梗 概
拝火
彼は、みなが死んだように暮らす、北海道の雪深い田舎町のニートである。
ある日、飼い猫にCATコカインをキメながら見ていた夕方のニュース番組で、五輪の聖火が町の公民館に展示されていることを知る。もう公開は終了し、明日には隣の市へ運ばれるという。
彼は、母と兄の三人暮らしである。兄は電気工事会社の社長だが、ネトウヨで、最近はQアノンにハマっている。夕食時、兄の陰謀論にうんざりした彼が話題を変えるために聖火の話をすると、兄は「俺はあの火を見て真実を知った、お前も見ろ、世界はDSに支配されているんだ」という。彼は兄が働き過ぎてついにおかしくなったと思い、やはり労働はクソだと考える。
その夜、飼い猫が人語を話す夢を見る。猫は「この町に災厄が訪れる」と警告する。
翌日から、町の様子に違和感を覚え始める。町に活気があるのだ。いつもなら誰も歩いていない道を、人が歩いている。例外なく不機嫌な町民たちの顔が、妙に明るい。イベントのチラシが、やたらと回ってくる。
原因は、どうやら聖火らしい。母の話では聖火はまだ公民館にあり、それを管理するツァラトゥストラと名乗る人物の話を聞きに行くことが、町民の日課で、義務だという。
彼が話を聞きに行くことを拒絶すると、母はニートを続けるなら出ていくよう宣告する。
動揺した彼は、とりあえず飼い猫にCATコカインをキメて落ち着こうとするが、猫は「我は火の神プロメテウス、盗まれた聖火を取り戻しに来た」と勝手に喋り出す。
猫によると、未来で中止になった五輪が、遡ってあの聖火に呪いを与えており、それに目をつけた者がその力を使い町民を洗脳しているのだという。
彼は猫とともに、今や拝火神殿と化した公民館へ向かう。そこでは聖火の管理者が、聖火を囲む町民に向かい、DSの陰謀と最後の審判の到来を説いている。
彼と猫の存在は気づかれており、捕らえられ聖火の管理者の前に突き出される。彼は陰謀論を反駁しようとするが、できない。逆に「お前は何の権利があって他者の生きがいを奪うのか」と問われ、答えに窮する。彼はその管理者が兄だと気づく。
猫が、全てデタラメだと叫ぶ。彼の兄に取り憑くその者こそ、ゾロアスター教の悪神アーリマンであり、善の神との決着をこの地でつけるため人々を利用しているに過ぎないと看破し、炎を吐きながら悪神に襲いかかる。
彼の兄から抜けるように巨大な火柱が立ち上がり、公民館の屋根を突き破る。吹雪の中、死闘を繰り広げるが猫だったが、火力の差に追いつめられる。
地上では、彼は陰謀論への反駁は止め、兄の孤独に寄り添おうとする。怯んだ兄から聖火を奪う。
聖火を受け取った猫は、夜空に泊原発を顕現し、圧倒的発電力で悪神を圧殺する。町は青い光に包まれ、彼は謎空間でプロメテウスと対話する。目覚めると、町は雪原になっていた。傍らには猫がいるが、もう人語は話さない。彼は猫を抱きつつ、バイトを始めようと考える。
文字数:1200
内容に関するアピール
聖火の話は、実話です。猫に「ちゅ~る」をあげているとき、その日、町にオリンピックの聖火が来ていることを知りました。去年から全国を巡回しているそうです。家から徒歩500mくらいのところにある公民館で展示されていたようで、事前に知っていたら見たかったなあと少し残念でしたが、何というか、いつのまにかにオリンピックという歴史的なイベントのシンボルと、この田舎町で偶然接近して、すれ違っていたのだなと思うと、その事実に面白みを感じました。
聖火はそのままギリシャ神話由来ですし、あとは炎つながりで連想してゾロアスター教を入れました。それと悪魔を使役するソシャゲをちょっとやっているのですが、そのイベントでちょうど拝火教の悪神が出てきて、なぜか日本の学校を恐怖に陥れたりしたのですが、その唐突感が逆に面白く、スケール感がチグハグなお話にしたいと思いました。
あとそこは努力して諸星大二郎的な理屈を捻り出したいです。
文字数:400