化石のように眠れ
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九十九佑司はすぐに寝る。
つまらない授業中は当然のこと(それは私だって眠くなる)、昼ごはんを食べているときに、体育でバスケットボールをしているときに、ボードゲームをしているときだって寝る。
「あんた、一回、病院に診てもらった方がいいって」
と、私は何度も注意するけれど、あいつは決まって「そうっすね。考えときます」などと言って、絶対に病院に行こうとはしない。
本で調べると奴の症状はナルコレプシーというらしい。
1880年フランスの医師ジェリノーは過剰な眠気をきたすという特異な症例を報告した。その患者は、日中にもかかわらずしばしば耐え難い眠気に襲われ、そうなるとどんな状況でも眠ってしまう。しばらく眠ると普通に覚醒する。それだけでなく、大笑いをしたり、仕事でうまく取り引きがまとまったりしたときなどに、下肢の力が抜けて崩れ落ちてしまうという発作を起こす。また、トランプでよいカードを引くと、身体中の力が抜けて動けなくなってしまう。
このような症状をジェノリーはナルコレプシーと呼んだ。
ナルコレプシ―の状態では、健康な人なら緊張や興奮などで感情が高ぶって眠れないような状況でも、強烈な眠気に襲われて眠ってしまう。
まさしく、九十九佑司はナルコレプシーだ。
しかも、最近では、眠る時間が日ごとに増えていた。
今までは、寝ても10分程で目覚めていたのに、最近ではそれが15分、20分と増えている。これでは、眠っているほうが、起きている時間より長くなってしまうではないか。
先生はみな「あいつはしょうがない」みたいなかんじでスルーしようとしているが(きっと面倒くさいのだ)、そんなことでいいのか。
第一、九十九佑司はわがボードゲーム部の数少ない(4名)のうちの一人なのだ。
ボードゲーム部の活動中、奴のターンで何度眠られたことか。
思い出しただけでも腹立たしい。
ボードゲーム部部長として、これ以上、奴の特殊な病気を見過ごすわけには断固としていけない。
1
「じゃあ、僕のところに連れておいでよ」
おじさんは、パソコン画面を見つめながら、変な笑みをこぼしつつ言った。
叔父の花火澤躯は姪の私が言うのもなんだけれど変人だ。
全くもって普通な公務員の祖父母から生まれた次男坊の叔父は、長男や長女である私の母と違って昔から神童扱いされてきた。
なんでも一つ教えれば百のことができるとかなんとか、運動神経も抜群で小学生の時に100メートル走で中学男子の記録を塗り替え、絶対音感もあって、中学の時にはピアノの全国大会で優勝までした、そんな漫画みたいなとしか言いようがない話をたくさん聞かされた。
あまたの才能を持った叔父が最終的に選んだ道は、医学だった。
しかし、普通に医者になるのではなく、叔父は「睡眠」の研究を専門にすることにした。
理由を聞くと「だって、気になるじゃない。人生の三分の一という時間を費やすのにも関わらず、いまだに動物が眠る理由が明らかになってないんだからさ」という。
眠る理由?
そんなの休むために決まっている。
「休むだけなら、眠らなくてもいいだろ。目を閉じ、脳を休息させる理由は?夢を見なければいけない理由は?そんなことが何一つわかっちゃいないんだ。面白いだろ。こんなに身近な行為なのに。俺は、その謎を解き明かしたいんだよ」
変わっている。
眠る理由?
