蘇る悪夢
【悪夢その1】
とことん悪運に好かれてしまった男がいた。
まるで貧乏神、疫病神、そして死神に気に入られてしまったように、その男がやることなすこと全て裏目に出てしまう。彼は世界中の不幸を全部背負ってしまったかのような人生を送っていた。早くに両親をなくし兄弟もいない親戚もいない。アルバイトをしながら大学を卒業して、なんとか就職までこぎつけた。しかし、一年も経たないうちに就職した会社は倒産してしまう。そのあと二十代は五つの会社を渡り歩き、三十歳になったとき六つ目の会社に解雇された。何度も詐欺にあい貯金はほとんどゼロに等しい。親しい友人もいない。出会いにも恵まれず独身だった。彼は罪を犯したこともない。たいした欲ももっていない。普通に生活して生きていければいいと心の底から思っているのに、どうしてこんな最悪の状態に陥ってしまうのだろうか。それほどまでに俺は悪いことをしたのか。いつの頃からかその男は世の中の全てのものを憎悪し始めていた。そして、その憎悪は彼の心の奥深いところに、ポツンと小さな黒い影みたいなものを生み出した。その影はしだいに大きな塊に育っていった。
そんな不幸な男のもとにある日ひとつの荷物が届く。それほど大きくはない。帽子がひとつ入るぐらいの大きさだな、と思いながら男はダンボール箱を開ける。男は驚く。まさしく帽子のようなものが入っていた。これは何だろう?と男は帽子のようなものを箱から取り出して、ためつすがめつ眺める。この他には何も入っていなかった。誤配送されたのかと思ってダンボール箱に貼られている発送伝票を彼は確認した。間違いなく自分の名前が記されている。発送元は、『救済者』とだけ書いてある。誰かのイタズラか?この後に請求書が送られてくるのか?以前にも注文もしていない物が届いて、その後に請求書がきて十万円ほど騙し取られたことがあった。またその手の詐欺だろうか?なんで俺ばかり狙われるんだ、と不幸な男は憤慨する。すると携帯電話のメール着信音が鳴る。憤慨したまま男はメールを読む。『おめでとうございます。厳正なる抽選の結果、あなたはご当選されました。あなたの悩みを全て解決してくれるこの“夢帽子”をプレゼントいたします。さっそく今夜から、この夢帽子を頭に装着してお眠りください。素敵な夢世界をお楽しみください』男は、誰だか知らないが悪ふざけしやがって!と怒りもあらわにしてその夢帽子とやらをゴミ箱に投げ捨てる。しかし、その夜、不幸な男は何者かに操られるようにして、無意識のうちにゴミ箱から夢帽子を取り出して、かぶって寝た。
夢の中で男は、心の中で大きく育った黒い影の塊に出会った。その塊はもはや影ではなかった。醜悪な姿の実体となっていた。その実体が、大きく口を開け大きな牙を見せながら男に襲いかかる。悲鳴をあげながら男は目を覚ます。夢だったのかと男はホッと胸をなでおろす。寝汗で躰がぐっしょり濡れている。シャワーを浴びようとして男は立ち上がる。そして、男の呼吸が一瞬とまる。足から力が抜けるようにベッドに尻餅をつく。目の前に夢から連れてきてしまった醜悪な怪物が立っていた。再びの悲鳴。怪物が男に襲いかかる。男の悲鳴はとまらない。喉元に熱い鋭い痛みを感じて、迸る血の温かさを顔に浴びながら、男の意識は遠ざかっていく。
その醜悪な実体は、人の夢から夢へと渡り歩き増殖していった。
【悪夢そのニ】
何処かで電話が鳴っている。携帯電話の音ではないようだ。昔の、ずいぶん昔の黒い電話機の音だ。その音が、何処か遠くで鳴っているから小さな音だけれど、ベッドで眠る男の聴覚を刺激している。やがて、その男は眼を覚ました。ベッドの上で上半身を起こして、躰の向きを変えて床に足を下ろしてベッドの縁に座る姿勢になる。電話の音は鳴り続いている。男は寝起きのボンヤリとしている頭がスッキリするまで、その姿勢を保ち続ける。数分が経過する。その間も電話は辛抱強く鳴り続けている。ようやく男はベッドから立ち上がる。少しふらつきながら電話の音がするほうへ歩き出す。男は寝室のドアから廊下に出る。そのとき振り返って寝室を見た。薄暗い部屋の中央にさっきまで寝ていたベッドが置かれている。さっきまで寝ていたのに綺麗にベッドメイキングされている。その部屋はベッドの他には何も置かれていない。壁と天井は靄のようなものが漂っていてはっきり見えない。だから、どれくらいの広さの部屋なのか、この薄暗い明りの光源はどこからきているのか、わからなかった。そこで、男は気づく。そうか、ここは夢の中だ。俺は電話の音で目が覚めたのだと思っていたけど、まだ夢の中にいるんだな。男は、今自分は夢を見ているのだと自覚できる明晰夢を見ることができる。しかし、今自分は夢の中にいるのだと分かっていても、その夢の内容を自分でコントロールすることはできなかった。そのことにこの男はまだ気づいていない。
電話の音はまだ聞こえている。男は電話を探すために音が聞こえてくるほうに向かって廊下を歩き始める。長い廊下だった。いくら歩いても電話に辿り着けない。何処か遠くで鳴り続けている。夢の中だから時間感覚が全く無い。疲れることもない。自分の夢の中だと分かっていても、自分の意思で歩くことを止めることができずに、男は電話を求めてひたすら歩き続けた。突然、電話の音が大きくなる。ハッと気がつくと男はもう廊下を歩いていなかった。畳が敷かれた部屋の中に立っている。広い部屋だ。子供のころ夏休みに遊びに行った祖父母の家の広い畳の部屋が、この夢の元になっているようだと男は思う。何枚もの畳が見渡す限りどこまでも敷きつめられている。電話の音はさらに大きくなり男は周囲を見回す。黒い電話機が男の足元で鳴っている。古い電話機だ。これも祖父母の家にあった。男はこの電話に出たくなかった。この黒い電話機の形とこの大きな音は、何か得体の知れない不気味さを感じる。男は早くこの夢から覚めたかった。早く眼が覚めてくれという思いを無視するかのように、男は鳴り響いている黒電話の前に膝をつく。右腕をゆっくり伸ばして受話器を掴む。それを持ち上げないでくれ!という男の思いを裏切るようにして、男の右手は受話器をゆっくり持ち上げた。電話の音がやんで静寂が男を包み込む。男の右手は受話器を男の右耳に押し当てる。
「やあ、久しぶりだな。元気そうでよかった。今から会いに行くよ」
受話器から聞こえてきた声は小さいけれど迫力ある声だった。男はその声を聞いて一瞬のうちに過去の忌まわしい出来事を思い出す。
「ここへ来られるものなら来てみろ。オマエはそこから出られないだろ」
男は受話器を握りしめて送話口に向かって叫ぶ。
「アンタごときがこのオレを、こんなところに閉じ込めたことは、褒めてやる。しかし、あれからもう随分と長い時間が経っているんだよ」
電話の向こうの声が言う。
「だからどうした。何が言いたいんだ」男が言う。
「時間が経てば全てのものは古くなり脆くなるということだ。アンタの心の奥深くの、アンタが気づくことのない無意識の領域も、朽ち果てていくんだよ」
受話器の向こうの声は薄ら笑いを浮かべているようだ。
「オマエは、俺が作った鍵をかけた鉄の箱から出て、あの鍵をかけた部屋から出てきたのか?」男は受話器の送話口に唇が触れるくらい近づけて言う。
「まだだ。しかし、もうすぐだ」電話の向こうの声は楽しそうに言う。
「その部屋から出てきたら、俺がまたオマエを閉じ込めてやる」
「オレは二度も同じ手は食わない」
「ここは俺の夢の中だ。オマエを自由にはさせない」
「それは、どうかな。確かにここは、アンタが見ている夢の中だ。オレもアンタの夢の中で生まれた。だから、オレはアンタにコントロールされている。いや、されていた」受話器から聞こえてくる声を男は苛立ちながら聞いている。
「オマエは何が言いたいんだ」
「オレはアンタになんか縛られていない。自由に動けるようになった」
「そ、それは、無理だ。オ、オマエはどんなに頑張っても、所詮は俺の夢なんだよ」男の声は上擦っている。
「今アンタは怖がっている」
「な、何を言う、怖いなんて、そんなことあるわけないだろ。ここは俺の夢の中だぞ」
「その自分の夢を、アンタはコントロールすることができない。だから怖い。ベッドで目覚めたときから、この電話のところまで歩いている間も、そしてオレとこうして電話で話している今も、怖くて怖くて怖くて仕方ないんだ」
「そんなことはない。ここは俺の夢だ。俺が自由になんでもコントロー」
「違うよ。今この夢をコントロールしているのはオレだ」
電話の向こうの声がそう言うと、突然あたりは暗くなり激しい雨と雷に包まれた。
男の手から受話器が落ちる。大粒の雨が男の頭、肩、背中、全身を激しく強くたたく。雨粒ひとつひとつに電話の男の怨念が込められているようだと男は思う。全身を激しく打ち続ける雨粒が痛い。怨念の力に逆らうように力をこめて男は立ち上がる。見渡す限り敷きつめられていた大量の畳は消えていた。今男の目の前に広がっているのは岩だらけの荒地だった。あちらこちら無数に転がっている大小の岩に落雷している。岩が砕ける。雨と雷と岩が砕ける音が男の鼓膜を襲う。男は、この悪夢から目を覚ませ!と強く念じる。
「いくら念じても無駄だ。アンタはこの夢から逃れることはできない。ここはもう俺の夢だ」
受話器を落としたのに電話の男の声が聞こえる。男は振り向く。電話の男が目の前に立っている。
「このオレが作る夢の中を死ぬまで、いや、ここでは死ぬこともできないから、アンタの意識はオレの夢の中を、永遠に彷徨い続ける」
豪雨と雷の音の中でも電話の男の声はよく聞こえた。男は激しい雨に強く叩かれながら、力を振り絞って電話の男に向かっていく。
