梗 概
エウロパのシレーヌ
火星における定住を果たした人類は2年3ヵ月に1度の木星との会合周期に合わせ調査船をエウロパへ送っているが、未だ氷の下の海まで到達し、無事帰還した船はない。
主人公はうだつがあがらない3人組バンドのギター担当。火星で生まれ育ち、他メンバー(ボーカル、ドラム)とともに第8次エウロパ調査隊へ応募し、ほぼ自動操縦の調査船に3人+主人公の飼い猫1匹で乗り込む。
乗組員へは、命の保証がない事やプライベートの確保が限定的といった制約がある一方、会合周期+前後3ヵ月となる2年9ヵ月の調査期間だけでなく、火星への帰還後3年間についても標準以上の生活が担保される。調査船内は長期滞在のための設備や十分な空間が整えられ、水耕栽培で収穫できる米、野菜、細胞培養と3Dプリントによって作られる肉、アクアリウムと閉鎖循環方式を併用した養殖魚を食べられる。
3人と1匹が船内でワイワイ過ごすうちに調査船はエウロパへ到着する。第7次までの調査により、氷殻表面から内部海を目指すには、大小様々な規模の氷殻内の湖の中で一定以上に大きな湖を見つけ出し、その湖を通じて内部海を目指すことが必要とされていた。調査範囲の中で、最も大きな湖の中を深く潜っていく調査船。お調子者のボーカル担当が船外活動の途中で深い亀裂に吸い込まれてしまう。追いかける調査船は遂にエウロパ内部の海へ達するが、ボーカル担当の命綱は切れており、追跡は不可能だ。
主人公達は湖を通じて氷殻の外側へ繋げている命綱が届く範囲でエウロパ内部の海を探索する。ほどなく、ドラム担当は原因不明の意識混濁を起こし、調査船AIによってコールドスリープ処置を施される。恐怖を感じた主人公は氷殻表面への帰還をAIに指示するが、AIは会合周期に合わせた帰還が可能な範囲で海中調査が優先されると言い、当面の海中での滞在を余儀なくされる。途方に暮れ、2日に一度のプライベートタイムに所在なくギターを爪弾く主人公。ボーカル担当への鎮魂のため、海中スピーカーを大音量にしてギターをかき鳴らしていると不意に、普段穏やかな猫が窓に向かって毛を逆立てる。目を凝らすと、人魚のような生き物が船内を覗いていた。ガラス越しに、少しずつ人魚と心を通わせる主人公。
火星への帰還が迫る中、人魚は身振り手振りで主人公を船外へ誘い出す。主人公は船外活動服に身を包み、所持した2本のうちの1本のギターを持ち出して海中で、人魚に内緒で練習していたAngelinaを披露する。人魚は、音楽に合わせ貝殻を打ち鳴らす。帰り際、主人公は人魚にギターを渡す。
次のプライベートタイムの前に調査船は火星への帰還のため、氷殻表面を目指す。
エウロパから火星への帰還中、第9次調査隊の船とすれ違いながら第10次調査隊への応募を決意する主人公。段々と近付いてくる火星や遠ざかる木星には目もくれず、レパートリーを増やすべく、ギターを一心不乱にかき鳴らす。
文字数:1200
内容に関するアピール
月、火星に続く辺境として、木星の衛星エウロパを選びました。火星からエウロパへの航行の様子、エウロパに着いてから内部の海を目指す様子、海の中に滞在させられる様子について、もともと住んでいた者たちと結ぶかもしれない関係も交えて書こうと思います。主人公は音楽の力でシレーヌ(セイレーン)に取り殺されずに済んだ、という設定です。海中の様子はドビュッシーの夜想曲~シレーヌをイメージしましたが、ラストはアコギの有名曲を選びました。イルカやクジラが水中で歌うこともヒントにしていますが、人魚が主人公とのセッションで打楽器を選択したのには理由があります。
長期滞在可能な宇宙船で綺麗な景色を見ながら猫と一緒に美味しい物を食べて音楽にうつつを抜かせるなら作者自身は喜んで暮らしたい、と思いながらこちらの梗概を準備しました。最後の課題でやっと、ペンネームの由来である生姜猫に登場(搭乗)頂けそうで、ほっとしています。
文字数:398