ヒニョラと千夏の共犯関係

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梗 概

ヒニョラと千夏の共犯関係

母親の遺体を焼いた後に遺骨を箸で摘んでいたところ一つだけ動く骨があり、それが笑わない少女・千夏とヒニョラの出会いだった。
ヒニョラは白く骨だったがそれでいてどこかに舌があり、千夏の血液を好んで舐めた。稀に「ヒニョラ」と鳴くためヒニョラと名付け、千夏は父親に隠れてヒニョラを飼育した。痴呆症の祖母は椅子に深く腰掛け、たまに自らの義眼を外して口に入れキャロキャロと回す。ヒニョラを家に入れようとする時だけ「入れるな」と叫んだ。
妻を失った千夏の父の絶望は深く、千夏の首を絞め自らも死のうとするが、ヒニョラの鳴き声が妻の声に聞こえ思い止まる。そこから父は妻が生きていると考えるようになり、かつての明るさを取り戻す。
田舎道。千夏はヘルメットを被り自転車に乗って中学へ向かうが辿り着かない。気がつくと橙色の光の差すワゴン車の前に導かれており、そこでヒニョラに血を与え小説を読んで過ごした。
ある日家に帰ると父親は幸福に満ちた表情で首を吊って死んでいる。祖母は椅子から立ち上がり手を合わせ「入れちゃだめだ入れちゃだめだ」と繰り返す。身内だけの葬儀が執り行われる。祖母はお焼香の際、ヒニョラに抹香を叩きつける。続けて腕にしていた数珠を、更には近くにあったガムテープを叩きつける。千夏と祖母の暮らしが始まる。
ヒニョラは小さくなっている。祖母は義眼を外すと千夏の口に含ませようとする。千夏が拒否すると祖母はヒステリックに千夏を叱りつける。千夏は学校に向かおうとするがワゴン車の前に辿り着いてしまう。ワゴン車の中で小説を読んで過ごす日々が続き、ヒニョラは小さくなっていく。千夏の血を舐めなくなりある日、ヒニョラが粉になってしまう。
朝起きた千夏は首周りを掻き毟っている。祖母は「まだだからまだだから」と繰り返し、義眼を千夏の口に含ませようとする。自宅の縁側に猫が現れる。猫の首にはガムテープが筒ごとめり込んでおり、千夏はそれを外そうとするが猫は逃げてしまう。
祖母が義眼を千夏の口に含ませようとしている。千夏が祖母の手を払うと義眼は転がっていく。その先にまたガムテープの猫がおり、義眼を飲み込む。猫が苦しみ逃げ出す。祖母は「これで安心これで安心」と口にし椅子の上に腰をかける。
千夏は首を掻き毟っている。自転車に跨るが、ヘルメットはもうしない。気づくとワゴン車の前にいる。そこには衰弱したガムテープの猫。舌を出して尻尾を振り「ヒニョラ」と鳴く。千夏は指先を噛みちぎり、ヒニョラに血を与える。尻尾を弱々しく振るヒニョラ。千夏はガムテープの筒を首から外そうとするが外れない。繰り返し外そうとしたところスポッと抜け、瞬間ヒニョラは絶命する。千夏はガムテープを握りしめ、膝をついて泣き喚く。
家に帰ると、椅子の上で祖母が死んでいる。仏壇の上の両親の遺影を腕で薙ぎ払う。手にしたガムテープが「ヒニョラ」と鳴く。千夏は笑う。

文字数:1189

内容に関するアピール

前回書いたコメディ物の中にも「首に何かが巻き付いた猫」は出てくるわけですが、これは僕が書く物語によく出てくるモチーフです。実際子供の頃、縁側にこれが現れ外してあげようと追いかけたのですが逃げられ、翌日家の前の道路で死んでいたことがあります。
義眼の老婆ですが、こちらも近所に住んでおり、家に遊びに来た際に忘れていき、幼かった僕はビー玉だと思い口に入れキャロキャロとやっていたところ母親に咎められ、吐き出したら眼で笑ってしまったことがあります。
質問が二つあります。一つ目。この物語はロジック的なことを語るのと語らないの、どちらが良いでしょうか。梗概は中間でやっており、どちらにも寄せれます。
2つ目はタイトル。コメディを書くことが多く、こうしました。迷ったもう一つのタイトルは『ヒニョラ』でした。
ホラーになるはずです。最終課題でやろうと思っていたことを詰め込みました。実作は書くと思います。

