな単純なことも意識していなかったことに私は驚いてしまいました。実は私は「銀のペン」と「銀の本」を使ってこれまでの世界の記録を書き記していたのですが(こんな立派なものを人間は落としてくれたのに、どうして肝心の斧は誰も落としてくれなかったのでしょう!)、ここでようやくお姉様に私の書いたメモを見せることにしました。
お姉様は内心驚いた様子でしたが、私のメモを熱心に読んでくれまして、
「やるじゃない!」
と私を褒めてくれました。
「やっぱり自分一人で頑張るのはよくないかな。持つべきものは、優秀な妹だよね!」
とは言うものの、砂粒という頼りない物差しで計るしかない砂時計の法則を推し量ることなど、いくら女神である私たちでも相当回数の試行を繰り返さない限り分かりようもありません。
そういうわけで、今回の世界も特に進展なく終わりました。
◆1,532
一応世界をやり直した回数は数えているのですが、千回やり直しても特に何も変わりはありません。
強いて言えば、この世界で初めて海から陸に動物が上陸したということが特筆すべき点でしょうか。しかしカエルのような動物はゲコゲコと鳴くだけで、そのまま言葉を話せるようになることもなく世界の終わりまで私たちには理解のできない歌を延々と歌い続けるだけでした。
◆3,488
「立った、立ったよ!」
お姉様がはしゃいでいます。水面に映る、二足歩行の生物。
「私たちに似てる! ほらよく見てよ!」
とお姉様は訴えかけるのですが、どうみても私たちには似ていないように思われます。私たち女神は人間と同じ姿をしています。ではあの二足歩行の生物はどうなのでしょうか。確かに二本の足でしっかりと大地を踏みしめています。両手の指も長く、物を持ちながら歩行することができそうです。
とはいえ、私たちはあんなに毛むくじゃらな姿をしていません! 服を着ていないなんて、恥ずかしくないのでしょうか? それにお尻から生えている尻尾。短いと言えば短いのですが、それでも尻尾ですよ、やっぱり私たちとは全然違います!
「でも人間の世界で『進化論』については学んだよね?」
はい、そうです。お姉様の言う通りです。人間は私たち「神様」のことなんか信じないで、勝手に「科学」とやらを発達させてそれで世界を説明しようとしたのです。科学的な見地から言えば、人間はいま私たちが見ているようなお猿さんから進化したようです。
「まぁ、人間にも信仰の自由ってものがあるから――」
信仰の自由と言うならば、じゃあ一体私たちはどういう存在なんですか! もう誰からも信じてもらえないのに、何で私たちは今も「神様」をやっているんですか!
「信仰の次の段階ってやつ。『誰かが信じていた』という記憶は歴史となって、後の世に『伝承』として伝えられていくものなの」
そしてお姉様は私の手にしている銀の本を取り上げました。
「とは言っても、それを伝えてるのは私たちだけなんだけどね。誰も私たちを信じる人がいない中、自らの存在意義を書き記している」
たいそう立派なことをお姉様は言っていますが、これまでに起こったことを書き記しているのは私一人であることをお忘れなく。
それにしても「書いたものが現実になる」ような力を金と銀の本が秘めていたら話は楽だったのでしょうが、残念ながら元となった本は日記ではありません。本の所有者がそこに何かを書くといった用途は想定されていませんので、金と銀の本の魔力もそれなりのものに留まっています。そもそも時の翁が落とした砂時計が特殊すぎたのです。
話を戻しまして「書いているのは私ですよ」という無言の圧力をずっとお姉様に向けていたのですが、お姉様はお気楽なものです。
「あ、骨を手にしてる!」
二足歩行の生物が、殺した四足歩行の生物の骨を取り上げました。そして骨を眺めたかと思うと、そのまま死んだ四足歩行の生物の頭部に向かって骨を振り落としました。
「道具!」
お姉様の目が黄金色に輝いています。泉の底でぴょんぴょんと飛び跳ね、波立つ水の流れが水面を大きく揺らめかせます。
「そろそろ時間を加速してみようよ!」
未だに金と銀の砂時計の扱いは苦手ですが、銅の砂時計の扱いはお手の物です。まぁ銅の砂時計は単純な時の流れを操るものなのですが。
目まぐるしく過ぎる時の流れの中で、二足歩行の生物はより高度な道具を扱うようになりました。当初は木の枝で直接殴ったり石を投げたりしていたのですが、いつしか「石器」を扱えるようになりました。彼らは石を砕き、尖らせ、いつの間にか発明した紐で木の枝の先に尖った石を括り付けることに成功しました。
「もしかして斧……じゃない……?」
というお姉様の疑惑の目線。
「槍! 鎌といい槍といい、どうしてこうもうまくいかないの……?」
そうは言いましてもお姉様、斧は本来木を切り倒すための道具です。この世界の二足歩行の生物は、まだ木を切り倒す必要が生じる段階まで「進化」していないのです。
「それはそうだけど――って、あれ? 誰かこの泉に近付いてきてない?」
確かに二足歩行の生物が槍を持って泉に近付いてきています。
「落とせ……落とせ……」
お姉様が物騒なことをぶつぶつと呟いていますが、実際その通りとなりました。
「来た!」
槍が泉の底に突き刺さりました。その瞬間、お姉様の手には金の槍が、私の手には銀の槍が生成されました。私たちは水面に急上昇します。
