血統

印刷

梗 概

血統

カリフォルニア州。黒人家庭に育つロングは、アジア系の養子だった。
 養父のクビラは、配管技師だった。かれはアジア、特に日本が趣味であった。
 日本列島は、平成末の大陸中国の台湾進攻にはじまる動乱で、最終的には中国の日本自治区という扱いになっていた。中国の日本文化に対する扱いはぞんざいであった。
 中国人が多く日本列島に移住していたが、自然災害が多い日本は管理維持に手間がかかるため、中国人にとって罰ゲームのようになっていた。
 ロスアンゼルスには亡命日本政府があり、ここを中心に、カリフォルニア州には、日系米国人のほか、亡命日本人が多かった。サンフランシスコのサンセット地区に暮らすロングは、養父母に、おまえは日本の血が混じってるらしい、我々のアメリカ文化に加え、お前自身の文化を身につける機会は、将来役に立つこともあるだろうと、言われた。日常に不自由しない日本語をしゃべれるようになり、カラテは組手ができる程度、いくつかの種類の折り紙や、説明できる程度の書道などに馴染みながら育った。
 動乱からあと、亡命天皇もサンフランシスコのプレシディオ基地の一角を米国から住居として貸与されていた。日本独立をとなえて活発に世界をまわっていた。
 独立派日本人の合言葉は「ヘイセイを忘れるな」であった。
 さらに、日本自治区には、動乱時に中国政府が擁立したとする天皇がいた。亡命天皇の兄弟の血筋という。アメリカの仲介により、両天皇の染色体検査から、昭和天皇血液サンプルと同一Y染色体であることは明らかになっていた。
 中国政府は、自ら擁立した天皇やダライラマなどを定期的に集合させては、中国領土における多民族和諧社会を国際社会に表明していた。

成長して養父母の家を出、グローサリーで働くロングには、アリスというガールフレンドがいた。交互におたがいの部屋を行き来していた。
 ある夜、アリスとすごすロングを、養父クビラが訪ねてくる。
亡命政府のデータベースにハッキングがあり、複数の日本人が襲撃のターゲットになる可能性がある、ロングが含まれるかもしれないと、養父は告げた。危ないからしばらくモバイル(スマホ類)も使うなという。
 クビラは二人をじぶんの車に乗せる。彼はアリスをそのアパートで降ろし、ロングを、そのまま、橋を渡ってソーサリート近くの一軒家に連れていく。
 その途中、クビラは、ロングを育てた思い出を語り、生きることに意味があるという。なぜそんな話になるのか、ロングは戸惑う。
 その家でロングは監禁状態になる。モバイルも通じない。ごく少ない人間しか見ないが、彼らは人種もばらばらで、ロングと愛想よく話はするが、外には出さない。
 何度か脱出を試みるが、ロング程度のカラテでは逃げることができない。
 テレビは見ることができる。日本亡命政府のチャネルでは、亡命天皇が病気であることが報じられていた。

