移動要塞宇都宮競輪場は、パッションで動く

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梗 概

移動要塞宇都宮競輪場は、パッションで動く

宇都宮競輪場が動かなくなって50年。昨年もその500mバンクでは生き残り競技(エリミネーションレース)が開かれ、最後まで残った一人が艦首のローラー台で全力疾走したが、要塞が動くことはなかった。もはや宇都宮競輪場(以降『雷神バンク』)はただの競技場になったのだと、誰もが思っていた。
かつて、雷神バンクは数百の車輪にゴム状の分泌液を吹きかけ、巨体をキャタピラで動かして、宇都宮餃子タワーに餃子を食しに出かけていたという。数少ない写真記録の中に、品川家の所持する一枚のチェキがある。品川家は車輪捨山を代々管理する一族で、病死した競技用自転車を供養し、例年自転車月間とされる5月には、グリスがお供えされチリンチリンが奏でられた。
品川家の一族は例外なく自転車狂いだったが、その中でも品川善行の一人娘、品川真己の自転車への傾倒は目を見張るものがあった。空き地で地面を這い競輪新聞を拾う善行の背に乗った真己が初めて立ち漕ぎ(ダンシング)を行ったのは、彼女が4歳の時だったと言われている。善行は真己に特別なものを感じ、出来る限りの転王学を学ばせ、朝夕とペダルを漕がせた。
時を同じくして、強烈なベビーカー乗りが現れる。神戸に生まれたその少女の名は亀子平海。平海は3歳でベビーカーに乗るのを止めると、母を乗せてベビーカーを押すようになった。当初、メリケンパークを疾走するに留まっていた彼女だったが、自らの快楽中枢を最も刺激するのはダウンヒルであることに気づく。神戸の坂を下ることを繰り返していた彼女は、下る為に上ることも反復した。気づくと、怖い者知らずのダウンヒラーであると同時に、無敵のクライマーとなっていた。ピスト乗りとなった彼女の愛機に現在も補助輪が付いているのは、この頃の名残とされている。
真己と平海。関東と関西。二人の狂気の自転車乗りが初めて相見えることになったのが、雷神バンクが東戸祭に座を据えた日とされる、8月26日のことだった。ミッドナイト開催となったこの日、エリミネーションは開催された。
1周ごとに最下位の選手が脱落していき、最後の1人になるまで続けられる競技がエリミネーション。多くの強者を置き去りにし、真己と平海は残り二人となる。バンクの地下自転車発電所では、参戦できなかったS級以上の競輪選手660人が、全員でローラー台の上で踠いていた。
チリンチリンの鐘が鳴り、ラスト一周が告げられる。座り漕ぎを崩さなかった真己が、ついにダンシングに切り替える。平海はすり鉢状のバンクの上から山下ろしを仕掛ける。観客席からは地鳴りのような歓声。ゴールライン上、カメラ判定は同着。二人はそれを確信していたかのように、既に仕掛けの探り合いに入っている。再びスプリント、再度の同着。再々度のスプリント、同着。歓声は熱狂となり、力を使い果たした地下の競輪選手はみな倒れ伏している。真己と平海、何度目か分からない同着判定が繰り返されたその時、雷神バンクを巨大な揺れが襲う。艦首の眼が開き、その眼がJR宇都宮駅の先を見据える。視線の先には無数の箸の脚で迫り来る、宇都宮餃子タワーの姿があった。

文字数:1284

内容に関するアピール

【参考文献】
平民金子『ごろごろ、神戸』
スズキナオ『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』
木村紺『神戸在住』(全10巻)

元町高架通商店街を舞台に書こうと思い現地に取材に行ったのですが、思った感じと全く違う話になってしまいました。当初はモトコーに住み着いた甲殻類な宇宙人をチェキの乱撮で倒す物語にしようとしていました

