林檎の贋作

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林檎の贋作

 ここに一つの林檎りんごがある。
 しかし、これは本物ではない。
 従来の常識が指し示していたところの真作しんさくの林檎ではないのである。
 青森県産のブランド品、ユキノシタの分子構成データを元にして、一切の相違点がないように、3D原子プリンターで出力された林檎の贋作がんさくなのである。
勿論、この贋作と真作を並べてみたところで一切区別はつかない。かじってみても、ジュースにしてみても色も味わいも変わらないだろう。
 そう、ただ、それをコピーして出力したという事実だけが、真作なのか、贋作なのかの区別をもたらしている。
 さて、この場合、本物と区別のつかないコピー品が出回るのだから、当然製造元の林檎農家は経済的な打撃を受けることとなる。当たり前のことである。
 第一次生産者の創造性を無視して、区別のつかない贋作が世界に蔓延はびこりはじめれば――そして、分子構成のスキャニングデータがTorネットワークにて脱法的に共有されるようになれば、もはや誰も本物を生産し続けようなどと思わないだろうし、真作を作るために努力をしようなどとは思いもしなくなるだろう。それは明らかに現代の社会における解決するべき問題の一つと言ってよかった。
 しかし、肝心なのはここからだ。
 一般的な著作物――つまりは、本、音楽、イラストなどの場合は著作権というものがあり、無断コピーなどは法律に反し、厳しく罰せられる事になっている。だが、それと同じものをこの林檎に対しても認めるべきなのだろうか?
 林檎という農作物に対して、農家の創造性を認めこれを保護するのか?
 それとも神の著作物として、創造性を否定するのか?
 そもそも著作権で守られるべき創造性とは一体どのように定義し、そしてどのように守ればよいのだろうか?
 これが今現在の社会で問われている林檎の贋作問題である。

  ▽

 僕がこの日本という国を訪れたのは、林檎の贋作問題が世界中で知られるきっかけとなった一人の少女に出会うためだった。
 ネット上では主にCopyRinなどと呼ばれているその少女――藤本倫は、今から半年前一つのビデオログと共に、ネット上で3D原子プリンターと3D原子スキャニングの基礎となる論文を公開した。また、それと同時にそれらの道具を設計するためのモデリングデータもこれまた無償で公開してしまったのだった。それもMITライセンス(自由にコピーできる形)で。
 最初は単なるいたずらだと思われていたそれが、本物の世紀の大発明だとわかるまで、それほど時間はかからなかった。映像がフェイクだと言い張っていた人達も、次第に世の中のあらゆるものがコピーされ、アップロードされていく様を目の当たりにすると、この悪夢のような発明が本物だと信じるほかなかった。  
 その発明の恐ろしさとは裏腹に、彼女はビデオログの最後を、悪戯っぽくこう締めくくっている。
「コピーはハッピー」と。

 成田空港から、バスに揺られながら拘置所を目指す傍ら、僕は改めてIRCのチャットログを見返していた。
 そのチャンネルはCopyRinに関する情報を共有するチャットルームだった。
[22:58]<Kyle>逮捕されてからずっと続報がなくて退屈。すべては糞メディア王の糞取材に委ねられた……。
[22:58]<Cartman>糞取材してきますよ。東京くんだりまで。
[22:58]<Kyle>それにしてもなんで取材の許可がおりたんだ? 個人ジャーナリストだろ?
[22:59]<RinchanSukoTaro> リンチャンすこ
[22:59]<Cartman>確かに僕は個人ジャーナリストだけど、CopyRinは一応デビュー当時からていねいに取り扱っているからね。
[22:59]<Kyle> なんか話がうますぎてよくわからんが頑張れ。
[22:59]<RinchanSukoTaro> リンチャンとてもすこ
[23:00]<Kyle> Taroうるせぇ。まぁ、可愛いのは認める。

 そう、CopyRinはその登場から数ヶ月もたたずに逮捕されてしまっていた。
 僕が個人メディアRoyceNoticeで彼女のことを

 拘置所についてしばらく待つと、物々しい拘束服を着せられた少女が二人の刑務官たちによって連れてこられるのが見えた。
「何もあそこまで厳重に拘束しなくても良いんじゃないでしょうか? だってまだ小さな女の子でしょう」

「なるほど、確かに見た目はそうかもしれません。ただ、あれは決してやりすぎというわけではないんですよ」

 聞くところによると、倫は一度拘置所を脱獄したらしかった。
 壁を掘ったり、脱獄のための道具を揃えたり、機会を伺ったりすることは一切なく、四人の刑務官を脅迫し、堂々と入口から脱出したらしいのだ。
 一体どのような脅迫を行ったのかは、それぞれの警務官が固く口を閉ざしているため想像するほかないが、脱獄した彼女はというと、都内のファミレスチェーンにてクリームソーダとメロンソーダを交互にすすりながら鼻歌を歌い、盗難品のスマホでYoutubeをしばらくみていたが、それにも飽きたのか、街頭の警備ドローンを捕まえて、まるでタクシーを呼ぶかのように、パトカーを呼び寄せ、再び拘置所へと戻ったという。
「というわけで、拘束着をつけているのも大袈裟な話ではないんですよ。」
 どうやらあとから聞いた話によると、