「オマエは俺の夢の中で生まれた。もうずっと昔のことだ。あの当時流行った“夢製造機”でオマエは作られた」すぐそばに落雷する。まぶしい閃光と空気が破れそうな大音響に男は一瞬意識が遠のく。
「あー、たしかにそんな装置があった。しかし、それは単なるキッカケでしかない。オレはアンタの無意識の中にもともといたんだよ。あんなオモチャみたいな装置がなくても、オレはアンタの中で生まれてたよ」
「そうだ、オマエは俺の心の一部だ。だから俺の中で大人しくしていろ」男はびしょ濡れになりながら電話の男に説得するように言う。
「それはできない」また近くで落雷して砕けた岩の欠片が飛んでくる。
「どうして出来ないんだ」
「オレはアンタの無意識の中から生まれた。つまりオレが生まれることを、アンタは無意識のうちに望んでいたんだよ」
「嘘だ。俺はオマエなんか望んでいない。だから俺はオマエを心の奥深くに閉じ込めたんだ」
「そこからオレは出てこられた。アンタの無意識がオレが自由になることを望んでいるからだよ」
「違う。絶対に違う。オマエは誰だ?何処から来た?どうやって俺の無意識の中に入り込んだんだ?」
ひときわ大きな稲妻が男の頭頂部に落ちた。まばゆい閃光と空気を震わす大音響が去ったあと雨はやみ静寂が訪れた。男は意識を失い倒れている。しかし、死んではいない。夢の中で死ぬことはできない。男は自分の無意識の悪夢の中を永遠に彷徨い続ける。
激しい雷雨がおわって夜空には星が瞬き始めた。時刻は真夜中過ぎの三時になったころ。昼間の喧騒が嘘のように都会の街は静まり返っている。そんな都会のビルとビルの間の細い路地で一人の男がひとつの死体を見下ろしている。その死体はぐっしょりと雨に濡れている。いや、もしかしたら、まだ生きているのかもしれない。できれば命を助けたい。犠牲者は増えるばかりだ。この男で最後にしたい。と見下ろす男は考えていた。足音が聞こえてくる。小走りしているようなリズミカルな音だ。小柄な影が見下ろす男に近づく。
「間に合わなかったんですね」はずむ息を整えるようにした女性の声が見下ろす男に言う。見下ろす男は黙って頷いてから
「この人はまだ生きてるのかな?」と小柄な影の女性に訊く。
「ちょっと待ってください」と女性は言ってもう一度呼吸を整えるように大きく深呼吸をしてびしょ濡れで倒れて動かない男の傍に跪いた。そして左手の掌を死体のように見える男の胸元に置く。精神集中するかのように目を閉じる。しばらくして女性はゆっくり眼を開けると、死体のように横たわるびしょ濡れ男の額を凝視する。静寂に包まれる都会の片隅で、彼女の呼吸音だけが空気にさざ波を起こしているような数十秒が過ぎる。やがて「この人はまだ生きています」完全に呼吸が落ち着いた彼女は静かに言った。
「でも、この人の意識が戻るのは、難しいと思います」
「あの黒服の男は?」
見下ろす男が訊くと小柄な女性は首を横に振りながら
「この人の無意識の中には、もういません」と残念そうに言う。見下ろす男はまた黙って頷いて
「とにかくこの人を運ばないと」と言いながら手首に嵌めている通信機で連絡をする。
「あの黒服の男を、なんとかして捕まえないと、犠牲者は増えるばかりだ」男はさっき考えたことを声に出して言う。
「そうですね。でも、それも難しいと思います」
「あの黒服の男は実体はないのか?」
「はい、現実世界に現れることは、たぶん不可能だと思います」
「たぶん?」
「まだアイツの全貌が明らかになっていないから」
「そうか。わかっていることは」
「はい、アイツは人の夢から夢へと渡り歩くことができる、ということだけです」空からまぶしい光が降りてきた。まだ生きているぐしょ濡れの死体のような男の躰がその光に吸い込まれていく。
「ひとまず帰ろう。お互い少し寝てから次の作戦を考えよう」
「そうですね。わたしはたくさん眠りたいです」東の空が明るくなってきた。「あ、富樫さん、もう一つ分かったことがあるんです」小柄な女性は歩きながら言う。「どうやらアイツは、時間軸も移動できるみたいなんです」
「それじゃあ、あの黒い男は」
「はい、もしかしたら今頃は、過去の人の夢の中に潜んでいるかも」
【悪夢その三】
どうして職場の飲み会であんな話をしたのか、冴島アキオにはわからなかった。今まで思い出すこともなかった子供のときの、それもかなり幼いまだ五歳ごろの忘れていた記憶なのに。ふと思い出してしまったのだ。暗い湖の底深くから浮き上がってくる水泡のように、ポカリと心の表面にあらわれて、なんの躊躇いもなく声に出して話してしまった。いや、まったく躊躇いがなかったわけではない。頭の奥のほうで、ほんの一瞬、話してはダメだ!と言う小さな声が聞こえたような気がした。しかし、その声を無視してしまうかのように口が無意識のうちに動いて話してしまった。「昔、子供のころ、僕は山道で迷子になったことがある」と。これといって人を引きつける話でもないし、全然笑いどころもないし、もちろんオチもない詰まらない話だ。いつも飲み会では、自分から話をすることがほとんどないアキオは、こんな詰まらない話をなぜ唐突に話しているのだろうと、自分の話す声を聞きながら自分で驚いた。職場の上司や同僚たちも驚きの表情をしている。それを見てアキオは気恥ずかしくなり、急いで話を終わらせようとして「そのとき、よく覚えていないんだけど、なんかもの凄く怖い思いをしたんだよ」と言って話を終わらせた。
飲み会の帰りの夜道を歩きながら、アキオは思い出した子供のころの記憶の詳細を考えることにした。しかし、いくら考えても記憶の細部までは思い出せなかった。何処ともしれない深く濃い霧が立ち込める山道を彷徨い歩いて、そして怖いモノと遭遇した。いくら頭の中の記憶をまさぐってみても、それ以上のことは思い出せなかった。もしかしたら、この記憶は現実に起きたことではなく、子供のころに見ていた夢ではないのか、とアキオは思い始めた。夢は夢でも悪夢だったのではないかと。
駅から自宅アパートまでの夜道をアキオは少し酔った足取りで歩きながら考えている。アルコールには弱いアキオにしては、今夜は少し飲み過ぎてしまったと自分を戒めている。いつもの飲み会の帰りよりも足元が覚束ない。脳味噌もアルコールに浸されて膨張しているみたいで、考えがうまくまとまらない。とにかく早く帰って寝てしまおう、とアキオはそれだけを考えることにして、ふらつく足を動かしている。すると、頭の奥のほうで、また小さな声が聞こえたような気がした。飲み会の途中で聞いた声と同じ声だった。誰かに呼び止められたのかと思ってアキオは立ち止まって振り返る。街灯に照らされた薄暗い夜道には誰もいない。深夜の住宅街は静寂に包まれている。気のせいだと思って歩き出したアキオは、突然気が遠くなり意識を失う。それでもアキオは歩き続けていた。
一人の中年男性が迷子になって彷徨い歩いている。すれ違う人に声をかけまくっている。「アキオが何処にいるのか教えて。僕、アキオに言わなきゃいけないことがあるんだよ。アキオはどこ?何処にいるの?」その声は少年の声だった。通行人が警察に通報して、迷子の男性は駆けつけた警察官に保護される。「僕には名前はありません。アキオの友達です。アキオとはもう長いあいだ会っていません。アキオは僕のこと、忘れてるかもしれない。この写真をアキオに見せてください。この写真を見れば、アキオはきっと僕のことを思い出すから」と言って、声だけは少年の中年男性は警察官に二枚の写真を渡す。一枚は誰も写っていない。もう一枚は一人の少年が写っている。写真を渡すとその男性は意識を失ったように倒れてしまう。
飲み会から数日後の朝、冴島アキオは寝坊をした。いつもの平日なら目覚まし時計の世話になることもなく、朝の六時半前には目が覚めていたのに、その日の朝、アキオが目を開いて見た時計は九時過ぎを告げていた。眠気の靄が残る意識の中で、アキオは一瞬、今日は休日だったかなと思ったけれど、すぐに否定するアキオ自身の声が頭の中で叫んだ。今日は木曜日だ。午前十時からの会議に出席する予定だった。ケータイを見ると上司からの着信とメールがあふれている。眠気の靄が一気に晴れた頭をうごかしてアキオは上司に謝罪のメールを送った。会議には代わって出席してもらい午前休の了承をもらって、アキオは大きく安堵のため息をついてベッドに腰掛けた。アキオにとって寝坊したのは本当に生まれて初めての経験だった。子供のころからアキオは、両親の手を煩わすことなく決められた時間に起きることができる、手間のかからない子供だった。そんなアキオがどうして今朝は寝過ごしてしまったのだろう。アキオは着替えをすることも忘れて、パジャマ姿のままベッドに腰掛けて、昨夜の寝るまでの行動を思い出そうとした。残業して帰ってきたのは確か夜の十時過ぎだった。食事は帰る途中で済ましてきた。すぐに風呂を沸かして、入って出てきたのは十一時半ごろ。缶ビールを飲みながらテレピのニュースを見て日付が変わるころ睡魔がやってきてベッドに潜り込んだ。いつもと変わらない夜だった。これでアキオはいつも必ず朝の六時半になる前に目が覚めていた。何年も続けて体に染みついている習慣なのに、今朝に限ってどうして寝坊してしまったのだろう?アキオはしばらく考えてみたが、はっきりとした答えは出てこなかった。自分も今年で四十歳になる。気づかないうちに疲れがたまっているに違いない。朝起こしてくれるパートナーもいない。目覚まし時計を買うことにしよう、と心に決めてアキオはベッドから立ち上がった。
