山を育てる

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梗 概

山を育てる

 コピニズム「アンリ派」であるモリヤ族によれば、我々が生物として複雑化し、それぞれが個々の表皮を持つようになってから、所有という概念が生まれたという。命を所有することが最初の所有であり、奪い合い争う発端だと主張する。

 モリヤ族たちは隔てる物、柵、所有、支配、原罪などを意味する「ムルディ」という言葉を持っている。ムルディから解き放たれることが真の幸福だという。

 族長モリヤ=コンヤマ氏は語る。
「もう二度と山を育ててはなりません」

 森野仁もりのじんは八ヶ岳の砂かけじじいと呼ばれている。Amazonで注文した土砂十トンを、毎週南八ヶ岳某所へと投棄し去っていく。廃棄物処理法の対象となる廃棄物とされない土砂は、不法投棄とならないため、この暴挙を見過ごすほかなかった。本人曰く「山を育てている」のだという。

 原子プリンタの一般化によって、あらゆる物の海賊版が出回るようになり、一時生産者を守るための法が作られた。彼はそれを悪用し、八ヶ岳における「育成権」を主張しはじめたのだ。

 この正当性は幾度か法廷で争われ、一体砂何トンから山を育てたと認めるべきなのかなどと、馬鹿な論争が続くも、着実に彼は山の育成者として知名度をあげていく。

 ある日、原子プリンタがクラックされ森野が大量にコピーされる事件が起こる。コピー森野は各々山を育てている理由を語るが、誰が本物かわからない。彼らは自分の違法コピーを止めるために、肉親である母に自分の育成権を主張してもらうしかないと大移動を始める。
 母を取り囲み大岡裁きのように引っ張る森野たち。母の痛いの声に反応して手を離した森野が本物だと中継していた記者がいう。母に見捨てられた森野たちは八ヶ岳に戻り、大量の砂を持ち込み、各々の目的で山を育てていく。
 森野はモリヤマンと呼ばれ、ネットでは山を育てるおじさんをコピーして育てることがミーム化していき、際限なく森野は増え、気がつくと八ヶ岳は富士山よりも高くなっていた。

 

 

 ある研究者はこのままだと巨大な八ヶ岳によって地球の自転が狂って破滅すると警鐘を鳴らす。地球をコピーして各モリヤに与えるなどの案が持ち上がるも、実現することなくモリヤたちによって完全に文明は支配される。海派は粛清される。
モリヤ文明は発展し、宇宙から八ヶ岳に砂を投入する装置を開発し、八ヶ岳を際限なく育てるも、最終的に盛大な土砂崩れがおき、モリヤたちの文明は消滅する。

 

 モリヤの子孫たちは学校で、なぜ本物の山を育ててはいけないのか、山育感情抑制剤を定期的に打たなくてはいけないのか学んでいる。
 子孫は夏休みの宿題のミニチュア八ヶ岳を育てながら、空に浮かぶ地球を眺める。地球は正四面体になっている。あの星には未だに山を育てているモリヤたちがいるらしい。モリヤの子孫たちは「安全な山育てのしおり」を片手に、コピーされた地球で偽物の山を育てながら静かに暮らしている。

文字数:1232

内容に関するアピール

本作は八ヶ岳に砂をかけまくり、山を育てていると主張するおじさんと、それによって奇妙に捻れていく社会とを描いた少し不思議なSF作品です。
ありとあらゆるものがコピー可能になった社会において、それを生み出した者、あるいは育てた者に対して幾ばくかの権利を認めることが推進され、結果として『育成権』が制定されます。
おじさんはこの権利と法を悪用し、とにかく山を育てていきます。
なぜ山を育てているのかと人は問うでしょう。そこに山があるからでしょうか?
理由はわかりませんが、人はともかく育てます。たまごっちを育て、デジモンを育て、冒険者を育て、クッキーを育て、そしていまこの瞬間もインターネットを育てている。
なぜ山を育てるのかと尋ねた人間も、ひょっとすると奇妙なものを育てているかもしれません。人は不思議なことに、誰かが理解しないものや存在しないものを育てるのが好きなようです。

今回のお題の趣旨としては、育てる/育てられる関係のせめぎ合いを描けると良いとのことでしたが、私はよくわからないものを執拗に育てしまう人間を面白おかしく描いてみたいと強く感じ、結果書いてしまいました。実作ではどんな奇妙な物語に育つか楽しみです。

追伸
ここが私信の場ではないことは百も承知ですが、三つ謝らせてください。
まず一つ目は、現在進行形で遅延している某初稿のこと、
本当に遅れに遅れてすみません。人間ではありません。

二つ目にダールグレンラジオと渡邊さん。
鯨の実作がかけず申し訳ありません。スケジュール的に人間をやめないと無理でした。
必ず書きます。

そして三つ目に琴住遥先生に「次の課題はジェンダーもので書きます」と言ったこと。
途中まで書いたのですが、別の機会にすることにしました。山を育ててすみません。

文字数:730

課題提出者一覧