梗 概
砂漠のゲーマー村
主人公卓は対戦ゲーム「アーバネーション」のプロゲーマー。優秀だが極めて傲慢。
ある日、ヨーロッパで行われる世界大会に向かう飛行機が砂漠地帯で墜落。生き残ったのは卓ただ一人。スマートフォンも圏外。助けを求めてさまよい、渓谷のゲーマー村にたどり着く。
その村では、すべての子どもたちがゲーマーとして育てられていた。撮ったプレイ動画は先進国の配信者たちに販売される。自己顕示欲の強い配信者は、さも自分のプレイであるかのように実況をつけてYouTubeに投稿しているのだ。卓は自分が憧れていた有名配信者が影武者を使っていたことを知り怒りを覚える。
村は都市から遠く離れた辺境にあるが、電子機器などは充実している。外貨が稼げるため運びやすい物資は豊富だ。しかし生鮮食品など輸送に難があるものは不足している。土木インフラも未発達。ショベルカーを買うのが村の夢だそうだ。
老村長は「村の命綱である道路が飛行機のせいで壊れた」と怒り、卓に修復を命じる。卓が反発すると、村長は「ではアーバネーションで勝負ろ」と提案。卓はこれに応じ、コテンパンにされる。
仕方なく道路修復作業に加わる。そこには、ゲーマーとして挫折した子どもたちが働いていた。この村におけるゲームスパルタ教育の現状を聞く。成績に応じた厳しいヒエラルキーが存在し、食料の配給すらレーティングで決まる。
作業中、アミールという少年と親しくなる。アミールは最近見知らぬ少女の霊に取り憑かれていると話す。卓には見えないが、彼の周囲を常に歩き回っているという。
卓が調査を進めると、ゴルローズという幽霊の伝説が村に伝わっていた。ゴルローズに連れ去られた者は肉体を食われ、魂だけが永遠に彷徨うという。アミールの話から少女の容姿をスケッチし、村人に聞き込みをすると、それはエルナズという少女の霊だとわかる。エルナズは村史上最強のゲーマーで、性格が悪く周囲に嫌われていた。三年前に失踪している。
村人の話では「アミールはゲーマーとして才能がなく、教育対象から外された。だからエルナズのことを知らなくても不思議ではない」という。
そのことを伝えると、アミールは記憶を取り戻す。実はエルナズとは大の親友だったのだ。ゲーマーとしての過酷な訓練に疲弊していたエルナズにとって、弱いけど自由にプレイするアミールとの対戦だけが心の支えだった。ゴルローズに連れ去られるエルナズを、自分は助けられなかった——アミールは泣き出した。
卓がこの話を村長にすると「いや、アミールもエルナズと同じ日にいなくなっている」と告げられる。では、今まで一緒にいたアミールも幽霊だったのか?
その瞬間、卓は病院のベッドで目を覚ます。墜落以降、すべては夢だった。
しかし、世界大会の会場に向かうと、観客席にはアミールを三歳大人にしたような少年がいた。そして、対戦相手のプレイヤーはスケッチブックのエルナズによく似ていた。
文字数:1195
内容に関するアピール
このお題を見て、「よし、カーズをパクろう」と思いました。
勝つことしか考えてなくて性格の悪いプロゲーマーが、冒険を通じて新たな価値観にたどり着く、という話にしました。
ただ、ゲームは勝ちに徹するプレーこそ見ていて面白いので、最後のシーンをカーズと添えるかはまだ悩んでいます。
スプラトゥーンの実況動画を毎日見ているので、界隈の雰囲気は細かく書けると思います。
この村の経済についてですが、インターネットで外貨が獲得できるが、市場へのアクセス性が悪い村のことを考えました。こういう設定です。
- 一番信頼のおける人にお買い物を頼むんだろう
- 時々、金を持って逃げちゃうこともあるはず
- 模倣犯が出ないように、いなくなった人は幽霊に食べられたことにする
- この村にとって一番怖いのは(自力で食べていける)トッププロゲーマーが脱走すること
きっとエルナズはアミールを連れて逃げ出したんだろうと思います。
文字数:384
砂漠のゲーマー村
眩しいライトの向こう側を埋め尽くす観客の波が揺れ、アリーナの振動がスニーカーの裏に伝わってきた。
今夜の主役は私。大人気ゲーム『アーバネーション』のプロチーム『Scarab∞』のエース。
アーバネーションは4人対4人のシューティングゲーム。水鉄砲や筆などの武器で敵と撃ち合いながら、最終的に「床をどれだけ自分たちの色で塗るか」を競うゲームだ。
ステージ中央のガラス張りブースに入る。
「アカリ、開幕はBルートでいいな」
ユウがイヤホンを直しながら尋ねてきた。
「うん。でも敵のスナイパーが遅れたら即Aに切り替える」
「OK」
後衛のツカサは無言で親指を立てた。
20秒前。私は画面の自キャラ、鮮やかなライムグリーンのウェットスーツに身を包んだアタッカーを眺める。
「カウント10!」
観客が声を合わせる。
5、4、3。
2の瞬間、深呼吸。
1。
画面が閃光を放ち、ステージが鮮やかなチューブの迷路に変わる。
この世界を、私色に染めてやる。
◆
あと25秒。
「アカリ、カバーに行ってくれ!」
右耳からタカ兄の声。
「塗らなきゃ負けちゃうでしょ!」
「あと15秒あります。落ち着いて!」
ディスプレイ左上の『味方ランプ』が一つ暗転した。
「なんでやられてんのよ!」
「アカリ、いま塗ってもダメだ。まず相手を落として!」
「そんなことしたら私までやられちゃうでしょ。とりあえず塗って!」
時間は10秒。
敵影が2つ、いや3つ? 後ろで爆発音。味方がもう一人落ちた。
ヤバい。撤退ラインがない。
「なんか私、4人に囲まれてるんですけど!」