立ち上がった瞬間、眼の前に黒い影のようなものが見えた。アキオは目眩がしたような気分になり片膝をついた。顔を上げると黒い影はもう見えなかった。そうだ、僕はさっき目が覚めるまで、夢を見ていたんだ。あの先週末の飲み会があった夜から見るようになった夢だ。黒い影を見て思い出した。でも、どんな夢だったのかアキオは思い出せなかった。飲み会のときに思い出した子供のころに迷子になった記憶と同じように、夢の詳細は思い出せない。一言で言えば、それはとても怖い夢だった。それにしても、どうして先週の飲み会の夜から夢を見るようになったのだろうかとアキオは戸惑っている。アキオは子供のころから夢を見たことがなかった。
午後一時までに仕事場に行けばいい。今は十時半をまわったところ。四十分もあれば仕事場に着けるからアキオは今さっき目にした黒い影について考えることにした。それから目覚める直前まで見ていた夢のことを考えることにした。ほんの一瞬見えただけだけど黒い影は人の形をしていたような気がした。そして動いていた。こちらに向かってこようと一歩踏み出したように見えた。見ていた夢の残滓が頭の中にあることをアキオは感じていた。子供のころから夢を見たことのないアキオには、夢を見るという感覚がどういうものなのか正確には分からなかった。学校のクラスのともだちが、昨夜こんな夢を見た、という話を聞いて想像するだけだった。どうして自分は夢を見ないのだろう?と子供のころのアキオは不思議に思った。悩んでいたわけではない。夢なんか見なくても困ることはひとつもなかった。夜布団に入って目を閉じる。そして目を開けたときは明るくなっている。暗い闇の中にしずんで、ある決められた時間が経過したら闇から浮上して目を開ける。アキオにとっての睡眠はこんな感覚だった。しかし、先週の飲み会の夜から、睡眠中の闇の中には何かがいる気配がするようになった。闇の中で何物かが蠢いている。あれが夢というものなのか。あ、今思い出した。確か小学生のころ夢の話をよくしていた友達がいた。アキオは唐突に思い出した。夢のことばかり集中して考えていたからだろうか。その友達は小学三年生か四年生のときのクラスメイトで、アキオと気が合って休み時間によく話をしていた。ほぼ毎朝会うと一番に前の晩に見た夢の話をアキオに伝えていた。笑える夢悲しい夢変な夢怖い夢と、実にバラエティに富んだ夢で、アキオは毎朝その友達の夢の話を聞くのが楽しみだった。自分も夢を見てみたいと、子供のころのアキオは思った。
いや、違うぞ。アキオの記憶は少しずつ戻ってきていた。そのころの子供のときの僕は、夢を見ることができていた。その友達に僕も自分が見た夢の話をしていたんだ。その友達はある日を境にして学校にこなくなった。そして僕は夢を見ることができなくなった。あの当時、一体何があったのだろうか?アキオの子供のころの記憶はまだ不完全だった。その友達の名前をアキオはどうしても思い出せなかった。ふと時計をみると十二時を五分ほど過ぎている。アキオはまだ起きたままのパジャマ姿だった。大急ぎで着替えて顔を洗ってアキオは家から飛び出した。
外は晴れていた。九月も半ばを過ぎてそろそろお彼岸なのに太陽の陽射しは熱かった。駅までの十分ほどの道のりをアキオは早歩きして、ホームに着いたときタイミングよく滑りこんできた電車に乗った。昼時の電車の車内は空いていて冷房に冷やされた空気が汗ばんだ躰に心地好い。ドアのすぐ横の座席があいていたのでアキオは座った。降りる駅までは約三十分の時間がある。アキオは頭の中を再び子供のころの時間に巻き戻した。今は東京で仕事をして生活しているアキオだけれど子供のころは母親の実家で育った。東北地方の・・・えっと、何処だっけ?詳しい地名をアキオは覚えていなかった。物心ついたときから父親はいなかった。あれ?へんだなぁ。さっきは両親の手を煩わせない子供だったと思い出していたのに。だから母親の実家で暮らしていたのだ。祖父と祖母の顔は・・・駄目だ、思い出せない。あ、そうだ、母から、お父さんはアキオが産まれる直前に事故で死んでしまったと聞かされていたんだ。その母は今どうしているのだろう?今でもまだ実家にいるのか?それとも、もうこの世には・・・。何歳まで母親の実家で暮らしていたんだっけ?アキオは子供のころの記憶がほとんど無いことに気づいて愕然とした。おそらく昨日までのアキオは、子供のころの記憶は全部失っていたのだろう。飲み会の夜から見るようになった夢がきっかけとなって、子供のころの記憶が蘇り始めているのだろう、とアキオは思った。どうして夢を見るようになったのだろうか。それも悪夢を。あの飲み会の夜が、悪夢を見るきっかけになっているようだ。
夢の話をしていた友達が、子供のころの記憶を思い出す鍵を握っているような気がする、とアキオは確信する。なんとかして子供のころの記憶を取り戻さないと。どうして今の自分がこうしているのか?どんな経緯があって今現在の自分か存在しているのか?アキオは分からなくなっていた。昨日まで極普通に仕事をして生活していたのに、飲み会の夜から見るようになった悪夢を境にして、アキオは自分が何者なのか全然分からなくなってしまった。アキオは電車のシートに座って電車の揺れに身を任せながら、必死になって昔のことを思い出そうとした。しかし、アキオの頭の中は白い靄のようなものが立ちこめて、過去のアキオの姿は全く見えてこなかった。苛立つアキオの意識の壁を何かが叩いている。アキオが降りる駅名を車内アナウンスが流していた。閉まりかけのドアに躰をぶつけながらアキオはホームに転がるようにして飛び降りた。
アキオは公務員だった。今は福祉関係の仕事をしている。出席する予定だった今日の午前中の会議は、来年の春に新設される高齢者施設の件だった。アキオの仕事場である市役所まで今降りた駅から歩いて約十分かかる。午後の仕事の開始時間である午後一時までには着けそうだ。頭の中を子供のころの時間から現在時間にアキオは歩きながら戻した。秋の気配をまるで感じさせない太陽は相変わらず熱い陽射しを地上に降り注いでいる。市役所庁舎が見えてきた。荘厳な雰囲気を醸し出しているその庁舎が築何年経っているのかアキオは知らなかった。たぶん自分の年齢よりは上だろうとアキオは想像している。正面の入り口ではなく、いつも使っている裏口の職員専用口から入ろうとして、アキオは庁舎を取り囲むようにしている細い道に歩を進めた。いつもの習慣でほとんど無意識状態だったアキオは、突然目の前に現れて立ちふさがった男にぶつかりそうになった。アキオは驚いて飛びのく。その男は身長約百七十センチのアキオより十センチ以上は高くて、上からアキオを見下ろす眼は鋭い光を放っている。そして黒っぽいスーツを着ている。呆然として言葉もでないアキオに向かって、その男は見かけからは想像もできない柔らかい声で言った。「冴島アキオさんですね。先週の金曜日の夜のことについて、お伺いしたいのですが。ちょっとだけお時間を拝借願いませんか?」先週の金曜日の夜といえばあの飲み会の夜だ。アキオはついさっきまで考えていたことなので「はい、いいですよ」と条件反射のように声が出た。
その男は刑事だった。自分の仕事場を目の前にしてアキオは上司の高橋に「今日は休ませてください」と電話をした。この刑事は、ちょっとだけお時間を、と言ったけど、おそらくちょっとだけでは済まないのだろう。アキオは手短に状況を高橋に伝えた。そうか、わかった、と一言だけ言って高橋は電話を切った。その声を聞いたアキオは、高橋は先週の飲み会の夜について、何か知っているのではないかと疑念を持った。この刑事と話をすれば、あの飲み会の夜に自分に何が起こったのかが判明するだろう。そして、悪夢が何を意味しているのかも、きっと分かるに違いない。そうすれば子供のころの記憶も蘇ってくるだろう。アキオは刑事の男に連れられて、残暑の熱に炙られる街の中を警察署に向かって歩いた。
アキオが連れてこられた部屋は取調室ではなかった。事件の容疑者というわけではないので、と言って刑事はアキオを応接室のような部屋に招き入れた。てっきり殺風景な取調室のパイプ椅子に長時間にわたって座らせられるのだろうと覚悟していたアキオは、戸惑いながら刑事が進めるソファに腰掛けた。渡された名刺には、警部補 富樫良一と書かれている。富樫警部補はアキオの正面に座った。そして
「先週の金曜日の夜のことを覚えていますか?」と言った。
やはりあの夜に何かあったのだ。と思いながらもアキオは
「先週の金曜日の夜は職場の人達との飲み会がありました。僕は二次会には参加しないで帰ってすぐ寝てしまったので、刑事さんにお話しするようなことは、何もありません」と答えることしかできなかった。
冨樫警部補はその鋭い眼差しをアキオに向けて、何かについて深く考え込むようにして動かなかった。やがて
「そうですか。やっぱりあなたは何も覚えていないんですね」と言った。
「教えてください、刑事さん。先週の金曜日の夜にいったい何があったんですか?僕が何かしたんですか?ええ、そうです、あなたが言う通り僕は何も覚えていない。でも、先週の金曜日の夜に、何かが起こったのかもしれない、という不安な気持ちに朝から襲われているんです。それは、どうしてかっていうと、えっとぉ、僕は今まで寝坊したことがなくて、夢をみたこともなくて、あ、いや、子供のころには見てたんだけど、あることが起こったみたいで、それ以来夢を見ることができなくなって、そのころの友達の名前も思い出せなくて、子供のころの記憶も曖昧で、えっとぉ、とにかく、あの飲み会の夜から、何か変なんですよ。初めて寝坊して、変な悪夢も見て、先週の金曜日の夜、いったい何があったんですか」アキオは今の気持ちを富樫警部補にぶつけた。黒っぽいスーツの警部補は黙ってアキオの言葉を聞いていた。そして徐に内ポケットから一枚の写真を取り出してアキオの前のテーブルに置いた。紙の写真なんて今どき珍しいなぁ、とアキオは気持ちを落ち着かせながら、その写真を手にとった。色褪せている。たしかセピア色っていうんだったなぁ、古い写真なのかな、と思いながらアキオは写真がよく見えるように顔に近づけた。「そこに写っている人を知っていますか?」昔の刑事ドラマでよく耳にするようなセリフを富樫警部補が言った。