「あなたが落としたのは! 金の! 槍ですか!?」
激しすぎる水飛沫を上げるお姉様に続き、
「それとも銀の槍ですか?」
決まりました。最後に時の翁にこの決め台詞を言ってからどれくらい時が流れたのでしょうか。そもそも一年も一日も最初の世界とは長さが異なっておりますので、あれから「とてもとても長い間」が過ぎたとでも言えばよろしいのでしょうか。
ところが――。
(ちょっと……あの人たち、何も言ってこないよ……)
お姉様が私に耳打ちしてきます。確かに目の前にいる二足歩行の生物は、ぼんやりと私たちを見つめたままその場を動きません。女神である私たちの存在を認識できていないのでしょうか。
(……そうだった、そもそもあの人たち、まだ喋れるようになるまで進化してない)
という当たり前のことに気付きました。しかしお姉様は諦めません。
「あなた、落とした、金の槍?」
指差しを駆使しながら、ゆっくりと丁寧にお姉様が説明しようとします。彼らもお姉様が「何かを伝えたがっている」とは分かるようでしたが、彼らの口から発する声は、意味を成さない不明瞭な遠吠えのようなものでした。
「金の槍? 違う? どっち?」
身振り手振りで対話を試みる際に、もっともやってはいけないことをお姉様はやってしまっています。「どっち」のような指示代名詞を身振り手振りで伝えられるはずがありません。そして案の定、二足歩行の生物はお姉様を真似して自分自身を指差しました。
「違ーう!」
お姉様が叫びますが、思い通りにならないのは向こうも同じでした。おそらく自分が落とした槍を取り戻そうとしたのでしょう、泉に近付いて底を確認した後、そのままザブンと飛び込みました。
「あー!」
即座に金の二足歩行の生物と銀の二足歩行の生物が生成されました。
「あ、あなたが落としたのは金の二足歩行の生物ですか!?」
私も慌ててお姉様に追随します。
「それとも、銀の二足歩行の生物ですか?」
迂闊でした。落とし物を拾いに本人が「落とし物」になることなんて想定していませんでした。そもそも泉に物を落とした瞬間に現れる私たちの姿を見て、泉に飛び込もうと考える人間なんて最初の世界にはいませんでしたので……。
泉の中で二足歩行の生物が暴れましたが、流石にそれは「落としたのは自分自身だ」と解釈せざるを得ませんでしたので、金の二足歩行の生物と銀の二足歩行の生物と一緒に二足歩行の生物を泉の外に出してあげました。金の二足歩行の生物と銀の二足歩行の生物は二足歩行の生物と同じように「生きて」いるのですが、二足歩行の生物は金と銀のそれを見て驚いたようで一目散に逃げ出してしまいました。
「まだ彼らには金と銀の価値が分からないのかも」
いや、そもそも金と銀の生物がいきなり現れた時点でびっくりしたのではないでしょうか……。
金と銀の二足歩行の生物は、そのまま二人で生活を始めました。私たち二人の魔力が反映された生物であるためこれからの活躍が期待できたのですが、残念ながら二足歩行の生物は氷河期を生き残れず絶滅してしまいました。それ以降この世界で文明を持ちそうな生物は一切現れませんでした。
◆3,489
ちなみに前の世界で私たちが生み出した金と銀の二足歩行の生物ですが、「正直者」に引き渡した時点で所有権も移転します。そのため金と銀の二足歩行の生物は前の世界の滅亡と共に消滅しました。
なお今回の世界に特筆すべき事項はありません。
◆7,906
以前金と銀の二足歩行の生物を創ってしまったことを思い返す度に「人手が欲しい」と感じてしまいます。
お姉様が砂時計を操作して私が世界を記録するという分担が自然と出来上がってしまったのですが、銀の本に銀のペンで世界の記録を書き留めていくのは疲れます。
それぞれの世界で「最初の世界の時間」に換算して数十億年は過ごしています。お姉様が砂時計を振って時を加速させるため体感時間はそれほどでもないのですが、そうは言っても最初の世界でいう数十兆年という長い長い時間を二人きりで過ごしているのです。
二人だけでは、世界を創り直すのは難しい――斧を落としてくれる人間を再び世界に繁栄させるためには、私たち二人だけではどうも心許ないのです。
とはいえそんなことをぼやいても、目の前の世界は何も変わらないのですが……。
なお7,906回目の世界の詳細については省略します。
◆228,200
十万回を超えてもその二倍を超えても、なかなか上手くいきません。銀の本に私が書き記したメモは優に一億ページを超えています。
「小説家でも目指すの?」
お姉様はからかいます。どちらかと言うと書いている内容は小説ではなく報告書とでも言うべきものなのですが、それを読むのは書いた本人である私だけです。お姉様にはその内容を口答で伝えています。
お姉様はあまり本を読みません。もっとも私たちの手元には金の本と銀の本と元の本の三冊しかないですし、元の本がたった16ページなので金の本と銀の本にもたいしたことは書かれていないのですが。あくまで私は銀の本の「余白」にメモを書き記しているに過ぎません。余白はたっぷりあるのです。
お姉様が十万世界ぶりに(世界の創造から滅亡までを時間の単位として扱ったほうが便利なのです)本を読んでいるのを見て、つい話しかけてしまいました。小説家云々は、そのときのお姉様の発言となります。
それにしても仮に私が小説を書いたとして、一体誰が読んでくれるのでしょうか?