敵の筆に往復ビンタをくらい、画面中央に大きなインクの飛沫が広がった。
『KNOCK OUT』
残り5秒で視界が真っ黒になった。
ステージ裏の暗がりに腰を下ろしたばかりなのに、運営スタッフに肩を叩かれた。
「インタビューお願いします、すぐ本番です」
うんざりするほど慣れたテンポ。負けた選手の扱いなんてそんなんだ。
ステージの中央に立つのはラベンダーのスーツのキャル子。
自分のプレーに毒舌実況をつけて有名になった実況者である。全国大会にはあと一歩届かなかったけど、そこそこうまい。得意武器はローラー。
ローラーは、相手に接近してブン殴る一撃の浪漫があるが、盤面を支配する力は薄く、実用性よりエンタメを重視した武器。まさに彼女そのものだ。
「さあ! アジア最速のエイマー、アカリ登場!」
キャル子はカメラに向かってウインク。観客が笑いながら湧く。
トボトボと歩いていく私に、マイクが突き出された。
「惜しかったですねぇ? 味方がもうちょっと粘れれば可能性あった?」
のっけから味方ディスを混ぜてくる。いつもの手口だ。
「仕方ないでしょ」
キャル子の口角がニヤリと上がる。
「なるほど? でもさぁ、塗りのタイミング、完全にズレてたよね? あれどうなん?」
会場にクスクスと笑いが漏れる。
「噛み合わせが悪かっただけ」
正直、今は戦術論を語る余裕がない。
「以上、アカリ選手でしたー! 次の舞台でも変わらない強さを見せてくれそうでーす!」
噴水みたいなトーンで私を送り出し、キャル子はカメラへ派手に手を振る。
ステージの照明がまだ網膜の裏でちらついてる。歓声を背中に感じながら、私は袖のカーテンを押し分けた。空気の質が変わった。光が届かない通路はひんやりしている。
通路の奥に立っていたのは、ガク。ブラックジーンズに白いロングT、その上からチームパーカを羽織っただけの飾り気のない姿。
プロゲーム業界の黎明期から名を轟かせ、今なおトップを走る本物のレジェンドだ。中学生の頃の私が毎日動画を見ていたその人物が目の前にいる。
「お疲れさまです!」
反射的に頭を下げた。
「いい試合だった」
深いバリトン。
「ありがとうございます!」
私が顔を上げかけたとき、ガクの眉がわずかに寄った。
「でも……インタビュー、もう少し答えてあげなよ」
「え?」
「キャル子の突き方は悪趣味だけど、みんな君のプレーについてもっと聞きたいんだ」
思わず口角が上がる。
「気にしすぎですよ。ガクさんこそ、勝った直後にいちいちペラペラ喋りすぎですよ。もっとクールに黙ってた方が伝説感ありますって」
軽口のつもりだった。けれどガクの目が鋭く光る。
「僕たちがが誰のおかげでゲームができて、誰のためにゲームをしているのか、考えたことはあるか?」
「なんすかそれ。そんなん、ガクさんのプレーを見ればみんな喜ぶじゃないですか」
「もう一回、よく考えるんだ」
彼はそれだけ言って通路の奥へ歩き去った。
「シード消滅、確定だってさ」
控室で、マネージャーの円山さんがモニターをさっと指した。トーナメント表に真っ赤なバツ印が示されている。世界大会の本戦直行はナシ。テルアビブのアジア予選にまわることになった。
「何それ! 私あんなに頑張ったのに」
思わず声が裏返った。
「はいはい。落ち着けって」
隣でタカ兄がと軽く手を振る。落ち着け? は? 私は椅子を蹴って立ち上がった。
「今日から毎日12時間練習ね。手ぇ抜いたら即コーチに報告するから」
「無理無理、ウチら社会人なんで」
「なにそれ本気で言ってんの? 世界大会掛かってるんだけど」
「だから世界に行くためにペース配分すんだろ」
うがーっ! やる気ないの? ガクさんにはネチネチ言われるし、チームはやる気なさそうだし。
てかガクさん、あんな人だと思わなかった。性格悪い。きっとチヤホヤされてるうちに中身が捻じ曲がったんだろう。
「とりあえず、アジア予選の会場、暑いらしいからすぐに現地入りして」
「だから俺らは直前だって。会社休み取り直すの面倒なんだから」
ケイちゃんがめんどくさそうに言った。
「はぁ? じゃ、いい。私ひとりで行くから。現地で全部下見して、練習場も押さえて、回線も測って、ぜーんぶ整えておく。あんたたちはあとからラクしに来れば!?」
誰も顔を上げない。それが余計に腹立つ。
「ねえ聞いてる!?」
「聞いてる聞いてる。頼んだわエース様」
ツカサがヒラヒラ手を振った。バカにしてる。
私はキャリーケースを引っ掴んで空港に向かった。
◆
消灯後の機内は蒼い足元灯だけ。不意にシートがわずかに揺れた。乱気流だろうか。酔わない体質で良かった。
突如、低いゴッという衝撃音が左舷から響く。周りが一斉に飛び起きた。客室乗務員用インターホンから短いチャイム。英語でのクルーコールが交錯し、シートベルトサインが再点灯する。嫌な感じ。
頭上の荷棚がガタついた。鶯張りのような悲鳴が客席を這う。
すかさずCAさんがマイクを開く。
「ただいま少々揺れが予想されます。シートベルトはそのままお願いしますね」
CAさんの優しい笑顔に乗客も落ち着きを取り戻した。
その次の瞬間、大きなハンマーで翼をブン殴られたような、そんな振動が左から右へ走った。
機体が縦に落ちる。重力が消える感覚。誰かの飲み物が天井へ舞い、次に全身がシートに叩きつけられる。
前方通路のあのCAさんが宙に浮いた。髪がふわりと舞い、頭を天井パネルにしたたか打ちつけ、鈍い音を立てて床に落ちた。
「え? うそ……」
安心の笑顔が失われた瞬間、機内が凍りついた。
代わりに別のCAが半泣きでマイクを握り、声を裏返した。