文字数:392

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排泄する、ヒニョラのいる風景

 朝の日の光が自販機の白を照らす。Dr.ペッパーのボタンを押すと、取り出し口から力水が出てくる。男はそれを手にして小さく呟く。「なんでや」。
 鼻の下に髭を蓄え、髪の毛の後退したデコをもつその男の名は、斉藤達郎、42歳。達郎の手にする紐の先にはヒニョラが繋がれており、目元だけで微笑んでいる。たまに「ヒニョラ」と鳴くが、発声機関がどこにあるのか分からない。続いて「ヒニョララ」と鳴いたため、達郎はヒニョラが排便したい状況なのだということに気づく。
「ちょっと待て、早まるな」
 達郎はヒニョラを片手で掴むと草むらに連れていき、胸元から愛機RICOH GR3を取り出してレンズを向ける。その背後を通学中の小学生が歩いていく。赤いランドセルを背負った少女二人は達郎を見ている。
「ねえ、あれちなっちゃんのお父さんじゃない?」
「ほんとだ、千夏のお父さん」
 ヒニョラの消化器官の末端から排泄物がひねり出される。達郎は地面に這いつくばり、カメラのシャッターを切っている。排泄するヒニョラの向こう側で、白とピンクのコスモスが咲いている。

 木々が生い茂る長い坂を登った先に、千夏の通う小学校はある。坂の途中に石碑があり、そこには「天才は1パーセントの才能と、99パーセントの努力」と刻まれている。千夏はそれを見るたびに舌打ちする。胡散臭いからだ。
 スニーカーを脱いで上履きに履き替えると、4年1組の教室のある2階へと歩を進める。千夏は将棋が好きなので「歩を進める」という表現が好きだ。でも本当に好きなのは香車で、あれは死ぬまでノンストップな動きが良い。でも結局、敵の陣地に入ると金に成る。なんかそういうことじゃないんだよなぁと思いつつも、敵陣地に入ると金に成らないと使い勝手が悪いので金になってしまうのだ。
 教室の開いたままの引き戸を抜けて自分の席に座る。千夏はランドセルから教科書や筆箱を取り出して机の中に入れる。そこに、クラスメイトの綾乃と麻衣が登校してくる。前髪をデコの上で纏めた綾乃と、黒縁メガネの麻衣。
「ちなっちゃんおはよー」」
「千夏おはよ」
 二人の挨拶に、千夏は右手を上げ口の動きだけで「おはよう」と返す。千夏の中で最近流行っている挨拶なのだが、千夏の中でしか流行っていない為、綾乃は少し嫌そうな顔をする。麻衣は気にしていない表情で話しを続ける。
「そういやさっき千夏のお父さんと会ったよ」
「パパ? 何してた?」
「ヒニョラのうんち写真撮ってた」
 え、と思う千夏。麻衣が続ける。
「千夏のお父さんって謎だよねえ」
「ねえ。いつもカメラ持ってヒニョラの散歩してるし。あの人なにしてる人なの? カメラマン?」
「んー、カメラマンではないような」
「じゃあ何してる人?」
「うーん」
 ガラガラと引き戸を閉めながら教師が入ってくる。
「あ、今日私が当番だ」
 綾乃が口にして前に向き直る。生徒たちが一斉に席に戻る。
「きりーつ、礼」
 教師に対し朝の挨拶がされる中、千夏は思案の表情を浮かべている。

 コオロギが鳴いている。「斉藤」の表札がかけられた平家。千夏は掘り炬燵に足をつっこみ、TVを見ている。画面にはアニメが流れている。達郎が料理の乗ったトレーを持ちやってくる。その後を、ヒニョラがカーペットの上をずりずりと這ってくる。
「出来たぞ」
 茄子炒めの乗った皿を、テーブルの上に置く達郎。続けて丼が二つ置かれる。千夏はTV画面からテーブルの上に視線を移す。
「ママは?」
「残業だろ」
 千夏は丼を見て、訝しげな表情を浮かべる。
「何これ」
「しもつかれ丼」
「栃木の郷土料理の?」
「美味いぞ」
「吐瀉物みたい」
「お前、そういうこというなよ」
「私、普通のご飯でいい」
 千夏は立ち上がると、キッチンに向かう。食器棚からご飯茶碗を取り出すと、電子ジャーを開き白米をよそる。
「ねえパパ、今日の朝、綾ちゃんと麻衣ちゃんに会ったでしょ?」
「パパじゃない。俺のことは親父と呼べ」
「パパのこと、カメラマンなのかって聞かれた」
 達郎は少し嫌そうな顔をした後、しもつかれ丼をかっこみながら答える。
「似てるけど違うな。俺は写真家だ」
「それってどう違うの?」
「俺は商業的な写真は撮らない。写真を金に換えないんだ。だからカメラマンじゃない」
「じゃあ仕事なに? 無職?」
「写真家だろ。あと時々料理研究家でもある。茄子炒め食え。美味いぞ」
 千夏は掘り炬燵に足を突っ込むと、茄子炒めをご飯にバウンドさせて口に運ぶ。
「うま」