◆230,493
あえて詳しくは書きませんが、初めてお姉様と喧嘩をしてしまいました。どちらが悪いというわけでもなく、お姉様にも私にも悪い部分があったのです。
お姉様は私を無視します。世界の最後まで、お互いに口を聞きませんでした。
◆230,563
すぐにお姉様と仲直りできてよかったです。
◆345,030
さてこれほど世界を創り直していると、最初の世界では考えられなかったものに遭遇することになります。新しいものに遭遇する度に私は「今後のために」と思って銀の本に詳細を書き記します。
ただし私たちの頭は「人間」がいた最初の世界の常識に囚われ続けています。今回の世界で出会った生物は、とても軟らかそうな体をしていました。骨は無さそうです。ただし本当に軟らかいのかどうかは分かりません。私たちが知っている「イカ」のような姿をしていると形容したらいいのでしょうか。
「墨は吐かないし、足も十本じゃないよね」
お姉様は冷静に分析します。そう、確かにイカではないのです。胴体はどちらかと言うと「ナメクジ」に近いのですが、寸胴の胴体の側面からそれぞれ六本、計十二本の長い足を巧みに操って地面を我が物顔に歩き、木を器用に昇っていくのです。
「どうなると思う、あれ?」
とは言いましても、これだけ世界を経験してもまだまだ分からないことだらけです。斧を扱う知的生命体には未だに出会えていませんし、次に出会う知的生命体の姿を私ごときが想像できるとも思えません。
「まぁなるようにしかならないよね」
お姉様は慣れた手付きで銅の砂時計を加速させます。そもそも砂時計を振って砂が落ちる速度を調整するということ自体が、砂時計本来の使い方ではないような気もします。ただ34万回の時の果てを経験している私たちにとっては、そんなことはどうでもいいことなのです。
泉の水面に浮かぶ世界は、安定した様子を保っています。太陽の運行も安定しており、およそ500日ほどでこの世界の一年が経過します。一月は40日前後です。一年が50日だったりした世界を創ってしまったことを考えると、今の世界の時の流れは最初の世界と近いと言えます。
安定した世界は、安定した生物を生み出していきます。イカのような生物はこの世界における数百万年をかけて、徐々に「知的な」行動を取り始めます。特筆すべきは足です。いや、むしろ「手」と言った方がいいでしょうか。私たちのように「指」は発達していないのですが、複数存在する手を指のように操って物を掴むことができるようになりました。手の先は物を吸着する機能があるようでして、物を落とすことは滅多にありません。
以前の二足歩行の生物は運悪く気候変動に巻き込まれすぐに滅んでしまいましたが、34万回にも及ぶお姉様の試行錯誤が実を結んだのか、激しい氷河期や乾燥期といったものはこの世界には無縁でした。雨が多く湿潤な気候ではありましたが、それゆえ地上には異常に生長した木々が覆い茂っていて、巨大な葉に太陽の光が遮られているというのにこの世界はむっとする暑さとなっていました。
イカのような生物は、気付けば「音声」で交流を図るようになっていました。
「あれは何て言っているんだろう?」
お姉様は至極当たり前な疑問を口にします。確かに別の生物の言葉など、私たちには分かるはずもありません。
「でも最初の世界だと場所によって人間の言葉はバラバラだったはずなのに、私たちはすんなりと人間の言葉を理解できたよね?」
確かにそうです。改めて考えてみると、私が銀の本に書き記している言葉は「最初の世界で人間が滅びる直前に用いていた言語」です。最初の世界で人間は世界共通言語を制定しており、それは私たちが「最初に喋っていた」言語とは全く別のものでした。
思えば私がお姉様に、そしてお姉様が私に話しかけているときに、私はそれを「音声」として認識していないような気がしました。「意味」として認識しているようなのです。
「つまり私たちもあのイカの生物の言葉が理解できるようになるってこと? でもまだ理解できないのは何でだろう?」
それは「まだその時ではない」ということではないでしょうか。つまり彼らはまだ「私たちを信仰していない」と。女神である私たちが言うのは矛盾しているかもしれませんが、私たちは「信仰される」ことによってその存在が確定する存在なのです。
――では新たに「信仰する者」が現れたとしたら? 泉に映る世界ではイカの生物が定住を始めています。以前の二足歩行の生物は定住の段階にまでは進化しませんでした。いま私たちが目にしているイカの生物は鬱蒼と茂る木々に「巻き付く」ことで木をへし折り、木を自らの手で加工して「家」を建てます。当初はただ居住するためだけの空間といった有り体でしたが、数万年が経過するに従って家の外見にも特徴が見受けられるようになりました。彼らは「芸術」を介するようになったのです。