文字数:161

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ヒニョラと千夏の共犯関係

焼かれた母の白い骨が、箸で摘まれている。摘まれた骨が、骨壷に運ばれる。父は床に蹲り、むせび泣いている。私の番が回ってくる。
長い箸を渡され、腰の辺りの骨を摘み、骨壷に運ぼうとするが、骨は箸から逃げる。床の上に落ち、割れる。私はしゃがんで拾おうとするが、誰かに制止される。割れた骨の欠片の一つが、私の靴にひっつく。ちりとりと小さな箒を持ってきた大人が、床で割れた骨を掻き集める。私の靴の横には、白い骨が貼りついている。

     ◆◆◆◆

中学に辿り着かないので、自転車を漕いで家に帰る。赤い屋根の平屋、私の家。玄関を開けて、私はただいまを言う。おかえりは返ってこない。
リビングでは痴呆症の祖母が、椅子に深く腰掛けて、口の中でキャロキャロと何かを回している。祖母にだめだよと言って、口から球体を吐き出させる。ティッシュで少し拭いて、球体を祖母の眼窩に嵌める。キャッキャと祖母が喜ぶ。
仏壇のある部屋。父は正座をして、遺影の母を眺めている。ただいまと言うと、「ああ」と返ってくる。はりあいが無いので、自分の部屋へ向かう。
北側の、畳の、私の部屋。学習机の上に、お菓子の缶の箱。私は椅子に座ると、缶の箱を開ける。中には、白い、なまこの様な骨。私に顔を向けて「ヒニョラ」と鳴く。私は骨を撫でて呟く。ただいまヒニョラ。

朝起きて、洗面台の前に向かうと、鼻から血が垂れている。ちょうど良いと思って、缶の箱を開ける。私に顔を向けたヒニョラは、色めき立って、「ヒニョラ、ヒニョラ」と鳴く。私は缶の上で下を向いて、箱の中に鼻血を垂らす。銀色の上に、赤い点々が落ちる。ヒニョラはずりずりと鼻血の側に行くと、黒い舌を出し、ぺろぺろと舐める。私は頬杖をついて、それを眺める。

鼻の穴にティッシュを詰めて、中学の制服に着替える。ヒニョラの入った缶を持ってリビングに向かうと、祖母は義眼を口に入れて、キャロキャロと回している。缶を持った私に気づいた祖母が、「それをここに入れるな!」と叫ぶ。仕方がないので、私はヒニョラを部屋に戻す。祖母の口から、義眼を吐き出させる。
仏壇の前で父が、母の遺影を眺めている。「学校行ってくるね」と伝えると「ああ」と返ってくる。私は玄関を出て、通学用の自転車に跨る。前かごからヘルメットを出して、頭に被せる。ヘルメットの横にはとっとこハム太郎のシールが貼ってあって、かわいい。私は首紐を絞めて、ペダルを漕ぎ出す。

田舎道を、自転車で下る。中学までの道は、学校手前の上り坂までは、全て下り。私は軽くペダルを回して学校に向かうが、いつからか中学に辿り着かなくなってしまっている。下っている最中に、まばたきのタイミングなどで、巻き戻ってしまう。上り坂まで辿り着いて、立ち漕ぎを始めたはずだったのに、下り坂に戻ってしまっている。頑張ってるのに辿り着かないので、頑張る気が失せて、脇道に曲がってみたりした。

舗装されていない、砂利の上の道を、自転車で走る。辺りの草が伸びて、山の中に向かっているような、感覚になる。先に行こうか、帰ろうか迷っていると、白髪の、大きな、白熊のようなお爺さんに、自転車を止められる。「この先は危ないよ」。そう言われて、私は素直なので、引き返すことにした。

家に帰って、祖母の口から義眼を吐き出させて、父は仏壇の前にいて、ヒニョラを少し撫でて、私は疲れてしまっていたので、カップ麺を食べて寝た。

     ◆◆◆◆

朝。仏壇のある部屋。母は遺影の中で微笑んでいる。私は背中を壁に押し付けられ、父に首を絞められている。声が出ない。歪んだ表情の父。私の唇がかろうじて「パパ」と動く。それを見て、破顔する父。首を絞めていた手を解くと、げほげほと咳き込む私のことを、力いっぱい抱きしめる。「ごめん。ごめん。千夏は俺が守るから。守るから」。泣きながら言う父を見て、私は久々に名前を呼ばれて、苦笑う。

