梗 概
時のすきまから
かつて鉄道や飛行機によって「場所の移動」の自由を獲得した人類は、2200年代、「時間の移動」の自由を獲得している。
ただ、時間の移動には、危険が伴い、費用も莫大なため、研究者や一部の富裕層など公的な認可を受けた者に限られている。
この頃、地球温暖化のため、人々は、紫外線と赤外線をカットする特別なシェルターの中で暮らしており、少子化で人口は全世界で数百万人にまで減っている。
女性の「私」は、この春、大学を卒業するが、就職できず、金銭的に大学にも残れなかった。私は、国の「過去留学」=テーマにそって、過去へ時間移動し、そこから人類の未来のためのまとまった成果を持ち帰ること、に応募した。
時代は、中型犬の渡来についての調査を行う日本の古墳時代を選んだ。私の犬も同行できるからだ。
移動当日、モニターに注意事項が並ぶ。間違った乗り方をすると「時の果て」と呼ばれる、時間と空間の隙間のような場所に迷いこんでしまう危険性がある。
出発してすぐ、私は、犬と飛び降りた。本当の目的はこれだった。
目覚めるとそこは神社だった。カレンダーに2035年と書いてある。私の腕時計は2235年で、もとの時間のままだ。神社は山の中腹、長い階段の上にあり、私は階段の下に降りることはできない。数時間後、トイレにも行きたくないしのども乾かないことに気づいた。生理現象=細胞の変化が止まっている。時の果てに落ちたのだ。
流れている「時」が違うためか、観光客が絶え間なく訪れる神社で、私と犬だけ誰からも見られず、存在を認識されない。強い孤独と悲しみを感じる。飛び降りてしまったことを後悔する。
毎日、山や観光客を見て暮らす。ある日、9歳の少年がやってくる。彼はお祈りをして顔を上げたとき、驚いて、黙って走って帰った。が、次の日もやって来る。
犬がまず少年になつき、少年も犬を可愛がる。少年は数日に一回はやってきて、私とも話すようになる。
私は、どこにも行けないこと、孤独なことを打ち明ける。
3年がすぎ、12歳になった少年は、変わらず数日に一回訪れる。
ある日、少年は、歴史を習ったと言ってきた。あなたの服装や持ち物は古代のもののようだと。
私は、古墳時代に行こうとしていただけで、まだ行っていないと反論する。
しかし、少年が持ってきた、神社周囲からの出土品の写真を見て驚愕する。
私が身につけているベルトが、ぼろぼろになって写真に写っていた。私の身体は古墳時代に行っている。「時の果て」に落ちた時、身体と心が分離していたのだ。
私はショックで泣く。
少年は、これからたくさん勉強して、あなたの身体を見つけ、DNAからきっと復活してあげますという。
眠ったらいいですよ、ぼくが大人になるまで、と続ける。
私は犬に頭をもたせかけて眠り、夢を見る。星空の下、神社が建つ前のこの山だ。夢の中、私は犬とふたりで山道を歩いていく。
文字数:1199
内容に関するアピール
「辺境」について考えたとき、人がいない場所、たどり着くことが難しい場所など、いろいろな要素が浮かびました。
自分の力を使わなくてもいい移動手段や、ネットなどの情報伝達手段がなかった、少し前の時代と、現代では、「辺境」という言葉の持つ意味合いが違うと思いました。
現代においては、たとえ地の果てでも、ヘリで行けたり、映像を配信して人と交流するならば、そこはもう「辺境」ではないような気がします。
ならば、さらに時が進んだらどうなるだろう、と、想像しました。たとえば、未来において、場所の自由に加えて、時の自由も手に入ったならば、辺境とは、誰とも交流することができない、誰からも存在を認識されない場所になるのではと考えました。むしろ、人と人の間にいるからこそ「辺境」になってしまう可能性があると思いました。
そこで、「時のすき間」に落ちてしまった女性がどうなるか、その先を書きたいと思って考えました。
文字数:395