梗 概
今年最後の冷たい闇
四十歳の一本松都は、二十代の頃から、山奥で世捨て人として自給自足生活を送っていた。ある日、久しぶりに都の山小屋に人が訪ねてくる。
総務省に勤めている小島きららというその女性は、都に、ニホンを救ってほしいと頼んでくる。
小島の話によると、都が世間から離れているうちに一般に普及した脳機能拡張ナノマシン・〈脳内スマホ〉の暦法が西暦から元号に替えられたそうだ。それはニホンの王であるテンノウの意向だった。そのテンノウが亡くなったあと、世襲により即位した新テンノウは、テンノウ制の廃止を提案し、速やかにその提案は受け入れられ、テンノウは一般人となった。
〈脳内スマホ〉の暦法は西暦に戻ったが、問題があった。
なぜか人々は元号に強いこだわりを持つようになっていた。元号が消滅した現在、人々は過去に囚われ、社会の生産性が著しく損なわれていた。〈脳内スマホ〉の改変は、元号がある時代を大切にするという洗脳だったのだ。ノスタルジックなエンターテイメント作品が隆盛を誇る一方、人々は無気力になった。
小島は、洗脳を解除する薬の被検者となっていて、洗脳から逃れた代わりに、言動が赤裸々になりすぎるという副作用を起こしていた。副作用のない薬の開発のめどはたっていない。そうとなれば、この事態を解決できるのは、〈脳内スマホ〉を入れていない人物だけ。小島は、〈脳内スマホ〉を入れていない人物を集め、各省庁のトップに立たせる交渉を行っていた。
都にとっては、迷惑極まりない話であったが、しつこい小島を追い返せそうにない。元号を復活させればいいのではないかという話になり、都と小島は、一般人となった前テンノウに会いに行く。
前テンノウは、派手な身なりと無気力な態度の青年で、アルバイト生活を送っていた。都は、テンノウに戻るように言うが、彼は聞き入れない。小島は、いかに社会の生産性が落ちているかを前テンノウに見せるため、前テンノウを連れまわし、都も成り行きでついていく。
そこで出会った、諦めた夢を引きずる会社員、元彼を忘れられない主婦などと交流するうち、都も、自分の封じ込めた過去をよみがえらせる。都は、震災で家族を失ったことがきっかけで、世捨て人となることを選んだのだった。
そのことを知った前テンノウは、人々を前へ進ませる策を考える。父である亡きテンノウから聞いた話によれば、なにか大きなインパクトを与えれば、人々の時間感覚をもとに戻すことができるはずだ。
三人は、元旦に花火大会を催し、新年を盛大に祝うことで、人々を過去から解放しようとする。しかし、準備が間に合わず、なにもできないまま年明けを迎えてしまう。
しかし、なぜか人々は、前向きになり始めた。元号への固執は、一時的なものだったのだ。元号が一年以内に替わったことで、今まで気づけなかったが、年が明けることで、人々の脳は西暦モードへ移行することができたのだった。
文字数:1198
内容に関するアピール
テーマは天皇制ではなく、元号です。この世界のテンノウは、天皇よりも王様的なものに設定したいと思います。
ほぼ全国民洗脳化社会や過去や未来とどう向き合って生きるべきかという重めのテーマを馬鹿馬鹿しく楽しいタッチで描き、ベーシックないい話にすることで、すとんと納得していただきたいです。
私は、「平成最後の~」という表現に「だからなんだよ?」と思ってしまうタイプなのですが、その日々の感覚から、元号という記号によって時間感覚が支配されるという発想を得ました。個人的には、実際に、多少はそのような傾向があるのではないかと思っています。改元が迫る今、過去の悲劇の風化がより進むのではないかというちょっとした不安を抱いているので、過去に囚われることも忘れすぎることもない、ちょうどいい加減で生きていければいいよね、という当たり前のことを、なんかいいことを言っている風に伝えられればと思います。
文字数:391