 畳の部屋。障子の外から光が差し込んでいる。布団の上に短パンTシャツ姿で寝ていた千夏は、目覚まし時計に目をやると飛び起きる。8:30の表示。
「げ、遅刻じゃん! なんでパパ起こしてくれなかったの!」
 慌てて起き上がり、襖を開けて隣の部屋に向かう千夏。そこには、スーツスカートにYシャツのまま布団に横になっている千夏の母、斉藤直美の姿。
「げげ! おいママ!」
 千夏は直美の布団を引っぺがす。
「ねえ、ヤバイよ、8時半! 会社」
「ええ? 何がやばいの」
「だーかーらー! 会社! 8時半だから!」
「何言ってんの、今日は日曜でしょ」
「ああ、よくあるやつですね」
 千夏は旋回すると、顔を洗いに洗面所へと向かう。

 タオルで濡れた顔を拭いながら、キッチンへと向かう千夏。
「パパ〜、お腹へった〜」
 キッチンテーブルの上に目をやり、冷蔵庫を開けて中を見る美和。達郎の部屋に向かいドアを開けるも、部屋に父の姿はない。千夏は仕方なく冷蔵庫から牛乳パックを取り出し、コップにそれを注ぐ。リビングに持っていくと、掘り炬燵に足を突っ込んで牛乳を飲み出す。直美がジャージに着替え起きてくる。
「おはよう、娘」
「おはよ。ねえ、お腹へったんだけど」
「あれ、パパは?」
「居ない。ヒニョラも居ないから散歩だと思う」
「カメラも持たずに? 珍しいね」
 直美は茶箪笥の上のカメラを手に取り、電源のオンオフを繰り返しながらキッチンの方へ歩いていく。

 紐で繋がれたヒニョラが、アスファルトの道路の上を器用に移動している。紐を手にした達郎が自販機のDr.ペッパーのボタンを押すと、取り出し口からマウンテンデューが出てくる。「なんでや」。
 炭酸飲料の缶を手にフリーズしている達郎の足元で、ヒニョラが「ヒニョララ」と鳴く。
「待て、早まるな」
 達郎は缶を上着のポケットに入れると、ヒニョラを片手で掴み、草むらに連れていく。草むらの中でヒニョラは消化器官の末端の蓋をパカリと開け、排泄物をひねり出し始める。達郎は胸元に手をやるが、そこに愛機RICOH GR3はない。
「写真家、失格じゃねえか」
 達郎はヒニョラの排泄を眺めながら、マウンテンデューのプルタブを開ける。

 斉藤家のキッチン。ガスコンロの上にフライパンが置かれている。キッチンテーブルの上で、直美はホットケーキミックスの粉と牛乳を混ぜている。机の角で殻を割ると、そこに生玉子を入れる。直美は3個目の玉子を割ると、口を大きく開け、その中に生玉子を流し入れる。続けて醤油をドバっと口に含み、ゴクリと飲み込む。
「あ〜、命の味がするわ」
 千夏は嫌そうな顔で、その様子をカメラのファインダー越しに眺めている。
「醤油の味でしょ、それじゃ。てか、ママ本当に作れるの?」
「ホットケーキくらい作れるわよ、私だって女子だし」
「女子」
 直美は棚からプロティンの袋を取り出すと、計量スプーンで掬い、ホットケーキミックスの入ったボウルに入れ混ぜ出す。
「ちょっと、なんで」
「なんでって、結局のところ筋肉よ?」
「どういうこと? やめてよ、私ムキムキになりたくないし! ただでさえ最近足太くなったって綾ちゃんに言われてるんだから」
「いい傾向じゃない。太腿の筋肉が一番基礎代謝に影響する筋肉だからね」
「いらないよその情報」
「最近粉もの焼くときは、プロティン混ぜるようにパパに言ってあるの」
「なんで? 原因それじゃん! やめてよ」
 直美はホットケーキミックスとプロティンを混ぜた液体を、熱したフライパンに入れる。ジューという音が響く。

 炬燵テーブルの上に、焼け焦げたホットケーキが2つ並んでいる。千夏はフォークを手に、それを口に運ぶ。
「にが」
「……パパ帰ってくるの待とうか」
「ねえ」
「なに?」
「ママってさ、料理出来ないからパパと結婚したの?」
「なに急に」
「パパって若い頃はイケメンだった?」
「だから何よ急に。あの顔が若くなってもイケメンにはならないでしょ」
「じゃあ何がよかったの?」
「ええ……」
 直美は考え込む。暫く考え、達郎のカメラを手にする。保存されている写真をスクロールさせ、一枚の写真で手の動きを止める。その時、玄関のドアの開く音と、「ヒニョラ」という鳴き声が聞こえる。
「あ、パパ帰ってきた」
「カメラ忘れたんだけど」
 千夏は立ち上がり、玄関へと向かう。
「ねえ、ママがさあ、ホットケーキ焼いたんだけど、焦がしてさあ」
リビングに一人になる直美。カメラの液晶、一枚の写真を眺めている。
「こういうとことか、割と好きかな」
 液晶には、白とピンクのコスモスを背景に排泄する、ヒニョラの写真が表示されている。

文字数:3699

課題提出者一覧