『Brace position! Brace position! 前屈姿勢を取ってください』
私はほぼ反射で額を膝に押しつけた。
左右のオーバーヘッドビンが開き、キャリーケースがなだれ落ちる。
垂れ下がった酸素マスクをうまく掴めない。もがいているうちにどんどんマスクとマスクが絡まり合っていく。
隣席のビジネスマンが私の腕を掴んで押さえ、マスクを私の顔に押し付けた。視界の端で自分の指が震え、爪が白くなるのが見えた。耳が裂けるように痛い。窓の外に地平線が見えている。高度はさらに下がっていく
機長の怒鳴り声が響く。
『Prepare for emergency landing! Brace, brace, brace!!』
底から殴りつけられたような衝撃。足元のフレームが歪む感触。続くブレーキで内臓が前へ飛び出しそうになる。
十数秒後。
止まった? 恐る恐る顔を上げた瞬間、左舷窓の外がオレンジ色に爆ぜ、黒い夜空へ炎が昇った。
非常灯だけの赤い通路。乗客は泣きながら出口へ押し寄せる。私もシートベルトを外した。左後方ドアが開き、スライドが膨らむ。
誰かが背中を押し、私は半ば転げ落ちた。砂が顔に入り込み、膝の肌が裂けた。立ち上がると、遠くでタンクが破裂し、火柱が二本になった。
「離れて!」
クルーの声が嗄れている。誰も隊列を守れず、蜘蛛の子のように散っていく。振り返ることすら怖かった。私はひたすら走った。
数百メートル走って膝をつく。肩で息をしながら振り返ると、機体が炎の彫刻のように歪み、星空を赤く染めている。
泣き声と怒号が風に乗り、さらに離れた場所へ逃げる人影が揺れる。
みんなから離れすぎてしまった。
人が集まっているところに戻ろうと足を踏み出したとき、何か柔らかいものを踏んだ。かがみ込んでよく観察した。炎に揺れる柔らかい影。蛇だ。毒蛇かもしれない。跳び退くが、なぜか足が空を切った。しまった、崖だ。なすすべなく斜面を転げ落ちる。背中を強打し息が抜ける。体が二度三度と回転し、止まった時には元いた場所は何十メートルも上だった。最悪だ。流石にこれを登るのは無理。
もう少し上がりやすい場所を探そう。私は崖沿いに歩き始めた。
しかし、どれだけ歩いても上がりやすい場所は見当たらない。そもそも今飛行機からどれくらい離れているかもわからない。スマホは機内に置いてきてしまった。月もない。星だけが冷たく瞬き、私は地図もない砂漠でひとりぼっちだった。砂は冷え、夜風は汗を奪って熱の代わりに震えを置いていく。どこへ行けばいい。光も音も無い。足跡さえ風に消える。
死にたくないよ。私は再び歩き出した。
◆
何時間歩いたのかわからない。もう暑い。すでに日が昇り始めていた。砂の丘を一つ越えるたび、喉が紙やすりで削られる感覚が増していく。水をください。
ふと、遠くに黒い影が揺れた。最初は蜃気楼かと思ったが、近づくと低い塀と白い壁の家が寄り集まっている。村だ。胸の奥が一気に熱くなり、足は勝手に走り出した。
広場の中央に水色のポンプで水を汲む女性がいた。彼女が長いバーを押し下げるたびに反対側の筒から水が飛び出してくる。私はそこに駆け寄り、桶をむしり取った。
女の人が叫ぶ。言葉はわからないけど怒っているのは理解できた。でもこっちはそれどころじゃないのよ。
私は桶を抱え、水面に顔を突っ込んだ。ぬるい水が喉を満たし、全身が痺れるほど甘く感じる。飲めるだけ飲む。砂が混ざっても構わなかった。顔を上げると水が頬を伝い、胸元を濡らした。
突然、胃の奥で何かが暴れた。なんだこの、腸に氷水を流し込まれたような感覚は。膝が抜けた。彼女の手が肩に触れた。世界の全てが喉に押し寄せてきた。私はそれを女性にかけないよう、とっさに顔を背けた。
吐いている間は息が吸えないんだな……などと考えている間に私の意識が遠のいて行った。
◆
「起きたか?」
天井はざらついた木梁、壁は石灰を厚く塗った白い漆喰。ところどころに細い亀裂が走り、日に焼けた灰色がまだらに浮いている。
それから、自分が粗い布の上に寝かされていると気づく。
褐色の肌の青年が一人、壊れた扇風機みたいな椅子に腰掛け私を覗き込んでいる。
「誰? てか日本語?」
青年は首を傾げ、耳を指さした。私は頭に手をやった。ヘッドホンが被せられていた。これで翻訳されているらしい。
「消毒してない井戸水を飲んだバカが出たと聞いてな」
「うっさい」
「俺はレザ。お前は?」
「アカリ。日本のプロゲーマー。大使館に電話させて。パスポートもスマホも全部飛行機で燃えちゃった」
青年は肩をすくめた。翻訳機越しの声が低くなる。
「村長の許可が下りるまでは外と連絡しちゃダメだと言われてる」
「は? 人が困ってるのに!?」
レザは溜息をつき、土壁の外へ視線をやった。窓枠の隙間から昼の光が斜めに差し込み、塵が淡く輪を描く。
「とにかく、村長が来るまで大人しく寝てろ。翻訳機は貸しといてやる」
そう言い残して扉を閉めた。
その後、迎えに来たレザに引きずられ集会所へやってきた。
扉のないその部屋には、灰色の髭を蓄えた老人がじゅうたんに胡座をかいていた。脇には古いディスプレイと据え置きゲーム機が置かれていた。
翻訳機越しに老人の第一声が響いた。
「お前の飛行機がぶつかったせいで吊り橋が落ちた。村は今、存亡の危機だ」
「は? 私のせいじゃないし」
この老人はなんか怒っているようだ。
「橋を修理するのを手伝え。今すぐだ」
「嫌よ! 私プロゲーマーよ?」
沈黙のあと、村長が口角を釣り上げる。
「うそじゃな」
「嘘じゃない」
「だって下手そうだもん」
