或る二次創作の顛末

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梗 概

或る二次創作の顛末

綺羅星のような街あかりが、その女の頬に流れる涙を輝かせていた。『お願いがあります』と女は言った。老女と若い女が同時に発話したようなその声に息を呑んだ瞬間、私は自分の胸が少しも動かないことに気づいた。耳元でびゅうびゅう鳴っていた死を運ぶ風は静寂の彼方に消え去っている。女の肩から生えた六本の腕はともかく、薄布に隠されたその顔は、ワカに少し似ていてきれいだと思った――。

人類は衰退の一途を辿っており、社会構成員は傍目からはそれとわからない《アクター》と呼ばれる分子レベルで人間を模したロボットに入れ替わりつつある。職場に馴染めない孤独を二次創作の執筆で埋めている主人公リンは、ファンとメッセージのやり取りをするうちに相手が幼馴染みのワカであると気づく。政府で働くワカは、物語を入力としてアクターの行動原理を編集する業務、《ストーリーテラー》をリンに委託しようする。リンのやさしい小説が社会運営に理想的だというのだ。影響力を極小にもできると懇願するワカに、リンは責任の大きい仕事だからと固辞する。しかし、夜半まで持ち帰った本業をこなしているうちにリンは自身の果たしている責務の小ささに悲しくなり、ワカに連絡して思い直したことを伝える。リンが書き下ろした作品はワカの絶賛を受ける。

翌日、リンは街なかで落としものを拾って落とし主に声をかけるひとを見かけるが、その様子を最後まで見届けることができない。ストーリーにインプットした物語は落ちたものを拾い上げたひとが親切に振る舞うところからはじまるのだ。仕事で失敗が続いたリンは、慰みにストーリーテラーの権限で影響力を極大まで上げる。落ち着かないリンが筆記具を落とすと、周囲の同僚が皆それを競うように拾い上げようとする。あまりの異様さに逃げ出したリンはワカとカフェで落ち合う。ワカの目の前で落下させた携帯電話は空中で掴み取られる。リンが現世人類最後の一人であり、長らく不在だったストーリーテラーの座を埋めた彼女が影響力を極大にしたことで混乱が起きているとワカは親切にも認める。

帰宅後、リンは自室から夜景を眺め、異常な孤独感に絶望して身を投げる。落下中、異形の女があらわれてリンの主観時間を停止させ《ガーヤトリー》と名乗る。リンのいる世界は地球からの移民宇宙船だったが、乗員の均質な遺伝的特徴が排他的な社会傾向を生み、結果アクターのような技術が繰り返し絶滅の要因となっていた。非常管理機構のガーヤトリーは出航以来繰り返されてきた絶滅のたびに原初の乗員遺伝子プールから人類を再生しているが、その改変権限を持っていない。彼女はリンの前に古めかしいタイプライターを出し、遺伝子改変をしてほしいと涙を流して懇願する。
 リンがそっと『g』のキーを押すと、時間の流れが戻り、密やかな感謝の声が激しい風に交じって聞こえた。まっすぐ上に手を伸ばしたまま、リンは地面に激突する。

文字数:1196

内容に関するアピール

神話の社会規範としての側面を露骨にしてみるみたいな発想で書きました。主人公が趣味で二次創作をしているのは、ダンテやミルトンを読んだときに「これはぼくのアイドルマスター二次創作小説と何が違うんだ……」と思ったことがきっかけになっています。

文字数:118

課題提出者一覧