そんなの眠くなるからっていうだけではだめなのだろうか。
おじさんが変人なのは間違いないが、天才であることもまた間違いない。
普段はスタンフォード大学で研究しているおじさんが年に一度だけ日本に帰ってくるお盆。そのタイミングを狙って私は九十九佑司の話をおじさんにした。
おじさんは、案の定、食いついた。
おじさんは、この手の話が大好物なのだ。
2
「君は寝ているとき、どんな夢を見るんだい?」
叔父が現在も在籍している日本の○×大学の研究室に九十九佑司を連れてきた。もちろん、奴は面倒くさがったが、会話をしている間に眠り始めたので、そのままほかの部員に背負わせて連れてきた。
「部長、これ、人さらいとかじゃ」なんて心配する部員に私は「馬鹿者。人助けだ」と一喝した。
九十九が起きた時、目の前には叔父がいた。
「おはよう。ここがどこかわかるかな?」
「……部長のおじさんですか?」
「正解。よくわかったね」
「部長がそこにいるし。部長ならそんなこともやりかねないかなって」
九十九佑司は迷惑そうに、部屋の隅で立っている私を見た。
叔父は、「いつも、彼に何をしているのかな?」と笑った。
「なんだ。何か不服なのか?」
自分で言うのもなんだが、かなりいい部長だ。
「いや、まあ。いいんですけど。その、何かするんですか?」
「ああ、そうだよね。いきなりこんなところに連れてこられちゃびっくりするよね。安心してよ。ちょっとお話がしたかっただけなんだ」
「お話、ですか」
「そう、お話。君に興味があるんだ」
「……その、ごめんなさい。そういう趣味は」
「ああ……。なるほど、今時はそういう発言にも気をつけないといけないのか。もちろん、君に性的な興味を持っているわけではないよ。その、君の『睡眠』に興味があるんだ」
「ああ。そうですか。……よかった」
「そうだよ、ははは。ごめんね。変な誤解させてしまって」
「いえいえ、いいんです」
「……あの、早く本題に入ろうよ!!」
思わず、私は横やりをいれる。
この二人、どちらも変わり者すぎて一向に話が進まないのだ。
「ああ、そうだね。じゃあ、花奈は部屋から出てよ」
「うん。って、なんで」
「いや、だって、個人的な話をするからさ。花奈には聞かれたくないことだってあるさ」
「そうなのか?」と私は九十九に聞く。
少し考えて、「そうですね。できれば、その方がいいかもしれないです」と九十九は遠慮がちに言う。
「ガーン」
「はは。『ガーン』だって。最近の子は面白いなあ」
「なんだよ!私がここまで連れてきたんだぞ!!」
「まあまあ、あとでおいしいケーキでもおごってあげるからさ」
駅前に最近できたケーキ屋のショートケーキが頭の中でいっぱいになる。
ならば、仕方ない。そこまで言われたら、どんな人間でも退くだろう。
「う……。絶対だぞ」
しぶしぶ、私は部屋を出る。
それから二時間、窓に夕闇がさし、私が部屋の外のベンチでうたた寝を始めたころ。
「部長」
という、九十九の声で目を覚ます。
「今日は終わりみたいです」
九十九はそれから、一か月の間、叔父の研究室に通うことになる。
何度尋ねても、叔父は「個人情報の守秘義務ってやつ」とだけしか言わない。
九十九は、その間も、やっぱり眠りに眠って、病状はよくなるどころか、悪くなっているようにしか見えなかった。
「なんか、自分の睡眠っておかしいらしいです」
……いや、そんなことは、わかるけれども。
学校からの帰り道、耐え切れず、私は九十九に叔父とのやりとりを聞いてしまう。
「レム睡眠とノンレム睡眠ってあるじゃないですか」
「レム睡眠が夢を見る睡眠で、ノンレム睡眠が夢を見ないぐらいぐっすり寝るってやつだっけ」
「そんなかんじです。なんか、部長の叔父さんの話だと、ノンレム睡眠でも夢って見るらしいですけど。まあ、よくわかんないです」
「それで、なんなんだよ」
「ああ、それで、普通の人ってノンレム睡眠が多いらしいんですけど、自分は逆で、レム睡眠ばかりしてるんですって」
「……なんで」
「いや、わからないです。胎児とか生まれたばっかりの子どもってほとんどレム睡眠しかしないらしいんですけど、自分も同じみたいで」
「胎児とか赤ちゃんと?」
「なんか、不思議ですよね。あと、さっきレム睡眠って夢を見るって言ってたじゃないですか」