彼らの手先は非常に器用でした。胴体の側面に六本ずつ手が付いており、片側の六本の手と反対側の六本の手でそれぞれ別のことができます。そして並の物体ならば握り潰すことも容易く、それでいて複数の手を用いて繊細な「道具」を作り上げることもできました。
お姉様が感動のあまり身を震わせています。
「いやあ、ここまで来るのに長い時間がかかったよね――」
体全体を振動させるのは、感動を表現するサインでもあります。私たちは「十二本」の手を「頭部」の上にゆらゆらと掲げます。頭部は「胴部」と連結していて傍目からは区別が付きづらいのですが、よく見ると頭部と胴部の連結部分はほんの少しだけ窪んでいるのです。
泉に映る世界では私たちに似た知的生命体が文明を持つことに成功していました。彼らは偶像崇拝を行なうようでして、中でも雌の神はあちこちの「寺院」に奉られていました。
さて私たちは十二本の手を使って泉の中を動き回ります。ようやく新たな「文明」が誕生した今、泉に何か物を落としてくれる「人間」が来ることを今か今かと待っているところです。
しかしなかなか物を落としてくれません。そもそも私たち泉の女神は「正直者が泉に物を落としてくれるのを待つ」だけの地味な神です。彼らはあまり泉には近寄りません。湿潤な気候であるこの世界では巨大な木々に水分が吸収され、泉というものが形成されにくいのです。それに体の表面から水分を吸収するということもあり、あえて泉に行って水分を補給するという考えを持っていません。
私たちは泉の底で暇を持て余していました。お姉様は金の斧の女神、私は銀の斧の女神。しかし不思議です。私たちは何度も何度も世界を創り直してきました。以前の世界の記憶もあります。それなのに、私がこの世界の初めまで使っていたであろう「銀の本」に書いてある内容が、さっぱり分からないのです。
そもそも「本」とは何でしょうか。本に書かれているという「文字」とは何でしょうか。文字を「書く」とはどういう行為なのでしょうか。何かとても大切なもので、私はそれに文字というものを書き続けた記憶があるのですが、この世界には文字という存在は認知されておりません。
おぼろげな記憶を遡ると、本とは「記録」するためのものだそうです。ですが記録など言葉を介して次の世代に伝えていけばいいのではないでしょうか。何故保存に不便な「本」という媒体を用いて記憶を伝える必要があるのでしょうか。この世界では本という存在は、すぐさま雨に濡れて使い物にならなくなってしまうでしょう。それに文字という存在も、私たちの手では扱いにくいのです。私たちは物を掴むことができます。片側の六本の手を用いて生活に必要な物を作り上げることもできます。しかし自分の手よりも小さいものを作ることは困難です。以前の世界では「筆記用具」というものを用いていた記憶があるのですが、今の私たちにはそのような小さなものは取り扱えません。仮にそれを用いて文字というものを書いたとしても、文字は自らの体よりも大きなものになります。何かを記録するために用いられる文字が巨大であるならば、それは記録という手段には一切向きません。
泉の底には「旧文明」の異物が溜まっています。もはやこれらが何であったのか思い出せなくなってきました。そもそも「金」とは何でしょうか。「銀」とは何でしょうか。とてもキラキラした鉱物のようですが、以前の世界ではそれほどまでに「神に相応しい」代物だったのでしょうか。分かりません。この世に「木」よりも素晴らしいものは存在するのでしょうか。
それでも私たちは以前の世界から引き継がれている「本能」に突き動かされてしまいます。「斧」とは何なのか。斧とは「木を切り倒す道具」のようです。しかし私たちは自らの手で木を切り倒すことができます。この世界に斧という存在は必要ないのです。それなのに、私たちは斧を追い求め続けます。
そのためには、この世界では駄目なのです。既に私たち自身が斧を必要としない、斧という存在を概念でしか認識できない存在になってしまったというのに、突き動かされる衝動に身を任せることしかできないのです。
お姉様は「砂時計」というものをひっくり返します。砂時計は時間というものを計るための道具のようです。しかし時間は成長する木々の長さを計れば普通に分かります。どうして以前の世界には砂時計というものが必要だったのでしょうか。最初の世界において時を司る神が使っていたものでしたが、何故時の神は木を司っていなかったのでしょうか。
