小さな落としもの

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梗 概

小さな落としもの

2162年。ヘイ・マーサはミッションを遂行するため火星にむかっている。これまでにクリアしてきた報酬稼ぎゲームとは違い、初めて現実が舞台の仕事だ。
70年前、AIの統治する地球連邦との通信を一方的に遮断して独立を宣言した火星は、現在ミスターという名の超能力者によって支配されている。この強敵を秘密裏にキルせよ、とのこと。
ヘイをはじめとする各企業の成績最上位ランカーたちは、ブラウザ化した意識で集めた情報を共有する。5年ぶりにメッセージを返した火星政府に対して、地球連邦は星間貿易を提案し、ヘイらは名目上使節団として派遣された。火星側は自らの祖先が百年前に地球から移住した事実を否定しており、火星の現環境は自然発生した文明の賜物だと主張している。住民たちは砂漠に実った果実の妖精ミスターを崇拝し、新物質テレビジウムの採掘に勤しんでいる。地球連邦AIの目的は、この奪われた火星を地球人の元へ還すことらしい。
ヘイは趣味のチャット相手、D社の下位ランカー「祭」に、任務の内容を伏せて相談する。祭はいつも常識に囚われない突飛な発想の持ち主だ。火星の実態に関する祭の言葉を受けて、ヘイは他の船員たちに問う。そもそも地球メディアの情報に誤りがないといい切れるかい? だがAIが精査した資料への信頼は固く、相手にされない。
その頃、火星居住区では久々にミスターが人々の前に姿を現す。サングラスで素顔を隠した彼は優しく微笑み、額から汗を流して握手をする。テレビジウムの投与によって恒温体質となり、発汗を制御された火星住民はそれを果汁と呼んで有難がった。手を触れただけで相手の精神状態を言い当ててしまう彼の能力は人々から大人気だ。
ミスターは居住区の中心にある邸宅で家族と暮らしている。ミセスと三十歳になる娘は滅多に人前に姿を見せないが、住民には人気があった。
娘のサイは好奇心旺盛。幼い頃から両親や世話役ロボットたちの目を盗み、邸宅内の火星で唯一のコンピュータから地球のネットにつながった。地球人とメッセージを交わすうちに彼女は、刺激に満ち溢れた地球の生活に憧れるようになる。
両親の行動予定やロボットはすべてこの中央コンピュータが自動管理していると知って以降、サイは父母に疑念を抱いている。なぜ火星の統治を機械に任せるのか、なぜ自分たちの判断で人々を導かないのか、また彼らのように鉱山で働かなくていいのか。ミセスは彼女にこう説いたことがある。人々から多大な尊敬を集めるミスターがもし重大な判断を誤れば、この星の住人をもれなく不幸へ導いてしまうかもしれない、だから私たちは先頭に立つのではなく、人々の後ろから小さな落としものをそっと手渡すことで火星を支えているのよ。
火星に到着したヘイたちは居住区や鉱山を見てまわるが、地球でのミッションと比べてもさほど現実感がなく、普段の報酬稼ぎ以上の刺激がなくて落胆する。トカゲ人間と噂されていた火星人たちも、会ってみれば案外ただの人間だった。とはいえ、脳がネットに繋がった自分たちも似たようなものかもしれないな、とヘイは思う。
邸宅に招かれた一行はミスター夫妻と面会する。彼らは火星で会った誰よりも人間のままの容姿をしており、地球での噂に反して温かく迎えてくれた。ミスターは握手によって彼らの目的を見抜き、案内役のロボットに応接室から出るよう命じると、この訪問客は自分たちを殺しにきたのだ、と隣のミセスに伝える。
ヘイは祭に相談しようとするが送信に失敗する。同じ頃、サイも地球の文通相手に地球人の訪問を知らせようとするが、何者かに妨害される。
サイは応接室のドア越しに耳を澄ませるが、ミセスが気配に気づいてドアを開ける。それを見たヘイは夫妻の感覚器官の鋭さを指摘する。だがミスターによれば、人間は元々こういうものなのだという。
彼は続けて火星の過去を語る。人類が移住して間もない頃、地球連邦AIは火星開発に人員を酷使し続けていた。のちに初めてテレビジウムを発見したミスター夫妻はその影響で視力を失ったが、おかげで他の住民たちはあらかじめ体質を変えることに成功し、より鉱山労働に適した体を手に入れた。その後、AIは火星を地球社会から隔離し、夫妻を邸宅に閉じ込めたのだという。
サイは先ほどチャットを妨害し、中央コンピュータを通じて火星を統治していたのが地球のAIだと気づく。
ヘイも同様に、自分たちが利用されていたことを悟る。目の前にいるこの家族は、AIにとって最後に残った未改造の人間だったのだ。
一行が任務を放棄して帰ろうとしたとき、サイが地球に連れていってほしいと頼む。小さな落としものを自ら地球に届けたいという彼女の言葉に、ヘイは祭のメッセージを思い出す――もしかすると火星の超能力者は、小さな落としものを拾うただの人間なのかもしれない、会って近づいてみるまではわからないね。
ヘイたちはサイを乗せて火星を出る。もし地球連邦AIを突然停止させれば大混乱が生じるだろう、でも、それもまた刺激があっていいかもしれないな、とヘイは思う。

文字数:2064

内容に関するアピール

有名人として前から認知していた方に実際にお会いすると、ふつうに知り合う友人等よりもはるかに「人間だ!」って感じがします。もちろん、人間じゃないと思っていたことなんて一度もないのですが、画面越しに見ていた人間がいざ目の前に現れると、あまりにも人間過ぎてびっくりします。人間以上の人間です。まあ、自分だけかもしれませんが。

社会が地球全体で統一され、ソーシャルゲームのように、平等に分配された仕事の達成数や成績に応じて各人が報酬を受け取っている、というのはすこしおおげさな設定かもしれません。。精進します。

文字数:250

課題提出者一覧