「上手いよ。舐めないで」
「本当にプロゲーマーならアーバネーションで勝負してみろ。1on1でワシを倒せば、大使館に連絡してやる。負ければ橋を直せ」
「へぇ、ジジイ、ゲームできるの?」
「受けるのか受けないのか、どっちだ」
「やるに決まってんでしょ」
老人が手を叩くと、部屋の中央に小さな木机が運び込まれた。
背中合わせに据え置いたモニターはどちらもやや黄ばんだ19インチ。完璧ではないが反応速度も上々だ。
勝負が始まる。スティックを倒してからキャラが走り出すまでのラグは100ms程度。こんな田舎だから回線は最悪なのではないかと思っていたが、思ったより悪くない。Starlinkでもあるのかな。
私は物陰に隠れながら相手の出方を探る。
突然、背後から足音。私はとっさにローリングでかわす。今まで自分がいたところにインクがかかる。危なかった。
だが、経験と論理に裏付けされた私の対面スキルを前に、そんなまぐれが続くわけない。
それなのに、なぜか村長は隠れる私を一瞬で見つけ出す。その度に相手の銃撃をかわして逃げる。
なんで? なんでこちらの居場所がわかるの?
ふと、筐体から伸びるHDMIケーブルに目を向ける。それは床を這いテーブルに向かう。その間に小さな四角いコブのような箱がついている。そこからさらにもう一本が村長側へ伸びている。
私はハッとして身を乗り出し、村長側のディスプレイを覗き込んだ。そこには、私の画面がワイプで表示されていた。
「オイ! ふざけんな!」
私はそのハゲ頭にしたたか平手を喰らわせた。部屋に乾いた音が響く。老人が頭をさすっている間に、向こう側に繋がっているケーブルを引き抜いた。
再開。だが、やはり自分の居場所が相手にバレているような気持ち悪さが拭えない。相手の警戒心のない移動経路を見ると疑ってしまう。それとも下手なだけか。
目の隅で何かがちらっと動いた。なんだ? ディスプレイのフレームだ。ツルツルした素材なので、自分の背後がわずかに映り込んでいる。
とっさに振り返る。メイドさんが村長に向けハンドサインを送っているではないか。
私は慌ててメイドさんを部屋から蹴り出した。
これでイーブン。あとは広場に誘い出して撃ち合えば勝てる。狙い通り相手は乗ってきた。自分には相手の弾を避ける技術と、相手の回避に照準を追尾させ続けるスキルがある。もう勝ったも同然。だが、なぜかずっと当たらない。弾が全て避けられている。
まずい、これ以上近づかれると相手の弾がまぐれ当たりしかねない。
一発被弾した。避けなきゃ。だが、二の弾、三の弾が吸い付くように私に向かってくる。
ヒットエフェクト。私のキャラが派手に吹き飛んだ。
村長はコントローラーを高々と掲げ、両手を頬の横でヒラヒラさせながら舌を突き出した。
「べーっ」
頭の血が沸騰した。つい村長の禿げ頭をコントローラーの踵で殴りつけてしまった。
「痛っ!」と翻訳機が代弁する。老人は目を白黒させて後ろへひっくり返った。
◆
吊り橋の修理に連行された。
作業員たちの中には、10歳くらいの少年も混じっていた。名をアミールという。
こんな小さい子も手伝うんだなとぼやいたら「僕はゲームの才能がないから」と返された。
吹きさらしの稜線を越えると、いきなり大きな大地の裂け目が現れた。幅30メートル、深さ20メートルの岩谷。下には黒焦げのエンジンの残骸が転がっている。吊り橋は中央でちぎれ、麻縄が風に揺れていた。
向こう岸には男が一人立っていた。荷台付き自転車と木材の山がある。弓を使って紐を渡し、それに結んで4本の綱をあちらとこちらに結ぶ。
「アカリ、お前も綱を引っ張れ」
「いやよ、マメができたらどうするのよ」
「橋ができないと一生帰れないぞ」
仕方ない。
その後、床板を綱に縛り付けていく工程に入る。
向こう側の男が片手に木材を持ち、床板のない吊り橋を渡ってきた。時間節約のため、あちら側とこちら側から作業を進めるということだろう。
私も「板をとってくる」と言って渡り始めた。アミールも続こうとしたが「揺れて怖いから、私が渡り切るまで絶対に綱に触らないで」と命じる。
そして、向こう岸に飛び降りたとたん、私は自転車の荷台を外した。向こうで作業員たちが目を丸くしている。
「じゃ、ありがと!」
私は自転車にまたがり、谷を背にしてペダルを踏み込んだ。ヘッドセットが「Bluetooth disconnected」と囁いた。私はそれを道端に投げ捨てた。
◆
それから何時間も自転車を漕ぎ続けた。
新聞配達のアルバイトをしていた私には体力があった。
高校生の頃は田舎に住んでいた。東京の大会に出れば名をあげられると分かっていても、その交通費がなかった。一生懸命自転車を漕いでお金を貯め、ようやく買った夜行バスのチケットのことをまだ思い出せる。
大会では、朝までぐっすり寝て、いい気分で会場入りできる奴らのことが気に食わなかった。ゲームでお金が稼げるようになり、新幹線が使えるようになった。前日泊ができるようになった。
ようやく築き上げた今の地位を、こんな頭のおかしな村人に台無しにされてたまるか。
地平線に色のついた影が現れ、やがて低いテント群。市場だ。
「助かった」
翻訳機はない。私は汗だくのまま両手を合わせ、英語とジェスチャーで「Phone! Embassy!」と繰り返す。
だが返ってくるのは露骨な首振りと手のひら。お金がなければ貸せないだと。
交番も消防署も見当たらない。
そのとき、子どもたちが大画面モニターに群がっているのを見つけた。格闘ゲームの前で少年少女たちの歓声が上がっている。これだ!