その答えはもう分かりません。ただ砂時計をひっくり返すことで世界を創り直せるということだけは、私たちの記憶に刻み付けられたままのようです。
◆?+1
これまでどのくらい世界を創り直したのか分からない(これまで私が書いたであろうものを読み返してみても、内容が理解できなくなってしまいました)ので、また一から数え直すことにします。
「あぁもう! 何これ、使いづらい!」
お姉様が憤っているように、以前の世界から引き継がれた砂時計は私たちの手には小さく、細かな扱いが難しいのです。
「間違えた!」
手に吸着した砂時計を引き剥がす際に、勢い余って砂時計が遠くに転がってしまいました。十二本の手で砂時計を追いかけるお姉様。ただ以前の世界での姿の方がもっと速く動けた気もします。お姉様が砂時計に追い付く頃には世界の様子も様変わりしていました。
◆?+25
この姿になった際の文明では、手の大きさゆえに繊細な知的技術についてはあまり発達しませんでした。自らの肉体で建築を行なうことは可能でしたが、それを支えるだけの数学的技術は「経験」で補われるものだったのです。私も今では単純な四則計算くらいしかできません。最初の世界ではもう少し数学についての素養があったような気もするのですが。
一応世界をやり直した回数は記録しています。最終的にはあの世界でも文字は発明されたのですが、残念ながらそれに適した筆記用具を誰も泉に落としてはくれませんでした。私は以前の世界から引き継がれた小さな銀の本と小さな銀のペンを使って、世界を創り直した回数を記録し続けています。
◆?+20,736
私たちは12の4乗以上の数字を表現する記数法を知りません。無理やりそれ以上の数を扱えないこともないのですが、そこまで大きな数を考えようとするとどうにも頭が痛くなってしまいます。
思考の限界は、言葉によって左右されてしまうのかもしれません。
◆?+20,736+1
ということで私の足りない頭では、大きな数はこう表記せざるを得ません。
それにしても新しい世界で生まれてくる生物は、私たちのような姿をしていません。久しぶりに見た二足歩行の生物はどこか不気味な感じがします。
◆?+20,736+20,736+968
知的生命体は必ずしも自らと同じ姿の「神」を信仰するとは限りません。
新たな知的生命体は懐かしの二足歩行の生物でした。両手両足に、一つの頭。最初の世界とは違って指の数は六本でしたが、器用で小さいものを扱えるという点では最初の世界にいた「人間」と変わりはありませんでした。私の脳裏に再び「文字」という概念が蘇りました。それと共に前の文明の神だった際の記録を読み返してみました。単純な数字が書かれていますが、具体的な世界の様子は何も書かれていません。当時の私たちは「記憶」に頼ればいいと考えていたようですが、自らの有り様が変化することを考えると記憶というあやふやなものに頼るわけにはいかないことがはっきりとしてきました。
しかし、頭が重いです。文字を書くことが難しく、明らかに不安定です。
どんな頭をしているのかは、お姉様の姿を見ればはっきりと分かります。この世界の知的生命体が滅多に近寄らない洞窟の谷間に生息する、四本角の猛獣の頭。彼らはこの猛獣を神聖なものとして扱い、自らの胴体に猛獣の頭をしたものを「神」として崇めていたのです。
雑食である二足歩行の知的生命体と、肉食生物の猛獣。交わるはずの無いものを無理に繋ぎ合わせた結果、
「肩が凝る」
とはお姉様の弁。
「ありえないよ、生物工学的にこの組み合わせはありえない!」
嘆くお姉様。この知的生命体の体型を考慮すれば、今度こそ斧を扱うようになると私は力説したのですが、
「無理無理無理、待てない、私たちの事情を考えてよ! この体というか頭じゃ考えられるものも考えられないし!」
お姉様は頭を抱えています。いや、抱えようとしていますが、手の先は頭頂部に届くことはありません。肩幅よりも横に長い頭。諦めたお姉様は体を休めようとします。しかし頭は背中側にも大きく張り出していて、この世界の知的生命体のように仰向けに寝ようとすると頭と踵で体を支える姿勢となってしまい、首から下に大きな負担がかかってしまいます。
「あいつら、絶対に神様のことなんて考えてない……この苦しみ……うぐぐ……」
お姉様が呻き声を上げます。
かわいそうになってきましたので、私が代わりに砂時計を調整することになりました。地上では二足歩行の知的生命体が順調に文明を発展していますのに。あら、彼らの手にしている物は――お姉様、起きてください、斧ですよ、斧!