「ああ。……そっか。レム睡眠ばっかりしてるってことは、お前、夢ばっかり見てるってことか?」
「いや、違うんです」
「え」
「夢、見たことないんですよ。一度も」
3
「135億年前に宇宙が誕生して、600万年前にヒトとチンパンジーの最初の祖先が生まれる。ホモサピエンスは20万年前に進化して、農業革命は1万2千年前、科学革命にいたってはたった500年前。宇宙っていう長い歴史の中からすると人間の繁栄なんてゴミみたいなもんだと思わない?」
叔父は九十九と出会ってから、研究室で寝泊まりしていた。
もうとっくにスタンフォードに戻る予定のはずだったのに。
私が九十九の話を聞きに行くと、叔父は話を逸らすかのようにすらすらと語り始める。
「私は九十九の話をしている。人類の話はまた後で聞くよ」
叔父は、コーヒーメーカーからピンクのマグカップにコーヒーをいれて、たっぷりミルクをいれて私に渡した。
「いやいや、人類の話は大切だぞ。つまりは、人類は宇宙ができたとてつもなく長い時間からすると、まるでカップ麺を待つくらいの時間で、ここまで進化し、栄華を誇っているってわけだ。しかし、なぜ人間はここまで進化したと思う?」
「さあ」と、適当な相槌を打つ。
こうなったら、叔父は止まらない。
とりあえず、好きなだけ喋らせるしかない。
「いろいろあるだろう。言葉とか文字とか科学とか、ユヴァル・ノア・ハラリは人間だけが「虚構」を信じることができたから進化出来たって言っている」
「へー」
「だけど、俺はこう思う。人類進化の秘密は「睡眠」にあるってね」
「なるほど」
「……花奈、モテないだろ」と、おじさんはため息をつきながら言った。
……失礼極まりない。適当な相槌にむかついたからと言っていいことと悪いことがある。
こちとら思春期だぞ。
「今、そんな話は関係ないだろ」
「いやいや、そんなことないって。だって、九十九君が好きなんだろ」
コーヒーをこぼしそうになる。
「あっつ」
「わかりやすいなあ。昔から花奈は」
「だ、そ、バカなこと言ってないで。私の質問に答えろ」
「ん。わかった。花奈の初恋に免じて端的にお答えしよう。ただし、これ、絶対に秘密な。もちろん九十九君にも。約束できる?」
「うん。約束する」
いつになく叔父は真剣な顔になった。
「彼、人間じゃない」
沈黙。
「……ふざけてる?」
「ふざけてない。彼は人間ではない。それが、俺の結論だよ」
「ちょっと、眠り方が普通の人と違うくらいで人間じゃない?おじさん、頭おかしくなったのか?」
「うん、そうだな。……俺も自分の頭がおかしくなったと信じたいくらいだ。でも、現実に表れている結果はそうだから。俺はそうとしか言いようがない」
「なんで、そういう結果がでたの。ただのナルコレプシーなんでしょ」
「俺も最初はそう思っていた。ナルコレプシーの原因はオレキシンという覚醒物質の減少だ。現在は治療薬もある。彼にも処方したよ。しかし、結果、彼はさらに眠るようになった。なぜなら、彼はナルコレプシーではないからだ。彼の睡眠は人間のそれとは違う」
「レム睡眠が多い?」
「そう、通常の人間の睡眠はノンレム睡眠が75パーセント、レム睡眠が25パーセント程度の割合だ。しかし、彼の場合は、90パーセント以上がレム睡眠にあてられている」
「でも胎児や赤ちゃんはレム睡眠の割合が高いんでしょ」
「彼は胎児でも赤ちゃんでもないよ。さらに言うと、彼のレム睡眠は、普通のレム睡眠とは異なる」
「……夢を、見ない?」
「そう。彼は夢を見ない。いや、正確に言うと、夢ではなく別の「何か」を見ているといったほうが正確かもしれない。ノンレム睡眠には1から4までの段階がある。4にいくにつれて眠りは深くなる。彼の場合は、レム睡眠に段階があるんだ。ステージ4のレム睡眠に入ったとき、彼は、俺に語りかけてきた」
「え……」
「そして、自分でこう言ったのさ。「自分は人間じゃない、と」」
「そ、それこそ夢を見て……寝ぼけていただけじゃ」
「確かに夢を本当に見たことがないかどうか、それは今の技術では判断しようもないからね。彼の証言をそのまま鵜呑みにするのは危険だろう」
「……おじさん、私」
「うん。そうだね。そろそろ、効いてきたころか」
唐突に襲い掛かる睡魔。それは抗い難いほど強烈なものだった。
「睡眠薬をいれた。ミルクの方にね」
