そのまんま、そらへ

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梗 概

そのまんま、そらへ

 昭和天皇の崩御が連日事細かに報道され、その病状や対して行われた医療行為などの情報から、一人の人間としての天皇の命というものについて考えたことを、私は覚えている。高貴は魂に刻まれていて、肉体における尊卑の差など取るに足りぬもの、私は自身の萎びた左肢を見ながら考えたものだ。まるで身体の瑕疵が精神の崇高さを担保するとでも言わんばかりに。まぁ、そんなことがあるはずもない。
  続いて平正の三十年が過ぎ、その間に私は現在の職に就くことになる。宮内庁書陵部図書課、それが名目上の私の所属部署だ。同僚も部下もなく、折り目正しいが何を考えているのかわからない上司だけしかいない職場は、京都近郊の古びた運輸会社の倉庫跡地にある。私は不自由な体を理由に、この倉庫内にある住居スペースで生活している。松葉杖があれば移動することは可能なので、何も住み込みの丁稚奉公まがいのことをする必要はない。ただ単に職住一致させた方が無駄がないと考えただけのこと。
  平正天皇の生前退位が決まり、峻化元年。それに合わせて天皇が京都にお住まいになられるようになってからもうすでに十年、私も立派なアラフィフ、四十九歳になった。縁故に薄いので結婚がどうのと言われることもなく、自由に研究を続けることができた。
 その間、内閣の対外政策はことごとく裏目に出て、この国はじくじくと痛む火傷の患部のように国際的に孤立している。国内の様子も、ネットで眺めた世論から推測するに、閉塞して救いのない様子がただただスクロールしていくだけで、誰もが道端のストリートチルドレンのように、暗いまなざしを浮かべているようだ。
  端末を立ち上げ、ミカドシステムにリフトオンする。簡単なマップには天皇のアイコンが静かに明滅している。タップすると、画面は暗転し、緑色のテキストが浮かび上がる。
「大きなナメクジが緑色に燃える」
これが、現天皇と限りなく近い存在として計算されているAI、シュンカMの本日の一言だ。
 万世一系は近く絶える、私に現職を与えてくれた恩師はそう言った。しかし天皇であるということは、身体としてよりも魂として天皇であるということだと。ならば魂と魂が新しく魂を産むそのシステムを作り上げよ、それが永劫に続くミカドの栄光だと。
  言い換えるとこうだ。私は恐れ多くも天皇と皇后とをほぼ完璧にコピーした。オリジナルの協力の下、ずいぶんと時間がかかったけれど。シュンカMとFはその下位ノードを自動生成する。
  その気があれば数世代先のいまだ生まれていない天皇でさえ、計算することが可能だ。その御姿もほぼ描写することができる。
「そして私の目玉に張り付いた天鵞絨の闇」
  テキストが静かに明滅している。

文字数:1112

内容に関するアピール

もっときっちりと用語を調べなければと思った。
神でなくなった天皇が、人間ですらなくなったらどうかと考えた。
案外、精神寄生体なものが意識で、繁殖方法として生命があるなどと考えていくと、お決まりのAIへと流れ込んでいくのだが、そちらの進化は早そうなので、いまだ生まれぬ天皇は、神話時代の天皇のような精神的パワーを持ち始める、というお話です。

文字数:167

課題提出者一覧