――反応がありません。私も同じ頭をしているのですが、銀の猛獣の女神ということもあってか、金の猛獣の女神よりも頭が一回り小さいんですよね。だからお姉様の苦しみを、私は分かってはあげられないのです。
私はお姉様の苦しみを少しでも和らげなければなりません。大変心苦しいのですがこの世界を滅ぼして、別の文明を創り上げる必要があります。
さようなら、世界。
◆?+61,852
お姉様が苦しんでいます。体を動かす気力も無いようです。
私は砂時計を必死になって振り続けます。ですが、私はこれまで世界の記録係としてお姉様の側にいただけにすぎません。お姉様の砂時計を操る技巧――申し訳ありませんが、この私にはどうしても再現できないのです。
今回も世界は滅びの道を歩んでいきます。
◆?+5,851,095
いくら何でも、私は砂時計を調整するのが下手すぎるのではないでしょうか?
お姉様が楽に寝られるように、背中の下に様々な金と銀と元の落とし物を敷き詰めているのですが、お姉様は何も言いません。むしろ、不平を言ってくれません。
お姉様、無理しなくていいんですよ?
「……」
辛そうなお姉様。私に話しかけてくれないのは、不機嫌なのか、諦めているのか、それとも本当に喋れないほど体が痛むのか。
――それでも、私が前に進むしか、私が世界を創り直すしか術はないのです。
月と太陽が遠ざかる不毛の世界は、私にとっては見慣れた光景となってしまいました。
◆?+9,213,353
ようやく新たな知的生命体が誕生しました。「真社会性」の知的生命体でありかつては一体の「女王」を中心として地底に暮らしていましたが、知性が発達するにつれ女王は複数となり世界各地に建設した「王宮」にそれぞれの女王が君臨するようになりました。女王間で文化の交流が盛んとなり、それによって「神」という概念も自然に発生しました。
神は女王の姿を模しています。そのため私たちは実際に文明を築き上げている「子供たち」の姿ではなく「女王」の姿となり、異常に膨れ上がった胴体を抱え、動くこともできず泉の底で待機しています。
女王の役割はただ一つ、子孫を残すことです。そのため動けない私たちは絶え間なく「労働部隊」を生み落とすことにより、日常の世話をさせています。
お姉様から生み出された金の労働部隊、私から生み出された銀の労働部隊。それぞれ性格というものが出るようで、お姉様から生み出された労働部隊は迅速な活動を見せる一方、私から生み出された労働部隊は慎重な行動を見せます。
ただ一カ所に二人の女王が存在するのは問題があるようです。どれだけ世界を創り直そうとも「泉の中に金と銀の女神の二人がいる」という不自然な構造だけは絶対に変わらないのです。
お姉様も私も一定割合で「兵隊」の子供を生み落とします。お姉様の金の兵隊と私の銀の兵隊は、長い時の間に衝突を引き落とすことが多々ありました。
それは地上の文明の発展と協調しているようにも思えました。この世界の文明は「知性」を発展させるというよりは「肉体」を発展させることが主流でした。この知的生命体が文明を持つように至ったきっかけは、女王が多数の雄と交わるようになったことです。多数の雄の遺伝子を調整することによって、女王は生み落とす子供の特性を「設計」することができます。これにより急激な環境変化にも即座に適応することが可能となったのです。
全身を甲殻で覆われた知的生命体の特徴は、「牙」です。労働部隊の牙は物を運んだり加工したりするための形状をしていて、様々な牙をした労働部隊が次々に生み落とされていきます。
一方兵隊の牙は、殺傷力を向上させるためだけに進化していきます。兵隊の牙は物を掴むことができず、逆に物を切断することができます。
すぐに最初の衝突が発生しました。女王同士の対立により地上で数億の命が失われたのと同様に、私たちのいる泉の中でも金と銀の兵隊が衝突しました。地上の戦争と比べると規模は小さかったのですが、それでも数十万の命が奪われました。この際に以前の文明から引き継いだ金と銀と元の落とし物が、それぞれの勢力に略奪されました。もっともそれらは特別な存在でしたので、たとえ私たちの力を宿した子供たちの手によっても破壊されることはありませんでしたが。
この世界の知的生命体は「匂い」を介することで交流を図っていました。しかしお姉様と私は女王です。この場を動けず、互いに「会話」をすることができません。情報は我が子から仕入れるしかなく、その情報も自らの勢力に都合のいいように偏向していることは明白でした。
実のお姉様と争うことになっても、私には「悲しい」という感情が生じませんでした。この知的生命体の女王は悲しいという感情を持ち合わせていないようです。対立が生じれば、別の女王を殺害しても構いません。私がお姉様に感じている感情は「殺意」以外の何物でもありませんでした。
