Yの悲劇

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梗 概

Yの悲劇

 生まれたのは女子だった。もう限界だ。

 万桜ばんおう二十五年、皇族内の全ての宮家に男系男子、つまり皇位継承権を持った人物はいなかった。平成天皇が生前退位される際に発令された「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」の「附帯決議」で女性宮家の創設を含めた議論が要求されていたが、当時は結局結論が出なかったらしい。しかしそれから二百年後、再び天皇家存続の危機がやってきたのだ。

 侍従長である樋口・ワンリーフ・幸雄は最悪の心境だった。ハードなスケジュールの中、無理を言って両陛下に五回目の契りを交わしていただいたのに、産まれてきたのは女子。自分の倫理観と宮内庁予算に限界が来た。国内最大の右派勢力「日本大会議」からの要請に応じることも不可能となった。これからは女性宮家が創設され、女系女子の皇位継承も認められることになるだろう
 しかし、日本大会議は最後の手に乗り出してきた。天皇陛下の精子をスクリーニングして、Y染色体を持つものだけを皇后陛下の子宮内に放出しようというのだ。禁忌中の禁忌、言語道断だと樋口は反抗したが、閣議決定されてしまっては口が出せない。宮内庁への緊急予算も下り、樋口は天皇陛下に自慰をお願いすることになった。
 驚くべきことに、スクリーニングの結果、Y染色体を持った精子がいなかったのである。天皇陛下はY染色体を持った精子を作らない、つまり、今の天皇皇后両陛下から男子が生まれてくることは無いということだ。日本大会議はこの結果に唖然とし、男系男子による皇位継承を完全にあきらめた。

 Y染色体を持った精子が作られないことは通常考えられないことだが、ある日、樋口は宮内庁書陵部で昔の資料を整理の手伝いをしている時にある書類を発見した。それは皇太后陛下、つまり先代の皇后陛下の出身家の調査結果だった。そこには、皇太后陛下は六人姉妹の三女であり、母方のいとこたち合計十七人も全て女性であるということが書かれていた。
 樋口はふと思いついた。天皇陛下の体内で精子が作られる際に、Y染色体を持つものは細胞小器官遺伝子によって破壊されているのではないか。精子内にあった細胞小器官は受精前に細胞外に捨てられてしまうため、子どもに受け継がれる細胞小器官は必ず母親由来となる。細胞小器官内にある遺伝子としては次世代に受け継がれるためには自分の持ち主が男になることを嫌がる。なので、X染色体を含む精子は壊さないがY染色体を含む精子は壊すような遺伝子が細胞小器官内に産まれると、その遺伝子は後世に受け継がれやすくなる。

 樋口の推理の真偽は不明だが、樋口には心当たりがあった。樋口は若いころ、今の皇太后陛下・由布子と秘密の恋人の関係にあった。しかし、由布子は後の上皇となる貴仁に見初められ、無理やり皇太子妃となる。由布子は「私と結婚すると、あなたは不幸になる」と言った。当時は私が宮内庁で働いていることをおもんぱかってのことなのだろうと思ったが、息子が産まれないという由布子の家系の宿命のことを言っていたのだろう。そう思うと、樋口は急に元気がなくなった。「私は娘が欲しかったのに」

文字数:1282

内容に関するアピール

万世一系の天皇家のあっけない最後を考えてみました。今の皇室典範によると、皇位継承権は男系男子にのみ与えられるのだが、悠人親王に将来息子が生まれなかったら、男系男子は途絶えてしまう。だから「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」の「附帯決議」で、女性宮家創設を含めた議論をしなさいという記述が盛り込まれているのだが、恐らく右派勢力の反抗に合い、結局女性宮家創設にはならないのだろうと思います。

無理にでも男系男子にこだわる右派勢力がどうしたら心が折れるのか、ということでY染色体を持った精子が作られなくなるというシチュエーションを考えました。

文字数:268

課題提出者一覧