「なん、で……」
「ステージ4のときに、彼が言ったんだよ。「真実を知りたければやれ」ってね」
暗闇が私を包む。
4
「だからって、姪を実験体にするか!?」
と、目を覚ますと、そこは見慣れた教室だった。
いつもの自分の机。椅子。時計の針は4時を示し動かない。
時間が止まっているかのような世界。
「おはようございます」
右隣から一つ離れた机に九十九はいた。
「すいません。迷惑かけちゃって」
……意味がわからない。
「これは、夢の世界っていう理解でいいのか?」
「ああ。まあ。そうですね。そういう理解でもいいんですけど。そうでもないというような。ほら、俺も、今、現実には寝てるんで」
「……つまり、私とお前、両方が同じ夢を見ているってことか?」
「ああ。そうですね。それに近いかんじです」
「……どうして教室なんだ?」
「二人の共通の意識が作り出した世界で、一番身近だったものが、ここだからじゃないですか」
「待て、とりあえず、そんなことの前に一つ聞いておきたい」
「はい」
「お前、人間じゃないのか?」
「ええ、まあ、はい」
「……おいおいおい。ちょっと待て。そんな「あれ、言ってませんでしたっけ?」みたいな軽いのりで肯定されても反応に困るぞ」
「すいません。その、言いづらくて」
「いやいやいや、言いづらいどころじゃないだろう。じゃあ、お前は何なんだ。ロボット?アンドロイド?地球外生命体?」
「俺は、超人類です」
「……ごめん。なんて?」
「俺は、超人類です。英語的にはスーパーサピエンス」
私は一度自分の頬を殴った。痛かった。
「あ、ここ、夢であって夢ではないので、そういう行為はやめたほうがいいですよ」
「ああ、すまん。ちょっと自制心ってやつを呼び戻すためにな。……それは、なんなんだ?」
「え。それって」
「だから、その、超人類とやらは、なんなんだ?」
「ああ。定義ってことですよね。人類を超えてるんです。その名のとおり」
「ほう……」
「まあ、わかります。そういう反応になっちゃうのは。例えれば、サルに人間が話しをしているような状況ですから」
……えっと。あれ、この場合のサルって。
「お前、バカにしてんのか!?」
「いやいや、あの、怒らないでください。あくまで例えの話なので。俺には、その「喜怒哀楽」という概念がないので、事実をそのまま言ってしまうのです。すみません」
「それは、お前が空気を読めないだけじゃないのか」
「いえ、超人類だからです」
ずいぶん、自信満々だな。現実では眠がってばかりいたくせに。
こいつ、やっぱり、ふざけている?
というか、これ、やっぱり夢でもなんでもなく、ただ単に「ドッキリ」みたいなやつなのでは……。
「話を戻すと、その超人類様とやらが、私に何の用なんだよ。こんなところまで連れてきて」
「進化してもらいたいからです」
「は?」
「部長にも超人類になってもらうため、です」
……頼む、もう誰か起こしてくれ。
5
「待てよ。そのよくわからん「超人類」とやらに私が、なんでならなきゃならんのだ」
当然の質問に、「ああ、それは」と前置きして奴は簡単に答える。
「部長が花火澤躯の姪だからです」
おじさんの姪だから?
「それに何の関係がある?」
「ほら、彼には子どもがいないので、部長しか適切な人間がいなかったんですよ」
混乱。
確かに、叔父には子どもはいない。だから、私が選ばれた?そんなの何の関連性もないじゃないか。
「だから、おじさんとお前に何の関係があるっていうんだ。おじさんは、私がお前に会わせただけで、「超人類」とやらには何の関係もない、ただの研究者だろう」
九十九は少し考えて、忘れていたとばかりに「すみません。知っているとばかりに思っていたので。花火澤躯が俺をつくったんですよ」と答える。
「……」
「すいません。驚いちゃいました?」
「「つくった」って何だ」
「あー。生物学的には「つくった」っていうと、産んだってことでしょうけれど、彼と俺は生物学的には「父と子」の関係にありません。理解しやすく言えば「クローン」であり、さらに言えば「強化人間」であり、今では「超人類」と呼ばれるべきものです」
「意味がわからない」