知的生命体は道具を一切使いません。全ては牙が解決します。そのため斧という存在を泉に落とすことは絶対にあり得ません。その代わり泉には立ち寄ります。物を落とします。もっとも彼らは泉を一種の「祭壇」と解釈している面もあり、泉から浮上する私たちに対し「捧げ物」をしてすぐにその場から去ってしまいます。その捧げ物とは、別の女王から生み落とされた兵隊でした。
地上では文明が発展し、触れるもの全てを切断する牙を持つ兵隊や、牙から酸を飛ばして遠距離攻撃を行なう兵隊などが登場するようになり、戦争の在り方が変わっていきました。ところが泉の底では地上にいる彼らが落とした「捧げ物」が別種の金と銀の兵隊へと変化し、さらなる戦乱を巻き起こしていくことになりました。
私たちが身動きを取れないことをいいことに、金と銀の子供たちは戦争を繰り広げます。しかし曲がりにもなりにも私たちは神です。死なないのです。女王を殺せない以上、この「世界大戦」はいつ果てるとも分かりません。
もはや自らの意思で砂時計を操ることは不可能となりました。兵隊が砂時計を略奪した際に偶然砂時計がひっくり返ることで、ようやく世界を創り直すことができるのです。
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時の流れを巻き戻すには、運に身を任せるしかありません。あんなにも近くにいるにも関わらず、お姉様と連絡を取ることはできないままです。
私たちは「雄」と交わった記憶は一切ないのですが、それでも何故か多種多様な子供たちを生み落とすことができます。それは本能が成せる業です。私はいかに「金の女王」を殺害するかを考えて銀の兵隊を進化させ、逆にお姉様はいかに「銀の女王」を殺害するかを考えて金の兵隊を進化させ続けるのです。
泉の底では自己増殖と自己進化が止まりません。世界の終わりに到達する前に、砂時計は何らかの事由により必ずひっくり返ります。本来ならば文明が維持できる限界であろう時間を優に超えて、兵隊は「牙」を研ぎ澄ませていきます。
もう世界が何回生まれ変わったのか、数えられません。自らの手で砂時計を操れないため、時の進みが遅く感じます。
子供たちは口から弾丸を連射し、毒ガスを周囲に巻き切らします。泉の底では頻繁に大爆発が生じ、「生命」の住めない場所へと汚染されていきます。
泉の底は「地獄」です。生命のいなくなった地上が、いかに「楽園」であることか。
こんな風景を「最初の世界」で見たような気がします。果たして最初の世界の住人は、楽園に辿り着けることができたのでしょうか?
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お姉様の思考が直接私の脳内――いや、精神に伝わってきます。それと同時に幾多の球状の「私たち」の意識が、たった一つの意識に統合されていきます。遂に私たちは新たな知的生命体の神となり、世界大戦を終結させることに成功したのです。
「群体」の知的生命体は、多細胞生物をさらに推し進めた生態系であります。数え切れないほどの細胞が合わさることで多細胞生物という「個体」が形成されます。そして「個体」が数え切れないほど合わさることで「群体」が形成されるのです。
原初の群体を構成していた個体の知性は、初期の多細胞生物程度のものしかありませんでした。しかしそんな存在でも無数に融合することで、圧倒的な知性を獲得することができたのです。
一度群体を形成してしまえば、あとはより多くの個体を取り込んでいけばいいだけです。群体の第二世代は神を信仰し、私はお姉様と融合した「群体神」となりました。銀の神である私と金の神であるお姉様の他に、無数の「銅の神」が合わさることで「私たち」は構成されているのです。
神を生み出した第二世代の群体は早くも第三世代へと進化を遂げました。この時点で既に群体の体長は小さな島を丸呑みにしてしまうほどでした。島のあらゆる生物を捕食することで取り込んだ有機物は、新たな個体を形成する「材料」となります。
第三世代の群体の知性は、既に神を超えていました。そもそも群体が神を信仰したのは、長い長い歴史の中でほんの一瞬だけ見せた瞬きにすぎないのです。私たちは第二世代の群体を模した紛い物にすぎず、地上の群体は泉の神である私たちには見向きもしませんでした。仮に振り向いてくれたとしても、群体は道具を扱いません。複数の個体を特定の形状に融合させることで「道具」の代替品になるためです。
地上では第四世代、第五世代と急速な進化を遂げていきます。神は創造物を理解できません。そして第六世代の群体は地球と月を覆い尽くし、必要な有機物を全て捕食した後に宇宙の果てへと飛び去ってしまいました。この世界でいう僅か百万年ほどの出来事でした。
世界滅亡まで、まだまだたっぷり時間はあります。その間に第二世代の群体神である私たちも独自に進化を続けていきました。第六世代は無理でも、第四世代ほどの知性を獲得することには成功しました。
