梗 概
かげろうの虹
暁が部屋に差し込むのを静かに眺めながら、清子(さやこ)は静かに考える。この国の行く先を。自分が即位した後に訪れるであろう混乱を。
清子にはペニスがある。清子、という名前も彼女と母后と清子の間のみの通称であり、本来は別の名で1億5千万の国民には知られる身である。父帝の意向を受けて宮内庁は生前の退位を実行することとし、併せて皇太子の地位にあった清子が即位することが定められ、1年以上もの間着々と準備が進められてきたのだった。
清子は今生帝の一粒種である。
もしも、自分が心と同様に身体も女として生まれてきていれば、この世に生を享けた時点で自分の皇位継承という道はなかった。叔父の海松宮(みるのみや)は立派な男で、傍目にも立派に皇位継承者となる資格のある人間だった。だが、父はあくまで自分の子どもへの皇位継承にこだわった。清子の目にはそう映っていた。清子の心が女であることを認めてくれたのは母だけで、皇室の誰も清子を女として扱ってくれる人間はいなかった。ひとり、侍医の坂本をのぞいては。
寝入ることはなかなかできない。しずかに床を見つめていると、そこに一匹の蜉蝣がいる。それを見ているうちに、少しずつ清子はまどろむ。
気が付くと見渡す限りの草原の中に一人、古い時代の装束をつけてさまよう女児となっている。清子は野犬の集団に囲まれ、今にもとびかかられそうになっている。
「さらら」
遠くから馬のいななきと、自分を呼ぶ声がした。それが自分を呼ぶ声だと確かにわかるのは、その男の声が確かに聞き覚えのある叔父の声だからである。果たして、次の瞬間には黒い駿馬を駆って頼もしい叔父の姿が草むらをかきわけて躍り出る。一瞬にして鞭で野犬を追い払い、さっと清子の身体を抱き上げ、鞍の馬首に近い部分に座らせる。叔父の腕に抱かれて父の話、母の話、叔父自身の話、叔父が思いを寄せる女人の話など、清子が矢継ぎ早に質問する内容に誠実に答えてくれる叔父。叔父への思慕は高まるが、やがてその恋人をめぐって叔父は父帝と対立し、父の死後、それは皇位を継承した異母弟と叔父との戦争に発展していく。叔父と契りを交わしたさらら=清子は元号制定の場に居合わせる。
蜉蝣に導かれるように、戦乱の時代をもう一度体験する清子。清子がさららなのか、さららが清子なのか、主体は行ったり来たりするが、やがて蜉蝣の死と共に、清子は目を覚ます。
その朝、新元号が発表された。
そこで発表されたのは、清子がさららとして1200年前の世界で提案した元号だった。
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内容に関するアピール
どのようなSFも、現在の世の中と地続きであることが面白いのだと思っています。その点歴史は必ず現在につながっているので、比較的にタイムスリップものが好きなのですが、今回のお題で、自分自身が一番興味がある「女帝」という事についての議論が少しでもできるような内容を書きたいと思いました。必然的に、持統天皇とのリンクを考えることとなり、本人はワクワクしながら書きました。フィクションで不敬とか考えていては成り立たないだろうし、大胆に描くことができたならオモシロイテーマだなあと思いました。
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