1つ貸してとコントローラーを指差し、半泣きの勢いでジェスチャーを続けると、だいぶキモがってるようだったが、渋々ながら黒髪の少年が渡してくれた。ごめん、ちょっとだけ英雄にならせて。
キャラ選択でわざと誰も使わないテクニカルタイプを選ぶ。長い連携コンボを全段決めて一気にパーフェクトKO。観衆がどよめいた。次も、その次の挑戦者も、派手に倒すたびに輪が大きくなる。
熱狂がピークに達したところで、私は胸の前で手を合わせチップ頂戴ポーズ。だが、返ってきたのは爆笑。そして肩をすくめる仕草。
この国には投げ銭文化が無いの!? 凄腕を見せても、一文にもならない。怒りと恥ずかしさが噴き出す。なんという後進国。
子どもたちは、私からコントローラーをひったくってゲームを再開した。さっきより盛り上がっている。
肩を落としてさまよっていたとき、不意に肩を叩かれた。振り返るとレザだった。目がやれやれと言っている。
◆
私はレザのジープで村に戻った。
さっきより古いヘッドホンを通じた声は呆れ返っているようだった。
「村長、話があるそうだ」
「あの人、生きてたの?」
「お前に爺様を殺せるわけないだろ」
レザに腕をつかまれ、村長宅へ向かう途中。
一つの部屋に何十人も人が集まっていた。そこにはコンソール機とディスプレイが20台以上並んでいる。
目を引いたのは、ちょっと豪華なソファにふんぞり返る15歳くらいの少女だ。ゲームをしている彼女はとても退屈そうだ。時々口をつくのは味方に対する文句ばかり。
紫のローラーはキャル子と同じものだ。アバターの顔も服も、全部あのキャル子と揃えている。信者か?
「なにあの子」
「エルナズ。この村で一番強い」
エルナズの左右には小姓のような少年が二人。大きな葉で彼女を扇いでいる。汗だくになった少年の瞳はいかにも憎々しげだ。
「ゲームくらい仲良くやれんのかい」というと、近くの村人が「この村では全部ゲームが上手い人優先なんだよ」と返してきた。
私はエルナズのディスプレイを覗いた。おかしい。反応速度が10ms以下だ。私の目が間違えるはずない。私が村長とやった時は 100msはあった。
「いくぞ」
レザに腕を引っ張られ、仕方なくその場を後にする。だが、違和感が募る。
なんだこの村は?
部屋では頭にガーゼを張った村長が待っていた。
「元気そうで何より」
村長は眉をハの字にして言った。
「医薬品は高いんだよ」
私は村長をといただした。
「ジジイ、ここはどこ?」
「さあね」
「アジアでアーバネーションのサーバーがあるのは東京、ベンガルール、シンガポール、テルアビブ。どれかのすぐ近くでしょう」
「そうかもしれないな」
ここからが本題だ。
「さっき、ルーターに細工したわね」
「ほう?」
「ルーターで私だけ100ミリ秒挟んだんでしょ」
村長は答えず高笑いした。まあ自分のような超一流のプロゲーマー相手に、たった100msのハンデで勝てるのもなかなかすごいが。
「ズルじゃないの。もう一回よ」
村長は深く息を吐いて言った。
「お前が有名なゲーマだということは最初から知っていた。すでにお前の国の大使に連絡してある。すぐ迎えがくる。アジア大会には間に合うよ。その代わり、一つお願いがある。それまでの間、うちのもんを指導してくれないか?」
「は? なんで私が」
「そう言わず。みんな本当に真剣にアーバネーションをしているんだ」
「え? あの程度で?」
真剣にアーバネーションをしているだなんて、自分みたいな立場の人が言うことだ。
「いやよ」
村長はちょっと悲しそうな顔を浮かべた。私は部屋を出ようとした。そして立ち止まる。
「その前に、チームに連絡したいから電話貸して」
村長はため息をついた。
「電話するようにDMしておく」
◆
「昼食の支度ができました」とメイドさんに呼ばれた。
長い木卓に麻の布、その上に並んだ木皿。自分の前に運ばれてきたのは、素焼きのパンとレンズ豆スープ、ハーブティー。
ところがテーブル中央、エルナズの席にだけ干し肉と干しイチジクが盛られている。
「ねえ、私もあれちょうだいよ」
エルナズはムッとした表情を浮かべたが、なにも言わずに食べ物を口に押し込み続ける。代わりにメイドさんが答えた。
「限られた食材はレートの高い人から配るようにと言われています」
私はメイドさんの目を見つめた。
「レートを上げればいいのね?」
昼食を済ませた私は再びゲーム部屋へ向かった。
相変わらず、最もいい椅子とディスプレイはエルナズたちが独占する。
アーバネーションには三つの対戦モードがある。
ランクマッチは8人全員がランダムに集められるモード。ここでの戦績がそのまま個人レートになる。YouTubeの実況動画はたいていこれだ。
リーグは友達4人でチームを組んで、ランダムに選ばれたチームと対戦する。「友達とアーバネーションをする」と言った場合、だいたいこれをさす。
対抗戦はチーム同士で申し合わせて戦う。部活の練習試合のようなものだ。
部屋のほとんどの人は対抗戦に励んでいるが、エルナズだけはずっとランクマッチをしている。
私は地べたの狭い一区画に、色あせたディスプレイと壊れかけのコントローラーを割り当てられた。
ここから私の伝説が始まる。