さてお姉様と私、もとい「金と銀の斧の女神」の最終目標は、何度でも言いますが「正直者に斧を落としてもらう」ことです。原初の世界で果たせなかった悲願を果たすため、私たちは無数の神の知性でもって砂時計の効果を解明することにしました。
当然そのためには、ある程度の試行回数が必要となります。
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私たちが群体でなくなってしまってはいけないのです。群体は極めて高度な知性を有しますが、それゆえにいとも容易く知的生命体を生み出すことができてしまいます。知的生命体が神を信仰した瞬間に、私たちを構成していた全ての個体が霧散し、金のお姉様と銀の私という「無知」の個体が二つ取り残されてしまうのです。
それだけは何としても避けなければなりません。そのため知的生命体の萌芽を検知した瞬間に、その知的生命体の進化の可能性を測定します。そこでこの知的生命体が「斧を発明するか否か」を判定します。斧を発明する可能性が僅かでも「無い」という方向にブレてしまうのならば、その文明は候補から外れます。また一から世界は創り直しです。
そもそも斧を扱う知的生命体を生み出すためには、斧が必需品の文明でなくてはなりません。いや、「斧のためだけに生まれてくる」知的生命体が一番でしょう。知性を授けられた瞬間から「斧」だけを意識し、私たち金と銀の斧の女神が存在する、この泉に斧を落とすことだけを使命とする知的生命体。さらには「正直者」でなければなりません。知的生命体は一切の嘘を吐きません。真実しか口にしません。
「あなたが落としたのは金の斧ですか?」「それとも銀の斧ですか?」
という問いに対し、
「いいえ、私が落としたのは普通の斧です」
と答えることだけを宿命付けられた存在――。
世界を創り直し実験記録を蓄積することで、より一層「斧の知的生命体」の誕生に近付くのです。
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必要な情報が揃いました。
確実に斧の知的生命体が発生する「金銀銅の砂時計の初期位置」が、遂に明らかとなりました。
泉に落ちた斧からお姉様は金の斧を、私は銀の斧を生成します。泉に斧を落とした者は普通の斧を落としたことを正直に告げ、それに感銘したお姉様は金の斧を、私は銀の斧を正直者に渡すのです。
次が正真正銘、「最後の世界」となります。これまでの私たちの努力は一切無駄ではなかったのです。斧の文明を生み出すためには、群体の文明を生み出すことがどうしても必要不可欠だったのです。
――あぁ、何て素敵なことでしょう! 泉の水面に映るのは取るに足らない無意味で無価値な世界の屑でしかないのに、これが最後から二番目の世界だと考えるだけで何か神聖なものを感じてしまいます。
……震えているのですか、無数の銅の神よ。そして、愛しのお姉様……もう言葉なんていりません。私たちは群体です。個体の意思は群体の意思、「私たち」の意思なのです。
さあ、そろそろ最後の世界を迎える準備に取りかかることにしましょう――。
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群体神が想定した通りに斧の知的生命体は発生した。しかし彼らは生成した斧を泉に投げ捨てることに特化した正直者の知的生命体であったため、「神を信仰する」という肝心の要素が備わっていなかった。斧を泉に落とすという「義務」だけが植え付けられた、悲しい知的生命体であった。
信仰の無い場所に、神は生まれ得ない。金と銀の斧の女神はこの世界に存在しない。それでも斧の知的生命体は、無数の斧を無人の泉に落とし続ける。
地球から斧に使われる資源がなくなると、知的生命体は月に向かい月そのものを斧に加工した。しかし月の斧を泉に落としても、何も起こらない。この星に似た惑星は五つ存在した。五つの惑星全てが斧に加工された。泉に落とされた斧の総質量は、地球の質量を超えていた。泉は貪欲であり、全ての斧を無限に飲み込む。しかし金と銀の女神がいないため、何も起こらない。
斧の知的生命体は超光速航行手段を発明し、別の銀河から資源を確保しようとした。しかし別の銀河の知的生命体の反撃にあった。この世界における数十億年という長い時を経ても、斧の知的生命体の武器は斧しか存在しなかった。斧の知的生命体は別の銀河の知的生命体に為す術もなく敗北し、全員殺された。これにて群体神が創造した斧の知的生命体は滅んだ。
泉の中では、金と銀と銅の砂時計が「終わり」に向かって砂を静かに落とし続けていた。
やがて金と銀の砂時計の砂が全て下に落ちた。太陽の輝きはなくなり、月はそもそも全て斧に加工されていたが、泉の中に眠る月の斧は全て朽ち果てた。
そして銅の砂時計の砂も全て下に落ち――。
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