「心当たりあるでしょ? あててみて」
「うーんどうだろうな。初期から追ってる割に、ネガティブなニュースばっかり流してるから文句言ってやりたかったとか?」
 そう、僕のメディアは否定的な論調の記事ばかりをあげていた。当時少なくとも個人メディアではCOOLなテロリストとして取り扱われることの多かった彼女を、かなり厳し目に書くこともあったのだ。
「ぶぶーハズレ! 正解は、マスコットキャラの猫が可愛いから、でした!」
 彼女はそう言って、両手で猫耳を作ってみせた。
 確かに僕のメディアには猫のマスコットキャラがいた。家で買っているロイスという名前の黒猫をモデルとして、知り合いのイラストレーターに書いてもらったイラストだった。
 彼女はロイスがいかにキュートか語り続けた。
 そのままでは猫の話ばかりになりそうだったので、僕は聞いてみたかった肝心の話を振った。
「ときにきみは、なんで、あんなコピー機を作ったんだい?」
「作ることができたから?」
「それじゃあ、なんで、そのコピー機を無料でくばったりしたんだい?」
「配ることができたから?」
「かなり危ない道具でもあるけど、作って無料で配っちゃった?」
「作れたし、配れるので、配っちゃったけど、」
「たとえばの話だけど、君が一生懸命作ったものに対して一切対価も敬意も払われず、無限にコピーされてしまったらどうだい? 嫌な気持ちにならない?」
「なんで? コピーされることは良いことじゃん。わたしの作った道具だってどんどん無料でコピーされていっているし」
「なるほど。でもその一方で、君たちが何もかも自由にコピーできるようにしてしまったから、一生懸命時間をかけて作ったものが売れなくて、困ったことになっている人たちもたくさん出てきたよね。僕の父はゲームハードを作る会社で働いているけれど、君の作った道具のせいでやっぱり困ったことになってしなっている。そんな人たちに対しては、悪いと思わないのかい?」
「悪いのはわたしたちじゃないでしょ。何世紀経ってもアップデートされずに同じ仕組みで回り続けようとする世界の方。お金と所有で回り続けようとするダメな世代のせい。そう。だからこれはそんなお金と所有で回ってる世界への挑戦なの」
「世界への挑戦か。しかし、君も逮捕されてしまったし、いくら未成年とはいえ、世間への影響を考えると、今回は実刑を受けることになるだろう。そうなるとそんな挑戦や戦いももう終わりってわけかい?」
「ううん、終わるのはね。もう少し先の話」
 彼女からの指名で始まったその取材は、

 その取材から一週間後。
 僕がCopyRinの取材ログをどうまとめたものか悩んでいると二つのニュースが舞い込んだ。
 一つは、彼女――つまり、藤本倫が死んだというニュースだった。
 ある人はそれを「コピー被害者」によるものだと言い、またある人は、「公安警察」や、はたまた「各国のスパイ組織」によるものだろうと言った。勿論、「そういう目にあうだけのことをしていたのだ」といってはばからない人もいた。犯人は見つからず、足取りをつかめそうな証拠もないらしかった。

 もう一つのニュースは彼女の死のニュースが世界中に届いてからきっかり五時間後に『発生』した。
 そう僕の運営するネットメディアが何者かによって改ざんされ、数時間もの間、とあるファイルデータを配布し続けていたことだった。
 そのファイル名はCoppyRinsDeadCopy.zip。
 そう、彼女は厳密には死んではいなかった。
 その時の僕も、そして世界中の人々も、彼女の戦いの始まりを明確には理解していなかったのだろう。
 だからこそ、死によってすべてが終わるものと思い込んでいた。
 しかし、もはや彼女を止められるものは事実上いなくなってしまった。
 世界中で彼女が複製コピーされはじめたのだ。

 そこには一人の少女がいた。
 しかし、彼女は本物ではない。
 従来の常識が指し示していたところの真作の少女ではないのである。
 青森育ちのテロリスト、藤本倫の分子構成データと、記憶データを元にして、一切の相違点がないように、3D原子プリンターで出力された少女の贋作なのである。
 勿論、この贋作と真作を並べてみたところで一切区別はつかない。話す内容も、考えも、理念も、信条も同じであり、どの彼女も愛嬌たっぷりに世界を壊し始める。
 そして彼女をミキサーにかけてジュースにしてみたところで、なにも事態は変わらないだろう。彼女はコピーされつづけるし、消しようがない。それは彼女の映像が世界中に共有されて消しようがないのと同じだ。
 新たに共有された彼女の構成データ、電気記憶のスキャナーデータもそうだった。
 何もかもすべてがコピー可能な世界では、何かを自分のものだけにすることは不可能だったし、また自分だけのものだと主張したり、それを他人に強制したりすることも不可能だろう。
 再びビデオログをアップロードした彼女は、おそらくコピーされた猫のロイズを抱きかかえながら、満面の笑みで語りかける。
 もはや、後戻りは出来ない。
 いつの時代にも、どんな場所にも、彼女は再び現れ、こう言うだろう。
「コピーはハッピー」と。
 彼女はもう、誰のものにもならない。

文字数:4321

内容に関するアピール

すみません。間に合いませんでした。

ところどころ歯抜けな箇所があります。

カクヨムなどで調整版出します。

文字数:50

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