アキオはちょっとした違和感を持った。冨樫警部補は、人、と言ったけど、そのセピア色の写真に写っているのは子供だった。十歳くらいの少年が笑っている。まぁ、人には違いないけれど。アキオの表情を見てその違和感を察したかのように富樫警部補は「子供、と言ったほうがよかったかな?」と言った。「いえ、だ、大丈夫です」とアキオは言って写真の少年に意識を集中させた。全身が写っている。半ズボンにタンクトップのシャツを着ているから季節は夏。自宅の庭で撮影されたようだ。少年の髪は耳にかかるくらいの長さで、カメラに向かって屈託のない笑顔を見せている。そのカメラはおそらく、今では博物館にでも行かなければ目にすることができない、フィルムで撮影するクラシックなカメラだろう。アキオは写真を凝視する。見覚えのない少年だった。独り者のアキオには子供はいない。親戚にもこのぐらいの年頃の子供はいなかった筈だ。親戚?自分に親戚と呼べる人が存在していただろうか?やっぱり今朝から自分の記憶があやふやになっている。思い出せないことばかりだ。あ、そうか、この写真の少年は、子供のころ夢の話をしていたあの友達なのか。
「その子供の写真を見ても何も思い出せませんか?」冨樫警部補の声を聞いてアキオは我に返った。
「すみません。今朝起きたときから、なんだか頭の中がどうかしてしまったようで。いろんなことが思い出せないんです」
「そのようですね」
「この男の子は、誰なんですか?ずいぶん古い写真のようですけど」アキオは富樫警部補に質問する。
「この写真が撮られたのは昭和四十五年の夏です」
「え!昭和四十五年って、てことは、今から、えっと、」アキオは驚きのあまり声がつまる。
「そうです。昭和四十五年、1970年、今からちょうど百年前です」
「そんな昔の写真の子供、僕が知ってるわけないじゃないですか!」
「ええ、普通ならそうなんですけどね」
「普通じゃないとでも言いたいんですか?」
「この写真の少年は、百年前の夏、行方不明になったんです」
「え、そうなんですか。それで」
「懸命な捜査もむなしく行方は分からずじまい。両親も亡くなり百年という時間が経ちました」淡々と話す富樫警部補の話をアキオは黙って聞いている。
「先週の金曜日の夜ことです。この少年が発見されました。十歳の少年のままで」
「え、そんなこと」
「信じられませんか?」
「当たり前ですよ。どこかの子供が悪ふざけして嘘をついてるんじゃないんですか?」
「そうでもないんですよ。発見された少年は、間違いなくこの百年前の写真の少年なんです」
「どうして、そんなこと言い切れるんですか?なにか証拠でもあるんですか?」「そうです。動かしがたい決定的な証拠がね。今は言えませんけど」
「どうして言えないんですか?そもそも、なぜ僕をこんな所に連れてきたんですか?僕には関係ないことですよね」
「いや、大いに関係あるんです」
「どんな関係ですか?」
「発見された少年は、冴島アキオ君に会いたい、捜してくれ、と言ってるんです」
そう言って富樫警部補は、もう一枚の写真をアキオに渡した。それもセピア色をしている。そしてそこには、発見された少年と十歳のアキオが仲良く笑いながら写っていた。
間違いない、この写真には十歳のころの僕が写っている。子供のころの記憶が曖昧でも子供のころの自分の顔は忘れることはできない。アキオは古いセピア色の写真を右手に持ったまま混乱している頭の中を、なんとかして落ち着かせようと焦っていた。
「この少年はねぇ、冴島さん、あなたのクラスメイトの友達で、あなたと気が合って一番よく遊んだと言っています」富樫警部補の声がアキオの耳に入ったけれど、アキオがその言葉を理解するまで時間がかかった。
「それじゃあ、刑事さん、僕は百年前、十歳の子供だった。今は百十歳ってことですか?」あまりの可笑しさにアキオは薄ら笑いを浮かべながら富樫警部補に言う。
「僕はねぇ、刑事さん、先週の水曜日が誕生日で四十歳になったんですよ。これだけは絶対に間違いない」
「その少年の名前、まだ思い出せませんか?」戸惑うアキオを落ち着かせるように冷静さをたもったまま富樫警部補はアキオに訊く。
「駄目です。名前は思い出せない。でも、この写真の少年が、仲が良かった友達だったという、ボンヤリとした記憶はあります」アキオは言う。
「わかりました。今日はここまでにしておきましょう。もうお帰りになって結構ですよ」思いもかけない富樫警部補の言葉にアキオは慌てる。
「え、ちょっと待ってください。先週の金曜日の夜、いったい何があったのか教えてくれないんですか」
「それは、冴島さん、あなたが自分の力で思い出したほうがいい。いや、思い出さなければいけないんです。私が話すのは簡単だけれど、それでは問題の解決にはならない」富樫警部補の真剣な眼差しで射すくめられるように言われたアキオは頷くしかなかった。
「明日の午後、今日と同じ時間に来てください。この部屋に。一人で来られますよね」
アキオはソファから立ち上がり黙って頷く。
「明日は、ある人に助っ人をお願いしているんですよ。大丈夫、あなたの記憶は戻りますよ」
アキオは、励ますような明るい富樫警部補の声を背中で聞きながら部屋を出た。警察署の外に出ると空はもう茜色に染まっていた。思いのほか長い時間あの部屋にいたようだ。小さな秋の気配を感じながらアキオは黄昏色の道を歩いて帰った。
ふと気がつくとアキオは家にいた。長年住み慣れたワンルームマンションの部屋だ。長年っていったい何年だっけ?アキオはすぐ答えを出すことができなかった。しばらく考えてみたけれど、自分がいつからこの部屋で生活しているのか、明確な回答が自分の頭の中にないことだけが確認された。アキオは部屋の灯りもつけずに着替えもしないで、今日の午前中と同じ体勢でベッドに腰掛けている。携帯電話で時刻を確認すると23:45と表示される。警察署を出たのが夕方の五時頃だから約八時間もの間の記憶が抜け落ちている。いったい自分は八時間も何処をほっつき歩いていたんだ。ずっと歩いていたのではなく、何処かに行っていたのだろうか?だとしたら、その何処かで自分はいったい何をしていたのか?あ、もしかしたら、歩き続けていたのではなく、何処かに行ったのでもなく、自分は警察署からまっすぐ家に帰ってきて、意識が戻ってきた今さっきまで、ずっとこうしてベッドに腰掛けていたのか?アキオの頭の中の混乱は最高潮に達していた。こうしていても、いたずらに時間が過ぎるだけだ。食事をしたのかどうか分からなかったけど食欲はない。とりあえず寝よう。今夜も夢を見るかどうか分からないけど、夢の中に記憶を戻す手がかりがあるかもしれない。飲み会の夜から見続けている悪夢が、今の自分の状況の原因になっていることは間違いなさそうだから。アキオはシャワーを浴びてパジャマに着替えてベッドに潜りこんた。悪夢に立ち向かう覚悟を決めて目を閉じた。アキオの意識は深い闇の中へ沈んでいった。
窓からさす朝の眩しい光を感じてアキオは眼を覚ました。汗をかいている。時計を見ると昨日と同じ九時過ぎだった。夢を見ることはできた。けれどもアキオは今までと同じように夢の詳細は覚えていなかった。ただ言い知れぬ強い恐怖心が心の中に残っている。昨日の朝、目の前に現れたあの黒い影がまた現れるんじゃないかと、アキオはベッドに腰掛けたまま身構えていたけど、今朝は現れなかった。夢の内容を思い出そうとして、アキオは寝起きの頭の中を探ってみたけれど、濃い闇の中を彷徨い続ける自分のイメージしか浮かんでこない。恐怖心だけを心に植えつけられたようだ。それからまだ眠かった。眠気がべったりと脳味噌に貼りついているようで、アキオの意識はボンヤリとしている。二度寝の誘惑はあるけれどあの悪夢は見たくない。アキオはベッドから立ち上がり警察署にいく支度を始めた。今はまだ午前中だから昨日より早いけど、なに構うものか、とにかく今のこの自分のあやふやな状況を早くなんとかしたかった。富樫警部補が昨日の帰り際に言っていた助っ人とやらに期待しよう。アキオが家を出たのは正午前だった。
アキオは警察署に向かって歩きながら上司の高橋に、今日も休ませて欲しい、とメールを送った。すぐに、了解、というそっけない返信がきた。やはり上司の高橋も何かを知っているのではないのか、という疑念の思いがアキオの心の中で強くなった。空は今日も晴れで残暑が続いている。警察署まで歩いて行くとすると一時間はかかる。昨日はどうやって帰ってきたのかアキオは覚えていない。たぶん何らかの交通機関を使ったはずだ。普段まったく運動をしないアキオだから、一時間も歩けばきっと筋肉痛の症状があらわれるだろう。でも、そんな気配は全然感じられない。おそらく電車かバスに乗ったはずだ、とアキオは推測して、今日はタクシーを利用しようと決めた。ちょっと贅沢だけれど不特定多数の人との接触をアキオはできるだけ避けたかった。駅前のタクシー乗り場を目指してアキオは歩く。そういえば、昨夜も今朝起きてからも何も食べてないなぁ、とアキオは思う。食欲はないけれど何か胃に入れたほうがいいと思ってアキオは駅前のコンビニに入った。サンドイッチと缶コーヒーを買って出てくると、コンビニの前で立ったまま、少し離れたところにあるタクシー乗り場を見ながら、食べて飲んだ。平日のまだ午前中の駅前は人通りも少なく閑散としている。客待ちのタクシーは三台停まっている。誰もタクシーに乗ろうとしない。アキオは食べ終わり飲み終わりゴミ箱に捨てる。そして、客待ちをして停まっている一番先頭の車に向かってゆっくりと歩き出した。できれば、自分がその先頭に停まっている車にたどり着く前に、誰か他の人に乗ってもらいたかった。その先頭のタクシーは真っ黒だった。そして、なんだか歪んで見える。現実には存在してはいけない物が、無理矢理そこに車という形になって現象化しているようで、とにかく不気味な空気が車体から滲み出ている。アキオはこのタクシーには乗りたくなかった。乗ってはいけない、という警報音が頭の中で鳴り響いていた。 しかし、アキオの躰は不気味な黒いタクシーの強い引力に抗うことができずに、タクシー乗り場に向かって歩き続ける。駅前にいるのだから電車にしろ、バスもあるじゃないか、というアキオの頭の中の声は小さすぎてアキオの躰をコントロールすることはできなかった。アキオは黒いタクシーの後部座席ドアの前に立つ。ドアが開く。黒いタクシーに飲みこまれるようにして、アキオは車に乗る。もはやそれはタクシーではなかった。