ある日、アジア系黒装束集団にこの家が急襲される。監禁者たちは殺される。急襲者はロングを連れ出し、ロングにさまざまな質問をする。状況を全く理解できていないことに気づいた襲撃者のリーダーは黒マスクをとって、自分はハヤカワ、亡命政府のものだと告げる。
 ハヤカワは説明する。亡命天皇が血筋を絶やさない目的で、人工授精でその血筋がばらまかれた。ロングは、何十人かいるその男系の子のひとりであり、中国政府はそれを根絶やしにしようとしているのだと。
 そのままロングは、ハヤカワの待機所である市内の2ルームアパートに連れていかれる。
 リビングのテレビでは、亡命天皇の死が告げられ、そのまま、いままで表に出ることのなかった皇太子の天皇即位が告げられる。これは、亡命政府のチャネルのみならず、CNNなどの、ほかのメディアでも語られた。血筋の確認は、アメリカ政府によって行われるという。
 ハヤカワは中国側の報道もみようと、中国語チャネルにする。中国語放送では、亡命天皇の非正当性を強調した。そして、こちらもかなり高齢となった日本区天皇が映し出された。続いて、ソーサリートでの殺人事件が報道、ロングの隔離されていた場所が映し出され、容疑者としてロングの写真が報道された。
 なんということだとハヤカワを詰るロング。仕方がない、アメリカでは亡命政府は厄介者、報道をなんとかする力もない。しばらくここでおとなしくしているようにとハヤカワは答える。
 ロングは奥のベッドルームに押し込められ、表に通じるリビングには日本語も英語も下手なアジア人が待機した。
 テレビでは、あちこちでアジア人が行方不明になっていると報道される。数日ぶりにやってきたハヤカワは、これらはみな天皇の血筋だから、中国に殺されたのだと説明する。
 その日から、ロングは、アパートの部屋から表通りに、毎日鶴を折っては飛ばすようになった。ハヤカワは数日おきにやってきて、ほとぼりが冷めたら市外に逃げると説明した。
 ある日、湯が出なくなった。リビングで、配管チェックに来たとの声のあと、ものがぶつかる音、何かの倒れる音がして、戸が開いた。クビラが立っていた。
 ロングが子供のころよく書いた字のかかれた折り紙の鶴を手掛かりにやって来たのだった。
 アパートから出ようとするふたりにハヤカワが遭遇する。クビラを打ちのめして馬乗りになるハヤカワの頭を、階段そばに放置された椅子でロングは殴りつける。
 そしてクビラに訊く。
「もう僕は殺さなくていいのかい」
「どこまで知ってるんだ」
 クビラは、自分の契約は、ソーサリートにおまえを連れて行くところで終了した。いまは純粋に助けに来たんだ、と答えた。
 その場から二人で逃れながら、ロングは自分の推量が正しいかクビラに訊く。
 天皇の状態が悪くなって、次世代に引き継ぐべく、血統のものたちはそれぞれ監禁された。クビラは亡命政府からロングを委託された者で、育て、代替わり時に監禁場所まで引き渡すのが仕事だった。
 ハヤカワは、中国政府からの者だった。次世代のものを、拉致して、本国に運ぶのが仕事なのだろう。襲撃事件のテレビ映像は、もとはともかく自分の顔まで入っているのは、中国語放送のみで行った、中国政府の支局によるダミー放送なのではないのか。
 代替わりに不要なら殺されない理由はないからはじめの監禁は亡命政府だろうし、代替わりしたら殺す理由もなくなるから後の監禁は中国政府と考えたのだった。
 それはほぼ正しいと苦笑するクビラ。父として育てて、ああやって亡命政府に渡したが、それはお前も即位する可能性があったからだ。なんとかここまで生きてくれてうれしいと答える。
 ただ、亡命政府による、天皇候補者たちの排除はほんものだった。これからどうするのかとクビラはロングに訊く。
 まずアリスに会いたいと答えるロング。気の毒そうに、彼女も訳アリの人なんだがとクビラは言う。それはもう本人からきいてくれと、アリスのアパートの前に車はとまった。
 アリスの部屋。アリスははじめしらを切るが、ある時突然、
「あなたの忠誠はどの国なの?」
「自分はもちろんアメリカ人で、わけのわからない亡命政府をつくってる日本でもないし、ましてやその国を占領している国なんて知ったことじゃない」
「アメリカに忠誠が誓えるなら助けてあげるわ。あと、私の本当の年齢を知りたい?」
 数日後、サンフランシスコ空港で、ロングは、顔半分を大きく腫らして忌々しそうな顔のハヤカワに向き合っていた。ふたりは北京にいくユナイテッドのボーイングに乗り込んだ。

数週間して、日本自治区の天皇が死んだという報道がなされた。ついで、いままで表に出なかった皇太子が即座に即位したとも報道された。
 ありようは、ロングだった。
 前の自治区天皇は、中国が侵攻したときに数発投下した原爆のため、全身状況がわるいのを、体中チューブをつなぎ移植に移植を重ねて生かされていた。もちろん次世代の皇太子もいなかったのだが、それらについては一切広報されていない。
 だから中国政府はどうしても次世代がほしかったのだが、今まで拉致は失敗してきた。今回、アメリカが血統を保証する形でロングが日本人自治区にわたったのは、血統を欲しがる中国にも、影響力の保持を求めるアメリカにもいいことだった。
 ただ拉致されただけではなにをされるかわからないが、アメリカが後ろにいるのであれば、その場所にいる限り生命は保証されるのだから、これはもうロングのやけくそであった。
 即位後、アメリカは調査団を派遣、Y染色体を確認して、新天皇の血統を全世界に保証した。
 そんなものを気にするものは、実は世界に、ほとんどいなかったのではあるが。

文字数:3517

内容に関するアピール

天皇の血統が男系で、とにかく続くことが日本の国体と同一視されるらしいのですが、この、日本にしか通用しないシステムが、日本が侵略され、支配の正当性に必要と考えられたらどうなるか、という方向の話です。
 なるべくニュートラルに考えたのですが、どうしても、日本に都合のいい展開になってくれませんでした。
 支配の面子気にする中国のやりかたと、きれいごといいながら自国の利益を目指すアメリカのありかたを、描くことができたらいいのですが。
 あちこち都合いい話なのですが、もうちょっと主人公をよりアメリカ人らしく描写したいと考えています。

文字数:261

課題提出者一覧