「時系列でお話すると、花火澤躯は15年前に俺という存在を生み出します。研究室の中、たった一人で。「超人類」をつくり、自身の研究を完成させるためです。しかし、彼は俺をつくった後に俺を手放します。現代社会の「法的」にも「倫理的」にも俺の存在は許されなかったからです。そして、彼自身、学会に目をつけられていたこともあり、日本の協力者に僕を実の「子ども」として育てさせます。それが、俺の戸籍上の父と母です」
「あんたは、おじさんが自分をつくったって知ってたの?」
「いえ。最初のうちは。けれど、彼は一年に一度、必ず俺の前に現れました。定期健診という形で、俺は彼の研究所で検査を受けていました。俺には特異な体質があったから、疑いませんでした」
「ナルコレプシー」
「そうです。突如として訪れる連続した眠気。しかし、現代の科学技術においては、治療薬があります。しかし、俺にはまったく効果がなかった。なぜなら、俺はナルコレプシーではなかったからです」
「じゃあ、なんで、あんたは何度も眠くなるっていうの」
「それは、進化するためです」
「は?」
「花火澤躯の研究は「眠り」に関するもの。彼は睡眠こそが人類を進化させると仮定しました。先輩にも経験がありませんか?いくらやってもできなかったことが、次の朝にはできているようなことが。それは「睡眠」の能力の一つなんです。では、さらに、さらに、深く、何度も眠りにつけばどうなるのか」
「それが「超人類」ってやつなのか?眠りで能力が高まるっていう」
しかし、九十九が起きているときに、超人的な活躍をしたなんて記憶は全くないのだが。
「ははは。先輩の言いたいことはわかります。実際には「眠り」によって高められる能力なんていうのは、たかがしれたものだったのです。だから、花火澤躯もはじめは落胆していました。しかし、俺が小学生の高学年になるころ、おかしな現象が俺の夢に現れ始めた」
「……あんた、夢見ないって言ったじゃん」
「そうです。俺は「夢」を見ない。けれど、夢の中に入ることができる」
「他人の夢……?」
「そうです。俺は他人の夢(「無意識」といったほうが正確かもしれませんが)に接触することができる。俺はレム睡眠のレベル4の中で、他人のレム睡眠に働きかけることができるのです」
「そんなこと」
「そうです。証明できるはずもない。俺もそんなことは証明できません。だから、何度か実験を試みました」
「なんか、聞きたくないんだけど……」
「すいません。部長には聞いてもらいたいんです。俺は他人の「夢」に入り、その本人を殺しました」
沈黙。
「その男は今、眠り続けています。まるで、化石のようにピクリとも動かずに」
「……その人、誰なの」
「父です。戸籍上の」
怖い。怖すぎるよ……。
「それから、様々な実験をしました。現実では俺のことが嫌いな人間に「夢」の中で優しくし好かれるようになったり、前日まで親友だった男に夢でひどいことをして嫌われたり」
「……一つ聞きたい」
「部長の「夢」に入ったのは、これが初めてです。信じてもらえなくても仕方ありませんが」
「それで、お前は、何をやりたいんだよ。こんな怖い能力使って、人を操って。私にも同じことやれっていうのか?」
「違います」
「じゃあ、なんだよ」
「俺は気が付きました。この能力は個人の理想をかなえるために使うようなものではないと……。なぜ、俺が「レム睡眠」に働きかけることができたのか。いまはまだ仮説ですが、「超人類」は「レム睡眠」により、「一つの大いなる意思」でつながることができるのではないか、と」
「大いなる意思?」
「生き物の祖先は一つっていう話は知っています?」
「いや」
おじさんが、もしかしたら、話しているかもしれないが、完全に聞き流しているし、忘れている。
「宇宙が始まり、地球ができて、最初の生物が生まれました。そして、地球上の生き物はみな、すべてその生物が起源です。だから、象であれミジンコであれ、人間であれ、みんな同じDNAコードが使われている」
「それで、「大いなる意思」ってのはなんなんだよ」
「すべての生き物が持つ根源の意識は共通なんです。みんな、この地球上では兄弟みたいなもんだってことです。人は、生き物は、「違う」からこそ争います。けれど、「寝ている」間、私たちに種の違いはありませんよね。誰もが、眠りについたときだけ、平等になれる。そうであるならば誰もが眠り続ければいい。まるで「化石」のように」