車のドアが閉まる音でアキオは目が覚めたように意識が戻り、自分の躰をコントロールできるようになった。「どちらまで」と訊く運転手の声は低く嗄れている。アキオは「いえ、降ります。乗るつもりはなかったんです」と言ってドアを開けるレバーを引こうとして右側のドアを見る。そこにドア開閉レバーは見当たらなかった。窓を開ける押しボタンもない。黒いのっぺりとしたドアの側面があるだけだった。「どちらまで」運転手の男がまた訊いてきた。アキオから運転手の姿は見えない。運転席と後部座席をしきる壁が異様に高い。車は走り出している。窓は黒く塗られていて外は見えなかった。
「降ろしてくれ」アキオは叫びながらドアに右肩をぶつけてドアを開けようとする。
「お客さん、何を慌てているんですか?暴れないでください。ちゃんと送り届けてあげますよ。どちらまで行きますか?」運転手の宥めるような落ち着いた声を聞いてアキオは少しだけ冷静さを取り戻した。呼吸を整えて「警察署までお願いします」とアキオは視界に入らない運転手に向かって言った。改めてアキオは車内を見渡した。座っているシートは極ありふれた普通の車のシートだけれど、車内はあきらかに異様な雰囲気に満たされている。左右の窓もリアウィンドも真っ黒だ。運転席と後部座席を仕切っている壁の隙間から、わずかにフロントガラスが見えるけど、それも真っ黒だ。外の景色は見えない。外の光は入ってこない。しかし、車内はほんのりと明るい。天井にルームライトはなかった。
「これはちょっと変わったタクシーなんですよ。普段はこの辺りは走らないんですけど、今日は特別な日だから。お客さんはラッキーですよ」アキオには何がラッキーなのか全く分からなかった。これは悪夢の続きなのだろうか?僕はまだ眠っているのか?いや、そんなことはない、僕はたしかに目を覚まして駅まで歩いて、この不気味な黒いタクシーに引き寄せられるようにして乗せられたんだ。アキオは目覚めてからの自分の行動を思い返した。
「そうですよ、お客さん、あなたは今はしっかりと目覚めてますよ」アキオの心を読んだかのように運転手が言った。
「さっき今日は特別な日って言ったでしょ。それはねぇ、お客さん、あなたにとって特別な日なんですよ」
「それは、どういう意味ですか?僕にとって特別って、いったい何がどう特別なんですか?」
「混乱してますね。まあ、仕方ないか、百年も昔のことだし」
「そうです。昨日から記憶が変なんだ。自分がいったい何者なのか全然わからなくなってしまった」
「大丈夫、もうすぐ思い出しますよ。こうやって私を呼び出すことができたんだから」
「え、僕がこれを?」
「そうですよ。だからもうじきに、あなたは全てを思い出す。でも気をつけて。全てを思い出すということは、とても怖い思いをするということだから」
アキオは混乱した思いを抱えたまま不気味なタクシーの不規則な振動に揺られていた。
気がつくとアキオは警察署の前に立っていた。あの不気味なタクシーからいつどうやって降りたのか記憶になかった。まるで夢を見ていて、たった今目が覚めたような気分だった。といっても昨日と今日の朝のような、悪夢から目覚めた最悪の気分ではない。アキオの頭の中で、失われていた記憶が少しずつ夢という形になって戻ってきている。その夢が現象化して、実体となってアキオの目の前に現れ始めているようだ。あの不気味なタクシーの車内の記憶は夢のようにボンヤリしているけど、アキオは現実だったという確信を持っている。あの運転手との会話はしっかりとアキオの記憶に残っている。
携帯電話で時刻を確認すると、昨日ここにきたときと同じ時間になっていた。アキオは警察署の入り口に向かって歩いた。そして、迷うことなく昨日の部屋のドアの前に立ちノックした。室内からの返事を待たずにアキオはドアを開けた。富樫警部補と初めて見る女性が一人掛けのソファーに座っている。
「時間通りですね」富樫警部補が言って、昨日と同じ場所に座るようにアキオに目で合図した。アキオは座って初対面の女性と目を合わせる。まだ若い、二十代だろうか?まだ学生のような、こんなに若い女の子が助っ人なのか?アキオの頭の中を推測が駆けめぐる。
「こちらが冴島さんの記憶を蘇らせる助っ人の」富樫警部補がそこまで言うと、すばやく後を引き継ぐように
「サイコセラピストの河埜サナエです。よろしくお願いします」とアキオの目の前に座る若い助っ人は言った。
「わたしの顔に何かついてますか?」サナエは言う。
「あ、ごめんなさい。想像していた助っ人とは、だいぶ違ったんで、ちょっと驚いてしまって」アキオは慌てて言う。
「わたしのような小娘では心細いですか?」
「いえ、そんなことないです。本当にごめんなさい」アキオは何度も頭を下げながら言う。
「河埜さんは最新の技術を駆使して心の中を探る最強のサイコセラピストなんです。冴島さんの心の奥深くに隠れている記憶も、河埜さんの手にかかれば、あっという間に白日のもとに曝け出されますよ」富樫警部補が言う。ずいぶん大袈裟な物言いだなぁとアキオは思いながら「よろしくお願いします」とまた頭を下げながらサナエに言う。
「わたしは冴島さんが忘れている記憶を取り戻すお手伝いをするだけです。冴島さんが頑張らないと、いくら最新の技術を使っても記憶は戻ってきません」サナエはアキオの眼を見ながら言う。そして、身を乗り出してアキオに近づいて
「冴島さん、過去と向き合う覚悟はできていますか?」と言う。
アキオはサナエの真剣な眼の光を見つめながら、ゆっくり力をこめて頷く。
富樫警部補はどうしても外せない用事があるといことで退室した。アキオは初対面のサイコセラピストと二人きりになる。これからどんな展開になるのか全く予想できない戸惑う思いを隠せずに、ソワソワと落ち着きないようすでソファに座っている。目の前にいるまだ学生の雰囲気を全身にまとっている河埜サナエは優秀な助っ人なのだから、きっと何とかしてくれるのだろうとは思うけど、でもいったいどんな方法を使って、僕の記憶を取り戻すのだろう?あの悪夢もうまく処理してくれるのだろうか?この部屋で二人っきりになってから、かれこれ十分以上の時間が経つけど、この優秀なサイコセラピストのお嬢さんはまだ一言も発していない。僕の眼を、いや、もう少し上のほう、僕の額を見続けている。ものすごく強い眼力を感じる。額が熱くなってきた。まるで僕の額を熱く熱してとかして僕の脳味噌を見ようとしてるようだ。沈黙と額の熱さに耐えきれなくなりアキオはサナエに声をかけようとすると
「はい、そうです。冴島さん、わたし、人の脳味噌を見ることができるんです」とサナエが言った。
「今、冴島さんの脳味噌、見てます。おでこ、熱いですよね。ごめんなさい。でも大丈夫です。今まで火傷した人、一人もいないから」冴島は驚きすぎて言葉が出てこない。
「富樫さん、いつもわたしのこと、前もってちゃんと説明しておいてくれないんですよ。わたし、小さいときから、人の脳味噌を見ることができて、その人が考えてることが、なんとなく分かっちゃうんです。その能力でなんかの役に立ちたいと思って、サイコセラピストになったんです」冴島は驚きすぎてまだ言葉が出てこない。
「わたしの特殊能力を富樫さんに知られちゃったんです。それ以来、いろんな事件に引っ張り出されるようになっちゃったんです」
「僕が考えてること全部わかるの?」冴島はやっと言葉がでてくる。
「全部じゃないです。なんとなく分かるだけです」
「あ、そうなんだね」冴島は少しホッとする。
「わたしが得意なのは、その人の心の奥深くを見ること。その人の無意識が見えるんです。つまり、その人が考えていないことが、忘れてしまったことが見えるんです」冴島は再び驚き言葉が出なくなる。
「冴島さん、あなたの心の奥深く無意識の領域に、何かいます」冴島は黙ったままサナエの次の言葉を待つ。
「すごく途轍もなく怖いものがいます」
サナエはアキオに「冴島さんの悪夢を生け捕りにします」と言った。「わたしの家に悪夢捕獲装置があります。なので今夜はわたしの家で寝てください」有無を言わせぬようにサナエはアキオに言う。
「枕が変わると眠れないなら、枕をご持参してもいいですよ」
「あ、いや、それは大丈夫だけど。悪夢を捕獲するって、どうやって?そんなこと出来るの?」アキオはサナエに質問する。サナエはアキオの眼をじっと見て「できます」と言う。
「僕の頭の中から悪夢をおびき出して檻にでも入れるのかな?」アキオはちょっとふざけてサナエに言うと、サナエはまたアキオの眼をしばらく見つめて「まあ、そんなようなもんです」と素っ気なく言う。