セーラー服に着替えて、洗面台の前に立つと、首周りが赤くなっている。痒い気がして爪で掻くと、引っ掻いてしまい、少しだけ血が出た。私はそれを人差し指ですくって、ヒニョラに差し出すと、ヒニョラがぺろぺろと舐めた。
リビングに行くと、祖母が、無表情で私のことを見つめてきた。どうしたの? と聞いても答えが返ってこないので、手を振ってリビングを出た。仏壇の部屋の父に「行ってきます」を伝えて、私は家を出た。父は惚けた表情をしていた。
自転車に跨り、ヘルメットを頭に乗せる。首紐は巻こうとしたけど、やめた。ヘルメットの横のハム太郎のシールがかわいい。私は、下り坂を下った。

今日も中学へ辿り着かない。下り坂の勢いを利用して、学校手前の上り坂で、猛ダッシュした。瞬きをしないように、脚を回す。けど、後ろから「千夏」と呼ばれた気がして振り返ると、後ろ側も上り坂だった。え、と思って前を向き直ると、私は下り坂を下っていて、ブレーキをかけた。なんで……。私はやる気を無くして、自転車を降りた。

自転車を押して、昨日曲がった脇道の前まで来た。この先は危ないからなあ。そう思いつつも、脇道を曲がった。草が生い茂っていて、オナモミが服にくっ付く。制服にくっ付いたオナモミが「危ないよ、危ないよ」と繰り返す。私は、危なくないよ、むしろ安全だよと応える。オナモミは、同じ言葉しか発しない。しばらく進むと、昨日もいた白髪のお爺さんが、柔らかい表情で立っている。「この先に行きたいのかい?」。私は分からなかったので、「分からない」と応える。するとお爺さんは「じゃあ帰ったほうがいいよ」と言う。私は自分の答えがよくなかったことに気づいて「行きたい。帰りたくない」と伝える。すると服についたオナモミが一斉に「危ない、危ない」と繰り返した。私は服にくっ付いたオナモミを手で摘んで、次々に放り投げる。投げられたオナモミは「ギャー」とか「グゥワー」とか言って、宙で消えた。お爺さんは近づいてきて、私の首元を見た。私はなんだか恥ずかしくなって、手で隠した。「どうしたんだい、痛いかい?」。お爺さんが言うので、私は首を振った。お爺さんは少し考えたあと「私が一緒なら、もう少し先まで行ってもよいけど、行くかい?」と言った。私は喜んで、「行く」と応えた。

自転車を押す私の横を、お爺さんが四足歩行で歩いている。私は、お爺さんの頭を撫でる。
山に空いたトンネルのような穴の、手前に辿り着く。そこには、苔の生えた今は動きそうに無いワゴン車。お爺さんは前足を着いて、ワゴン車の中に入っていく。私は自転車をスタンドで固定して、お爺さんの後ろを着いていく。

車内はおんぼろだが、埃っぽくなくて、カラッとしている。お爺さんは一番うしろの席に行くと、横になって、ふかふかの毛布になる。その前に私は立って、「いいの?」と聞くと「いいよ」と言われる。私は腰を降ろして、そのままふかふかの毛布に倒れる。私は毛布に包まれる。温かくて、「ありがとう」と言って、そのまま眠ってしまった。

車内が夕焼けで橙色に染まっている。私は身体を起こす。私を包んでいたはずの毛布は、いつの間にか無い。
突然「帰ろう」と思う。立ち上がると、身体が軽い。首回りも痒くなくて、私は幸せな気分でワゴン車を降りた。自転車のスタンドの固定を外して、サドルに跨る。制服にくっ付くオナモミを気にせずに、ペダルを回して、家に向かった。

暗くなった空。玄関横に自転車を停める。縁側から光が漏れていないことに、首を傾げる。玄関を開けて「ただいま」と口にする。リビングテーブルの上にあるシーリング電灯の、リモコンを手にしてボタンを押す。明るくなるリビング。「パパー、居ないの?」。仏壇へ続く襖を開けると、祖母が数珠を手に、蹲っている。何かを繰り返し呟いている。「どうしたのお婆ちゃん」。私が祖母の背中に手をやろうとした時、地面から離れてつま先が浮いているのに気づく。視線を上にやると、天井から伸びた縄で父は首をくくり、ぶら下がっている。