いつもとサーバーが違うので、レートは1から始まる。レートがぐんぐん上がっていく。みんな、すぐに私の異様さに気付いた。誰かが部屋の大きな黒板に私の戦績を記録し始めた。×は付かなかったけど。私が勝ち星を伸ばすごとに部屋が沸騰する。ハイタッチに応じ、花吹雪を浴びる。部屋に収まらなかった観衆が廊下に溢れている。白く長い衣がかけられた。私はゆっくりと一番いい椅子に腰を下ろした。
最上席を奪われたエルナズは、憎しみを宿した視線をこちらに向けてくる。ごめん、私、上手いんだ。さあ、もっと扇いでちょうだい。
私は砂漠のゲーマー村の女王様になった。
日が傾くと、数人を残してほとんどの村人が外仕事に戻った。私もコントローラーを置く。
エルナズは席を離れない。
「仕事は手伝わなくていいの?」
エルナズが答えた。
「これが仕事」
素人が何を。ムッとしたからプレーにケチをつけてやった。
「味方2人が落ちて2対4でしょ。なんで突っ込むの?」
「うるさい」
エルナズは開けた中央へ敵を誘う。ここで2人倒せば大逆転だが、これだけ注意が集まれば成功率は低い。
左右に切りかえしながら弾幕を掻い潜る『雷神ステップ』という大技を繰り出した。そんな無茶な。もちろん私の反射神経なら、敵の銃口を見て弾を避けることはできる。特にお互いが接近すれば水鉄砲を動かす角度が大きくなり、相手にとっても当てづらくなるので、技術で上回る自分が勝つ。だけどそれは相手が一人の場合の話だ。誰かに近づくということは誰かから離れるということ。
結局、エルナズは一人を倒した直後にカバーされ倒された。
「だから下がらなきゃダメなの」
今の彼女の行動は、2対4(味方率33%)から1対3(同25%)に悪化させてしまった。
倒されたキャラクターは、10秒のサスペンドの後、復帰地点に戻される。戦線に戻ってくるまで概ね20秒。人数不利でいかに時間を稼ぐかも勝負術の一つである。
人数不利なら遅らせる、人数有利なら決めにいく、が鉄則のはず。彼女が知らないはずはない。なんでこんなに確率の低いスーパープレイに固執しているのか。
そもそも、なんでローラーを選ぶのか。
エルナズは机を蹴り上げた。
エルナズのせいで部屋の空気がとんでもないことになっていた。
「ああ怖い怖い」
部屋を出た私は、白漆喰の階段を二段跳びで駆け上がった。夕日の赤に照らされた屋上に出ると、そこにはソーラーパネルが立っていた。女の人がその表面を拭いている。
女は手を止めずに言った。
「調子は良くなった?」
私は少し考えた。
「あ、朝、井戸で会った人」
女が微笑んだ。
「ねえ。電気はあるのに、なんで井戸は手動なの」
「さあねえ。村長たちが決めたことだから」
下を見ると、路地を歩く子どもが破れたサンダルで砂を蹴り、外壁の陰には痩せた山羊がつながれている。
この村は決して豊かではない。でも、なぜかあの部屋には何台もゲーム機があり、ディスプレイがあり、電気が使われている。
赤い屋上の静寂の中で、一つの可能性が浮かんだ。
私は村長の部屋に向かうことにした。
その前に、もう一度ゲーム部屋へ戻り、エルナズの背後にそっと立った。
私は相手のクセを見抜くのが得意だ。
エルナズの照準合わせを観察する。
彼女は十字を敵の右下に置いてから、スッと中央に持っていく。
多くのプレイヤーは、まず肘でざっくりと照準を寄せ、次に手首と指の細かい動きでピタッと合わせる。
微調整をいつも同じ方向から始めることで手首の動きをルーティン化する人もよくいる。右利きの大半が『右上から』派だろう。
ただ、個人差もあり、キャル子は右下から入れる。もう偶然ではない。
日が暮れ、村長の部屋で夕食をもらうことになった。
皿には干し肉と干し果物。朝の硬いパンとは雲泥の差だ。レートが上がった途端にこの待遇。さすがゲーマー村だ。
「ジジイ、この村、ゲームで稼いでるんでしょ?」
「さあ、どうかな」
「4人組でリーグを回してるのは、プロチームの練習相手を請け負ってるからだよね?」
あんな時給数百円のバイトに誰が応募するんだと思っていたが、物価に差がある地域にとってはいい商売だろう。だから村ぐるみで強いプレイヤーを育てたってことだ。
村長はこれまでになく真面目な顔で話し始める。
「何もない村だった。水も作物も乏しい。そんな我々に、一つだけ特別なものがあった」
続きを引き取った。
「テルアビブまで10ミリ秒」
我が意を得たり、と村長は頷いた。
「ここはシリア。まあ、我々辺境の村民には、お前さんほど国への帰属意識はないがな。その回線を使わない手はない。ネットで対抗戦の練習相手を受注してお金を稼ぐことにした」
「お金があるのに食事はずいぶん質素ね」
村長は笑い、「それは勘弁」と手をパタパタさせた。
「輸送と保存が難しい物は、金があっても買いづらいんじゃ」
「井戸を電動にしないのは?」
「貴重な電力はなるべくお金を稼ぐ事に使いたいのよ。今のボトルネックは電力。電線がないからずっとソーラーパネル頼みでな」
「だから真昼には20人以上でゲームして、日が傾いたら人減って、夕方はエルナズだけになるのね」
ゲーマーの数は足りても電力が上限っているのだ。
「水を汲むのは、まあ時間をかければ誰にでもできることだから、まだそっちには使い辛いのね」
「嫌な言い方ね」