富樫警部補はまだ戻ってこない。時刻は夕方の五時になろうとしている。この部屋には窓がないから確認できないけど外はもう暗くなっているだろう。アキオは昨日も思ったけど、この部屋に長い時間いると、ここが警察署だということを忘れてしまう。防音に優れている部屋のようで外の物音が全く聞こえてこない。警察署の喧騒が伝わってこない。まるで一般住宅の応接室に招かれたような錯覚に陥ってしまう。本当にここは警察署なんだろうか?アキオの心の中にロウソクの灯火のような小さな疑問が浮かんだ。入り口には警官が二名立番していたし、警察署と書かれている看板も目にしている。警察署で間違いない。何をバカなことを考えているんだ、とアキオは心の中の疑問の灯火を吹き消した。アキオはまた額に熱を感じる。サナエにじっと見られている。
「また僕の脳味噌を見ていたの?」
「はい。ここは間違いなく警察署です。ちょっと特殊ですけど」
「特殊って、どんなふうに特殊なの?」
「それは、えっと、あの、おいおい、わかりますから」サナエはちょっと慌てて「それより今は冴島さん、悪夢のほうに集中しましょう。冴島さんの子供のときの記憶が悪夢の原因になっています」
「うん、僕もそう思うよ」
「さっき、わたしが見た、冴島さんの心の奥深くに棲みついてる怖いものを、今夜わたしがおびき出します」淡々と言うサナエの言葉をアキオは黙って聞く。「それを見れば、冴島さんの子供のころの記憶が戻ると思うんです」
「でも、それって、物凄く怖いものなんだよね」
「はい、そうです」
できればアキオは、そんな怖いものとは対峙したくなかった。でも、あのセピア色の写真に一緒に写っていた少年のことを、僕は思い出さなければいけない。名前も思い出せないあの少年を、僕が助け出してやらないといけないんだ、という強い思いがいつしかアキオの心に宿っていた。そうだ、百年前に僕はあの少年と約束したんだ。
サナエの自宅はアキオのワンルームマンションが犬小屋に見えるほどに豪華なマンションだった。サナエは一人暮らしをしているとアキオに告げて「こっちです」と言ってアキオが今まで足を踏み入れたことのない瀟洒な建物の中へとアキオを導いた。気後れしながらアキオはサナエの後ろを歩いてついて行く。自宅といってもアキオが通された部屋は、普通の一般住宅の部屋とはかなり違った様相を呈していた。その部屋は一言で言えば機械部屋だった。広さは二十畳くらいで部屋の中央には、病院にあるストレッチャーを想起するような簡素なベッドが置かれている。そのベッドの周りをアキオが今まで見たことのない機械が所狭しと並べられている。部屋の入り口で呆然と立ち尽くして固まっているアキオに向かってサナエは
「それでは冴島さん、早速このベッドに横になって眠ってください」と言う。「え、もう寝るの?」あまりの展開の早さにアキオは驚いて「まだ夜の七時にもなってないよ。全然眠くないし」と言う。
「あ、確かにそうですよね。早いほうがいいと思ったから」サナエはどうしようかなぁーと考えるような顔をして「それじゃあ、富樫さんが来るまで待ちましょう」と言った。
「え、富樫警部補がくるの?それは待ったほうがいい。絶対そのほうがいいですよ」とアキオは言う。結局、富樫警部補はアキオとサナエが警察署のあの部屋にいる間には戻ってこなかったのだ。
「冴島さん、こっちの部屋で富樫さんを待ちましょう。コーヒーでも淹れますね」
サナエは機械部屋の入り口で立ちすくむアキオをリビングに誘導した。リビングは機械部屋とは対照的で、質素なソファとテーブルだけが置かれている殺風景な部屋だった。アキオはソファに座る。サナエはコーヒーを淹れに行ったのだろう。姿が見えない。質素だけれど座り心地が良いソファだった。アキオは座りながら大きく深呼吸をした。飲み会の夜から自分の身に起こった出来事を整理しようと思って、アキオは眼を閉じて心を落ち着かせた。始まりは飲み会の夜から見るようになった悪夢だ。夢なんか全然見てなかったのに、悪夢を見るようになった原因は、やっぱりあの飲み会だ。あのとき、子供のころに迷子になって怖い思いをしたという話をした。あの子供のころのボンヤリとした記憶が全ての原因だ。あれは、人に話してはいけないことだったのか。あの話をする前に、一瞬だけ頭の中に聞こえた小さな声、あれはセピア色の写真の少年だったのか?全ての始まりは子供のころの出来事だ。それも百年前の昔の出来事だ。四十歳の僕が、どうすれば百年も昔の出来事に関係できるんだ?あのセピア色の写真に一緒に写っている少年は誰なんだ。あの少年と僕はどんな約束をしたんだ?アキオは頭の中を整理できずに混乱するばかりだった。
混乱するアキオの意識の中に香ばしい匂いが漂ってきた。アキオは目を開ける。正面に心配気な顔をしているサナエがいた。「大丈夫ですか?眉間にシワがよって苦しそうな顔してますよ」
「頭の中を整理しようと思って、先週の金曜日からのことを思い返してみたんだけど、全然整理できなくて」アキオは言う。
「コーヒーでも飲んでリラックスしてください」サナエに言われてアキオはテーブルに視線を落とす。温かそうな湯気を立てているコーヒーカップが一つ置かれている。
「わたしのスペシャルコーヒーです。ブラックでどうぞ」
「ありがとう」
と言ってアキオはコーヒーカップを手に持つ。真っ黒い液体をしばらく見つめて、そして、飲む前に香りを楽しもうと思ってコーヒーカップを鼻に近づける。大きく鼻から息を吸うとコーヒー特有の強い香りが鼻腔をついて肺いっぱいに広がった。その時アキオはかすかにコーヒーとは違う香りを感じたような気がしたけど、体の動作を止めることができずにコーヒーカップに口をつけて熱い黒い液体を口中に流しこんで飲みこんだ。熱い流れが食道から胃にたどり着き、吸いこんだコーヒーの香りは肺から脳に伝わっていくようだった。アキオは大きくひとつ息をついて「美味しいコーヒーだね。うん、リラックスできそうだよ」とサナエに言う。
「よかった。富樫さんはもうすぐくると思うから、ゆっくり飲んで頭と躰を休ませてください。そのほうが悪夢を捕まえやすいから」とサナエは言う。さっき感じたコーヒーとは違う香りって一体なんだったのだろう?と訝りながらアキオはもう一度コーヒーカップを鼻に近づけた。今度はしない。コーヒーの香ばしい匂いだけだ。ほんの一瞬のことだったからきっと勘違いだろう。やっぱり脳味噌が疲れているんだ。だからありもしない匂いを感じたりするんだ。サナエの言うとおりこのコーヒーを飲んでリラックスしないといけない、そう自分に言い聞かせてアキオはコーヒーを飲み続ける。サナエは沈黙したままアキオの正面に座っている。アキオをじっと見つめている。そんなサナエをアキオは見ながらコーヒーを飲み続ける。「また僕の脳味噌を見ているのかな?僕が今何を考えているか、わかりますか?」
「はい、冴島さん、あなたは今、過去に遡ろうとしています」
「いや、そんなこと無理でしょ。昔の記憶は取り戻したいけど。遡ろうなんて考えていない」
「冴島さん、前にもいったけど、わたしが見えるのは、心の奥の深いところ。無意識の領域です」
「うん、そうだったね」
「冴島さんの深層心理の無意識の中では、できるんですよ。過去に戻ることが」
アキオは急激に全身の力が抜けていく。持っていたコーヒーカップは手から離れて床に落ちる。そしてアキオは猛烈な睡魔に襲われる。閉じていく眼には怪しげに微笑むサナエが見えて、アキオは深い眠りの闇の中に落ちていった。
熱い陽射しが降りそそぐ山道の、むせ返えるような草いきれの中を、親子が歩いている。五歳になる息子の手を若い母親はしっかりと握って、一歩一歩踏みしめるようにゆっくり歩いている。しかし、五歳の息子の足にとってはゆっくりではなかった。全力で左右の足を交互に前方に繰り出して、ようやく母親の歩く速度についていけている。暑かった。汗が全身を流れている。母親に引っ張られるようにして歩いている息子は、汗で手が滑り、母親と繋いでいる手が離れてしまうことを恐れて、懸命に力をこめて母親の手を握って、必死になって歩いている。五歳の息子には、何故こんな暑い思いをして、こんな山道を歩かなければいけないのか、全然分からなかった。母親に言われるがままに歩かされている。この山道の先にいったい何が待っているのか、五歳の子供にとっては、そんなことはどうでもよかった。とにかく今は座って少し休みたい。喉が渇いた。冷たい水が飲みたい。母親にお願いしようと思って母親の顔を見上げようとしたとき、涼しい風が顔を触った。あ、少しは楽になるのかな?と思ったら、瞬く間に辺りは白い霧のようなものがたちこめて、周囲のものが何も見えなくなってしまった。五歳の息子は驚いて立ち止まる。そして、一番恐れていたことをしてしまったことに気づいた。母親の手を離してしまっていた。五歳の息子は大きな声で母親を呼んだ。声の限りに何度も何度も呼んだ。でも母親は応えてくれない。手を離してしまってから、それほど時間は経っていない。そんなに遠くに離れ離れなってしまったとは思えない。白い霧が立ちこめる道を、五歳の男の子は母親の手を求めて手探りするように進んだ。母親を呼びながらいくら歩いても母親の手にたどり着くことはできなかった。心細くなって涙が込み上げてきたとき前方に黒い服を着た男が突然現れる。白い霧が立ちこめる中、目に焼きつくような黒色だった。その黒い服の男はこちらに背中を向けて何かしている。男の子は立ち止まり男の黒い背中を見つめる。すると突然、黒い服の男が振り返る。それは人間ではなかった。黒い服は着ているけどその顔は鬼のようだった。幼稚園にある怖い絵本の中にいる鬼だ。五歳の男の子は力が抜けたように座り込む。足に力が入らない。恐怖に躰がふるえて失禁してしまう。男は両手に何かを持っていた。五歳の子供の目にそれは人の形に見える。そして、その鬼はそれを食べているように見える。鬼の口の周りは真っ赤だった。五歳の男の子は驚きすぎて泣くことも忘れている。鬼は五歳の男の子に近づき男の子の正面でしゃがみ込み耳元に顔を寄せる。生臭い息を吐きながら「坊や、このことは誰にも言ってはいけないよ。お母さんにも言ってはいけない。約束を破ったらオジサンは必ず坊やを食べにやってくるからね」しわがれた低い声で言う。五歳の男の子は、分かったという合図のつもりで、何度も何度も何度も黙ったまま頷いた。「よーし、良い子だ。オジサンはいつでも坊やのすぐそばにいるからね」鬼はそう言うと五歳の男の子の頭を撫でて霧の中に消えた。