     ◇◆◇◆

家の入り口に、花輪が二つ並んでいる。家の前の道路の端には、見慣れない車が何台か停まっている。黒い礼服姿の大人がいる。お坊さんの読み上げるお経が聞こえる。
リビングと仏壇のある部屋の間の、襖が取り外されてひとつなぎの部屋になっている。お坊さんが木魚を叩く後ろで、祖母が数珠を手にぶつぶつと呟いている。その横に制服で私は座っている。首が痒い。

また火葬場にいる。焼かれた父の白い骨が、箸で摘まれている。摘まれた骨が、骨壷に運ばれる。祖母が義眼を口に入れようとしている。私はそれを止める。私の番が回ってきて、箸で骨を摘んだ。

夜。コオロギが鳴いている。制服のまま、私は部屋で、カッターで指先を切って、ヒニョラに血を吸わせている。ヒニョラは以前より大きくなって、缶の中が窮屈そう。缶から出して、机の上におく。なんとなく、カッターの刃の先端を、ヒニョラの胴の辺りに当てると、ブリュッと刺さった。ブリュブリュっと刺さるので、そのまま進めようとすると、指の先端を強く噛まれた。カッターを抜くと、刺した場所はすぐに元に戻った。
「千夏」。名前を呼ばれて振り返ると、礼服姿の祖母が立っていて、口をキャロキャロとやっている。目の前に来て、数珠をした手で、ヒニョラを鷲掴む。「家に入れるな」。ジューという音が聞こえて、青魚を焼いたような臭いが、祖母の手から立ち込める。「待って、溶けちゃう」。私は祖母の腕を掴もうとするが、バチバチっと火花が散って、掴めない。祖母は私の部屋を出て、仏壇の部屋へ向かう。私は追いかける。
祖母の手から、ずっとジューという音が聞こえている。カーペットの上に、溶けたヒニョラの白いものがボタボタと落ちる。祖母は、お線香を差す容器を持って、中の砂をヒニョラにぶちまける。ジューという音が更に大きくなり、ヒニョラの鳴き声が混じる。「やめてお婆ちゃん!」。叫ぶ私に、祖母は口にしていた義眼を吹きつける。義眼がぶつかった胸の辺りが、燃えるように熱くて、私は胸を押さえる。やだ、いやだ熱い。祖母はヒニョラを両手で握ると、ギリギリと強く握りしめる。ヒニョラがお餅みたいに、伸びる。伸びて、千切れた。銅より下の部分が、サラサラと砂になる。祖母の手を離れた上半身が、ずりずりと玄関まで這って、落ちる。祖母は数珠を外してヒニョラに投げつける。続けて、辺りにあった新聞を、懐中電灯を、ガムテープを、ペン立てを投げつける。何本かのペンとガムテープはヒニョラにぶつかり、白い身体に吸収される。昔飼っていた猫の、屋外への小さな出入り口から、ヒニョラは外に出て行った。祖母は玄関まで這って行って、数珠を拾い、ブツブツといったあと、倒れた。

     ◆◆◆◆

朝起きて、私は首を掻き毟る。痒い。痒すぎる。血が滲むので、ヒニョラに舐めさせたいけど、居ない。祖母は部屋で横になっている。制服に着替えようとしたが、どうせ学校に辿り着かないので、パーカーに着替えて、歯を磨いた。
仏壇の上の、遺影を眺める。母と父が、微笑んでいる。白々しい。私は首をガリガリと掻く。
縁側に光が差していて、レースのカーテンが揺れる。「にゃー」という鳴き声が聞こえて、振り返る。そこには白い、猫がいる。猫の首にはガムテープが筒ごとめり込んでいて、首を垂れて重そうにしている。「待って、外してあげるから」。私が近づくと、ガムテープの筒の下で、猫の首がゴロゴロと鳴る。手で触れようとした時、襖が開く音がする。猫はビクッとして、逃げてしまう。「外してあげるのに……」。開いた襖の間から、祖母が逃げる猫を睨んでいる。