村長はちょっとしょぼくれたように俯いた。
「仕方がない」
元気を振り絞るように言った。
「これは過渡期にすぎん。もっと美味しいものを食べたい子も、綺麗な服を着たい子もいたけど、止むを得ず優先順位をつけた。重機を買えたら。道路を整備して、電線と水道を引く。そこまで進めば農業も小さな工場も始められ、収入はぐっと安定する」
未来を語る村長の目は熱かった。
「いま悩んでいるのはソーラーパネルを買い足すかどうかだ。買えば即座に発電量が増え、稼ぎも加速する。ただし電線を引けるようになれば、パネルは余剰設備になる。投資と回収、どちらが得かを計算しているところだ」
「買っとけばいいじゃん。電線引いても電気代はかかるんでしょ?」
「お主は頭がいいな」
「でしょ」
「そこでソーラーパネルよりお肉じゃないかと言わないあたり」
ちょっと気まずくなった。
「いいんだ。そうやって少しずつ積み上げて豊かになっていくんじゃ」
話を変えた。
「エルナズは? あれ、撮影用ランクマッチでしょ。YouTuber向けの素材づくり。自分でプレーせず、この村から映像だけ買ってるひとがいるんだよね。誰かはわかってるけど。実況をかぶせて私がやりましたって投稿する配信者がいる」
「それがいちばん高く売れるんだ」
エルナズが急に気の毒に思えた。まるで下僕だ。
「彼女のためにならないでしょう? あの子には才能があるのに、実戦で絶対使わない魅せ技ばっか練習させられて」
「それでも20回に1回成功すれば時給は高い」
「20回に1回を決められるならキャル子より上手いんじゃない? 日本の全国大会でも通用するはずよ」
「だとしても、彼女には彼女の役割があるのだよ」
◆
私は自転車と懐中電灯を借り、夜道にこぎ出した。
吊り橋を渡りきった先の路肩には、放り捨てたヘッドホンが転がっている。それを拾い上げた。
◆
レザを探して路地を歩いていると、暗い部屋の中からエルナズの声が漏れてきた。
「ごめんね、少ししか持って来られなかった」
灯りのない部屋のソファででエルナズがアミールに干しいちじくを渡していた。姉弟だったようだ。
ふたりで携帯ゲーム機を覗き込む彼女は、昼間の険しい表情とは違い、素直に楽しそうだ
「僕がもっと強ければ……」
アミールがこぼした。
「いいのよ」
私はつい声をかけた。
「私がコーチしようか?」
エルナズの目尻が釣り上がった。
「あんた、まだいたの?」
「私が教えれば、アミールも強くなるよ」
「バカにしないで。どうしてアミールが強くならなきゃいけないの?」
まあ、気持ちは分からんでもない。自分も学校の勉強は苦手だった。なんでこんなものでランクをつけられなきゃいけないんだと何度も思った。でも。
「強くならなきゃいけないんでしょ? この村では」
「こんな村、出ていく」
「どうやって」
「私にはゲームの腕がある」
「それじゃここと同じじゃない」
「大違いよ。ここでは私の稼いだお金が勝手に他の人に使われている」
「出てったとして、アミールはどうするの?」
「連れてくわよ。私が二人分稼ぐわ」
それはよっぽど大変だと思う。それと同時に、それが本人のためかもしれないという気もしてくる。
「アミールにも何か得意なこと見つかるといいね」
それだけしか言えなかった。
レザに呼ばれた私は、もう一度村長の部屋へ向かった。チームから電話が入ったとのこと。
タカ兄が言った。
『お前、てっきり死んだと思ってた。悪いがアジア予選には新メンバーを入れた。もうテルアビブへ来なくていい。日本で静養しろ』
第一声がこれだ。要するにクビである。頭に血が上った。私が立ち上げたチームなのに。
「代わりって誰?」
『キャル子』
私は言い返す。
「そんなのおかしいでしょ」
『すまん、もう決めたんだ』
「決めたって」
『もう俺たちはお前と組みたくない』
「……なら今すぐ勝負して。勝ったら私のチームがアジア予選に行く。いいね?」
私は電話を村長に押し付けるや、エルナズを呼びに走った。
◆
「村を出るよエルナズ」
事情を聞いたエルナズは、信頼できる仲間を二人連れて戻ってくる。
問題は時間。すでに日が落ちている。でも翌日に回せば手続きが間に合わない。
「発電機はないの?」
聞くと村人が答えた。
「あるけど燃料がない」
「じゃあ自転車貸して」
村人たちは古い発電機のシャフトにベルトを掛けママチャリを繋ぐ。
ディスプレイ4台とゲーム機で約800ワット。スポーツ選手でも長時間は厳しい負荷だがほかに手段はない。
星空の下の、白壁の並ぶ砂漠の村で、アジア大会をかけた対抗戦が幕を開けた。
◆
こちらの編成は私の水鉄砲、エルナズのローラー、村人の水鉄砲と筆。やや歪だ。全員が一番得意な武器を選んだから仕方がない。
相手は水鉄砲、ローラー、機関銃、弓というローラーを活かす布陣だ。
4人がそれぞれ散開。相手にローラーがいるときの基本は味方同士の距離をあけ、互いにカバーできる位置を保つことだ。
最悪なのはローラーの一振りで2人倒されること。ローラーは攻撃後に大きなスキがあるため、 奇襲で味方が1人落ちても周囲が撃ち返せば1対1の交換で済む。
「うわ、やられた」