五歳の男の子は一人で山道を歩いているところを保護された。母親も父親ももういない。
その日の夜から五歳の男の子は毎晩のように悪夢にうなされる。あの日の山道で遭遇したことは、少年の記憶から消えていた。あまりにもショックが強すぎて、誰にも言ってはいけないという強い暗示にかけられたため、あの日の山道の記憶を彼は深層心理の奥深くに仕舞い込んでしまった。その怖い記憶は、眠っているときにだけ深層心理の底から意識の表面に浮かび上がってきて、悪夢となって少年を襲った。小学校に入学したころ、少年は心の中に一人の友達をつくった。そしてその友達に、悪夢を、あの鬼を僕の心の奥深くに沈めておいてくれ、とお願いした。その心の中の友達は「オーケーわかったよ」と言って願いをきいてくれた。それ以来、少年は悪夢を見なくなった。悪夢だけでなく夢そのものを見なくなった。
やがて心の中の友達は、少年の目の前に現れるようになった。そして少年はその友達と一番の仲良しになって学校の休み時間には、いつも二人でお喋りして遊ぶようになった。しかし、他のクラスメイトには、休み時間にはいつも一人でいる少年の姿しか見えなかった。
アキオは覚醒した。
あの機械部屋のベッドに横になっている。
「冴島さんの悪夢を捕獲しました」
河埜サナエは覚醒したばかりのアキオに言う。アキオの意識はまだ百年前にいるようで、目の前にいる若い女性が誰なのか認識できなかった。
「大丈夫ですか?冴島さん。現在に戻ってきましたよ。お帰りなさい」
サナエの声を聞きながらアキオの意識は急速に現実に戻ってきた。しかし、まだ声を出すことができない。
「子供のころの記憶、全部思い出しましたか?」サナエがアキオに訊く。
子供のころの記憶って。あ、そうか、僕はやっぱり夢を見ていたのか。子供のころ山道で迷子になったときの夢を。
「夢じゃないんですよ。冴島さんの、忘れてしまったけれど、無意識の領域では覚えていた記憶を再生したんです」
「思い出したよ、何もかも全部。僕の両親はあの悪夢の怪物に食われたんだ」
「この中に、冴島さんの深層心理にあった悪夢のデータが入っています」
とサナエは右手にマイクロチップのようなものを持ちながらアキオに言う。
「僕の深層心理を電子データにしたってことかな?」
「わかりやすく言えばそういうことです」
「あの黒服の怪物は夢の中にいるだけじゃない。現実に実体として実在している。最初は僕の父親の悪夢に現れて、それから、父親の悪夢から抜け出して実体化して、僕の父親を食ってしまったんだ」
アキオは戻ってきた記憶の詳細をサナエに話す。
「あ、そうか、河埜さんは僕の脳みそを見ていたから、初めから知っていたんだね」
「はい。黙っていて、ごめんなさい。冴島さんが自分で思い出さないと、あの怪物を捕まえることはできないから」
アキオはストレッチャーのようなベッドから立ち上がる。ふらつく足取りで所狭しと置かれている機械の間を歩きながら「リビングはこっちだっけ?」とサナエに訊いて機械部屋を出る。殺風景なリビングの、ついさっきまで座っていたソファにアキオは座る。向かいのソファーサナエも座る。サナエが淹れてくれたスベシャルコーヒーを飲んでいたときと同じだった。
「あの部屋のベッドまで、僕はどうやって。あ、もしかして河埜さんが」
「あ、違います。冴島さんが眠ってからすぐ、富樫さんがきて運んでくれたんです」
「富樫さんは?」
「また出て行っちゃいました」
アキオは携帯電話で時間を確認する。
「眠ってから、三十分くらいしか経ってないのか」
アキオは頭の中に戻ってきた子供のころの記憶をはっきりさせようとして、サナエに話し始める。
「あの日、五歳の僕は母親と一緒に、父を食べてしまった黒い服の怪物から逃げていたんだ。アイツは夢の中だけじゃない。現実に実在している怪物だ。人の夢の中に隠れることができる怪物なんだ。僕の夢の中に百年間も隠れていたんだ」
どうして百年もの長い時間、自分は生きているんだろう?子供のころの記憶が戻ってもアキオには分からなかった。
「僕は、自分の心の中に友達を作った。その友達に、悪夢に出てくるあの怪物を、僕の心の奥深くに沈めてくれ、とお願いしたんだ。あのセピア色の写真の少年は実在しない。僕が妄想していただけだ。名前を思い出せるわけない。名もなき少年だよ」
サナエは黙ってアキオの話を聞いている。
「僕は、あの飲み会の日に、子供のころ山道で迷子になって怖い思いをしたことを話してしまった。人に話してはいけない、とあの怪物に言われていたのに。名もなき少年とも約束していた。あの黒い服の怪物のことは誰にも話さない。そして、大人になったら、一緒にあの怪物を退治しようと」
アキオは話し終わりサナエも沈黙している。静かに時間が流れている。
「あのね、冴島さん」サナエがぽつりと言う。「冴島さんだけじゃなくて、都内で何人かの犠牲者が出ているんです。あの黒服の怪物は、人の夢から夢へと渡り歩いている」
「そんなニュース聞いてない」
「報道はされていませんから」
アキオはサナエから、怪物の犠牲になった人たちの話を聞いた。
「でも、もう大丈夫です。今まであの黒服怪物の正体が不明だったけど、冴島さんのご協力のおかげで、こうやって捕まえることができたから」とサナエは言って怪物の電子データが入っているマイクロチップをアキオに見せる。
「冴島さんの深層心理の中に怖い物はもういません」と言ってサナエはアキオの額を凝視する。
「うん、綺麗な深層心理です。今夜からはグッスリ眠れますよ」
アキオが自宅のワンルームマンションに帰ってきたのは日付が変わるころだった。サナエのマンションを出たのは九時頃だったから、また記憶が抜け落ちている。しかし、アキオは困惑しなかった。おそらくあの名もなき少年の意識がこの体を支配していたのだろう。あの少年がいったい何処に行って何をしていたのかは気になるけれど、とにかく今は眠りたかった。アキオは着替えもしないでベッドに倒れこんで深い眠りの闇の中に落ちていった。今夜からは安眠できると安心して。しかし、悪夢はまだ終わっていなかった。
サナエは自宅の寝室で熟睡している。アキオの悪夢を電子データ化したマイクロチップは、3Dホログラムのデータ読み取り機に挿入されたままになっている。サナエは寝室に行く前に、悪夢データを二次元画像化して内容を確認していた。今まで何人もの夢データを画像化してきたサナエだけれど、こんなに綺麗な夢データ画像を見るのは初めてだった。すごい!冴島さん、なんて強い思いの深層心理なんだー!とサナエは感心してアキオの夢データ画像に見惚れている。しかし、肝心の黒い服の怪物はその画像の中には見当たらなかった。もっと詳しくデータ解析をしようとして、サナエはマイクロチップを、3Dホログラムのデータ読み取り機に挿入する。さあー、怪物よでてこーい!とサナエは威勢よく読み取り機を起動させた。その瞬間、サナエは強い睡魔に襲われる。抗うことができずに、サナエは、怪物を退治するのは明日にしようと、睡魔に操られるようにして寝室に向かってフラフラ歩いていく。
アキオも熟睡して夢を見ている。あの黒服の怪物はもういなくなった夢の中の、何処とも知れぬ道をアキオは歩いている。背後から声が聞こえてきた。
「アキオ、まだ油断しちゃダメだよ。アイツはまだここにいるかもしれないよ」
アキオは振り返ると、そこには名もなき少年が立っている。
「アキオ、歳とって、おじさんになったね」
「時間が経てば誰でも歳をとるんだよ」アキオは名もなき少年にそう言う。しかしすぐに「あ、君は少年のままか」と言った。
「ごめんね。あの怪物のことを人に話してしまった」
「僕の声、聞こえたかな?」
「うん、小さい声だったけど聞こえたよ」
「大きな声をだせなくて。それで、アキオの躰を借りてなんとかしようとしたんだけど」あの飲み会の夜から、ときどき記憶がなくなるのは、やっぱり名もなき少年の人格が表面に出ていたんだなぁーとアキオは改めて納得した。
「あ、アキオ、大変だよ」名もなき少年が震えながら言う。「あの黒服の怪物、今度はあのお姉さんの夢の中に入ろうとしてるよ」
「どうして、そんなことが分かるの?」
「夢は繋がってるから。アキオにも分かるはずだよ。僕はもともとアキオの無意識の一部なんだから」そう言われてもアキオにはまったく理解できなかった。
「お姉さんを助けに行けないと。こっちだよ」
そう言って名もなき少年はアキオの手をとり全速力で走り始めた。
サナエは夢の中で目覚める。
色とりどりの花が咲き乱れる丘の上。さわやかな風がふいて心地よい。サナエは自分の望み通りの夢を見ることができる。もちろん、自分は今、夢の中にいることを自覚している。サナエは伸びをして深呼吸をして、花々のなかに寝転んだ。突然、色鮮やかな花々が枯れてしまう。さわやかな風も強風に変わった。サナエは飛び起きる。そして、自分の夢の中に異物が混入した気配を全身で感じる。あの黒服の怪物、わたしの夢を乗っ取るつもりね。そんなこと絶対させない!