「……どういうことだよ。それって。じゃあ、みんながみんな、ずっと眠ればいいって話なのか。そんなんじゃあ、生きてんのか死んでんのかわからないぞ」
「ずっとではないですよ。「超人類」に覚醒するまでです。「眠り」によって人類は覚醒し、「超人類」に至る。ニーチェは人間を動物から「超人」へ移すための架け橋だと言いました。しかし、どうすればよいのか、具体的にはニーチェは示せませんでした。俺は「眠り」こそが人類の進化につながると確信しています」
「……その、超人類とやらになったら、世界はどうなるっていうんだ?」
「寝ている間に「大いなる意思」をレム睡眠によって知った私たちは、今のように他者を比べたり、陥れたり、嫌ったりすることはなくなるでしょう。持つものはさらに持ち、持たざるものはさらに持たなくなる。そのような不平等は消えてなくなるでしょう。なぜなら、我々は「一つ」であるからです。永遠の平和が訪れるでしょう」
「どうやって、全人類を「眠り」につかせるんだ?一人、一人、「化石」のように眠らせるために、無意識の中にお前が入るっていうのか?一体、どれだけ時間がかかるんだよ、それ」
「一度に複数人の無意識に入る、という実験もすでに検証済みです。しかし、確かに俺だけでは困難であることは間違いない」
九十九は私に手を伸ばす。
「部長、俺と結婚してください」
「……は?」
「俺と俺の子ども、さらに花火澤躯がつくった俺以外の「新人類」それらの力を合わせれば、きっと人類を「化石」のように眠らせることができる」
「ちょっと、待て。なんで、それで私とお前が結婚するってことになる」
「してくれないんですか?」
「いや、それは……」
「俺のこと嫌いですか?」
「いや、そうじゃなくて」
「世界を変えましょう」
「だから……、そういうのじゃなくて……」
「なんです?」
「この……」
「え?」
「この……」
「なんです?」
「この、馬鹿野郎がーーーーーーーーっっ!!!!」
私は、渾身の力で九十九を殴り飛ばした。
九十九は、近くの机と椅子を巻き添えにしながら倒れた。
頬をおさえながら九十九は、きょとんとした顔をした。
「目を覚ませっ!!」
「夢の中で、こういうことをしたからといって起きるわけではないんですよ」
「そういうことじゃねえよ!!クソなこと言ってんじゃねえって言ってるんだ!」
「クソ……?」
「黙って聞いてりゃペラペラと訳のわからないことばかり!!超人類?スーパーサイヤ人?化石?寝言は寝て言え!!」
「スーパーサピエンスです」
「うるさい!!お前、何様になったつもりだ!!超人類だか何だか知んないけど、私たちは、私たちで必死に生きてんだよ!!」
「……部長、冷静になってください。必死かどうかよりも、よりよくなるほうを選びましょうよ」
「うるさい!!バカ!!そんな、御託どうでもいい!!よりいいか悪いかなんて、みんな悩みながら、試行錯誤しながら、それでも間違ったり、間違ったこと悔んだりしながら、一歩一歩、進んでいるんだ!!お前みたいな、バカが勝手に「よくなるほう」とか決めつけていいもんじゃないんだよ!!人間は間違えるからいいんだよ!!間違えるから、人間は成長できるんだよ!!」
「……」
「だから、だから、私からいわせりゃ、お前は「人間」だよ」
「いや、俺は」
「後悔してんだろ。お父さんのこと。友だちのこと。強がんなよ。お前は、私にとってはな、「超人類」でも「スーパーサイヤ人」でもねえよ」
「スーパーサピエンス……」
「なんでもいいよ!!お前は、九十九佑司だよ。ボードゲーム部の後輩で、よく眠って、起こされると面倒くさそうに「なんすか」っていう九十九佑司だよ!!」
「……」
「私は、そんな、お前が……」
「……部長」
「……なんだよ」
「もーそろそろ、時間っす」
「え」
「また、学校で」
うすれていく意識。
その中で、九十九は笑っているように見えたけれど、それは気のせいなのだろうか。
世界は真っ白になった。
6
目が覚めると、私は実家のベッドの上だった。
親に聞いても、「いつも通り普通に寝てたわよ」としか言わない。
叔父の研究所に行ってみると、そこは、すでにもぬけのからで、同じ研究所の人は、だいぶ前にスタンフォードに戻ったと言う。
おいおい、じゃあ、昨日、会った叔父は何者なんだよ。
全部が全部「夢」っていうやつ?そんな最悪なオチ?
