男系男子塞翁が馬

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梗 概

男系男子塞翁が馬

 西暦2227年、およそ3355万人の全日本国民を乗せた宇宙船日本丸は宇宙植民星を目指して航行を続けていた。人類の住める環境ではなくなってしまった地球を離れ、居住可能な新たな惑星へ移住するためだった。日本丸が目的地に到着するまでに750年の歳月がかかるため、乗員乗客は全員コールドスリープ(人工冬眠)に入った。

 出発から27年後、コールドスリープシステムにエラーが発生し、唯一の男性皇族である皇太子眞仁(まさひと)親王殿下だけが覚醒してしまう。植民星への到着まであと723年、再び冬眠状態に入ることは不可能で、地球に引き返すこともできない。彼の父親である天皇陛下は高齢で今後新たな男性皇族の誕生は見込めない。宇宙船の中で生涯を閉じることが確実になった27歳の殿下は、皇統の断絶を避けるために、700年以上先の未来まで自分の血筋を継承しなければならない状況に追い込まれる。

 天皇の皇位継承について、皇室典範は第1条で「皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する」と定めている。つまり、天皇になる人物は、父が天皇の血筋をひく男子でなければならない。人間は男と女が半々の確率で生まれるので、3代〜4代が経過すれば皇位を継ぐべき皇室直系の資格者がいなくなる可能性が高く、普通に結婚して子供を産むだけでは700年以上天皇制を継承するのは難しい。神武天皇以来男系で連綿と継承されてきた日本の天皇は、宇宙船の中で断絶の危機を迎えたのだった。

 眞仁親王は、侍従ロボットと暮らしながら、誰にも心の悩みを打ち明けられず、ひとり皇統の将来について煩悶する。彼が子孫を残すためには誰か女性を冬眠から覚醒させなければならない。だがそれは、植民星に到着してから始まるはずだった女性の人生を奪い取ることを意味する。一方、子孫を残さなければ、国民の象徴という役目のみならず、天皇家と日本国の歴史に対する責任を果たせない。天皇にしかできない国会の召集や、選挙などの国事行為も出来なくなってしまう。尊ぶべきは個人の人生か、国の未来か? 結局彼は、皇統の危機は、天皇家の血筋の問題ではなく、天皇という国の機能の問題であると自分を納得させ、ひとりの女性を覚醒させる。

 予定よりも700年以上早く目覚めてしまった女性は、宇宙船の中で自分の人生が終わることに混乱し、絶望する。しかし、危機的状況に追い込まれた若い男女が二人きりで長い時間を過ごすことになれば、結ばれるのが自然の成り行きである。2人は愛を育み、眞仁親王と女性の間に3人の子供が誕生するが、いずれも女児だった。皇位継承資格者は男系男子でなければならず、女性天皇は日本史上前例がない。殿下は再び悩みの中をお迷いになり、さらに2人目の女性を覚醒させ、子をもうけるが、今度も女子であった。続いて彼は3人目を覚醒させ、ついに第2子に男子、恒仁(つねひと)親王が誕生する。

 それから30年が経過した。年頃になった恒仁親王殿下もふたたび男子が生まれるまで女性を覚醒させ続けた。その次の親王殿下も、そのまた次の親王殿下も…。

 地球を出発してから750年、世代にして25世代がかわり、宇宙船日本丸は無事植民星に到着した。しかし、そのときまでに出発時にコールドスリープしていた日本国民はほぼ全員が覚醒することになり、船内に暮らすおよそ4000万人の日本国民全員が、750年前の眞仁親王(創元天皇)と血がつながってしまっていた。

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内容に関するアピール

 天皇制がテーマとなれば、政治的あるいは宗教的なものに正面から向き合い、かの戦争やキリスト教との関係を新しい視点から鮮やかに描くような小説を目指したいところ…ではありますが、やはり平成も最後ということで、議論が沸騰した平成の皇位継承問題の論点だった「男系男子」について書いてみました。

 皇位継承資格者の不足という問題を解決するには、4つくらいの選択肢があるのですが、
・男系だけでなく女系にも皇位継承資格を認める。
    →保守層をはじめとする強い反発がある。
・側室制度を復活させる。
    →国民の支持を得るのは難しい。
・民間人を皇籍に入れる。
    →一般の国民が天皇に即位しても信頼を獲得できそうにない。
・人工授精などによる産み分けを行う。
    →神聖性が失われてしまう。

 いずれも難しく、そういうことを議論するのがばかばかしくなるようなお話ができないものかと考えました。一部、気分が悪くなる(かもしれない)表現が含まれていますが、そもそもそういう理屈で割り切れない部分を含んでいるのが伝統なのかなと思ったりしています。

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課題提出者一覧