サナエの目の前に黒い服の怪物が現れる。怪物はサナエに襲いかかる。サナエは逃げる。しかし、乗っ取られた夢の中では、思うように躰が動かない。この夢の中ではどうやっても勝ち目はない。サナエはなんとかして目を覚まして、怪物に乗っ取られてしまったこの悪夢から脱出したかった。
アキオは名もなき少年に手を引っ張られて、つまずきそうになりながらも、懸命に走っている。夢の中だから息が切れることはないけれど、躰が思うように動かなくて歯痒い。
「お姉さんの夢の中に入ったよ」
名もなき少年が叫んだ瞬間、アキオは強風が吹き荒れる荒れ果てた丘の上に立っていた。
「あれを見て」
名もなき少年がまた叫んだ。彼が指差すほうにアキオは顔を向ける。サナエが走ってくるのが見える。追いかけてくる黒服の怪物から逃げて、こっちに向かって走ってくる。何か言ってるけど強風が吹き荒れていてアキオにはよく聞こえない。
「河埜さん、早く逃げて!」アキオも叫ぶ。
「冴島さん、わたしを起こして!」
サナエの声がアキオの耳に届く。サナエが足をもつれさせて転ぶ。黒服の怪物が、転んで倒れたサナエに襲いかかる。アキオは思わず目をつぶる。数秒後、アキオは恐る恐る眼をあける。そばにサナエが立っている。
「無事でよかった。あの怪物は、どこに?」
アキオはサナエに訊くと、サナエは黙ったまま自分が走ってきたほうを指差した。サナエが指差すほうをアキオは見る。鉄格子でできた檻のようなものの中に怪物は閉じ込められていた。
「ここはわたしの夢の中です。だから、わたしの思い通りになんでも出来るんだけど、アイツに乗っ取られちゃった」サナエの声には悔しさがにじみ出ている。「なんとか、あの檻を出すことはできたけど、そんなに長い時間はもたないと思う」「早くこの悪夢から出よう」アキオは言う。
「ダメなんです。どうしても眼を覚ますことが出来なくて。いつもは出来るんだけど」
「どうすればいい?」アキオは言う。
「冴島さん、わたしを起こしてください。冴島さんの夢に戻って眼を覚まして、わたしの家に行って眠っているわたしを起こしてください。水をぶっかけてでもいいから」
「それしか方法はなさそうだね」
「こっちだよ」名もなき少年かアキオの手をとって走り出す。
アキオは自宅のベッドの上で目を覚ます。時計を見ると午前三時を過ぎたところだった。なんでこんな時間に目が覚めたんだろう。頭は寝起きでボンヤリしている。そういえば夢を見ていたなぁ。サナエの夢の中に入る変な夢を見ていたなぁーとボォーとした頭で思い出していると、「アキオ、急いでー!」という声が頭の中に響く。急ぐ?何を?一瞬にしてアキオは今の状況を思い出し慌てて家を飛び出した。
アキオは昨日の記憶を頼りにしてサナエのマンションに辿り着く。名もなき少年が夢の中のサナエに聞いてくれたのだろう。オートロックの暗証番号と鍵の隠し場所を教えてくれた。
今、アキオはサナエの寝室にいる。昼間会ったときと同じ服でサナエは熟睡している。どうやって起こそうか逡巡しているアキオの頭の中に、名もなき少年の声が急かす。「早くお姉さんを起こして。檻が壊されそうだよ」アキオはサナエの耳元で「河埜さん、起きて、目を覚まして」と大きな声で叫びながらサナエの躰をゆすり続ける。サナエは目覚める気配がない。「あ、檻が壊されて、怪物がこっちに来るよ。アキオ、急いで―!」名もなき少年が泣き叫んでいる。アキオは、キッチンに行く。適当な鍋に水を入れて寝室に戻り、サナエの寝顔に水をぶっかけた。
機械部屋にアキオとずぶ濡れのサナエがいる。3Dホログラムには黒い服の怪物が浮かび上がっている。
「コイツを削除します」サナエはそう言うと操作を始める。すぐに黒い服の怪物のホログラム画像は消えた。アキオはホッと一息つく。しかし、サナエは
「まだ終わっていません」と言う。
え、どうして?と訊こうとするアキオの耳に、寝室から物音が聞こえる。何者かが歩いてくる音がする。
「わたしの夢の中から来ちゃったみたい」
サナエがそう言うと機械部屋のドアから黒服の怪物が現れた。
黒い服の怪物はアキオとサナエに向かって、ゆっくり歩いてくる。もう逃げ場所は無いと安心してるように、薄ら笑いを浮かべている。
「オレから逃げられると思ったか。約束しただろ。オレのことを人に話したら、おまえを食べにやって来ると」黒服の怪物は、しわがれた低い声で言う。アキオは、あー、こんな声をしていたっけなー、と思い出す。
「そんな約束、すっかり忘れてたよ。思い出したのは数時間前だ。おまえは一体何者なんだ」アキオは逃げることにもう疲れていた。
「オレはおまえの夢の中で生まれた。本当のおまえの姿だよ」
「それは違う。おまえは僕の両親を殺して食べた。そして、僕の夢の中に忍び込んだんだ。おまえは何処から来たんだ」
「いろんな人の無意識の夢の中からだよ」
そう言うと黒服の怪物は大きな口を開けて、するどい牙を見せながら、アキオとサナエに襲いかかる。アキオはサナエを庇うようにして覆いかぶさりその場にうずくまる。次の瞬間、黒服の怪物は何物かに弾き飛ばされて壁に激突した。
アキオは立ち上がる。倒れている黒服の怪物を見る。苦しそうに呻いている。苦しむ黒服の怪物を抑え込むようにして、何かがいた。アキオは初めて見る生物だ。四本足で灰色で長い鼻づらで、大型犬くらいの大きさをしている。
「ギリギリ間に合ったようだね」
アキオは声がしたほうを見る。富樫警部補が機械部屋の入り口に立っている。
「あ、富樫さん、この子、わたしのペットにしてもいいですか?」
「バク、食べていいぞ」
富樫警部補の許しを得て、その大きなバクは黒い服の怪物を食べ始めた。
了
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内容に関するアピール
子供のころの怖い体験を悪夢に見て、その悪夢が現実となって現れて襲いかかってくる、というもの凄く怖い話です。
とアピールしたいのですが、あんまり、いや、全然怖くない、と言われそうです。
それでも、何処か一ヵ所でも、怖い、面白いと、一瞬でも思ってもらえたらなぁー、という想いをこめて書きました。
怖いSFストーリーと文章を書くのは難しいですね。今後の課題にしたいと思います。
2期3期4期とSF講座を受講して、その締めくくりの実作として、今自分にある力を全部注いで書きました。
こんな力しかないのかよー!と笑われそうですが。
3年間ありがとうございました。
次に進みます。
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