ネクサトープの神話

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梗 概

ネクサトープの神話

 今より少し先の未来。主人公は、ある豪邸を訪れる。
「記者って職業、まだ在ったんですね」
 と取材対象の女性に嫌味を言われる。

――記録が開始され、彼女の成功が語られる。

 女性はかつて日本の過疎地方の社会課題解決に執念を燃やしたベンチャー経営者だった。
 後に有名になる彼女の信念は「商品と市場を劇的に作る」だ。
 無人爆撃機がドローンに、戦術ロボット兵器が安価な作業員となるように、女性は安価で長寿命化された設置型の三次元スキャナに注目した。

 太陽光と風、熱があれば半永久的に周囲を観察し、熱源と動体を検知、認証するそれは、本来、ゲリラ戦における設置型の索敵兵器だが、人の生活圏での役割を与えられて市場進出する時を待っていた。
 女性は、その技術シーズと日本における地方都市の環境監視を結び付けた。

 女性の故郷はコンパクトシティ政策に乗り遅れたような自治体で、既に過疎化を通り越して、破綻状態だった。耕作地は荒れ、害獣が蔓延り、旧来の建物は空き家になって管理が不可能となり、身寄りのない老人達と犯罪者、そして野生の動物達が細々と暮らしていた。
 女性の祖母はその住民の一人であり、これも珍しくないことに認知症を患う独居老人だった。
 祖母と離れて暮らす女性は、自らが介護を行うことも、特別養護老人ホームに祖母を預けることもできない罪悪感の代わりに、三次元スキャナを祖母の住処の内外に設置し、見守れるようにした。
 身内とは言え他人の生活をカメラで見るわけにはいかないし、一方で、異常があった時に警報を飛ばす方式もトラブルを待つ気持ちに、罪悪感があった。
 そこで女性は、スキャンしている祖母の自宅内外の環境情報を自動でCGにデフォルメし、テーブルの上で裸眼立体視できる水槽型の三次元ディスプレイに投影した。
 テーブル上の水槽でファンシーな猫に似た架空の動物が、祖母と同期して生活の様子を見せていた。

 各スキャナから取り込んだ環境情報を接続できるようにしたことで、この空間は無限に遍在し、拡張できる一つの仮想居住圏となった。
 この仕組みが本来の用途を越え、実在環境が持つ複雑かつ自然な情報を描出できる結合ネクサスされた生物圏ビオトープ、ネクサトープとして有名になったのは、環境の中で生き生きと動く架空の動物達の可愛らしさがウケたことと、ある事件がきっかけだった。
 女性の祖母が自宅から失踪したのだ。
 女性は警察に捜索を依頼しつつ、日本中に呼び掛けた。
 周りの動画を私のスキャナアプリで撮って、ネクサトープに送ってほしい。個人情報は削除されるが、祖母が映り込めばネクサトープが認識するから、と。
 結果、多くの人や企業がネクサトープにデータを送り、サービスの爆発的拡大の契機となった。
 祖母は数日後、遺体で発見された。

――記録を止め、記者は言う。

「どこまでが、あなたの書いた伝説すじがきなんですか?」

文字数:1200

内容に関するアピール

荒れ果てた環境が繋がり、仮想化され、仮象となって、別の価値を持った時に生じる気持ち悪さというものを書きたくなりました。
「実体は荒れ果てた辺境としての存在であることは変わっていないのに、拡張された現実の中で変質し、カネを生み出すようになった環境」
そんな存在が市場原理によって無限に拡張され現実を侵食していく根源に、捏造されたイノベーションの神話と、死体という揺るがしがたい現実の象徴を配置するという構造を考えました。

自分でも何を言っているのか分からなくなってきた気もしますが、……とにかく、楽しく書けたら良いなという気持ちで作りました。

よろしくお願いいたします。

文字数:280

課題提出者一覧