村人が叫ぶ。私はすぐその方向へインクを連射したが、キャル子は身をひねって弾をかわし、後方へ退く。追おうとした瞬間、入れ替わるように敵の水鉄砲役が前に出てきた。思わず息をのむ。こちらにもローラーがいる以上、相手も味方同士の間隔を空けると思っていた。あえて同じ地点に二人を重ねてきたのである。
「危ない、下がって」
さらにもう一人の村人が倒された。
残りは私とエルナズの2人。復帰待ちの20秒をしのぐしかない。ふたりは後退しつつ、敵に短い射撃を繰り返して存在をアピール。隠れているぞとチラ見せすることで、敵に安全確認の手間をかけさせる。
敵が前線を押し上げてくる。刻一刻と距離が詰まる。防衛線はぎりぎりで保たれていた。
「ちょっと、ディスプレイが暗いわよ!」
自転車をこいでいる村人は、すでにバテバテだ。背中を反らせて必死に回転を上げ、ようやくモニターの明るさが戻る。だが、すでに敵の機関銃が目前に迫っていた。段差の上から撃ち下ろされ撃沈。
その間に、別の屈強な村人が漕ぎ手を突き飛ばしペダルを交代。
私は10秒を経て復帰する。前線まではまだ距離がある。もしリスポーン地点前まで塗りつぶされたら、反撃の術はないまま試合終了だ。
その後もしばらくは劣勢が続く。押し込まれながらも、なんとか1~2人を倒して小さく押し返す。
残り時間わずか。ここで一気に3人くらい落とさなければ逆転は不可能。
しかし漕ぎ手の村人たちも限界だ。倒れた大の男たちが床に折り重なる。もう代わりがいない。
「ほんと頼りないわね」
自分が飛び乗る。こう見えても長年新聞配達をしてきた身だ。だが、自転車を漕ぎながらだとエイムが安定しない。敵と交戦状態に入った瞬間、集中のあまり足を止めてしまった。
「アカリ、暗い」
「ごめん」
エルナズに叱られてあわててペダルをこいだ。しかし振動でエイムがぶれ、正面の撃ち合いにあえなく敗北。灼熱の室内で汗が噴き出す。向こうはクーラー付きのリクライニングチェアで悠々プレーか。理不尽だ。ガクさんに謝れ。感謝しろ。私は近くで倒れている村人にコントローラーを押し付けた。
「とりあえず塗って! 敵が来たら逃げて!」
それだけ言って自転車に集中する。きつい。流石に800ワットは尋常な負荷じゃない。
「苦しいいいい」
その時、私の肩をそっと押す小さな手のひらがあった。
「どいて」
「アミール」
こんな細い体で役に立つのか? だけど抵抗する間もなく、体が限界を迎え床に落下した。
アミールはがむしゃらにペダルを漕ぎ出した。と思ったが、すぐにフォームが整う。背筋がぴんと伸び、腰から上は微動だにせず、脚だけが滑らかに回転する。30秒、1分……。全くペースが落ちない。いや、むしろ加速していく。あんた、エルナズよりよっぽど働き口あるわよ。
残り15秒。もう打つ手がない。でも動けない。
その時、敵の前面にエルナズが躍り出た。
「無理よ!」
しかしエルナズは、煌々と輝くディスプレイと、降り注ぐ自転車の轟音の中、弾幕を左右に切り裂いてキャル子へ突進していく。
二人はほぼ同時にローラーを振りかぶり、そして振り下ろす。二人そろって仰向けに倒れた。相打ちだった。
「今!」
エルナズの大立ち回りに気を取られていた敵の機関銃に筆が忍び寄る。右、左、右と叩いて撃破。3対2。
「塗って!」
あと10秒。塗り合えば勝てるかも。
9、8、7。
敵の水鉄砲が、コントローラーを押しつけられた村人に迫る。
6、5。
村人はただひたすら逃げた。相手は日本のトッププロ。対面して勝てる可能性はない。とにかく逃げる。時間をかけさせる。その間に残り2人で塗りまくる。
4、3。
リスポーンから戻ったエルナズとキャル子が、ふたたび中央へ一直線。
互いの動きを読み合い、左右に鋭く切り返しながら一気に間合いを詰める。
キャル子がローラーを振り上げたその瞬間、エルナズはすでに右側へ回り込んでいた。
振り下ろされたエルナズのローラーが直撃し、キャル子はその場に倒れ込む。
「塗って!!!」
2、1……
『51% You Win』
砂漠のゲーマー村は雄叫びに包まれた。
◆
「ごめんね……」
私はエルナズに頭を下げた。
ビザの都合上、私たちはアジア大会に出られないそうだ。
「いい。スッキリしたから」
エルナズは晴々としていた。
「けど、いつかは必ず村をでる」
「あんたならやっていけるよ」
私は隣にいた少年に目を向けた。
「アミールは?」
「僕は残る」
彼が見つめる先で、幼い子どもが地面に絵を描いていた。
「次の世代に渡すものがあるんだ」
村を発つ直前、見送りに来た村長に頭を下げる。
「あの程度って言ってごめん。こんな本気でゲームしてる人、初めて見た」
レザにヘッドホンを二つ返した。レザは黙って受け取り、軽く片手を挙げる。
やがて迎えの車が到着した。
最後に白い漆喰の家々を振り返り、エルナズとアミールに手を振った。
◆
帰りの機内。雲を眺め、エルナズと組む新チームの編成を妄想していた。彼女の驚異的な反射神経を生かすなら……。
それはそうと、ひとつ固く決めたことがある。
その大会のインタビューでは、勝っても負けても精一杯の笑顔でインタビューに答えてあげよう。試合前の読み、試合中の判断、使ったテクニックについて。
次の世代に残すべきものがあるから。
雲海の上、太陽がやわらかく揺れた。
文字数:15997