学校には行きづらかった。
とにかく九十九と顔を合わせたくない。
あんなことがあって、どんな顔で合えばいいというのか。
「超人類」、「スーパーサピエンス」、「大いなる意思」、「化石」。
バカバカしい(今思えば、中二病的な)ワードがたくさんでてきたけれど、あの夢のことを私はずいぶん、詳細に覚えている。
学校についた後、九十九の親父さんのことを九十九の担任に聞いてみる。
「ああ、九十九教授だろ。××大学の。たまにテレビにもでてるぞ。知らないか?」
「最近、原因不明の病で倒れたとかは?」
「そんな話は聞かんなあ。大体、そんなことになってたらニュースでやってるよ。それくらいの有名人だ」
おいおい、もう完全にただの私の妄想じゃないか……。
放課後。
ボードゲーム部の部室。
入りにくいけれど、がらがらっと扉を開ける。
「部長、遅いっすよ」
「二人じゃろくなゲームできないんすから」
いつものさえない前田と沢田がいた。
「九十九は?」
「九十九?聞いてないんすか?」
「え」
「留学ですって。明日からスタンフォード大学に行くって言ってましたよ。昨日、みんなで驚いたじゃないですか」
聞いてないし、驚いてもない。
寝て起きたら浦島太郎になった気分だ。
これが九十九の能力なのだとしたら、奴はやっぱり「超人類」なのかもしれない。
7
「九十九!」
いつもの帰り道。
九十九は、いつものように眠りながら歩いていた。
なぜ、そんな芸当ができるのかはさっぱりわからない。
赤信号では、ちゃんと止まるんだから、本当は寝てないに違いない。
「なんすか?」
声をかけると、すぐ起きる。
実に迷惑そうに。それは、いつもの九十九だった。
「何、寝てんだよ」
「すいません」
「スタンフォード大学だって?」
「はい。なんか、やっぱり、俺の睡眠っておかしいみたいで。先輩のおじさんが手を回してくれて、留学って形で行くみたいです」
「ははは……。そうか……。みたいですって。他人事みたいに言うなよ」
「すいません」
マジで余計なことしかしないな、あの人……。
「でも、治ったら、日本戻ってくるんで。安心してください」
「……べ、べつに心配とかしてないし。何言ってんの」
「夢」
ドキッとする。
なんだ、なんだ。
やっぱり、あれ、本当にあった?
「夢、見たんです。部長と二人で教室にいました」
「……へ、へえ」
動揺を隠せ、隠すのだ、私。
しかし、九十九はいつもの調子で話をしていて、探りをいれているのかどうかなんてわからない。第一、顔なんて見れるわけがない。
「その、俺はなんか変なことばかり言って、部長を困らせて。先輩は、俺を怒ったんです。殴りもしました」
九十九は左の頬を触る。
なんだよ、恨みか?殴られたこと恨んでるのか?
「……ふーん。それで?」
「部長は必死、ってかんじでした。俺、なんか、そんなに誰かに必死になられたことなかったから……」
私は、九十九の顔を見る。
「俺、なんか、うれしかったです。それが」
「あ、そう……」
なんだ、それ。
突然、九十九は立ち止まる。
「俺は、そんな部長が好きです」
……。
そんな、って、どんなだよ。
了
〈参考文献〉
●『サピエンス全史』 ユヴァル・ノア・ハラリ 河出書房新社
●『進化とは何か』 リチャード・ドーキンス 早川書房
●『いま世界の哲学者が考えていること』 岡本裕一朗 ダイヤモンド社
●『睡眠の科学』 櫻井 武 講談社
●『スタンフォード式最高の睡眠』 西野精治 サンマーク出版
文字数:11877
内容に関するアピール
以前、新井素子さんが講師の回で『恋獣』という梗概を書きました。
女子高生の「恋」がマッドサイエンティストのおじさんにより恐竜にされるというトンデモ話でしたが、新井さんに褒められた(と、記憶していますが……)ことがとても嬉しかったです。
そういうわけで、今回の最後の課題では、「おじさんと私」シリーズ第二弾を制作しようと、思い立ちました。
「睡眠」には、最近、加齢とともにやっぱり大事だよな、なんて思いつつ、ネットで検索してみると思いの他、実際に何もわかっていないと研究者が断言してしまうほど、まだ未知の分野であることがわかり、これは面白いと題材に選んでみました。
ナルコレプシーの後輩。ボードゲーム部の部長。マッドサイエンティストなおじさん。
よし、いける。と、とにかく書き進めたのが本作です。
結論としては、SF部分がやっぱり不足している感が否めないですし、やはり、自分にはハードなSFは到底書けないと、この講座で、痛いほど理解しましたが、今書ける、最大級の僕なりのSFを書いたつもりです。
ジュブナイル感を出したつもりなので、『時をかける少女』的SFと思って読んでもらいたいです。
文字数:485