ワゴン車にいる。後ろの席で、横になって、家から持ってきた漫画を読んでいる。暗くなったので、起き上がって、外に出る。自転車の前かごに、毛布が入っている。お爺ちゃん? 毛布に手をやると、温かい。私はペダルを漕いで、家に帰る。

毛布を持って、玄関を開けて、中に入る。疲れた表情で、祖母が椅子に座っている。口の中で、キャロキャロとやっている。私はまたかあと思って、吐き出させようと近づくと、私を見た祖母の眼が、光を取り戻す。「爺さん?」。私は、え、と思う。次第に祖母の眼に涙が溜まり、私に抱きついて、「爺さん、来てくれたんか」と言って泣き出す。私は、いよいよ仕上がって、と思うが、祖母は私から毛布だけ奪うと、胸にかかえて嗚咽した。

     ◆◆◆◆

布団の上で眼を覚ますと、祖母が私の口に、義眼を含ませようとしている。なんで? と思うが、祖母は真剣な表情で、私の口に、自らの義眼を含ませようとしている。「お婆ちゃん、やめて」。私は声に出すが、祖母はやめてくれない。「もう止めてってば!」私は祖母のお腹を、前足で蹴る。祖母はゲフッ、と言って、仰向けに倒れる。祖母の手から、義眼が転がっていく。「ごめんお婆ちゃん」。私は慌てて、起き上がる。すると、義眼を拾い上げた祖母が、私の口の中にそれを押し込む。「ゲホッ、ゲホゲホッ」。私はむせるが、それを飲み込んでしまう。ものすごく、いやだ。なのに祖母は、「よかった、よかったな。薬だからな、ありがとな爺さん」と言って涙ぐんでいる。私は、こわい、と思う。一刻も早く、家を出ていなかければいけない。祖母はそのあと、蹲って、布団に連れて行ったら、起きれなくなって、そのまま寝たきりになった。

     ◆◆◆◆

私は、首を掻き毟っている。今日も自転車に跨るが、もうヘルメットを頭に乗せることもしない。ただ、とっとこハム太郎のシールはかわいい。
ペダルを漕いでいると、雨が降ってくる。私はフードをかぶって、先を急ぐ。気づくとワゴン車の前にいて、乗り込む。一番後ろの席で、何度も読んだ漫画を、再び読み返す。もう面白くない。
雨が止んで、向かいの山の上に、虹がかかった。私は綺麗だなあと思って外に出ると、この前のガムテープの猫が、衰弱した様子で座っている。黒い舌を出して、尻尾を振り、「ヒニョラ」と鳴く。私はこみ上げるものを感じて、駆け寄り、指先を噛みちぎる。人差し指を、ヒニョラに差し出す。オナモミが一斉に「危ないよ、危ないよ」と合唱を始める。私は「危なくないよ、むしろ安全だよ」と応える。ヒニョラが私の指を舐めている間に、私は首にはまったガムテープに、手をやる。引っ張っても、繰り返し引っ張っても、外れない。それでも引っ張ったところ、ガムテープと一緒に、猫の首も取れてしまった。取れた瞬間、ガムテープの筒の中で、首が、砂になる。私はガムテープだけ握りしめて、膝をついて泣いた。

家に帰ると、椅子の上で祖母が死んでいる。毛布を抱きしめて、幸せそうだった。私は仏壇の部屋に行って、両親の遺影を、腕で薙ぎ払った。父の顔と、母の顔が畳の上に転がった。手にしたガムテープを、仏壇に投げつけた。仏具がガシャガシャといって、あたりに飛び散った。包丁を手にしようと、台所に向かおうとしたところ、背後から小さく「ヒニョラ」という声が聞こえた。振り返ると、畳の上に落ちたガムテープが、「ヒニョラ」と鳴いていた。私は、「私の名前は?」と聞いた。ガムテープは「千夏」と応えた。私は笑った。

文字数:6154

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